ペーター・シュタインのエレクトラ(ギリシア国立劇場)

作 ソフォクレス 翻訳 Minos Volanakis エディション Petros Markaris
演出 Peter Stein 衣裳・舞台デザイン Dionissis Fotopoulos 音楽 Alessando Nidi 振付 Lia Tsolaki

キャスト 守り役:Yannis Fertis オレステス: Apostolis Totsikas ピュラデス: Miltos Sotiriadis エレクトラ:Stefania Goulioti クリュソテミス:Kora Karvouni クリュタイムネストラ: Karyofyullia Karebeti アイギストス: Lazaros Georgakopoulos

初めてアイスキュロスの『オレステイア』を生で見たのは、1994年の夏、エジンバラの演劇フェスティヴァルで、ペーター・シュタインがロシアの俳優を使って行った上演だった。ショッキングな演出ながらも、細部にいろいろと疑問は残り、東ベルリンの壁が破れた直後の正月、1990年の一月に太陽劇団の『アガメムノン』を見たときのような打ちのめされるような衝撃は感じなかった。1989年の年末から友達とヨーロッパに遊びに行き、パリに入ってヴェネチア、ブダペストと回り、ブダペストからクラコフへ向かい、年末にオフィシエンチエム(アウシュヴィッツ)を見て、クラコフから夜行列車でベルリンに着いたのがその年の大晦日だった。大晦日のベルリンは、あちこちのレストランで断られ、ブルガリア料理の店でようやく晩飯にありつくことが出来た。あの店は、ベルリンがどうなろうと俺たちに何も良いことなんかないやって感じだったなぁ。

ベルリンに三日ほど滞在したのち(ベルリナー・アンサンブルの『ガリレオ』を見たな)、パリに帰り、当日券を求めてブルックの『あらし』に断られ、太陽劇団の『アガメムノン』に「とりあえず来い」と言われたのだった。この時間にこのコースをめぐることが出来たのは、とても幸せな経験だったと思う。そしてその時に太陽劇団の『アガメムノン』と出会うことが出来たのも。そもそも旅行を計画したときにはまだベルリンの壁は開いていなかった。

このときの旅行では、ドイツで1910年代に出たある本を探していて、西ベルリンの国立図書館(『ベルリン・天使の詩』に出てきた図書館)にはそんな古い本は置いておらず、東ベルリンにあるかも、と聞いて探しに行ったのだけれど、結局なかった。「記録はある。でもここは瓦礫になったんだ」って図書館員に言われた。

そんなこんなの思い出が、『アガメムノン』の上演の記憶と対になって出てくるので、太陽劇団のこの上演への思い入れは、どうせ客観性など持ってはいないだろう。というか、圧倒されたという記憶以外は段々薄れつつある。アガメムノンがカタカリで、カッサンドラが能装束だった。

いや、その話ではなく、ペーター・シュタインだ。『オレステイア』では、女たちのコロスが薄布の上着を脱いでアガメムノンの深紅の道を敷き詰めてゆく場面と、赤い包帯で新しい住まいたる椅子にぐるぐる巻きにされて縛り付けられるラストが特に印象に残っている。

そのペーター・シュタイン演出作品の二つめが、これもロシア人を使った『ハムレット』で、「デンマークは牢獄だ」という閉塞感は良く出ていたものの、ずっと場面が暗くて変化が少なかった。

三つ目が、イタリアの俳優たちを使った『メデイア』で、ようやくペーター・シュタインへの偏見が一掃されたとても面白い『メデイア』を見た。これについてはここで書いた。

そして今回が、ソフォクレスの『エレクトラ』だ。

最近ペーター・シュタインは外国の俳優たちと仕事をするのが当たり前になっているようだけれど、今回は単にそういうのではなく、ギリシア国立劇場という、世界の劇団の中で一番ギリシア悲劇を多く上演している劇団への、夏のエピダウロス劇場での上演のための演出だ。『メデイア』の時に、シュタインは、エピダウロスでの上演では「古典的空間」を活用する必要性を説いていたが、『メデイア』ではそれは、オープン・スペースならではの火や煙の大胆な利用、屋台崩しと最後のメーカネーの途方もない規模のスペクタクルだった。エピダウロスの後ろの方だと、俳優は豆粒みたいになってしまうのだが、それでも楽しめたのはそのスペクタクルとともに、空間に負けないイタリア人らしい大げさな身振りと語り口の寄与するところも大きかった。

衣裳は、エレクトラは黒いぼろぼろのワンピース、コロスたちは白、クリュソテミスは白だが、刺繍で贅沢感を出す。オレステスは黒っぽいズボンとシャツ。他方ピュラデスは白いスーツ。クリュタイムネストラは鮮やかな緑のドレスでアイギストスはベージュの軍服。まあ現代衣裳と言って良い。

舞台中央にはオルケストラが置かれ、金属質の高い壁面が四角形に区切られ、真ん中に出入り口が一つ置かれている。これは勿論、エピダウロスを含む夏のギリシア国内でのツアーで、古代劇場遺跡での上演を念頭に置いたものだ。『メデイア』の場合と違い、ギリシア国立劇場は国内ツアーを行わねばならないので余り大規模なスペクタクルが出来ない場所もある(パトラやサモスなど)。つまり今回は大きな劇場でもそれほど大振りでない劇場でも通用する演技と演出が要求される。

それをシュタインは激しく緊迫した演技という形で実現した。エレクトラは激しく走り回り、体を金属の壁面に思いっきりぶつけ、身をかがめて一心不乱にオルケストラを掃き清めるが、どれも大げさというよりエキセントリックであり、彼女の状況と心情を見事に表している。一方、細かい動きにも配慮は行き届いていて、ピュラデスのオレステスへの所作は恋人へのゲイの青年の振る舞いであり、オレステスがエレクトラを認知する前の態度は薄汚い女への無視とあざけりが読み取れる。彼は彼女が目に入っていないかのように振る舞う。『メデイア』でもそうだったが、シュタインのヒロインは何かをしながら重要な対話を行う。メデイアではその行為が毒薬を作ることだというのが徐々に明らかになって行くが、ここでは掃き清めは、特にヒロインの後の行動と結びついているわけではない。

この芝居はいくつもの見所がある。クリュタイムネストラとエレクトラの一行対話の緊迫したやり取り、オレステス死亡の報を受けての母親と姉それぞれの反応、エレクトラの嘆きと認知による運命の転換(不幸→幸福への)、アイギストスが遺骸をクリュタイムネストラのものだと認知する場面など、どの見所も緊張をゆるめずきちんと感情表現がなされ、状況が手に取るように分かる。特にオレステスが姉を認知し、姉に自己の素性を明かし、エレクトラが不幸の底から徐々に幸福感を噛みしめてゆくところがここまで説得力をもって描かれたのは初めて見たような気がする。

コロスの歌(語りと重ね合わされる)や動きもギリシアのローカル色を薄め、美しい響きを強調しており、好ましい。

ラスト近くで、母親の死の叫びが聞こえた途端、エレクトラはそれまでの黒服を脱ぎ捨て、舞台に置かれた水槽に浸かって身を浄め、白い衣裳に着替える。ピュラデスに裸体を見られるし、白い衣裳はアイギストスに不審の念を抱かせることになるのでリアリズム的には良くないのかも知れないが、ようやく父の復讐と喪が終わったという彼女の心情が切々と伝わり、感動的だった。

ソフォクレスの『エレクトラ』はホフマンスタール版だったク・ナウカを別にすると、北ギリシア国立劇場で93年に一度見ている(これはとても良かった)。あとは、鈴木SPAC(これもホフマンスタールだったかも)、ルームルーデンス、ザルパスの映画あたりしか見ていないような気がする。伝説的名演の評判のあるテッサリア劇団(ラリッツァ公共劇団)の80年代の上演(同じグループのエウリピデス版は見た。これも名演だが、演劇から祭祀側に傾いた上演)、蜷川、大竹しのぶ版を見ていないが、シュタイン版はパーソナル・ベストだった。

余談

国立劇場は東大門運動場から420番バスで二つめの停留所(バス停の名前も「国立劇場)、向かいには新羅ホテルと免税店がある、緑に囲まれた地域にある。最初の停留所は東大入り口(ドンデイク)で、結構憩いの場になっている公園だ。時間があったのでそこで降りてずっとなだらかな坂を上がってゆくと、石碑とその後ろ側にレリーフと群像彫刻があった。三一独立運動記念碑とのことだった。その隣が国立劇場だ。野外劇場も備えた近代的な劇場で、劇場前の広場にテントが出てサンドウィッチやコーヒーを売っている。二日見たうちの二日目には、インターナショナル・フェスティバルの景気づけなのか、韓国の仮面パフォーマンスを広場でやっていて、結構な盛り上がりを示していた。

こんなところ(ソウル)にこんなもの(ギリシア人のギリシア劇)を見に行く愚か者、いや物好き、いや豊かな趣味の人が他にいるとは余り思えなかったが、知り合いのギリシア好き夫婦がやはり見に来ていたのは驚き(本当は事前に知っていたので驚いていない)。10月には太陽劇団が台湾に来る。ギリシア国立劇場にしろ太陽劇団にしろ、そこまで来ていて日本には来ないというのが、今の日本の不況の反映なのかなぁ。(太陽劇団に関しては、初来日の演目が、日本人のナショナリズム(奴らにアジアが分かってたまるか)の反感を買ったためかもしれない。)