今回の旅を書く前に私の青春時代を懐古することにする。ずいぶん昔の話である。カメラはミノルタNewSR7、アサヒペンタックスSP、フィルムと言えばモノクロフィルムが主流。車といえばキャロル360かスバルR2が全盛の時代だ。季節は若葉が萌ゆる爽やかな5月の頃だった。私は大阪駅を深夜に出発する夜行列車に乗り、神の国、出雲への旅に出たのだった。
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| 三朝橋 |
私鉄を乗り継いで大阪駅に出たが深夜出発夜行便までの時間は余りにも長く、時間潰しに大都会というグランド喫茶に這入った。大阪梅田の阪急東商店街の通りにあるグランド喫茶だった。中に這入るとダウンライトの柔らかい明かりがスポットを照らし格調の高い音楽が流れる中、くつろいだ雰囲気を醸し出していた。
仕事から離れた開放感とこれから始まろうとする旅への期待感からか、ゆったりとしたロマンチックな刻の流れだった。ソファーに深々と身を委ね煙草に火を付けて紫煙をくゆらせ時間の過ぎていくのを待った。
煙草はハイライトが好きだった。それはライトブルーの地にhi-liteと白字で書かれたデザインとフィルター付きの煙草が珍しかったことがお気に入りの理由だった。その煙草とライターをもて遊びながら随分ながい時間をやり過ごした。
周りの客も静かに刻の流れに身を委ねているようだった。ときおり厨房からかすかな食器のカタコト音が聞こえるほかはゴージャスなムードに包まれて幸せな気分に浸っていた。黒地に白いエリカラーのスーツをまとった清楚な姿のウエートレスは計らいを見ながら冷水を注ぎに回っていた。どのウエイトレスもミニスカートがよく似合って長い待ち時間の退屈を和らげてくれた。
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| 三徳川(恋谷橋から撮影) |
やがて大阪駅に出て2番ホームにあがると既に夜行列車はホームに這入って乗客の乗り込みを待っていた。乗降口をスルリと抜けて空席を探し荷物棚にカバンを置いて出発までの時間を待っていると若い二人連れの女性が相席を申し入れてきた。出発間際になると列車の座席はほぼ満席で埋まった。女性は向かい合わせにペアで座り、手荷物を荷物棚に置いて何事か二言三言しゃべっていたがそのうちどちらからともなく旅の行き先を聞くのだった。二人は九州を出て大阪、京都を周遊し、さらにこれから鳥取方面を周遊するのだという。
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| メインストリート |
世間は狭いものだ。この旅の帰りに鳥取駅で途中下車すると偶然にも再び彼女たちと遭遇したのだった。目と目が合うとほとんど同時に「おやっ」という感じで再会に気づいた。駅近くの喫茶店に這入り再会を喜び合った。記念写真も撮った。
思い起こせば車中もまた楽しかった。座席の背もたれは垂直に立ち上がり、足は直角に折れ曲がって実に寝づらかった。そんな私を見て相席の女性は気の毒に思ったのか「私の横にあなたの足を伸ばしてください。」と気遣ってくれた。
そうさせて貰ったが彼女の臀部に私の足が遠慮もなく当たるので少し恥ずかしい気がしていた。車中は眠りにつく人もあって静かで車内灯も少し暗めに減光されていた。目をつぶって眠ることにしたが線路の音と横揺れで頭が定まらぬうえに若い女性が向かい合わせの相席とあっては眠れるはずがない。ときおり目を開けてまわりを見ると彼女たちも他の乗客も目を閉じて寝ていた。そして線路だけがカタコト、カタコトとリズミカルな音を奏でて長い時間が過ぎていった。列車は篠山口に到着すると暫く時間調整のために停車した。時刻は日が入れ替わって午前を指していた。暗闇の中で水銀灯に照らし出されたプラットホームは夜霧に包まれて深々と静まりかえっている。スライド窓を開けると五月というのに肌寒い冷気が頬を撫でる。寝静まった駅舎は人影もなく下車する人もない。ひっそりとした静けさの中で夜霧だけが水銀灯の光を浴びてキラキラ輝いて生き物のように降り注ぐ。
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| 三徳川と依山楼岩崎 |
やがて列車は暗闇を突いてゴーゴーと走る。車窓に見えるものは硝子に写った車内の光景だけである。時折集落の明かりが近づいたかと思うと逃げるように列車から遠ざかって行く。夜行列車を経験したことがない私は新鮮でときめくような感動を覚えるのだった。
夜が明けると築地松という出雲地方独特の風景が車窓に展開していた。出雲平野の冬は日本海から厳しい季節風が吹きつける。そこに暮らす人々の知恵で生まれ育った築地松が季節風から住居と生活を守るのである。
農村の珍しい散居景観が展開する。私はとてつもない遠い国へ来たような錯覚を覚えるのだった。
その後、相席の女性とはどこで別れたかは定かではないが懐かしく思い返してみると妙に気持ちの昂ぶった旅だった。
その旅の帰りに泊まった三朝温泉。情緒豊かな温泉だった。三徳川の清らかな流れ、初夏は河鹿ガエルの美しい音色と川の瀬音、その両岸に温泉街が立ち並ぶ。川に架かる青御影石の橋とその袂にある河原露天風呂。温泉街をすっぽり囲む緑豊かな山々。それぞれが見事に調和した美しい温泉街である。
そして日本人の心にしみる童謡を数多く作出した詩人、野口雨情もかつてここを訪れている。
「赤い靴はいてた女の子〜」「青い目をしたお人形はアメリカ生まれの〜」
「烏なぜ啼くの烏は山に〜」「雨降りお月さん雲の陰〜」など心にしみる童謡や民謡、歌謡曲は私たち日本人の心を育んでくれたと言ってよい。
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| 河原露天風呂 |
その野口雨情が「泣いてわかれりゃ空まで曇る。雲りゃ三朝が雨となる」と三朝小唄を詠んでいる。山に囲まれた三朝は霧が発生しやすい。雨や霧に煙る三朝温泉はこの詩に詠まれるようにしっとりと心に滲みる旅情豊かな山陰の名湯なのである。
ホテル「万翠楼」につくと早速カメラを片手に温泉街の散策に出かける。青御影石の質感と気品が素晴らしい三朝橋が山陰の名湯に相応しい貫禄で私を出迎えてくれた。橋を渡りきるとその袂に河原露天風呂がある。山間に日が落ち、夜の帳が落ち始めると露天風呂にそぞろ浴客が見え始める。脱衣場の上流側に二つ湯殿があって上流側は少し熱めだ。泊まり客の宴会が終わる頃になると露天風呂は佳境に入る。男女混浴になっているので女性客が沢山這入る幸運に恵まれればこれ以上の贅沢はない。泉質はラジウム泉でその含有量は世界屈指と言われる。
このラジウム泉を常用する人たちの癌発生率は日本人平均癌発生率の60%と低いのだそうで癌の抑制効果が期待できる。
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| 三朝温泉概略図 |
河原風呂の階段を上がると三徳川に平行して温泉街のメインストリートがある。土産物屋、老舗旅館、日常雑貨屋が軒を並べる小路にヌードやソープの看板も見え温泉街らしい風景が展開する。その小路を抜け、大通りに突き当たって左に曲がると恋谷橋がある。橋には河鹿カエルの鳴き声が聞ける仕掛けがしてあって師走の寒空の下でもその鳴き声が聞ける。
恋谷橋を渡りきるとキュリー広場。瀝青ウラン鉱からラジウムを発見したキュリー夫人を讃えて作られたもの。近くには木下利玄や与謝野晶子の歌碑がある。そしてほぼ一周が終わる地点にひときわ大きなホテル、依山楼岩崎がある。川の右岸は老舗の木造建築というより近代的な大規模ホテルが多いのが特徴。ホテルには露天風呂はもちろんのこと、種々趣向を凝らした風呂がある。河原風呂もホテル内の露天風呂も師走の寒空の下では湯船から出て身体を洗うには少し寒すぎる。身体を温める程度に楽しむのがよかろうと思う。
私は過去の記憶を呼び起こしたいが故に再訪の旅に出ることがある。昔の記憶をたどって同じ土地を再訪する。いわば懐古趣味といえる旅は私のスタイルなのだ。そして今回の三朝温泉の旅もこのときの旅が再訪の動機になっていることは間違いないだろう。
三朝温泉のお薦めリンク
鳥取/三朝温泉 三朝温泉旅館協同組合のページ、湯めぐりの宿は参考になる
三朝温泉 河原風呂 写真と説明で河原風呂の概要がわかりやすい。
三朝温泉周辺のホテル・旅館情報 三朝温泉のホテル、旅館へのリンク集
JTB旅館ホテル連盟三朝温泉 歴史ある三朝温泉には、みどころもいっぱい











