演劇集団円 死の舞踏

例によって赤旗に書いた劇評はこちら

この劇評では、作品について、典型的な自然主義演劇って書いてしまったのだが、あとでその領域の権威の先生にうかがったら、「それは違うよ」って言われた。まあ、後期ストリンドベリっていろいろややこしいものにはまっていたみたいで、その影響は『死の舞踏』にも、最後の男の台詞当たりに特に明らかなようにも見えるし、途中に登場する老婆も何か象徴的ではある。

しかし、この上演ではそんなところよりも、夫婦の愛憎(愛がどこにあるのという話は別にして)に明確にフォーカスが合わされていたと思ったし、また、二十世紀のアメリカ自然主義演劇に通じるような側面を強調したいし、その点では典型的自然主義ってのもそれほどは外れていないと強弁しよう。

でも、そのように見てしまうと、本作の影響を受けて書かれたとされるオールビーの『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない』に比べると心理の掘り下げは、フロイトの前と後ということもあって弱いと思う。ただし、ウルフでは愛の側面がもっと強く現れるので、こちらの夫婦のあり方よりは救いはあるが。

あと、役者の年齢と役柄の年齢はやはり差がありすぎかなあ。私はそんなに目が良くなくて、頑張っていてさえいれば、あまり設定年齢との違いは気にならない方なのだが、橋爪さんが嫁と別れて再婚すると言っても「そんな無理せずに」と思ってしまうものな。100年前の人たちは今より老けやすかったとしても、女は四十代、男もせいぜいその十歳年長なだけですもの。