エウリピデスの悲劇に顕著な特徴としてわれわれは次の二点を上げることが出来るだろう。第一に、エウリピデスには、登場人物の強い情念、さらにその情念が人間の理性的判断を惑わし狂気へと陥れることへの強い関心が認められる。第二に、彼は同時代の様々な価値観への懐疑的態度によっても知られる。それは時には、『トロイアの女』に顕著なようにある種の反戦意識として提示されることもあるし、また、これは『トロイアの女』に限らずほとんどの悲劇に見出されるものだが、ほとんど詭弁的な議論として現れることもある。この詭弁的な議論は、現代の観客にとってはかなり興醒めなものになっている。我々は前者の例として、『メデイア』、後者の例として、『トロイアの女』を取りあげることにする。
メデイアは不実なる夫への復讐を果たすために、夫の新しい花嫁とその父親を殺すだけではなく、自分と彼との間に出来た二人の子供たちを殺害する。アリストテレスが「嫌悪感」を喚起するので悲劇にはふさわしくない、としたこの恐るべき伝説を取りあげるとき、エウリピデスの関心は、観客が、この主人公を理性的にではないにしても感情的に理解でき、彼女の行為に共感するわけではないにしても物語が説得力を欠かないほどには納得するようにすることだった。
メデイア自身は比較的早くから自分が復讐の計画を持っていることをもらす。ただし、それが子供の殺害であることが明らかにされるのはかなり後のことである。その間、エウリピデスはひたすらメデイアを追い込んで行く。彼女は夫の新しい結婚を無効にすることも出来ず、それどころか生命の恫喝をもって追放を言い渡される。追放そのものが夫によって自業自得とされる。
屈辱が、メデイアに夫への最大の復讐を決意させる。最初はメデイアは、新しい花嫁、父親、夫の三人を殺すつもりだった。しかし、第三エペイソディオンで、自分の安全の保障が得られた後、彼女は殺す相手が夫との間に生まれた子供であることをコロスに告げる。
わが子を殺そうと言うのですもの。/.../イアソンにゆかりのあるものは、何もかもめちゃくちゃに引っかきまわしてここから出ていってやる。/.../だって、ねえ皆さま、仇どもから物笑いの種にされることだけは我慢できませんもの。コロス ではどうあってもお子たちを殺そうと
メデイア 夫を苦しめるにはそうするのがいちばん。
コロス あなただっていちばん惨めな女におなりでしょうに。
メデイア 構いません。これ以上はもう何を言っても無駄です。
この悲劇を我々が享受できるというまさにその事実によって、我々にもまたメデイアと類似した側面があることをエウリピデスは伝えているかのようだ。
さて、メデイアにおいて彼女を動かす押さえがたい情念が自尊心であったのに対し、他の悲劇では別の情念が登場人物に常軌を逸した行動をとらせる。それは『ヒッポリュトス』では恋であり、『エレクトラ』では憎悪である。情念が人間を狂気に駆り立てることがエウリピデスには劇のテーマになった。
従って、エウリピデスの悲劇は血腥い結末に終わるものが多い(但し、後の新喜劇のパターンを先取りしているプロットもまた、エウリピデスの悲劇の別の特徴である)。そこでは狂気の結果としての殺害の情景そのものがクライマックスになる。ギリシア悲劇は殺害の情景を直接舞台に載せることはせず、二つの手段でそれを観客に示した。
一つは、エクキュクレーマを使って、室内の殺害場面を事後、観客に活人画の形で見せる方法であり、第二は、メッセンジャーによる殺害の報告である。前者は例えば、アイスキュロスが『オレステイア』の最初の二作で効果的に利用した。エウリピデスが特に手腕を発揮したのは後者の方である。例えば、『メデイア』で、彼女がイアソンの新妻とその父のクレオンを殺す場面の報告に顕著である。メデアは和解を装い、新妻に美しい衣を贈る。その衣には毒が仕込まれている。新妻がその衣を着たところからの報告を見てみる。
こうした場面は、実際に制約の多い舞台上で演じられるよりも、ありありと想像できるように報告された方がより効果的である。実際、ギリシア悲劇はそれ以降の演劇に較べてずっと、言葉による情景の喚起を重視していた。
ところがその後見るも恐ろしい光景が生まれました。
お肌の色がさっと変わる、身体がぐらりとよろめく。
と、手足をぶるぶる震わせながらあとずさりなさりはじめた。
そして床に倒れそうになるのを、やっとのことで椅子までたどりつかれた。
これを見て、腰元たちのうちの年齢の行ったのが
パーンか、それとも何か他の神様の祟りと考えて、
大声にまじないを唱えてみたが、
その後口の間から白い泡が吹き出し、
眼の球がひっくり返って白目をむき、肌からは血の気がすっかり失せるのを見てとると
まじないに代わってすさまじい悲鳴が口をついて出た。
(中略)
可哀想なあの方は、それまでひと言も物を言わず固く眼をつむっておられたのが、
気がつかれて恐ろしげなうめき声をあげられた。
それも二重の痛みがあの方を襲ったがため。
頭にかぶった黄金の冠からは
ものみな舐め尽くすすさまじい炎の流れがどっとほとばしり、
また薄絹のうちかけ、-これもお子たちが持参した品ですが-
それが無惨にもその白い肌に食い込んでいる。
あの方は、火だるまとなった身を椅子から起こして逃げる、
髪を振り頭を揺すって冠を振りほどこうとする、
ところが冠はぴたりと食いついたまま離れない
髪を振りまわすものだから、炎は、かえって前以上に燃えさかる、
と、ついに身を襲ったこの災いに耐えきれず、床に崩れ落ちた。
その姿と来たら、父親以外にはもはや見わけもつかぬありさま。
眼はもうその形も定かではなく、お顔は生まれもつかぬありさま。
頭の先からは火と混じった血が滴り落ちる。
そして骨から肉が、目には見えぬ毒に食われて、
まるでまつやにのよう、溶けて流れ落ちるという具合。
(中略)
そこへお気の毒に父上様が、こんなことが起こっているとは露知らず
不意にお部屋にお見えになり、屍とご対面。
父君はすぐにおおと声をあげ、両の腕にかき抱き
口づけしながらこう話しかけられた。
おお、可哀想な娘よ、どの神さまがこれほどまでに手ひどくお前を痛めつけたのだ、
もう先の見えたこの老いぼれからお前を奪ってひとりぼっちにしてしまったのは、どの神さまだ、
ああ、娘よ、わしもお前と一緒に死んでしまいたい、と。
ところがひとしきり泣き悲しんだあと、
さて、老いの身を引いて立ち上がろうとすると、
さながら月桂樹の若枝に絡みついたきづたのごとく、その身は薄絹のうちかけにくっついたまま離れない。
そこで恐ろしい格闘が始まります。
こちらは膝を引き離そうとするが、
向こうは食いついて離れない。
力まかせに引っ張ろうものなら、老いの身の肉が骨からもがれてしまうありさま。
ついに、お気の毒にこの方も力尽き息絶えてしまわれた。
(以上、『メデイア』〜の引用は、丹下和彦訳 岩波書店『ギリシア悲劇全集』5巻所収。一部表記を変えた。)
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