ほら吹き隊長フラカッサ

2003年5月31日 静岡県立舞台芸術公園野外劇場
演出:ドメーニコ・ガルディエーリ
原作:プラウトゥス
出演:エンテ・テアトロ・クローナカ劇団

芸術劇場からバスで十分ほどいった丘の上にある野外劇場での上演。観客席は300そこそこだろうか、小さな野外劇場で、時ならぬ台風の影響でかなり強い雨の中の上演。全員に簡易カッパをくれる。古代様式をやや変形した舞台。後ろは大きなカーテンでナポリの情景を表し、向かって左には二軒の家の入り口がこれもカーテンで囲っただけで示されている。右側にも同じカーテン製の入り口があるが、これはほとんど利用されていない。

同じ日の昼間に見た『二人の主人』と比較すると、こちらの方は予想外の天候が観劇経験としてとても面白いものになっていた。俳優たちの中にも観客と同じカッパを着ているのも、傘を差して演じているのもいる。舞台は滑りやすく、ときに水しぶきが上がる。でも場面は青空の広がるナポリだ。そのずれが素直に楽しめる。

こちらでも娼婦役が男だが、げっぷなどの仕草が、「高級娼婦」という設定(いちいち字幕に「高級」娼婦って表記しなくても良いって)とのずれでおかしい。

原作はプラウトゥスの『ほら吹き兵士』で、ローマ喜劇はほぼすべてそれ自体オリジナルではなくギリシアの原作を持ち、場合によっては複数のギリシア喜劇(作品がほとんど残っていない中喜劇や新喜劇)を混ぜ合わせて作られている。この作品もそれ故アテネを舞台にし、詳細は不明だが新喜劇が原作である。

この上演はローマ喜劇の設定を古代ギリシアからカール大帝の頃のナポリに移しているが、話自体はギリシアの新喜劇そのものだ。ほら吹きの軍人が愛人、隣人、そして自分の召使い(本来は奴隷の役だ)から欺かれ、徹底的にいたぶられる。主人公の召使いは、新しい恋人との密会現場を召使い仲間に見られた「ほら吹き隊長」の情婦のために、見られたのは彼女の双子の妹だったという話をでっちあげてごまかし、密会場所を提供していた隣人の妻がほら吹き隊長に恋慕しているという設定を作り上げ、隊長の方から情婦と別れるようにし向ける。女は手切れ金を受け取り、新しい恋人との逢瀬を楽しもうとした隊長は隣人によって辱められ、報いを受ける。この件に関しては彼はむしろ被害者なのだけれど、作者はこの傲慢な人間を容赦なく虚仮にする。

奴隷以外には三人の男が出てくるが、そのどれもが情けない人間だ。隊長は、醜男で臭く臆病なのに自分が美男で勇敢だと本当に思いこんでいる、そのギャップが面白い。新しい恋人は間抜けだし、たくらみに手を貸す隣人も「棍棒を持っていない」。それに対して二人の女たちと奴隷という、実際には弱い立場の人物たちの見事なこと。「女は悪いことに関してはとても頭が良いが、良いことに関してはからきし頭が弱い」とここでメデイアの台詞をぱくるのは娼婦の方だが、この台詞、子殺しのメデイアよりはこちらの方がふさわしい。

演技もまた吉本新喜劇をさらにスピードアップしたように軽快で図式的。いじめられる役、馬鹿にされる役に感情移入する隙を残さない。観客は(嵐の共有体験もあって)、実に自然に奴隷と女たちの共謀に加担する。で、最後のカーテンコールが終わっても、フラカッサは舞台上で気絶したままだ。他の役者が退場した後に漸くごそごそと起きあがる。そこも面白かった。