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鳩待峠 〜 山の鼻
小至仏山から鳩待峠に下山すると時刻は午後4時だった。
休憩所前のバス乗り場は帰途につくハイカーが整然と並んで乗り合いタクシーの到着を待っていた。6月の台風で道路の一部が崩落しマイクロバスの運行が出来なくなって9人乗りの乗り合いタクシーがピストン輸送をしていた。戸倉の鳩待峠連絡所で運転手が、「道路事情で旅行社がツアーを控えているのでお客様が少ない」と言っていた。この人達が沼田駅に到着する頃は7時を過ぎるだろう。東京まで帰る人は帰宅時刻も真夜中になるに違いない。
そう思うと私までもうんざりして身体の疲れを感じていた。それなのに私はこれからおよそ1時間をかけて山の鼻まで歩かねばならない。
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| 鳩待山荘 | 鳩待峠休憩所 | 乗り合いタクシーを待つ人 |
鳩待峠休憩所で小休止をし、水の補給をすると山の鼻に向かって歩き始めた。尾瀬への入山口には入山者数をカウントするゲートがある。その手前にマットが敷いてあって、そこでは靴底を丹念にこすり、植物の種子を尾瀬ヶ原に持ち込まないようになっている。
気の遠くなるような悠久の年月を歩んできた尾瀬は他の植物が進入することによって生態系が崩れる恐れがある。
私は丹念に靴底をマットにこすってから、石畳の登山道を下っていった。
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| 山の鼻への石畳 | 山の鼻への木道 | 至仏山荘前の広場 |
尾瀬ヶ原は標高1400m、鳩待峠より標高差でおよそ200m低い。
暫く段差のある石畳の山道を歩いているとやがて整備された木道が現れる。段差も階段状になってぐんぐん高度を下げていく。
木道の左手下の方から川上川のせせらぎが聞こえ始め、川底がどんどん近くなっていく様子がわかる。右手方向から川上川に注ぐ沢を何本か渡り、さらに下っていくと木道を左右に大きく分ける巨岩が出現する。このあたりまで下ると木道は緩やか下り勾配になり、すぐ横に川上川が見えてくる。清らかな流れを見るとつい立ち止まって休憩がてら川遊びでも、という衝動にかられる。
傍には、「川に立ち入らないでください。」と書いた東京電力の看板が目に入る。「こんな衝動にかられるのは私だけではないんだ」と妙に納得する。
木道の周辺はミズバショウの大きな葉っぱが見える。熟れたミズバショウの実は熊が好んで食べるという。葉っぱが踏み荒らされていたり、付近に白いツブの混じった黒い糞があるようだとそこは熊が立ち寄った痕跡である。
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| 尾瀬ヶ原の地図 |
熊の採食活動がよく見られる時間帯は尾瀬の場合、午後4時から午後7時あたりだと言われている。
夕刻になり薄暗くなった林の中、50分近く歩いて午後5時近くなると木道を歩く人はもう出会わなくなった。熊に出会わないように、恐怖心を持ちながら足早に歩いた。薄暗くなった樹間を透かして山の鼻ビジターセンターが見えるようになった。緊張が緩み、もう大丈夫だという安堵と尾瀬に入った嬉しさがこみ上げてきた。
ビジターセンター前のキャンプ場を抜け、至仏山荘の前まで来ると山の鼻地区の建物や風景をひととおり眺めた。懐かしい風景だった。しかし4年前の記憶はほとんど残っていなかった。
尾瀬ロッジへの到着時刻は5時前だった。玄関で入館の手続きをとるともう入浴の時間だった。しかしそれよりも冷たいビールを飲むことのほうが先だと思うほど身体は渇き切っていた。売店で缶ビールを買い、ザックを二階の部屋まで運び込む。
205号室は4畳の細長い部屋だった。押入に夜具が4人分入っているのを見るとこの部屋の定員は4人であることがわかった。山小屋の繁忙期に宿泊すると相部屋になることもあろうが窮屈だろうな?そんなことを想いながら腰を下ろし、大阪駅のキヨスクで買ったココナツの実をほおばり、冷たいビールをぐいっと飲み干した。
今日一日を振り返り、地図を出して歩行距離を計算してみた。小至仏山往復6.8km、鳩待峠〜山の鼻3.3km、合計で10.1kmを歩いていた。
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★ 尾瀬は完全定員制であるため、どの山小屋も予約が必要。
インターネットで空室状況が調べられる尾瀬の山小屋は今のところ少ない。私が確認しているところでは長蔵小屋と尾瀬ロッジだけで、あとはすべて直接電話で尋ねるより方法がない。
インターネットで直接予約できるのは長蔵小屋のみである。
鳩待峠の山小屋情報。予約時は直接山小屋にお確かめください。
| 山小屋名 | 小屋名&電話 | 1泊2食料金 | ひとくちメモ |
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鳩待山荘 現地 0278-58-7311 尾瀬林業 03-3451-1591 |
8,000〜 | 尾瀬ヶ原、至仏山、アヤメ平の各方面への入山者がこの山荘を利用する。部屋は大小7つ、収容は66名、混雑の時期でも比較的余裕がある。 |
山の鼻 ![]()
山の鼻の山小屋情報。予約時は直接山小屋にお確かめください。
| 山小屋 | 小屋名&電話 | 1泊2食料金 | ひとくちメモ |
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山の鼻小屋 0278-58-7411 萩原希悦 |
8,400円 | 収容定員120名、大小数多くの部屋があり、総て和室。建物も新しく玄関前は休憩所になっていてハイカーで賑わう。 |
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至仏山荘 0278-56-7311 尾瀬林業戸倉案内所 |
8,000円 | 収容定員77名、玄関前は広く、ビジターセンターが隣接している。センターのスライド上映会の帰りは足元が暗いが近いので便利。 |
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尾瀬ロッジ 0278-58-4158 国民宿舎 |
8,500円 | 収容定員100名、個室タイプの部屋が22室、ファミリーやグループ向きである。横に小川が流れていて、川の瀬音が安眠を誘ってくれる。 |
山の鼻ビジターセンターへリンク (現地情報はここへ)
尾瀬ロッジ
私が泊まった片品村直営の国民宿舎である。繁忙期以外はひとり旅であってもなるべく相部屋は避けるように配慮される。お風呂はシャワーがついて湯量が多いのがうれしい。石鹸や歯磨き粉など水質を汚すような物質は使用禁止である。尾瀬のミズバショウは葉っぱが大きくなりつつあるという。これも人間が尾瀬に入るようになってから水質の富栄養化が進んだことが原因だという説がある。
山小屋は入浴時間17時〜18時食事時間(夕)18時〜19時(朝)6時〜、消灯時間21時など決められている。ルールを守ります、泊めてくださいという心構えが大切である。
なお、早出の場合は朝食をおにぎりに、お昼のお弁当も別料金で頼むことも出来る。
山小屋「尾瀬ロッジにて」
山の鼻は夜、夕立が降った。星降る夜を楽しみにしていたが生憎の空模様だった。その夜は昼間の登山で汗をかきすぎたのか、体の乾きが水分を欲しがった。山小屋の薬草風味の熱〜いお茶がすっごく美味しい。セルフサービスで水筒に詰め替えて100円、安いものだから3回も詰め替えた。
500mlペットボトルの飲み物は尾瀬では350円、それはボッカさんが重い荷を背負って木道を歩いて運んでくる運搬費が含まれているからだ。
テレビもない、ラジオもない、新聞もない山小屋の夜は寝るか、翌日のプランを練るか、その日の印象をメモするかで時間を過ごす。相部屋だったらいろんな人の山の体験話を聞いて過ごすことも出来るが個室に入っているとそうはいかない。結局8時には夜具の中に潜り込んだ。
翌朝、4時に目が覚めると薄暗い森の中で早起きの野鳥が鳴いていた。尾瀬ロッジの横を流れる小川がカラコロと気持ちいい瀬音を奏(かな)でている。部屋の灯りをつけてザックの中の整理に取りかかる。外に光が洩れると動物の生態系に悪いと思ったからカーテンを引いた。着替えを取り出し、フィルムや交換レンズ3本をまとめ、小物類を整理して出発の準備を整えた。
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| 山の鼻ビジターセンター | センターの資料閲覧室 | 山の鼻キャンプ場 |
5時過ぎにデジカメを持ってサンダル履きで外に出た。木道で行き交う人に「お早うございます」と声をかけると「今日もお天気が良さそうね」という返事が返ってきた。「今日の予定はどちらへ?」と私が聞くと「もう今日は下山よ。尾瀬沼にも行きたいけどお父さんが駄目なのよ。」という返事だった。私は旦那さんはお忙しい方なんだろうと思っていたがふたことみこと話をしている内にどうも体力的にバテていらっしゃることがわかった。
日頃、タイトスカートにハイヒール履きの女性を見ていると「女性ってか弱い人なんだ」と思っていたが山を始めるようになってから、その健脚ぶりに驚いている。カメラ2台(中判、35mm)、交換レンズ4本、そして2kgのカメラ3脚を含めた装備で白馬岳に登ったときなど私はバテバテだった。その私をスイスイと追い越していく女性、それ以来、女性は強く逞しいんだと認識を新たにしている。
山の鼻地区の風景をひととおり撮り終えると山小屋に帰った。既に何人かが食堂前に列を作って朝食が整うのを待っていた。
朝のおいしい食事をお腹いっぱい戴くと、6時半に山小屋を出発した。山小屋は早発ち、早着が基本、みんな早起きだ。至仏山に登る人や、尾瀬ヶ原に向かう人が山小屋の前でストレッチ体操をしている。私も軽めにストレッチを済ませると山の鼻の懐かしい風景をもう一度見て歩いた。至仏山荘は営業を再開して随分綺麗に大きくなったような気がした。

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| 川上川 | 燧ヶ岳と尾瀬ヶ原の木道(拡大) | 燧ヶ岳と尾瀬ヶ原の木道(拡大) |
至仏山荘前を通り尾瀬ロッジの前に出て左に曲がると木道右側にカウンタが設置してある。そこを抜けて山の鼻を後にすると進行方向の遙か向こうに燧ヶ岳(ひうちがたけ、2356m)が見える。
燧ヶ岳は福島県域になり、東北地方の最高峰である。尾瀬ヶ原をはさんで東に燧ヶ岳、西に至仏山(しぶつさん、2228m)が対峙する。尾瀬ヶ原の美しさはこの二峰に抱かれた広大な湿原、そしてどこまでも伸びる木道にあると思う。
5月から6月にかけて咲くミズバショウ、ワタスゲの大群落、7月中旬から8月上旬のニッコウキスゲの大群落、そして10月の草紅葉はその尾瀬ヶ原をさらに美しく彩る。
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| 山の鼻 |
山の鼻から龍宮方面に歩くと進行方向に拠水林が行く手を遮るように茂っている。この拠水林は川上川が悠久の年月を重ねて作り上げたものである。(写真、山の鼻)
湿原は土壌が痩せているため、本来はその土壌に適した湿原の植物しか生育できない。しかし四方を山で囲まれた尾瀬は、山の肥沃な土壌を湿原に流れる川が運んでくる。よって川の流域には湿原植物以外の植物が生育する。これを拠水林といい、樹木の多くはダケカンバ(岳樺)、サワグルミ、ハルニレである。
上田代(縁取りがある写真はクリックすると拡大できます)
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| 尾瀬ヶ原の池塘(拡大) | 池塘のヒツジ草 | 尾瀬ヶ原の池塘(ちとう) |
上ノ大堀川の手前まで歩くと写真のような池塘が現れる。湿原のみずみずしい緑の中に点在する池塘に夏の入道雲が白く反射し、ヒツジグサの葉っぱが浮かぶ。尾瀬の夏の風物詩である。
平らな湿原に凹凸ができると凹の部分に水がたまり、水苔などの湿原植物が生育できなくなる。つまり植物による泥炭層の堆積が行われなくなり、そのまま水たまりとして残るようになる。これを池塘というのである。
池塘に浮かぶヒツジグサは白い小さな花を咲かせ夕方に萎む。スイレンの仲間で葉は楕円形、未の刻に花が咲くからヒツジクグサというのだ。(未の刻:現在の午後2時、または其の前後2時間)
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| ベンチで休憩 | 中田代(拡大) | 中田代のニッコウキスゲ |
空には入道雲、夏の日差しはきついが湿原をわたる風は爽やかである。木道を歩いていると写真のようなベンチが設置されている。ここではザックをおろし、歩行中、背にして見えなかった至仏山や尾瀬のみずみずしい風景を眺め、足元の植物を写真に撮りたい。
七月の中田代はニッコウキスゲが目立っているがギボウシ、オゼヌマアザミ、コオニユリなど沢山の花が楽しめる。拠水林の中の岳樺(ダケカンバ)、その白い樹皮の林は緑の湿原にとけ込んで美しい風景を形成する。
1998年7月末の尾瀬ヶ原(新着2005/2/26)
この年はニッコウキスゲの蕾の時期に遅霜が降りた。そのためこの年、尾瀬のニッコウキスゲは例年の1割程度といわれた。
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| 尾瀬ヶ原を歩くハイカー | 尾瀬ヶ原の池塘 | 遙か向こうに燧ヶ岳 |
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| 尾瀬ヶ原ニッコウキスゲ | 擬宝珠と木道 | 木道とハイカーと燧ヶ岳 |
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| 上の大堀川から至仏山 | 上の大堀川 | 振り向けば至仏山 |
燧ヶ岳(ひうちがたけ)を前方に見ながらどこまでも続く木道を歩いているとスロープして少し高くなった所から橋を渡る。上の大堀川にかかる橋を渡ると牛首である。あたり一帯のニッコウキスゲの群落は盛期を過ぎたとはいえ、見事に湿原を黄色に染めている。
橋の上に立って歩んで来た木道を振り返れば、至仏山が遠くなりつつある。見たいときにいつでも見られるという山ではない。だんだんと遠ざかっていくことに愛惜の念がこみあげる。そしてこの風景を忘れないようにと思いつつ写真を撮る。
遠くどこまでも続く木道、遙か向こうに燧ヶ岳(ひうちがたけ)が空高くそびえ立っている。♪♪遙かな尾瀬〜遠い空は尾瀬の歌にもある。
♪♪「夏が来れば思い出す〜」・・・耳元でピアノの音とコ−ラスが聞こえ、学舎の風景が浮かんでなんとも昔が懐かしい。
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| 牛首(中田代) | 牛首(中田代) | 牛首(中田代) |
写真で見ると静寂な尾瀬のように見えるが時折、小グループのハイカーや添乗員を伴った大きな団体が木道を通る。ゆっくり歩き、立ち止まっては写真を撮る私、いつの間にか広い湿原の中で一人ぼっちになっている。「あ〜尾瀬は純粋でいいな〜・・・」山の静寂が日頃の喧噪を忘れさせてくれるひとときである。
龍宮
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| 龍宮十字路 | 龍宮現象の池塘と浮島 | 龍宮小屋から山の鼻へ |
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| 龍宮小屋 |
白い樹肌をした岳樺(ダケカンバ)の林の中にひっそりと佇む山小屋である。東西に燧ヶ岳と至仏山を望み、景色の良い湿原に囲まれているため写真家の宿泊が多い。
下田代十字路へは小屋の左から林の中をすり抜ける。50mほど元に戻れば龍宮の分岐点である。分岐点から景鶴山をみて20分ほど歩けばヨッピ橋に出る。
山小屋の場所にリンクします。
予約時は直接山小屋にお確かめください。
| 山小屋名 | 電話番号 | 1泊2食料金 | ひとくちメモ |
| 龍宮小屋 | 0278-24-7594 | 8,500円 | 白樺などの拠水林に囲まれ、尾瀬ヶ原の美しい風景の中にあるため写真家の利用が多い。部屋数は13室、収容定員90名 |
ヨッピ橋〜東電小屋
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| ヨッピ橋手前の木道から | ヨッピの吊り橋 | 龍宮に向かうハイカー |
龍宮小屋でザックをおろし、ベンチに座って昔懐かしいラムネを飲む。日差しがダケカンバの林に遮られ、湿原をわたってくる冷たい風が頬をやさしく撫でてくれる。隣で休憩中のご夫婦は上田代で見かけたご夫婦だ。歩く目的はみんな同じ、抜きつ、抜かれつしながら今夜の泊まりは同じ山小屋だった、な〜んてこともありがちなこと。気持ちよく会釈をしておいた。
龍宮小屋をあとにすると十字路を右に入ってヨッピ橋に向かう。木道は新しく付け替える工事の最中で片側通行になっていた。ヘリで材木を降ろしたあとは、すべて人の手で付け替える大変な仕事なのだ。人件費、材料費、運搬費を合わせると1mあたりの単価は5万円前後と言うから尾瀬の木道建設も大変なものだ。なんの苦労も違和感もなく歩いているけど感謝しなくてはいけない。「ご苦労様です」木道建設で働く人たちに心を込めて挨拶をする私だった。
ヨッピの吊り橋には20分ほどで着いた。橋のたもとを流れるヨッピ川は豊かな水量となって蕩々(とうとう)と流れている。揺れる吊り橋を渡って東電小屋に進んでいった。
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| ヨッピ川 | ヨシッポリ田代 | 東電小屋 |
景鶴山の山裾を東電小屋に向いて歩いて行くとダケカンバやミズナラの拠水林を抜ける。やがてニッコウキスゲの群落が美しい湿原、ヨシッポリ田代に出る。この付近には尾瀬には似合わない看板がちらほら見える。覗き込むとなんと、
「この付近は熊が出没します。普通、人間を襲うことは有りませんが、からかったり、写真を撮ると興奮して襲うことがあります。」と書いてある。熊と遭遇しないようにするには早めに自分の存在を熊に知らせてあげることが大切。でも鈴、笛、ラジオも持っていない一人歩きが怖〜い。
ニッコウキスゲの美しい湿原の中、暫く歩くと木道の進行方向に東電小屋が見えた。太陽光発電の電池パネルのクリーンな山小屋である。
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| ヨシッポリ田代 | 尾瀬ヶ原橋 | 只見川の流れ |
東電小屋の玄関前には小屋があってハイカーの休憩所になっている。甘いものが元気の即効薬だと思ってあんみつを注文した。
時刻は10時を少し回っている。あとから到着したご夫婦が時刻を気にして急ぎ々々山の鼻に向かわれたが一息つく間もなくトレッキングポールを忘れて戻ってこられた。
東電小屋と休憩所の間をすり抜けると緩い下りの樹林帯に入る。
あたりは熊の出没について注意を促す看板が次々にあらわれる。
山裾の樹林帯に沿って歩いていたがしばらくすると展望が開け、尾瀬ヶ原橋に出る。木道に立って空を仰ぎ見たときバランスを崩して木道下に転落しそうになった。危ない危ない、、、下は落差2mの河原だった。
橋下はヨッピ川と沼尻川の流れを集めた只見川が流れる。川幅も広くなり、水量も格段に増えて大河の源流にふさわしい流れである。
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| 東電小屋分岐 | 木道を行く歩荷(ぼっか)さん | 木道周辺の草花 |
只見川を渡って再び湿原を歩くようになると熊の恐怖も忘れてしまった。近くでウグイスがのぞかに鳴いていたが、私の存在が近くなると「ケキョケキョッキョ」と警戒を呼びかける鳴き声に変わり、森の中へ飛び立っていった。暫く歩くと東電小屋分岐の道標があり、左に行けば元湯山荘、温泉小屋、三条の滝、右に行けば下田代見晴、尾瀬沼方面へ出る。
ここまで来ればもう下田代十字路も近い。時刻は11時半を少し回りかけていた。
背丈の2倍も高さのある荷を背負った歩荷(ボッカ)さんがゆっくりゆっくり歩いて来られる。
鳩待峠では大きなプロパンガスボンベを背負って山道を登るボッカさんを見た。そんな光景を見ると自分のゴミを全て持ち帰るくらいは当たり前のことだ。山小屋での食事も食べ残すと生ゴミになるから全て食べるようにしないといけない。子どもが小学生くらいになると尾瀬に連れてくるといい。自然保護や山のマナーなど学ぶことがいっぱいあるだろう。
下田代十字路につくと4年前にお世話になった尾瀬小屋が懐かしかった。しかし、すでに泊まり客は出発し、ハイカーも少なくなって山小屋の賑わいが感じられないのが淋しい。弥四郎小屋と尾瀬小屋の間を流れる溝に水飲み場がある。一寸呑んでみると氷水のように冷たい水だった。あまりに冷たく美味しい水なので水筒をいっぱいにし、ベンチで暫く休憩した。
山小屋の撮影を思い立ち、檜枝岐小屋、第二長蔵小屋などを撮ってまわった。
原の小屋では、かき氷を食べ、山小屋から持ってきたオニギリをほおばった。
私の横でひとり旅の中年女性がガイドブックをいつまでも見ていた。膝においた帽子が風にすくわれて足元に落ちるのも気がつかないほど見入っている姿が印象に残る。
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| 尾瀬小屋 | 弥四郎小屋 | 檜枝岐小屋 |
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| 原の小屋 | 第二長蔵小屋 | 燧小屋 写真提供、奈良様 |
下田代の他の山小屋の場所にリンクします。
予約時は直接山小屋にお確かめください。
| 山小屋名 | 電話番号 | 1泊2食料金 | ひとくちメモ |
| 尾瀬小屋 | 0241-75-2253 | 8,500円 | 個室が多く相部屋でなく宿泊できます。(要電話申込)VISA,JCB利用可 |
| 弥四郎小屋 | 0467-24-8040 | 8,400円 | 収容定員250名、尾瀬ヶ原の入り口に立っているため見晴らしが良いのが自慢。 |
| 檜枝岐小屋 | 0278-58-7050 | 8,500円 | 収容定員150名、部屋のサイズも小さめであるが部屋数が多いのが特徴。 |
| 原の小屋 | 0241-75-2214 | 8,500円 | 本館と別館が並んでいて両方で部屋数が30室。収容定員は180名。浴室は広々として清潔感があり、比較的ゆったり利用できる |
| 燧小屋 | 0241-75-2252 | 8,500円 | 大小数多くの部屋があり、繁忙期にも予約が取りやすい。16室収容定員99名。 |
| 第二長藏小屋 | 0278-58-7100 | 7,500円 | 部屋は6畳が13室8畳が2室。収容定員98名。繁忙期でも1泊2食7500円と安めである |
段小屋坂〜白砂峠
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| 峠越え | 白砂峠 | ゴロゴロ石の峠越え |
4年前の段小屋坂は前夜の雨上がりで山道はぬかるみや水たまりのある状態だった。その経験から足元にスパッツを巻き、ザックに着けていたトレッキングポールも用意して峠越えに備えた。
歩き始めるとすぐにシラビソやトウヒが囲む樹林帯に入り、眺望のない単調な山歩きになった。
暫くして見晴新道への分岐点があり、尾瀬沼への進路を取る。そばに立つ看板には、「燧ヶ岳への登山は午前8時までに・・」と書いてあった。
暫くは木道も整備されているが段々と木道も狭くなり、朽ちて用をなさなくなった木道も見え始める。そしてイヨドマリ沢を越える頃は木道のない登山道に変わった。尾瀬ヶ原と尾瀬沼の標高差は200mもあることからこの峠越えは結構辛いものがある。
白砂峠の上り下りになると右足の関節が痛くなり、段差のある下りは横歩きをしなければ歩けなくなってしまった。明日は三平峠から大清水越えでおよそ7kmの下りをしなければならない。それを思うと白砂湿原に出でる頃はすっかり弱気になってしまった。前を歩くひとり旅の男性について行こうと無理をして、早足で歩いたことがいけなかったようだ。
山では自分のリズムで歩くことが大切だと強く実感する。
白砂湿原〜沼尻
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| 白砂湿原 | 白砂湿原にて | 檜枝岐自慢のそば |
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| 沼尻休憩所前の尾瀬沼 | 沼尻休憩所 | 沼尻休憩所前の風景 |
小さな白砂湿原を抜けると沢を渡り、再び樹林の中に入るがすぐに展望が開け、檜枝岐ソバが美味しいと評判の休憩所に出る。沼尻休憩所にもソバはあるだろうと思っていたから食べずに素通りしてしまった。ここのソバを楽しみにしていたのに心残りがしてならない。
沼尻休憩所ではレモン水や大福餅を食べて40分近く休憩をした。レモン水は350円、500mlのお茶も350円である。ボッカさんが運ぶ食べ物や飲み物だから少々高くて当たり前、山に来てお茶や食べ物が補給できるのは有り難いの一語に尽きる。
縁取りがある写真はクリックすると拡大できます
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| 大江湿原 | 巨大岩魚 | 沼山峠へ向かうハイカー |
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| 大江湿原 | 大江湿原 | 大江湿原 |
沼尻を出ても樹林帯に入ったり、出たりする。暫く歩くと眺望が開けて、ニッコウキスゲの群落が見事な湿原に出た。通りがかりのご夫婦が「これくらいでは満足しないな」と呟いているのを聞くと盛期の湿原を知らない私はその凄さを想像することが出来ない。湿原が黄色一色で埋められてしまうのだろうか?
時計を見ると午後2時だった。いよいよ大江湿原に出て、長蔵小屋が樹間を透かして認識できるようになった。沼山峠に通じる木道は帰途につくハイカーが列を作って歩いていた。
今夜の泊まりは長蔵小屋、沼山峠側に足をのばして写真を撮りたかったが痛む関節をかばって2時半に入館を済ませた。今日歩いた距離はなんと18kmに達していた。
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| 長蔵小屋 | 長蔵小屋談話室 | 山小屋の趣 |
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| 平野長蔵様愛用品?? | 長蔵小屋売店 | 尾瀬沼ビジターセンター |
長蔵小屋は尾瀬の山小屋で一番古い歴史ある山小屋である。玄関が土間、内部は重厚な造りになっていて、小屋の骨組みは頑丈そのものだ。二階は蚕棚形式に改装した部屋もあって、ひとり旅の人はなるべくそこに集められるようだ。窓は2重、屋根はトントン葺き、山小屋らしい趣を持っている。談話室は温もりのある雰囲気を感じることが出来る。原則的に相部屋であるが、いにしえの尾瀬から北アルプスの山の話などベテラン山男の自慢話が聞けるのがよい。お風呂は一人あたり、お湯が二杯まで、一寸辛いがこんな規則も環境問題を考えるきっかけとなる。自然保護運動に熱心な長蔵小屋の思いをかいま見る気がする。
男性のひとり旅ばかり集められた4人の相部屋だった。
2段ベッドが4組、畳が8畳ほどの部屋だった。最も混む時で16人ぐらい入れるだろうか??
暫くは山の話やその日の体験話に花が咲いてみんなよく喋ったが、疲れたのかその内に一人が寝、二人目が寝、いつの間にかみんな寝てしまった。時刻はまだ夜の8時だった。
尾瀬沼
尾瀬沼ビジターセンターへリンク (現地情報はここへ)
山小屋の情報をまとめました。予約時は直接山小屋にお確かめください。
| 山小屋名 | 電話番号 | 1泊2食料金 | ひとくちメモ |
| 長蔵小屋 | 0278-58-7100 | 7,500円 | 尾瀬第一号の山小屋。昔ながらの山小屋の雰囲気を感じさせる。 |
| 尾瀬沼ヒュッテ | 0241-75-2251 | 8,500円 | 4畳半12室、6畳9室、尾瀬沼東岸に位置し、美しい尾瀬沼の朝夕の風景が見える。 |
| 尾瀬沼山荘 | 03-3451-1591 | 9,030円 | 尾瀬沼と燧ヶ岳が見える絶好のビューポイント 。三平下に位置し、大清水越えが2時間。 |
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| 長蔵小屋 | 尾瀬沼ヒュッテ | 尾瀬沼山荘 |
| 尾瀬の山小屋情報を見たい方はここからリンク |
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大江湿原の朝(五時〜六時)
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| 朝五時の大江湿原 | 大江湿原と燧ヶ岳 | 大江湿原 |
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| 大江湿原 | 大江湿原 | 大江湿原 |
3時をすぎる頃になると廊下をバタバタと歩き始め、廊下のきしむ音がやかましい。まだ寝ている人もあるのに静かに歩いてくれよ、と思いながら目が覚めてしまった。
ベッドの枕灯をつけてビジターセンターで貰った資料に目を通したり、昨日の行動のメモを取ったりして夜が明けるのを待った。
朝五時、窓の外をのぞき見ると湿原にモヤが這ってフォトジェニックな風景を醸し出していた。山の頂きは太陽がのぼり始めようとする明るさだった。大急ぎでカメラを取り出し、サンダル履きで外に飛び出した。湿原に出るとすでに何人かの人が三脚を立てて、構図を決めにかかっていた。私も夢中になっておよそフィルム1本分とデジカメの二刀流で撮りまくった。
太陽が昇り始めると急速にモヤが晴れ、シャッターチャンスは短い時間で終わってしまった。いい写真を撮ろうと思えば暗いうちに外で待機し、yamanohana066L.html へのリンク光量不足を補うために三脚は不可欠だと実感する。でも山歩きの場合、三脚は身体に酷だから持ってくるのを躊躇(ためら)ってしまった。
三平峠〜大清水
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| 三平峠 | 岩清水の急な階段 | 一ノ瀬休憩所 |
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| 大清水登山口(林道) | 大清水休憩所 | 大清水小屋と物見小屋 |
前夜、山小屋で買った湿布薬が効いたのか、平坦な木道を歩く限り、痛みは和らいでいた。
予定では大江湿原を11時頃まで撮影してから下山するつもりだったが、歩いている内に足が痛み出しても困る。何しろ今日は大清水越えという難所が残っている。標高差およそ400mの下りは痛む間接に負担がかかる。大事をとって直に下山することにした。
三平下では昨夜、相部屋だった73歳の男性と出会った。このまま大清水まで下山されるらしかった。私も少し遅れて三平下を出発、時刻は7時30分だった。
三平峠までの上りは15分ほどであとは下り坂だったが岩清水の急な階段状の坂では忘れかけていた右の間接が痛み出し、横歩きで凌ぎながら下りていった。
一ノ瀬休憩所まで下りると幅の広い林道になり、大清水に到着したのは9時55分だった。
三日間で歩いた距離はおよそ37kmに達していた。
1998年7月末の尾瀬沼、大江湿原
この年はニッコウキスゲが蕾の時期に遅霜が降りた影響で花が少なかった。黄色く見える花はオタカラコウである。拡大写真でご覧ください。
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| 尾瀬沼 | 尾瀬沼越しに見る燧ヶ岳 | 大江湿原と尾瀬沼 |
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| 沼尻からみた尾瀬沼 | 沼尻からみた尾瀬沼 | 沼山峠手前の大江湿原 |
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| 長蔵小屋が見える | 大江湿原のコオニユリ | 大江湿原 |
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