テッポー玉 (黒テント)

黒テントの「テッポー玉」は、去年佐藤信演出で東京でやっていたのだが、嫌な予感がして観に行かず、今回、作者の坂口瑞穂(♂)が演出も兼ねる新演出の上演になって再演されたのが前橋に来たのに観にいった。

一年前の予感通り、何度途中で抜け出そうと思ったか分からない苦痛を強いられることになった。苦痛の原因ははっきりしていて、方言がなっていないことだ。大阪方言によく似ているが殆ど全てのセンテンスでどこかアクセントが違っている言葉を二時間聞き続けるのは、大阪出身者には本当に辛い。出演者の一人は大阪出身らしいが、彼女の言葉遣いまでおかしく聞こえたのは、変なアクセントの人たちの中で実際に揺れてしまったのだと思う。なお、これは私だけの意見ではなく、関西出身者と一緒に観にいったのだが、その人も「これ大阪に持ってゆかはんのん、根性あるなぁ(大意)」と言っていた。うーむ、本当にチャレンジャー。

まあ、これは関西出身者でないと違和感も不快感も感じないだろうが、何とか大阪風アクセントに近づけようとする努力が先にたってしまった結果、かなりの台詞が棒読みに近い状態になってしまったのは関東の人でも気づいたのではないだろうか。

さて、そういう状況ではなかなか芝居がどうだとか言えないのだけれど、仮に大阪方言が完全にマスターされていたとして(例えば関西の劇団が上演したとして)、この芝居が面白いものになったとは思えない。芝居自体はいわゆる「大阪戦争」のきっかけになった、鳴海清による山口組組長襲撃事件を扱っているのだけれど(ただし固有名詞も全部変え、完全にフィクション化している)、襲撃を直前にして応援の到着の遅れに苛立つ実行犯と、たまたま公衆電話ボックスに居合わせたちょっとおかしな女との会話の吉本的なずれの面白さしか、見所はないように思われる。

二部構成で、第一部では襲撃までの様子が描かれ、第二部では逃亡した実行犯が身内に裏切られて殺される最後の一日が描かれるが、細部は全て虚構だと思う。それぞれ最後に女優による語りが入るが、第一部の終わりは過度に数字にこだわった襲撃の実況中継のようなもの。この数字へのこだわり(ボディガードの口には0.4ミリリットルのよだれが溜まり)が単に適当にしか聞こえない。場面が数学的に正確に描かれているようにも、想像の中でありありと再構成できるようにも思えない。第二部の最後は実行犯の殺害と死体毀損を手伝った女による供述調書を模した台詞で、第一部とも対応しないし、やたらと長いので怖いながらも飽きてくる。殺害場面がないのも(ギリシア悲劇以来ずっとある)この手の台詞としてはインパクトが少ない。

細かいことだけれど、500円札があった時代の設定なのに、ホームレスという言葉が使われていた(ように聞こえた)のも興ざめ。

結局、何を見せ所と考え、聞かせどころと考えるのか良く分からなかった。