鳩待峠から小至仏山

旅の序章 鳩待峠 もしや、熊の糞? 熊に出会わないために

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旅の序章  
 平成14年7月24日、大阪駅の構内は夜になってもムンムンする蒸し暑さだった。寝台急行「きたぐに」の発車まで2時間ある。
 私は大きなザックを背負い涼しさを求めて駅構内を右往左往していた。駅中央口構内の一角にある噴水のまわりは暑さをしのぐ時間待ちの乗客で人だかりを作っていた。
冷房のない構内を逃れ、涼しさを求めて地下街に潜ると夜の9時半を過ぎてすでにレストラン、専門店は閉店し、冷房も停まってやっぱり蒸し暑い閑散かんさんとした空間だった。
夜食や飲み物などを買う以外に、時間のつぶしようがない私は、結局噴水のまわりに戻るしかなかった。

寝台急行「銀河

 しばらくして東京行きの寝台急行「銀河」が10時を少し過ぎる頃に発車することを思い出し、中央改札口をスルリと抜けて10番ホームに上がった。電車はすでに入線し、ライトブルーの9両編成の車両が発車の時刻を待っていた。
隣り合わせの9番ホームは家路を急ぐサラリーマンでごったがえしている。京都方面への電車が発着を繰り返すごとに、まるで砂浜に押し寄せる波のようにホームに人がドオッと押し寄せては退いていく。そんな光景の中、私は車両銀河の最後尾に回って車名表示灯を確認し写真を1枚撮ると車内の様子を伺いながら先頭車両方向に歩いた。
 東海道本線は新幹線が主流となったいま、銀河の車内は乗客もまばらで、見送る人らしき姿もなく、発車前の哀愁が感じられないのが寂しい。
昔は親戚、知人が旅発たびたつ前の列車の窓越しに愛惜を込めて見送る姿が旅愁を掻き立てたものだ。そんな光景の中、私は歌手、松山恵子が歌っていた「哀愁の11番ホーム」を思い出していた。
  1.♪♪〜 涙溢れる 夜汽車の窓に
  これを最後と 別れのベルが
  なさけ無用に 鳴り響く
  大阪始発 上りの列車10時45分
  あ〜あ〜哀愁の駅 11番ホーム
  
2.♪♪〜 女ひとりが 描いた夢は〜
   遠いちいちゃ〜な 幸せでした〜。
  それもはかなく消えてゆく。
  大阪始発のぼりの列車10時45分
  あ〜あ〜哀愁の駅 11番ホーム

 この歌は女が恋に破れ、うらぶれた体で大阪を旅発たびたって行く姿を唄ったものだが銀河の出発はなんの感傷もなく、あまりにも静かで空虚な出発だった。
 銀河の赤いランプが鉄路から消えゆくのを見届けた私は線路で隔てた向かい側11番プラットホームへ移動した。
ホームへ上がると寝台急行「きたぐに」の入線を待つ乗客は大方が私と同じ格好の登山者だった。ニッカ−ボッカ−ズもいれば半パンツの人、登山靴を手にサンダル履きの人もいてそれぞれの格好であるが背中にはどの人も大きなザックを背負っていた。 そんな光景の中、私は待っている間、尾瀬に想いをせ、花いっぱいの湿原とどこまでも続く木道を想像している。やがて11時を少し過ぎた頃、寝台急行「きたぐに」の入線するアナウンスが流れ、西方向から大柄な車両がゆっくりと11番線に滑り込んだ。

寝台急行 きたぐに

 蒸し暑いホームから冷房の効いた車内に早く入ればいいのに私は車両の先頭にまわって「きたぐに」の大柄な車両を撮りまくっていた。旅では迷うことなくシャッタ−をこまめに切っておくこと。これは私が旅の経験から得た教訓である。
 車内に入ると冷房の風がひんやりと流れている。しかし狭苦しい通路のせいか快適な空間とは思えなかった。自分の寝台まで進んでから浴衣ゆかたを手に、更衣室に行ったがそこは荷物置き場と化し、使えなかった。仕方なく通路に立って浴衣に着替え、出発の時刻を待った。
 ガタンという音とショックで列車が動き出すと先ほどまで自分が立っていたプラットホームが進行方向と反対に流れ、だんだん遠ざかって行く。不夜城のように煌々こうこうともる街のネオンも迫っては遠ざかる。刻々と過ぎて行く時の流れ。妙に言いようのない愛惜がこみ上げる。
 数十年前のこと、電車の窓越しに友人が「手紙よこせよ〜〜。元気でな〜〜。」と見送ってくれたことを思い出した。今この時が人との別れだとしたら同じように人目もはばからず、こんな言葉の連呼が飛びだすことだろう。ここで汽笛でも泣いてくれれば・・・・・そんな取り留めのないことを思いながら車窓からいつまでも大阪の喧噪けんそうを眺めていた。新大阪を過ぎ、車掌の検札が済んでもまだしばらくは車窓から夜景を眺めていた。ひとり旅は心細いと思う反面、ひとり旅ならではの旅愁が感性を刺激する。車窓を眺めているのもそんな余韻よいんからだった。
 しばらく経つと街の明かりもポツリポツリ現れるようになった。
キヨスクで買ったオニギリとお茶を取り出し、向かいの寝台の様子を伺うと女性のひとり旅、その隣はビジネスの50代の男性だった。
周りの乗客もしばらくはスーパーの袋をガサゴソと鳴らしていたがそのうちに静かになった。京都を過ぎると眠くもないのにベッドに潜り込んだ。鉄路の音と横揺れがガッタンゴトゴトとうるさいリズムで刺激する。ながいなが〜い眠れぬ夜汽車の旅の始まりだった。


 暫く眠っただろうか、うたた寝のような眠りから覚めた時、休止していた車内放送が再開し洗面所に行く人、下車の準備をする人など乗客の動きがあわただしくなった。車窓のカーテンを開くと夏の朝陽あさひまぶしく差し込む。眺めるとそこは直江津だった。時刻は6時を少し過ぎていた。
デッキに出て歯磨きや洗面をしている間も列車はガタゴトと休みなく走っていたが7時18分に長岡駅に停車した。慌ただしく上越新幹線に乗り換え、上毛高原駅への到着は8時17分だった。
プラットホームに出て駅舎の一階に降りると待合休憩所の横を通った。4年前ここに降り立った時は妻がひどく乗り物酔いをして暫く待合休憩所で休んだことを思い出した。やっぱりふたり旅がいい。そんな感傷を持ちながら駅舎の前から一人戸倉行きのバスに乗り込んだ。

鳩待峠

鳩待峠休憩所 鳩待山荘 至仏山登山口(鳩待峠側)

至仏山登山道へ

尾瀬ヶ原の地図

 バスに揺られることおよそ2時間以上、尾瀬は秘境の地、随分と遠くて時間のかかる所だ。
鳩待峠に降り立ったのは11時15分だった。
 車中で知り合った横浜の元新聞記者、Aさんはこれから山の鼻に降りたあと、見晴まで歩き、今夜は尾瀬小屋に、明日は下山して檜枝岐ひのえまた温泉に泊まるという。
 昭和27年頃の尾瀬の話や、
記者時代に私の住む兵庫県の知事部局を取材された話など聞いていると戸倉から鳩待峠への時間はあっという間だった。 
 乗り合いタクシーを降りると同乗の女性が「この風なのよね!涼しいわ〜〜」と歓声をあげた。標高1600mの風はひんやりして別天地の風だった。
鳩待山荘の前で元新聞記者のAさんがカメラを差し出して記念の一枚を撮って欲しいとおっしゃった。頼まれるままに写真を撮ってあげると、そのまま足早に山の鼻へ通じる林道を下って行かれた。
至仏山しぶつさんに向かって出発
 私は休憩所に入り、まず腹ごしらえをする。マイタケご飯というのがメニューの中でも少し高めだった。マイタケの珍しさと山ならではの食を賞味したかったので迷わず頼んだが、とりたてて美味しいとは思わなかった。
 すっかり満腹した私は至仏山へのコース入り口で登山届けを記入し、ゆっくりした足どりで山道を歩き始めた。
緩やかな登りの登山道はクマササが生い茂り、ブナやミズナラがみずみずしい葉っぱを茂らせている。登山道はその樹林に覆われて夏の直射日光から遮られている。
標高の高い鳩待峠の風はまるで冷房の風のように冷たい。汗をかいても少し休めば退いてしまう。ウグイスの鳴き声が林の中を飛び交う。人里では春の一時期にしか聞けないウグイスの声はいっそう別天地らしい情景を演出する。
私は爽快そうかいな気分で登山道をぐんぐん登っていった。

登山道

登山道(鳩待峠〜至仏山) オヤマ沢田代の木道 オヤマ沢田代の湿原

もしや熊の糞??
 登り初めて小一時間ほど過ぎた頃、登山道に真っ黒な糞が落ちているのを見つけた。ハエがたかっているところから明らかに動物の糞である。イノシシや鹿の糞ではない。人間だったらティッシュペーパーも捨ててあるだろう。これは熊の糞だと確信すると引き返そうかと思うほど恐ろしくなった。
 通常、至仏山への入山は午前9時まで、午後は雷や夕立が多いので3時には下山するように言われている。午後4時を過ぎると熊の採食活動も活発になり出会うことも多い。樹幹まわりのクマササ、そのタケノコは熊が好んで食べるのだという。何となく熊が出そうな雰囲気にビビってしまう。
たまに出会う人も出発が遅いせいか?下山する人達ばかりである。そんなことを考えていると山の一人歩きは心細く怖〜い。熊の攻撃にあって瀕死ひんしの大怪我でもしたら・・・そんなことを思っているうちに携帯電話を取り出していた。ダイヤルすると圏外の表示が出て、下界に通じなかった。ここで引き返すことは忍び難い。
結局、私は熊に出会わないように祈り、呪文じゅもんのようにひとごとしゃべりながら登山道を登っているのだった。

ワタスゲ咲くオヤマ沢田代 下山するご夫婦 尾瀬ヶ原と燧ヶ岳

 頭上の樹間がまばらになり空が開けてくるとやがてオヤマ沢田代に出た。ワタスゲの花穂は盛期を過ぎ、チラホラ残る程度だったが美しい湿原だった。このあたりから登山道は木道の多い登山道に変わった。花もシャクナゲ、ヒオウギアヤメ、ニッコウキスゲなどがチラホラ見られるようになった。
熊に出会わないために(財団法人 尾瀬保護財団資料引用)

展望の良い休憩所 尾瀬ヶ原が見える コバイケイソウが咲く斜面

 オヤマ沢田代を過ぎると砂利道、土道が少なくなり木道や木造階段がほとんどを占めるようになった。やがて展望の良い木道の傍らに休憩所(ベンチ)が現れる。
すでに先着がおられて地図を開き、「あれが赤城山だ。あれが尾瀬ヶ原」などと喋っておられる。
お歳は私よりも5〜6歳ほど召された方がほとんどで、ひとりは女性だった。
 なだらかな草原の斜面にはコバイケイソウが咲き、遠くには尾瀬ヶ原が見える。山上から見ると尾瀬ヶ原に拠水林が形成されている様子が一目でわかる。
 尾瀬ヶ原の土壌は栄養が乏しく湿原植物以外の植物は育ちにくい。山から流れ込む川は豊富な栄養を湿原に運び込む。その為に川の流域のみに湿原植物以外の植物が生育する。多くは背の高い岳樺だけかんばなどが生育しているのが目立つ。これを拠水林きょすいりんというのだ。

登ってきた道 休憩所から小至仏山を見る 小至仏山手前のお花畑

 休憩所から小至仏山はすぐ傍に見える。平坦な木道の左斜面には高山植物が咲き乱れる。ハクサンイチゲ、チングルマ、シナノキンバイ、ウサギギクなどの群落が見事だ。至仏山特有のホソバヒナウスユキソウも咲いている。ここを過ぎると蛇紋岩の滑りやすい石をまたぎまたぎ歩かなければならない。這い松と蛇紋岩の登山道は大きなロックガーデンを思わせる。岩と這い松の間から遅咲きのシャクナゲがひっそりと咲いているのが見えた。岩を巻き、石をまたぎながらほんのひと登りすると小至仏山(2162m)の頂上に着いた。

小至仏山への登り 小至仏山から至仏山を見る 小至仏山山頂

 小至仏山山頂に到着すると時刻は2時を少し過ぎていた。視界が良ければ左手の方向に谷川連峰が見えるそうだが生憎あいにくの雲に覆われて見えない。
 ほんの少し向こうに見える至仏山山頂(2228m)まで1.1km、それでもここからの標準歩行時間は45分。往復すると1時間30分を要する。さらに鳩待峠まで3.4kmを下山し、山の鼻まで降りるには3時間半は十分にかかるだろう。時間も遅くなると熊の採食活動が活発になる。山小屋への到着も大幅な遅れになる。入浴時間は山小屋の場合、5時から6時までの1時間しか許可されない場合が多い。山小屋はきちんとしたルールが守れない者は宿泊をする資格が無いのである。そう思うとUターンするのが賢明な判断だろうと思った。なだらかな稜線の向こうに見える至仏山の山頂はすぐそこに見えている。苦しい選択だった。

小至仏山山頂から 小至仏山山頂から 山の鼻への下り道

 下山は登りに比べ、エネルギーの消耗もなく楽だった。それでも木造の階段や勾配のきつい砂利道になるとうっすらと汗をかいていた。休憩することもなく1時間近く歩き続けると人の声が聞こえ始め、樹間を透かして鳩待峠がちらちら見えるようになった。熊に出会わないようにと怖い思いで下りてきたがここまで下りると少し緊張が緩んだ。入山の際にカードを入れた地点まで降りてくると山を管理しているらしき人が下山する私を待ち受けている様子だった。「あなたは至仏山に登っていましたか?」と聞かれ、「ええ、でも私は小至仏山で引き返しました」と答えると「赤い布を吊した3人のグループを見かけませんでしたか?」と聞かれた。どうも足を捻挫した人が動けなくなっているような様子だった。鳩待峠に下山した私はこれから山の鼻までおよそ1時間歩かねばならなかった。まだ緊張を緩める訳にはいかない。 小休止すると薄暗くなり始めた森の中を再び歩き始めた。

このあと、山の鼻に降りて尾瀬ヶ原から尾瀬沼に出、大清水に抜けて下山しました。
に戻って「鳩待峠〜尾瀬ヶ原〜尾瀬沼を歩く」もご覧ください

鳩待峠 ひとくちメモ
  1. 標高1591m、尾瀬へ入山する人のほぼ50%が鳩待峠から入る。
  2. 鳩待峠バス停には山小屋「鳩待山荘」と鳩待峠休憩所がある。休憩所には食堂、売店があり、鳩待山荘では日帰り入浴もできる。
  3. 駐車場はシーズン中マイカー規制がある。その場合は戸倉の有料駐車場(約1000台)に預け、バスかタクシーを利用する。
  4. 尾瀬は山岳特有の気象である。気温も東京に比べるとおよそ10℃ほど低めである。とは云っても真夏では晴天時、30℃を超える暑い日や雨天時では10℃前後の肌寒い日もあるので装備はきちんとしておくことが肝要である。
  5. デジカメ、ビデオカメラ等のバッテリーは充電器があれば山小屋で充電できる。
  6. 携帯電話は圏外域になり使えない。山小屋から無線で通じる公衆電話に頼るしかない。

山小屋名 電話番号 1泊2食料金 ひとくちメモ
鳩待山荘 現地
0278-58-7311
尾瀬林業
03-3451-1591
9,030円 尾瀬ヶ原、至仏山、アヤメ平の各方面への入山者がこの山荘を利用する。部屋は大小7つ、収容は66名、混雑の時期でも比較的余裕がある。

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