水族館劇場 <FLOWERS OF ROMANCE-花綵の島嶼へ>

のぼりやパンフレットは「水族舘劇場」なのだが、HPなどでは「水族館劇場」になっている。まあ、どちらでも良いが。

いやぁ面白かった。今年見た芝居の中では、流山児★事務所の「浮世混浴」、ク・ナウカの「安達ヶ原」と並ぶ面白さだ。

完成度が高いか?と言われればそんなことはない。物語は結構陳腐でプロットを捻って何とか興味をつなげるレベルだし、反復が多くもう少しすっきりさせて欲しいし、彼らの抒情性はちょっと嫌な方向へ向かいそうだ(曖昧な言い方)し、主演女優は役柄と年齢が数十年ずれている。演技レベルの凸凹もけっこうあり、それを内輪ウケのネタにしているところもちょっと嫌らしい。

まあ、そんな不満を吹き飛ばしてしまうのが、水・水・水と火、宙乗り、屋台崩しの物質的圧倒感と、見せ物芸の確かさだ。本水の舞台での使用は歌舞伎では良くあるし、猿之助一座も得意としていた、また、最近では蜷川も『近松心中物語』や『メデイア』でしとしと降る雨を効果的に利用していた。テントの後ろを開いて外の空間を持ち込むのは「黒テント」がよくやるし、勘九郎のニューヨーク公演でもやった。ちょっとしたひねりで効果的な舞台を作り出すことが出来る。

でもここではそれらすべてが度肝を抜く量と力を持ち、それがいかにも貧乏くさい(ブリコラージュな)建築構造、キッチュな美意識に貫かれたセットのなかで頭を直撃するようなショックを与える。水を使うなら舞台上に滝を出すべきだ、溢れて客席までびしょびしょにするほどの水を使うべきだ、そうして初めて水の力が舞台に現れる、火は、そうそう使うわけにはいかないが、燐の匂いがぐっとくる。そして舞台。ギリシア悲劇のメーカネーばりの(比喩でかえって分かり難くなったか)、人力で、金を(そんなに)かけずに無茶をする浮遊装置。空飛ぶ船、空飛ぶ観覧車、見せ物としての宙乗り。ペーター・シュタインの『メデイア』の圧倒的なメーカネーにさして引けを取らないものを、彼らは手作り感溢れる装置でやってしまう。

そう、それと回転木馬。芝居のテーマの上で重要な役割を果たすのが回転木馬の青い馬だが、回らないまま解体されて、「爆弾は爆発するためにある(デニス・ホッパー)」「飛ばない豚はただの豚」という格言(違)に即して言うなら、「回らない回転木馬はただの木片」と思っていたら、最後に予想外の場所で回った、なるほど、そう言うやり方があるのね。

物語は、『第三の男』を和風にして『焼け跡無頼復興篇』(後者は直接のネタが分からなかった。何となく田宮次郎と勝新太郎が出ていそうな感じの映画)を混ぜ合わせ、水木しげるを振りかけるという感じで、いかにもアングラ第一世代が作りそうなものだ。ネットで調べてみると曲馬団系の劇団とか。なるほど。

スペクタクル要素の中で一つだけ気に入らなかったのは、ストロボの使い方。中途半端にモダンに、つまりださく見えた。

見せ物芸も、カッパ男の火芸とちょい痛い系見せ物有り、「玉ちゃん」と呼ばれる人気者の爺さんの宙乗りあり、あまり上手くはないが紙芝居ありで、幕間を楽しませる。