冒険王(青年団)

作・演出:平田オリザ、出演永井秀樹 秋山建一 小林智 能島瑞穂 大塚洋など

平田オリザ唯一の自伝的作品だそうで、舞台は1980年、イスタンブールの安宿に流れ着いた日本人たちの日常を描いている。

彼らの中には、ヨーロッパからトルコへ着いてこれからインドへ行こうとしているいる人がいれば、あるいはインドからやってきたり、イラン経由でやってきた人もいる。アテネで針金細工を売るのを仕事にしている人は、三ヶ月ごとにとりあえずトルコに渡って、ノーヴィザでアテネ滞在を続けている(この手はEU以降はつかえません。よい子は真似しないように)。目的地も様々で、そもそも「目的」地は殆どの場合存在しない。次にどこかに行くまでの間、とりあえずイスタンブールに滞在しているだけなのだ。昼間なのにずっとベッドに潜り込んでいる人や、インドの寺院で修行を続けた後、でわざと肝炎になって保険金でトルコまでやってきた人もいる。

イスタンブールではとりあえずだれも仕事はしていないようだが(カーペット屋の手先がいなかったのがちょっと残念)、彼らは、金がなくなるとあちこちでアルバイトをしながら、日本には戻らず、もう何年にもわたって海外生活を続けている。

平田オリザのデビュー作品であるこの『冒険王』を僕は読んでいなかった。若い頃に上演を見ていたら熱烈なファンになっていたのかも知れない。それくらい、この人たちは身近に感じられた。実際に、アテネで針金を売っていた人のモデル(の一人)は知っているような気もする。僕の知っている人は、領事館の現地採用だったと思うが、以前には針金細工を売っていた。いろんな伏線が未回収のまま終わるという平田オリザの芝居の特徴も、この登場人物たちならばすっと咀嚼できる。似たような安宿には何度か泊まったことがあるが、なるべく日本人宿は避けていたので(「歩き方」ではなくLonely Planetで紹介している宿に泊まるとか)、日本人バックパッカーコミュニティに参加したことはない。アテネで一度だけ、日本人が仕切っているような(でも外人も多かった)宿に泊まった感じが、よく似ていた(仕切っていたのは、針金細工を仕事にしていた人。上の人とは別人だが、お互い同士知り合いだった)。

東南アジアに溜まっている日本人の様子については、西原理恵子が幾つかマンガで揶揄していたが、彼らがそこに「落ちて」いって他では暮らせない人たちであるのに対し、この芝居の登場人物たちはどれもまだ若い「一時滞在者」だ。特にイスタンブールへに縛られているわけでもなく、何ヶ月もいても、ふっと思い立ってソフィアへ行くような「デラシネ」な人たちである。また当時のはやり言葉で言うと、「モラトリアム人間」でもある。確かにそれは私が大学→大学院生だった時代をよくあらわしている言葉だったと思う。何でずっと旅行しているの?と問われて、宿にいる唯一の女の子が言う。「待っている」と。そう、何かを待ち続けるために、とりあえず今は「執行猶予」の状態にいること、それが私の大学時代の自己意識だったし、「死」が結構身近なものになったいまでもそれは続いているように思う。

だから、この作品から自虐的な笑いと切実な切なさを感じ取ってしまうのは私自身ないしその世代に限られているのかもしれない。私は、自分の「大学院」と彼らのイスタンブールに同質のものを感じてしまう。だから、「退廃」を描いた筈なのに今の目で見れば真摯に見えてしまうという作者の言葉にも関わらず、私はこの人たちに、多分当時も今と同様「退廃」は感じなかっただろう。避難所としては、海外の方が大学院よりはよほど刺激的だっただろうなとは思うのだけれど。(今だと家でネットを見ていることになるのだろうな。)

細かい違和感を一つ。日本人向けの安宿があってトプカピまで歩いて30分もかからない(途中でトプカピに出かけた青年が、休館だったため最後に戻ってきている)とすると大体場所の目安はつくのだけれど、あのあたりならスピーカーでのコーランの詠唱が聞こえるのではないかしら。外部とあまりに隔絶した感じになっていた。