ロンドン旅行

ロンドンに旅行した。

そもそもきっかけは第13回国際バフチンコンファレンスで、ちょうどその時考えていたネタが「ギリシア悲劇とポリフォニー」だったので、とりあえず応募してみたら、応募者全員発表していいよとのお達しで、なんのかんので発表することになった。で、参加者のほぼ全員が発表者か地元スタッフだ。そのコンファレンスがロンドンの大学であったのだ。

事情があって直行便をとれず、というか直行便などないので、デトロイトからの
トランジットで着いたロンドンの国際空港から市内に入った。デトロイトからの便は何とプロペラ機で、プロペラのところにJet Playerって書いてある。どっちだ。定員も50は無いような小さな飛行機。
ロンドンに来るのははじめてだが、思っていたより小さい。そう、東の端に空港があり、西の端に大学がある感じ。さて、
コンファレンスの事務局が用意してくれた宿舎は大学からテームズ川を渡った対岸にあり、毎日橋を渡ってテームズ越しに大学に通う。テームズ川って言っても幅10メートルそこそこの小川だけれど。小さな町の割には
大きな大学で、広々としたキャンパス、立派なタワーは、これが都会の大学とは信じられないほど雰囲気がある。まあ、都会の大学ではないのだけれど。

コンファレンス自体は、ネイティブの発表者はみんな早口で原稿を読み上げるだけで、レジメも用意していないわ、パワーポイントもほとんど使わない(画像を使う人だけがパワーポイントを使っていた)わなので、これはネイティブ以外は話について行けないのではないのかと思ったが、みんな結構ついて行っているのは、あらかじめ原稿を読んでいたからなのだろう。コンファレンスのサイトにあらかじめ原稿を挙げておいて、実際にはそのショートヴァージョンを15分でプレゼンしてね、ってのが事務局の狙いだったのだが、そんなことをする人はあまりおらず、30分間原稿を猛スピードで読み飛ばすスタイルがほとんど。

まあ、それでも一般参加者はあらかじめアップロードしていたので大丈夫なのだが、カーライル・エマーソンとか、ティハーノフとか、ハーシュコップとかヒッチコックとか、バフチン産業の大物たちはそれもしていないくせに早口で三十分読み上げなので、知らない単語にひっかかるとそこでついて行けなくなる。30分4000語以上のペースで喋っていたのではないか。大体普通のネイティブのペースだと20分2500語、早口で3000語らしい。これはマンチェスターの音大の発表者に聞いた。

分かる範囲では、発表のレベルはそんなに高くはなくて、大物もどこかで聞いたような話が多く、一般の人たちは、一部とても面白いのがあった(フリーダ・カーロのクロノトープの話とか)が、ものによっては「ええかげんにせえ」と突っ込みを入れたくなるものも多い(二度入れた。一度目は受けたが二度目は少しいじめになったかも)。

さて、私自身の発表は、考えれば私は英会話の訓練を二十歳の時以来していないので(大学二年の時に落とした英語の単位の代替にintensive courseってのをとったきりだ)、この調子でやれば聞き手は多分何を言っているのか分からないのではと不安にかられ、比較的丁寧なパワーポイントファイルを作る。全て同じ形式のスライドで、上にタイトル、下に説明というとても単純なもので、白黒だ。このおかげでどうにか話は通じたと思う。向こうで知り合いになった若い香港人(マンチェスターでドストエフスキーをやっている)に「発音酷いね」と言われたが。彼には、「日本人はみょーに礼儀正しい(polite in the negative sense of the word)んだけれど、あなたはそういう礼儀正しさはないね」とも言われた。誉められた気がしない。

結局2600語以下に縮めることは出来なかったが、25分はかからなかったような気がする。経過時間確認のために持ってきた台に置く時計を置き忘れたし、始めた時間を記録しておかなかったので、後半司会者の顔見ながら焦ったが、ストップも入らず全部喋れた。結構複雑な話が出来た。

ただ、バフチンの文学研究者的側面は最近のバフチン研究では本当に軽視されていて、そちら関係の分科会はとても出席者が少なかったのは残念。コンファレンス最初の発表が分科会ではなく全員向け発表で、タイトルが「国防Homeland Securityとバフチン」で、ギャグかと思ったが、むしろそっち系にバフチンを使う方がはやりのようだ。 監視社会に対抗する手段としてバフチンの他者性とポリフォニーが大事、って話だったが、具体的にどうしろって言うのよ。なんか新左翼系のアジ演説みたいなのだった。発表者が少数民族系なのでそれなりに真剣なのは分かるのだが。なんて呑気に構えてしまうのもこちらが外国人なせいだ。

さて、私たちの日常は宿舎と大学の往復で、ロンドンがどういうところなのか結局分からずじまいだったが、エクスカージョンが二度あった。一度目は近場のミュージアムでインド音楽のレクチャーコンサート。インド音楽はバフチン的だそうな。まあ、インドの古典音楽がハルモニウムを使っているなんて思っていなかったので、そういうヘテログロッシアなところはバフチン的かも知れない。あとはこじつけかなあ。でもこの人は面白いレクチャーコンサートをしていた。

もう一度は、ストラトフォード・アポン・エイヴォンまで出てシェイクスピアの鑑賞。『じゃじゃ馬ならし』を観る。

ストラトフォード・アポン・エイヴォンにも宿舎の前から直行バスが出る。バスは高速でもない道をものすごい勢いで飛ばしてロンドンから一時間でストラトフォード・アポン・エイヴォンに着く。ここでは、なぜか夏になるとシェイクスピアフェスティヴァルをやっていて、伝統的な衣裳でのシェイクスピア演劇を見ることが出来る。勿論イギリスのストラトフォード・アポン・エイヴォンがシェイクスピアの生地だからなんだけれど。

この、『じゃじゃ馬ならし』は、エリザベス女王が「領主」になっていたり、ペトルッキオの召使いが女だったり、いろいろと変な演出だったが、最悪なのはキャサリンに足を引きずらせていることだ。そうすると彼女の「じゃじゃ馬」の意味合いから何から全部変わってくる。また、序幕の登場人物を演じた俳優が劇中劇にも出演するのだが、当然スライ役がペトルッキオになるのかと思っていたが違っていたのに驚いた。

ストラトフォード・アポン・エイヴォンも小さな、劇場以外には何もないような町で、食事をしながらのんびりとバスを待っていた。バスは八時に現れ、宿舎まで私たちを送り届けてくれたが、町と町を結ぶ道がほぼ一直線で、一度三叉路で左に曲がっただけなのに驚いた。本当に道が直線なのだ。こんなドライブの経験はもう多分無いだろう。そしてもう一つの驚きは山のない地平線に沈む夕陽を見たことだ。バスが一直線に走っている間に夕陽が沈んだのだが、果てしなく広がる広野にゆっくりと時間をかけて沈む夕陽はとても美しかった。さすがカナダだ。そう、オンタリオ州ロンドンの西オンタリオ大学での話。

来年はこのコンファレンスはバルセロナである。テーマはポリフォニーとインターテクスチュアリティだ。一つ予習しておかねばならないことがあるが、日本の能と歌舞伎、およびギリシアの芝居を比較して、何か面白いことが言えそうな気がする。九月中旬で、オペラにはまだ早いが。それまでに英会話の練習をしなければ。ただ、場所が英語圏の外だけに、いろんな英語で良いのかも、という感じもあるが。