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(200404)

05 バリ日記補 /09 中村公美『からっぽになた』/13 Ko&Edge『Experimental Body--Heels』第一日/14 Ko&Edge『Experimental Body--Heels』第二日/15 今年度授業一回目/22 コドモ×幼年/23 『ロスト・イン・トランスレーション』/27 自己責任論を吹聴する者たちの自己責任/29 阿部和重の「あやや」/30 ぺ様並の人気フェルメール様

 *ダンスは
赤字

□0430(Fri)


『栄光のオランダ・フランドル絵画展』(東京都美術館)に行く。ルーベンスやレンブラントが脇役で、主役がフェルメール「画家のアトリエ」という少し前だったら考えられないような企画展。フェルメールは室内の人で、「室内」とは、細々したものがぎっしりあるというロココ的なセンスと言うこと以前に、光差し込む光景の空気を描く画家だ、と言うことをあらわす。ある壁を描いたかに見えるところの一部には、実は壁の白が描かれているだけではなく、壁から眼までの間のものすべてが描かれようとしている、のだ、つまり。背景の遠い壁をあたかも手前にあるごとく極細かく描くことがスーパーリアリズムではない、この距離を表象しようとするリアリズムがある、とすれば、それがフェルメール作品なのだ。

夕方の上野は、閉館時間がどこも早いせいか案外静か。ハシゴしようと二館目、芸大での近代日本画の再考という展覧会を見に行こうとするが、すでに閉まっていて見られなかった。



□0429(Thu)


今朝、朝日新聞朝刊を読んでいたら、阿部和重が「現実と幻像見せる「彼方の星」」なる松浦亜弥のコンサート評を書いていた。ハロプロの公演を丹念に見ているという阿部にまずびっくりしたのだけれど、考えてみれば、68年生まれの阿部が、71年生まれのぼくと同様に幼少の頃アイドルに関する感性をいやがおうにも研ぎ澄まさせられただろうことは疑いがなく、素直に生きればこうなると言うことをただ朝日新聞紙上に素直に示して見せただけ、なのかもしれない。
あややは凄い、ということは、いつかだれかが真剣に書くだろう、書いてほしいと思っていた。この春土曜の深夜にはじまったアンプラグド・ライヴ形式の音楽番組で、あややは、「ドッキドキ!LOVEメール」(確かデヴュー曲)をしっとりと、かつこの歌の核心に潜んでいた強い何かをただしさらっと歌っていた。この一曲だけでも、特筆されるべきだと思うのだけれど(あと別の番組で山下洋輔とコラボしていたのも印象に残っている)、阿部が彼女を「彼方の星」と呼ぶそれくらいの大きさは確かに確認されるべきものだ。阿部=あややは、中上=都はるみのようになっていくのか。読んでいるうち、DVDでは見ているのだけれど、実際に行ってみたくなってしまった、あややの「ショー」。でもあの、身も心もあややに捧げて踊り狂う男たちと一緒に見るのはなかなか「度胸」(!)がいるぜ、などと思ったりする。

あと、昨日は、『音楽誌が書かないJポップ批評 尾崎豊』と『egg別冊 manba』を歴史的資料(!)として購入。manbaはヤマンバ→マンバのあれです。要するに20年前の青春と今のぶっちゃけ(=青春?)とを同時にならべて読むと言うことをしたわけで、頭がほんとうにおかしくなりそうになった。



□0427(Tue)


世間では「自己責任論」なるものが話題になっている。問題は、自律した主体(他人からの援助を必要としない自立し自分自身で行動の指針を立てられる主体)ではなく、こちら(政府)が責任を取る必要のない主体である(になること)ことを政府が国民に要求しているというところだろう。「お前らそんな勝手なことやっても知らないぞ」と言うことを、一種の愛情からではなく責任回避の欲求から発しているところが、パターナリズム(父親主義)の大きな政府ではない小さな政府を目指している日本政府の姿勢のあらわれと言うことにもなるのだろう。が、要するに「オレ責任取りたくないもんね」と言っているわけである。まあ、自立した(自律した)政府ではない(アメリカ追随内閣な)のだから、「責任」などと言う大人の振る舞いをこの人たちに求めるのはお門違いと言うことなのかも知れないが。
でも、ぼくが本当に「恐い」と思っているのは、このことではない。単に政府見解ではなく、雑誌やはてはネットなどの言説で、まったく一方向的に、人質バッシングが起きたことだ。ネットの言説というのは、感情直言葉、というレベルだったりするので、こういうときにまさに熱狂的な暴言が飛び交ったりするのだけれど、この熱狂が結局政府の責任回避の姿勢に相乗りしているだけだと言うことに、この言説の語り手たちは気づいているのだろうか。「批判」することのヒロイズムは、知らぬうちに長いものに巻かれていたりする。それがかなり恐い。「人質家族は拉致家族と比べてかわいげがない」などという言説をものしているあるライターのネット発言などみると、「かわいげ」などという基準で世界を人をジャッジしている自分の無邪気で尊大な立ち位置について、どうして自己批判しないのか(「ちょっと恥ずかしいな」といささかでも思わないのか)、と疑問に思ってしまう。そしてさらに、この言葉の暴力は、方向として「角の立つことはしない方がよい」という思考をこの国に充満させることになる。「やるべきこと」なんてもう考えることなんてしないで、どうしたら「角の立たないこと」をするかに、思考が流れる。もしいまニュースを見ている子どもたちがこのような気持ちを育んでいるのだとしたら、それはかなり恐いことだ。要するにネガティヴなボヤキをして、角の立つことを制止する力ばかりが、この国に蔓延する、でもまあ今に始まったことでもないのだろうけれども。



□0423(Sat)


昨日の晩は、ソフィア・コッポラ『ロスト・イン・トランスレーション』をみた。
確かにタイトル通り、「トランスレーション」の映画で、「移行」の映画で、そこでの「失策」「行き違い」、その葛藤の描かれる映画だった。すばらしい。途中なかだるみをちょっと感じたのは事実だけれど。旅行の孤独感とか、下品な会話を繰り返す人に対する嫌悪の気持ちを引き出してみたりするところなんか、正直「アメリカ人にもこんなデリケートな感性あるんだ」と、ほとんど映画を通してしかアメリカを知らないぼくなんかはちょっと驚く。こんなデリケートな内向的な弱々しい感じ、主人公の女の子が今年の春大学を出た哲学科だったりするところとか、何かあまりに日本の定型的な知的で繊細な若い女性のイメージがそこここに。それって、今はなき「渋谷系」的スピリット?例えば。あまりにも日本的だ、とくにぼく世代の。
日本になじめない二人の精神があまりにもある種の日本を濃厚に帯びている。なんと!そう思うと描かれる心象はもはや生来のもの(アメリカ固有のもの)とはとうてい思えず、「コッポラ、これ、どこから入手したのだ?」っと聞きたくなる。ラストのことも含め、「ヒロミックス」あたりへのシンパシーとか、憧れなどが根底にあって、そこから導かれてくるもののようだ。そういう意味で、マーティン・デニーをもう一度日本人の細野晴臣がやっちゃうとか言う事態(まあ、事実、はっぴいえんど『風をあつめて』が流れたりするのだし)を、さらにアメリカ人がやっちゃうみたいな、合わせ鏡的無限のリフレクションが隠れている映画なのだった。



□0422(Fri)


ある用事で、上智大学に行く。久しぶりにかつての指導教官とかるいおしゃべりをした。まあ、自分にとって最初の大学、なので、「ホーム」みたいな心落ち着くところがある。現在非常勤講師をしているところと、上智大と東大、本当に大学と言うところにはそれぞれのカラーがあり、千差万別だ。そのことは、複数の大学に関わってはじめて分かる。ああ、そんなことよりも、迎賓館周辺等、四谷あたりのどんどん濃くなってゆく緑が、突然の寒気に吹きつけられながら、美しく揺れているのに感動したのだった。

ところで、上智に行って得た収穫は他にもあって、それは5月号の『ダンスマガジン』に、三浦雅士氏による年始の横浜関係評(つまり横浜ダンスコレクション2004の評)が、「幼年時代」をキーワードに書かれていたことだった。タイトルは「君は何を踊りたい? 二十一世紀の主題としての幼年時代」。「幼年」?ってそれは要するに子供。子供といえば、ちょうどやはり今月号の『STUDIO VOICE』で桜井圭介氏がコンテンポラリーダンス論を載せていて、そのタイトルが「「マッチョ」に抗う今どきの身体は万国共通、「コドモ」身体!」と言うのだった。

幼年×コドモ、これは掛け合わせてみたくなる!ちょっとだけアウトラインを描いてみよう。

三浦氏の「幼年」はタイトルにあるように「主題」との関わりで言われているようだ。すなわち、横浜ダンスコレクションの諸作品で、目立ったものは「幼年」を主題にしている、と。例えば、ナショナル協議員賞を取った二作品について、「未熟、未完成を感じさせながらも、観客に清新な印象を与えたのは、幼年期の反復としての思春期、青年期を前面に打ち出していたからだろう」と言っている。あるいは、「幼年期、その反復としての思春期、青年期という主題の重要性は、ソロ×デュオにおいていっそう明瞭になった。」と見定め、実際にどれだけそうだったのかと言うことは、賞を取った二作品内容があまりこの「幼年」に該当しないことがあって、あまり明確でなくなってしまうのだが、最終的に三浦氏は、このように、「幼年」と「舞踊」の必然的連関を考えている。
「舞踊において幼年が特別な意味を持つのは、それがなかば言語以前の世界に属しているからだ。幼年時代はイメージと言葉が結びつく瞬間、不安と期待がいきなり恐怖と恍惚に変わる瞬間の連続としてある」
そこで、ピナ・バウシュ、勅使川原三郎を挙げて、「幼年は主題であり方法なのだ」とすると、これはもはやモダンダンスの起原において言えることなのだとし、マーサ・グレアムの『古代の秘儀』は「本質的に幼年にかかわるものだった」など、二十世紀ダンス史を回顧鋪しながら、その歴史的な連続性を説いて論をしめる。
三浦氏の「幼年」とは、「イメージと言葉」が結びつく、地点であり、この表現から察するにどうも、想像界→象徴界の道程として想定されているようだ。で、三浦氏のなかではさらに、幼年とは思春期、青年期におけるその反復として重視されているのであり、単に「イメージ」=「幼年」で、そこにとどまって踊っていればよい、と言うことではないらしい。
新鋪/福原の『北北東に進む方法(2004)』は、「二人の少女の不安と期待はよく感じられるが、恐怖と恍惚までは感じられない」と不満が漏らされる。「不安と期待」(イメージ)だけではなく、それが「恐怖と恍惚」(言葉)に触れていないといけない、というのだ。

これはともかくも、主題として、ダンスに与えるべきと見なされる「幼年」なのであって、主題が描かれることに主眼があり、身体の子供性にはまったくと言ってよいほど触れられていない。対して、桜井氏の子供(コドモ)はその身体のあらわれ(現象)に向けられる。日本のコンポラダンスが「断突に面白い」のは、日本の今どきの若者の「ヘナチョコ・ボディ」を使って、ダンスのテクニックは充分自分のものにしておきながらも、それを「誤用」することによって、ダンス的にヘナチョコであること、桜井氏曰くの「コドモの遊び」をあらわしていこうとするからだ、ということらしい。
二人の子供(幼年、コドモ)としてのダンス=コンテンポラリー・ダンス論は、主題VS現象として対比出来そう。でも、この二人の主張には重なるところがあって、それはおそらく、三浦氏で言えば、青年期→幼年という流れ、桜井氏で言えば、テクニックの体得→誤用という流れで示される、一種の「逆戻り」傾向だろう。さて、これはどのような意味を持っているのか、あるいはどのようなインパクトを社会に及ぼしうるのか。

ところで、桜井氏のコドモが敵対しているのは、「マッチョ」。今日『TVBros』立ち読みしていたら、ブロス的、好きな男嫌いな男ランキング、第一位は「荒川良々」だった。そして、今どきのいい男のポイントに誰かコラムニストが「マッチョでないこと」を挙げていて、アンチ・マッチョ=荒川良々=コドモという連想を思い浮かべたりしていたのだった。それは、いったい、どういうことになるのだろう。大人計画をはじめ、テレビ・舞台における荒川良々の立ち位置=社会におけるコンテンポラリーダンスの立ち位置、なんて考えると、、、


□0415(Thu)


今日、今年の授業の第一日目でした。「美学・美術史概論」「美学A」「美学特殊研究」の学生のみなさん、今年一年(あるいは半年)よろしくお願いします。



□0414(Wed)


室伏鴻 Ko&Egde『Experimental Body シリーズ第一弾 Heels 踵』の二日目を見た。

真鍮板という相手、若手三人と室伏、この組み合わせは確かに12月の『美貌の青空』との繋がりを予想させるものではあった。でも、神楽坂die pratzeという場所柄、また超満員ということも手伝って、真鍮板の迫力、凶暴さが以前よりかなり過激にダイレクトに伝わって、ぼくには別の作品という風にしか思えなかった。
三人の男たちがハイヒールを履いて登場。エナメルの白や赤のヒールは「女」の記号としてはやや古め?と思いきや、問題はこの靴の記号面と言うよりは、実質的な動作のしにくさ不安定さという形式面にあった。バターンバータンと真鍮板をひっくり返すたびに、最前列端にいたぼくに突風が当たる、照らされた黄金色の光はスパークするように瞼を瞬間閉ざす。危険な空間が出来た。床に叩きつけた真鍮板に潜り込み背中で支え上げると、今度はアルマジロのように甲羅を背にしてくるくると回る(装甲車?あるいはもとの形に引き戻されたヘルメット?どうしても戦争がちらつく、それはまた「ジゼル(s)」「すべてユーレイ」からの余韻のようだ)。ぶつけ合う真鍮板の鋭いエッジで掴んでいる相手の手が切れてしまいそうだ。板を舞台の真ん中に叩きつける。その後、男たちは、寝そべり歩けない、立てないからだをやってみはじめる。人形振り?ヒールを履くだけで、痙攣する足は、球体関節人形のような、ばらばら感と独特のエロティシズムを香らせる。激しくなり立ちあがって壁に激突する。フラフラの、異物混入された身体。ここまでは、男×女の掛け合わせは、激しい違和感を生み出すことでその「移行」「生成変化」を湛えていたといえる。
次のシークェンスは室伏のソロ。くすんだ赤の鼻緒をつけたゲタを履いて登場。尻を向けて背を丸めた姿は、黒い旧式に見える水着をつけているからか、丸っこさが目立つ。丸っこい室伏?凶暴な背中は今日は前面にあらわれず、その代わりに太腿の柔らかい感じとか、「油断」とでも言いたい状態に体は向けられている。いつもの「ククククククッ」と小さく呻きながら体をねじらせる動きは、ゲタを履いた不安定さ不自然さから、いつものような「射精」のごときエクスタシーが、ない。こんな踵からはじまる他者(ゲタ=女?)との接触面のざわめきは、しかし、二日目の晩、室伏の「ゲタ履いてもねえ、、、」のボヤキがつくる醒めたイロニーの場によって再構築を余儀なくされる。男(身体)×女(ゲタ)が、{男(身体)×女(ゲタ)}×ボヤキ(イロニー)になり、ざわめきのかけ算が自己正当化しようとするかの段階に「待った」がかけられる。掛け合わせば、そこにハイブリッドがまた他者への同化の不可能性があらわれればそれでよいのだという固着が、そう、ここでプチっと切断された。批判はさらになる批判の累乗によって、ますます混沌とした、しかしますますクールな場を引き出すことになった。(一日目の晩は、「一休さんは今日は休み、、、」と言葉を洩らして、ペコンとおれた真鍮板を押したり戻したりしながら、「おかあさんも、こうしたいんだろう?」などと叫び、セックスの真似のようなことをしているところが、印象的な場面だった。一休さんの不在は、「とんち」(=掛け合わせ)の不能を意味していたのか、あるいは解決を与えるもののないさまを伝えようとしていたのか、あるいは、「休み(一休)」の「休み」=休みなさを言おうとしていたのか、いろいろな解釈がぼくのなかで花火のように散った)
最後、男たち四人が黒いスーツに白いレースの布を顔に巻きつけてあらわれる。呼吸ののままならない状態、これが窒息体か。ただしもうここでは歩けない、歩きにくいなどの、ヒールの違和感、というような物語は、先の室伏の言葉によってかすっかり棚上げされてしまっている。息を抜かれて倒れると、ホーミーのような音が。どうも林貞之によるもので、そこに絡む鈴木ユキオとの、言葉として意味が成立していかない声の対話に、室伏らしいユーモアの応用が感じられる。でも、何とも不確かだ。不安定であることは悪くはなくても、未成立の言葉が何へと向かっていくのかはあまり見えてこない。
アンコールのように、ジョン・レノン「Woman」をバックにしたシークェンスが始まる。大口を開けた目黒大路とか目をつむったまま呆けたように崩れていきそうになる室伏とかがたまらなく切ないものに見えてくる、何故だろう。絶対に届かないものの前で、絶対に届かないものにひれ伏すような。「アアアーッ」と鈴木の声が漏れる。その「アアアー」が「アーア」みたいなアイロニカルな余韻をちょろっと見せたかと思うと暗転。またしてもクールな終わり方で、切断の、エッジの倫理とでも言うものが、貫かれていたのだった。それはあらためて言うと、「果てない(射精しない)」ということだろう。エクスタシーの手前でいろいろな遊びを繰り返しながら、しかしそのピークはしっかり回避する。相手を自分のもとに同化し、あるいは同化不可能性と言うところで決着をつけることも許さず(否定弁証法っつーか)、その意味で常にもうひとつの「掛け合わせ」の余地を残す。そうすることで、何に対しても開かれていて同時に単なる和解とか宥和を認めないバトルフィールドが生まれようとしている。ただし生まれようとしているところなのであって、その可能性はまだまだ可能性のままだった、と言っておくべきかもしかない。ということで、次回にさらなる冒険への期待を込めておきます。


今日は室伏公演を見る前にさんざんなことがあった。とても疲れていたからなのか、そういう時には魔境に嵌るものなのか。神楽坂の細道の奥の奥にある広島風お好み焼きの店、そこのおやじとけんかした、あったまに来たけれど、食べるものは食べた。そばの入る広島のお好み焼きはぼくの好物。いろいろと食べ歩いたが細いラーメンを茹でて入れるスタイルは初めてだった。これが本場流らしい、もちもちとして食べごたえがあって、確かにうまかった。うまかったので営業妨害する気はないけれど、最初からけんか腰のおやじにはほんとにびっくりしたよ。広島弁で、「早く警察呼べ、警察呼べよ!」と無茶無茶些細なことなのに、すぐ「警察」頼みしちゃうところは、「仁義なき戦い」のくにゆえか。けんかする(こんな感情を吐き出し合うようなけんか久しぶりにしたよ、十年ぶり?)と感情が激しくなるようで、うまいお好み焼きについ涙をこぼしてしまった(「おやじさん、美味いッスよ」とかなんとか言っちゃったり。オレもナー)。でもこの「広島風」(?)の接客にはほんと参った。それでもよければ、確かに美味いので探して食べに行ってください。
あと、昨日もそうだったけれど、雨の中本当にたくさんの人が詰めかけていた、まさに「盛況」の公演だった。AERAの時のフリーライターさんに会ったり、谷川渥先生に久しぶりにお会い出来たり。朝まで飲んで、その間おじさんたちにもまれたり。上智大学で長らくやっている現代美学研究会の今年度第一日目の集まりがあって、そこから始まった一日、いやあなんとも、いろいろあった一日だった。



□0413(Tue)


Ko&Egde『Experimental Body シリーズ第一弾 Heels 踵』を見た。感想は、0414を参照してください。案外忘却の彼方に行きがちなので、パンフレットのノートを転載します(許可が必要かも知れませんが、、、)。

−−−−−

止息 間の息 息から恋へ ふたたび衣装としての真鍮板を着る
必死のヒールを履く
脆弱の 萎える腰 不能の踵
止息 ふたたび真鍮板を着る
覆われた首の アセファルの 洞 薄膜の 窒息体
内から外へ 外から内へふるえ 打ちつづけ
内奥の皮膚が ヒールとともに めくれ 星 鳥の星になること

・・溶融・融即というような?そうではなくてEdgeに、晒しながら、
連続する変化と変形そのものに<なる>こと、そうして開かれて不意の、
出会いと混成の出来事であること。

室伏鴻

−−−−−−

土方巽はテクストの(テクストを残した)ダンサーでもあった。今日テクストのダンサーでもあり得るのは、室伏鴻か、あるいは黒沢美香くらいのものだろう。でも、ぼくはこの言葉よりも、チラシにあった

出演: 室伏 小梅 鴻
     目黒 スカーレット 大路
     鈴木 キャンディ  ユキオ
     林 菲菲 貞之

がすごく面白かったし、期待させるものがあった。それぞれのなかに女を孕む。この表記がそのように、単に役柄とかではなく、「孕む」(男が女を孕むという表現は変だけれど、そう考えるとまた面白い!と勝手に)というか、累乗する、かけ算するという企みのあらわれだとしたら、それは先日のソロがそうだったような、掛け合わせるチャレンジとそのためのユルい身体が試されることだと想像するに難くなく、「ようし!(来い)」と思わせてくれるのだった。

今朝、ぼけぼけしていたせいで、あっという間に携帯電話が台所の洗い物のなかに飛び込んだ。最初は、「へん!ぼくはこんなことではなんともおもわないよ!」なんて毅然としていた携帯電話。けれど一分くらいたつと突然、電源が切れて数秒後バイブとともに動き出す、これの繰り返しが始まった。バイブの「ブーゥ」といういつもの音が、「ブ」と途切れた今まで聞いたことのないような感じになり、それはまるであえぎ声のように聞こえてくる。「ブ(ううっ=い、い、息が出来ない)」「ブ(ううっ=苦しいよう)」この繰り返しが痛々しく響き、そしてひょっとしたらこの混濁した意識のまま回復せず、逝ってしまうのではないかと不安になる。そのまま仕事に出かけて、夕方、人と待ち合わせしている時、タイミングよく息を吹き返して、普段通り三本たっているのを見て、ホッとするやら、タフな姿に驚くやら。この携帯電話、4年くらい前にレストランの前でキャンペーンをしていて、くじを引いて当てたもの。ただ。ゆえに当然、カメラもビデオもない、カラーでもない。拾われ子みたいなコヤツは、まだオレはやれるんだ!と主人の前でパフォーマンスして見せたのか。切ない。「大丈夫!これからも一緒だぜ!!」(オレ)




□0409(Sat)


中村公美『からっぽになた』(@原宿、デザインフェスタギャラリー)を見た。
三回の公演で、最初の二回が4時間、最後の一回がなんと6時間という長丁場、長編。でも、この人の作風からすると、物語的な要素があって、始めから仕舞いまで見なければならない、ということでもないかも、なんて思い込んではじまってから一時間後に到着、そこからほぼ2時間見てきました。だから、4時間すべてが作品であると考えるならば、コンプリート出来たわけではないのですが、それもこのような作品に相応しい見方だと、勝手に(そういえば、最近見た『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で、主演のビョーク扮するお母さんが、子供の頃映画を見に行って大団円のお決まり音楽が始まると、「ああ終わっちゃうんだ」と切ない気持ちになってしまうので、ラストシーンは見ないで出ていくコトしていた、とおしゃべりする場面があった。ああいう感じで、中村さんのようなミニマルな作品をつくるひとのラストはなるべく見ないでいたい、そうすればいつまでも続いているように夢想出来る、なんてね)。
羅紗紙というのだろうか、筒から梱包用の茶色の紙をグルグルと引き出しくちゃくちゃにひも状にしてゆく。それが大量になるものだから、「ザムザ」的な塊が、ちいさな4畳半くらいの真っ白いスペースに中村をくるむように存在している(ぼくはこの塊が出来たあたりから見始めた)。その中で中村はごそごそと羅紗紙掴みながら動くものだから「ざざざざざざざざざざ」と紙の擦れる音が途切れることなく響く。これがこんな小さな空間に不似合いなほど「波音」のダイナミズムに似ていて、海にいって実際に波音聞くみたいに、シンプルなこの音をずっと聞いていたくなる。自然に近似していく中村のパフォーマンス。そう考えてくると、「奔放な無為」という言葉が、頭に浮かんできた。
レシートの紙切れみたいなものを手で「くしゃっ」としてゴミ箱に「ポン」と投げる。この「くしゃっ」と「ポン」が、ただの目的行為から離れて、なんだかほっとけない気になる存在になってくると、その「くしゃっ」をまたやってみたくてあの音に気がいって、再び「くしゃっ」とやってみたり。そして「ポン」と。この意味なしの極小の快楽。それが延々4時間も展開されるというのだから、「奔放な無為」という言葉は悪くはない、でしょう?途中、30分ごとに70年代歌謡、のような曲が流れる。「ぼくの魂君にあげよう、切ないほどに〜」(と冒頭の歌詞)。ときに、この塊から抜け出てきた中村は、塊にちいさな紙の玉をつくって投げ、積み上げてみたり、セロテープで白い壁に貼り付けたり、ぞうきん絞るように小さな塊を絞ってみたり。塊と中村は時に同化したようになって時に分離して他人同士になって、「擦れる」というところの1と2のあわいを生きている。音が主人公になることも多いこの時間。音響系のミュージシャンのようでもあるし、またパフォーマンスアートのひとのようでもある。また、無理やりコンテンポラリーダンスと言っても言ってしまえなくはないかも知れない。でも、音を出す身体が際立ってくると、それでもう独自のスタンスに思えてくるのだった。それでもういい、この人の身体のリズム、時間、が個性的にただそこにある。
2時間見ていて飽きないのだけれど、だからといって何を見ていたのか、と聞かれても恐らくそれほど際立った瞬間をうまくビジュアル化して説明出来ないだろう、ところがあって、ただただ自然のなかに起きるような細かい変化を眺め続ける、なるほどこれは「からっぽ」。ここに「になた」(「に」「なた」)という言葉がまだ残っているのだけれど、これがラストに何かある出来事を指しているとすれば、ぼくはラストを見ないで「からっぽ」だけつきあいましたと言うことになってしまうが、それもまた(先述したような意味で)よいかなと、どっか「あえて」な気持ちもあって途中退出した。



□0405(Mon)


ここ二週間くらいはひたすら追われて追われて、片づかない課題に精神が蝕まれている。弱っている時と言うのは面白いもので、自分さえも弱った自分を攻撃したりして、数少ないサポーターのひとり(である自分自身)も睨んでいるようなつらい気持ちになる。何度目だろう見直した村上龍『KYOKO』(映画)が今回「案外いいかも」なんて思ってしまっているあたり、かなり病んでいる証拠なのかも。なんて、この映画はがんばっているところもあって、日本人の女の子がお人好しなまでに素直に自分のなすべきことを異国の地で貫いていく、そこには成長とか恋愛とかの物語もなく、ただひたすらの「目的遂行」なのであり、その果てにあったのが、圧倒的に自分とは異なる世界にあって、彼女をまったく阻害するよな快楽に溺れた人びとのダンスなのである。キューバ人がとっても楽しそうに踊っているのをぼけーっと見ているうちにそのままエンドロールになってしまうのだ(別に美男子が踊りに誘うなんてこともなく)。何と物語のない映画か。明らかに映画向きではないものを映画にしようとしたことが失敗だったとしても、そのようなものを映画にしようとする意志はスゴイと思う(ってそのくらいはほめてあげなきゃと思うのだ)。でも何か、最近、村上龍ネタが多すぎるなあ。
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ここの日記はさぼりがちですが、こつこつとバリ日記は更新しております。こんなことするなら、もっと写真撮っておくべきだったと反省。どうでしょうか、「6日目」のARツアーのページは?ここがこの旅のひとつのハイライトでしたが、伝わっているでしょうか。感想とか、意見とかある方はメール下さい。あっと、そうそう、ぼくがこのページをつくろうと考えた大きな動機は、今回のバリ旅行、通りを歩くツーリストの数がかなり減っていたことがショックだったんですね。明らかにテロの影響で、観光地というのは、見られることで成り立っているので、客が居なくなるととたんにシュンとなってしまうもの。全体としてサビシー感じが漂っていて、日本人客をターゲットにしたのだろう小じゃれた雑貨屋などが新しく出来ていたのだけれど、そういう風景がなおさら切ない。こんなこと書くと逆効果かも知れませんが、みなさんに是非ともバリに行って欲しいと、ささやかながら観光大使気取りでオススメしたいと思った次第なのです。とくにダンサーの方、何かいい霊感がえられると思いますよ、きっと。そしてユリアティ・ハウスに泊まってください。10万あれば、一週間宿泊代もこみ、おみやげ代もこみでいけますから。こつとかあなばとか伝授しますので。是非。