イヨネスコ『椅子』サイド・ステップ・シアター

99/04/20
サイド・ステップ・シアターは演出家村上寿久と俳優根岸光太郎が1993年に始めた演劇集団。総勢十五人ほどのグループ。今回は彼ら二人に「円」の井出みな子が加わる形で三人の芝居を展開する。
ジァン・ジァンの観客の半数以上は彼らと同世代か、やや年長者が占めていた。「円」や村上たちの固定的ファン層なのだろう。
イヨネスコの芝居は、島に暮らす老夫婦の妄想の広がりを悲しく描いたものだろうか。老いた夫婦が島の朽ち果てた屋敷に暮らしている。夫は主なきこの屋敷の「門番」「家の元帥」を自称する。世界は滅びつつあるか、あるいは滅びてしまっているのかも知れない。妻(セプティマスという名前が与えられている)は夫が「何にでもなれた」のに社会的名声を求めなかったことを悔やんでいる。
夫は唐突に、自分のメッセージを伝える弁士と、それを聞くお客とを屋敷に招いたと告げる。夫は「世界を救う」メッセージを持っており、それを伝える「弁士」を雇ったと言うのだ。夫が浮かび上がれなかったのは、自分のメッセージをきちんと伝えることが出来なかったためであり、今回は「弁士」を雇ったので、夫のメッセージは伝わるだろう。
最初の客が「現われ」(水音、呼び鈴、カーテンの開閉で客の「登場」が示唆される。ただし実際に舞台上に増えて行くのは妻が用意する椅子だけである。)二人は客に椅子を勧める。客が増えるにつれて、妻は椅子を揃えるのに四苦八苦するようになる。やがて舞台上は満員の講演会会場の様相を呈し始め、二人は身動きもままならない。お客たちのざわめきでお互いの声も聞き取ることが難しくなる。「皇帝陛下」までが現われ、夫婦は感涙にむせぶ。弁士の到着の遅れに苛立ちながら、夫は自分のメッセージがいかに重要であり、世界を救うものであるか(ただし具体的内容はなし)を滔々と弁じたてる中、「弁士」(村上・マイム)が登場する。弁士の登場により、二人にはもはや何も思い残すことはない。夫はさらに弁を高め、情緒的な盛り上がりの後、暗転。夫婦が水に身を投げる音が聞こえる。
明るくなると壇上に弁士が立っているが、彼は手話以外の表現手段を持たない。努力の末に叫び声をあげたところで再び暗転。
演技はしっかりしている。そのしっかりが実は問題。夫婦の性格や心理状態は明確に示されている。不自然なところはない。客が実際には存在しているのであれ、彼らの妄想であれ(それを問うことに何らかの意味があるとは思えないが)、不遇をかこった末に最後に(幻想の)栄光の場が与えらるが、そこで主人公は実は何も言うべき言葉を持たない。彼の口から出るのは空疎な決まり文句ばかり。
この人物の長広舌は現実にはとても退屈なものだろう。舞台はその退屈な長広舌を示さねばならない。しかし、この舞台ではそれが「退屈な長広舌」そのものになってしまった。リアリズム演技の問題が露呈した形。また、混雑した人混みをかき分ける場面での夫のマイムは、いかにも「マイムを覚えました」という感じで興ざめ。
この点、井出の演技スタイルはやや異なっていて、より融通を示すものになっている。
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