コメディア・デラルテ(芸術論09)

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コメディア・デラルテ

コメディア・デラルテは、もともとイタリアにあった即興演劇で、その起源はひょっとすると古代ローマに遡る。ただし、コメディア・デラルテという名称が生まれたのは、arteつまり職業技術としての喜劇が一般に認知された後、ルネサンスのことである。ルネサンスは、高尚な(真面目な)演劇においても古代の伝統の復活として捉えられるのだが、中世の喜劇的な伝統もルネサンスによって正当化されたのである。

古代ローマの「アテルラナ」という喜劇ジャンルは、即興中心の演技、簡単な筋書きとストック・キャラクターによって特徴づけられる。この役柄には、好色な大男で馬鹿にされるマックス、どん欲で嘘吐きのブッコ、けちな老人のパップス、召使いのサンニオなどがいた。

他方、コメディア・デラルテには、悪人の道化ザンニ、間抜けな悪党のアルレッキーノ(英語読みするとハーレクイン)、冷酷な悪人のブリゲルラ、愉快な詐欺師のプルチネルラ、金持ちでだまされ役のパンタローネ、軍人のカピターノ、博士のドットーレなどの豊かな登場人物がいた。

サンニオとザンニの名前の類似は、両者に関係があることを示唆しているようだが、確かではない。確かなのは、教会による表面上の禁止にも関わらず、中世を通じて滑稽な芝居の伝統が生き残って、それが、コメディア・デラルテに開花したということである。演技は、簡単な冗談、滑稽な動作(吉本のギャグのようなもの(ラッツィと呼ばれる)、ブルレと呼ばれる長い逸脱などから出来ていた。軽業的な動きが演技の魅力を作っていた。

台本は概して短く、そのまま上演されただけだとすれば簡単すぎる。筋や対話は多くが恋人たちが結婚に至るプロセスで、大して面白くもない。これは、真の見せ場が即興の掛け合いや、あるいはアクロバティックでこっけいな身体表現にあったことを示唆する。台本は単なる筋書きをほとんど超えない。俳優のこの即興を支えたのが、ストック・キャラクターである。彼らは個性を演じる必要はない(即興で個性を演じるのは非常に難しい)。彼らが演じるのは「性格」(類型)であり、そして自分が演じるべき類型は作品は変わっても同じなのである。どの芝居においても、俳優はザンニを、あるいはアルレッキーノを演じるのである。

コメディア・デラルテが記録に残されたのはそれほど昔のことではない。16世紀には、イタリアのコメディア・デラルテの幾つかの集団がヨーロッパ中を巡業していた記録がある。この時期にはアンジェロ・ベオルコ(1502-42)などの作家の名前が残されている。1568年頃、彼らはフランスに入り、シャルル9世、カトリーヌ・ド・メディシスなどの前で上演を行ない、またたく間にフランス中に広がった。彼らは後のフランス古典主義喜劇、特にモリエールに大きな影響を与える。

さて、コメディア・デラルテの記録が少ないのは、それが完全に役者に頼っており、充分な文学としての作品を生み出さなかったことによる。これが演劇というジャンルにとって不幸なのかどうかはともあれ、現在に伝わるコメディア・デラルテの代表的な作家は、このジャンルがほとんど滅びかけた時代(18世紀)に生まれてきた。コメディア・デラルテ末期に属する二人の作家、ゴルドーニ(『二人の主人を一度に持つと』)とゴッツィ(『トゥーランドット姫』)の作品は、伝統的なコメディア・デラルテの演技伝統を踏まえながら、文学作品としての力を維持しており、今日でもしばしば上演される。(1997年には東京で二つの劇団が『トゥーランドット姫』を上演した)