維新派『呼吸機械』

赤旗に劇評を書きました。

松本雄吉の率いる「維新派」は、1970年に「日本維新派」という名前で結成され、何度かの曲折を経て現在に至っているグループだが、大阪を拠点とするアングラ・小劇場劇団である。松本の独特の身体観を背景に、「劇団」と言いながらもプロットへの志向はそれほど強くなく、動きもある種のダンスに近い。

私は1992年まで大阪に住んでいたが、向こうでは維新派を一度も見ていない。「維新派」という名前を意識したのは、東京志向の強いある評論家の人が関西に職を得るにあたって「大阪には維新派がある」と語っていたという話を聞いたときからだ。生で見始めたのはこの「彼と旅をする二十世紀」のシリーズからだから、もっと大規模で訳の分からないパフォーマンスをやっていた時代については知らない。

それでも、殆ど筋を追うことも難しいような彼らの上演について、今回はこちらから是非にと申し出て『赤旗』の劇評をこれにさせて頂いたのは、去年見たnostalgiaに圧倒的な衝撃を受けたからで、既存の劇場を使い、スペクタクル面をやや映像に移行した前回の上演よりも、琵琶湖畔に特別舞台を作った今回の上演は、彼ららしさという点では一層見応えがあるものだった。「<彼>と旅をする二十世紀」と副題がついている<彼>の着ぐるみ?というか中に人間が入って操作する仕掛けは今回も出てくるのは当然だが、今回はさらに水に浮かぶヴァージョンも登場する。それ以外にも、「かに道楽」にアイデアを借りた食堂場面とか、蒸気機関車とか、大きな仕掛けは幾つもあって、それが効果的だし、まず視覚的に驚く。芝居をみる根本的な楽しみの一つが「見せ物」であることを思い出させてくれる。

後は「赤旗」に書いた劇評の感想にそれほど付け加えることはないのだけれど、二点。(1) ミニマリズムの音楽と踊り(というか体操風)は、普通にやればとてもオシャレになるものだが、大阪弁のアクセントを残した語りがそれを防いでいる。おなじ関西出身で、それほど踊らないダンスという点でも似ていたダムタイプのS/Nが結構オシャレだった(こういう言い方をすると大きな反発を買うのではあるが)のとも違う独特の雰囲気が面白い。方言の持つ感情の喚起力は大事だと思う。だから無理して不自然に方言を模倣することはなるべく避けないと→黒テント。(2)浮浪児たちの名前の多くが旧約聖書に由来していてユダヤ人名にしか聞こえないのだが、彼らの運命は東欧のユダヤ人の運命とは一致していないように見える。普通の市民があちこちで旧約聖書からの引用を行っているところからして、この名前は、キリスト教的なものと捉えられているように見える。でも、ユダヤ人孤児の施設を経営していたコルチャックの名前が登場人物の一人に使われていたところからして、ユダヤ人という設定なのかなぁ。肝心なところながら、そこが私には分からなかった。ラストは「灰とダイヤモンド」なのかしら。

ここからは余談。今回、劇評を書くための資料として、『維新派大全』という本を買った。そのインタビューの中で松本は次のように言っている。「大阪港の天保山の竜宮温泉というところに風呂入りにいったら、そこにいる人がみんな海運関係の人ばっかりやねん。みんな筋骨隆々。地域性がばっちり。大阪市内の風呂屋やと、サラリーマンも商売人も入っているという安心感があるけど、そこにいったら完璧にみんなたくましいし、親の血を引いているのか中学生くらいの子でも潮風にきたえられた顔しとる。現代の逆地域性も見捨てたものじゃないなと思う。」

えっと、その近所に住んでいた私の意見では、絶対たまたまやと思う。竜宮温泉は、いつかの温泉ブームのときに温泉掘って一番奥のちっちゃい浴槽だけ「温泉」と言って営業していたんだけれど、その前も後も別にそんなに客層がそんなに筋骨隆々だった記憶はない。まあ、子供の頃はひ弱で、高校の頃からはちょいメタボな私が入っていたのとぶつかっていたら、この感想にはならなかったように思う。(今では結構人気のスーパー銭湯風銭湯になっているようだ)。