テッド・ザルパス監督『エレクトラ』

1962年 ギリシア映画。
Anna Synodinou エレクトラ
Thanos Kotsopoulos オレステス
Kakia Panagiotou(クリュタイムネストラ?)
演出(舞台版) Taki Mouzenidi

アメリカ人のカメラマン、テッド・ザルパスが1961年のエピダウロスでのギリシア国立劇場の『エレクトラ』上演を撮影したもの。ごく一部、俳優のアップで背景が真っ黒なカットはスタジオ撮りだろうし、カメラアングルから考えてエピダウロスそのものでの別撮りの部分があると思われるが、基本的には客を前にした上演そのものを映画に撮っている。このときは上演は昼間だったのがわかる。音声はクリアすぎるので当てレコかな。ハリウッド歴史劇風の音楽(Menelaos Pallantias)はコロスの歌と雰囲気が合ってないところも見られ、また、舞台の音楽としては前に出すぎで、おそらく映画用に別に作曲・録音されたものだと思われる。観客の反応もある程度入っている。面白かったのは姉弟の認知の場面で拍手がわき起こることだ。

舞台は高いプロスケニオンと、扉を三つ持つ本式の、かなり立派なスケーネーをエピダウロスに設営している。無茶する。今日ではこれはヘレニズム以降の劇場様式だとされているはずだが、62年にはどう思われていたのかな。いずれにせよ演劇の上演では考古学的正確さが重視されるわけではない。我々が普通イメージするギリシア劇場の舞台をエピダウロスに作っている。但し、プロスケニオンとオルケストラを結ぶ階段は横にも広く、俳優の演技は殆どオルケストラで行われている。

演技は例によってやや大げさ、よく言えば様式的、悪く言えば新派。ただしおそらく、エピダウロスの広がりがあるとそれほど大げさには見えないのだろう。しかし映画で効果的だった表情演技は舞台では効かないし、難しい。意志の強さを感じさせる(少しだけ太めの)エレクトラ(黒い衣装)はすばらしく、オレステスの遺灰が入ったと思いこんだ壷を抱えて嘆く場面は感動的だった。オレステスが少し禿げていて残念。もう少し若くないとね。クリュタイムネストラ(白い衣装)の感情表現(オレステスが死んだと知らされたときの悲しみと喜びのミックス)はわかりやすいが、やはり表情に頼りすぎ。このころに比べたら最近生で見た国立劇場はずいぶん自然になってきたと実感できる。というか、この微妙に生々しさを欠いた演技は何なのだろう。台詞は結構リズミカルで古めかしいような気もする(が現代ギリシア語なのでよく分からない)。

コロス(色の付いた衣装だろうが、白黒映画なので...)は大体朗唱だが一部は歌う。登場の時のステップに少し「イザドラ・ダンカン風」が感じられなくもないが、この間見たいかにも「ギリシア民族舞踊風(ドラ・ストラトゥ風?)」よりは気品があって好ましいかも。

演出で気になったことを一つだけ。アイギストスが部下を連れて登場するのはまずいと思う。最後には部下は無言で顔を背けて彼を拒み、アイギストスの敗北が決定するのだが、オレステスたちがそれを予測できたはずはないのだから。

62年は、ギリシアの民主化が進むかに思えた年だった。権力の交替を肯定的に描くソフォクレスの『エレクトラ』は、この時期にふさわしかったのかもしれない。ギリシアは(翌63年のランブラキスの暗殺(映画『Z』の題材になった)などの曲折を経て)64年には中道政府を実現する。しかし67年には軍事クーデターにより再度冬の時代を迎えることになる。いまとなっては歴史の1ページですけどね。