さて、八時に始まった舞台は、九時40分には予定通り終わり、観客はそぞろに駐車場に向かう。一団の急いでいる人々がいる。東京から来た演劇評論家や研究者の人たちだ。そう、東京行きの最終新幹線は午後10時15分に静岡を出る。それを逃すと、大垣発東京行きの深夜列車(青春18切符の愛用者にはおなじみの列車)がつく午前二時過ぎまで電車を待たねばならない。彼らはとても急いでいる。

だが、彼らが急いでも意味がない。バスは静岡方面に戻る客がすべて乗り込むまで出発しない。「何してんだのろのろと」と思わず声が出る、いやのろのろしている訳じゃないって、単に10時15分までに静岡に戻らねばならない理由がないだけ。いらついているうちに時間は五分経ち、十分経ち、バスが出発するのは10時少し前だ。「大体新幹線に間に合うように終われないってちょっと非常識じゃないか」と声を挙げると、「そうだよねぇ」と返す声。「何か事情があったんだろうか」と心配する人もいる。(東京から来た客が泊まらずに帰れるように主宰者は配慮しているはずだ、とこの人たちは思っているんだ)。運転手に、「静岡の最終新幹線に間に合うだろうか」と尋ねる人もいる。無理でしょう、と答えが返ると、後ろに向かって、「最終の新幹線には間に合わないんだってさ」と大きな声でどなる。後ろから女性の悲鳴、「うそ!」「信じられない」「なんて非常識な!」。バスは直接静岡に行くのではなく、最初に東静岡駅に停車する。「東静岡に停まらずに直接静岡駅に行ってよ」と運転手に交渉する人もいる。そんなことができるわけもなく、軽くいなされて、バスが東静岡に着いたのは新幹線の出る5分前。バスに乗ったままでも次は静岡駅なのだが、タクシーの方が少しは早いだろうと、東京からの客はみなタクシーに乗り換え。「タクシーだと間に合いますかね」とバスの運転手に尋ねる人もいた(そんなのバスの運転手の知ったことか?)。彼らが間に合ったかどうかは知らない。台風が来ていて、新幹線のダイヤも乱れていた可能性があるから、間に合ったのかもしれない。見る限り劇場の駐車場には予約タクシーはおらず、東京からの客でタクシーを予約して待たせておく、という発想の人はいなかった(あるいはそういう人は終わる少し前に出て先に帰ったのかもしれない)。

面白いのは、このバスは東京から来た客で埋め尽くされていたわけではなく、客の殆どは地元とおぼしき人だったということだ。彼らは期せずして、喜劇の(批評家や研究者が演じた)第二幕の観客になったのでした、とさ。