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(200405)

03 ニョロ(s)/04 『モダンってなに?』展/05 蓮実先生『スポーツ批評宣言』礼賛!/09 雑事雑感/11 シベリア少女鉄道/13 『キルビル』/14 岡崎×桜井/23 『YES オノ・ヨーコ展』/24 四谷の緑色/28 庭劇団ペニノ


 *ダンスは
赤字


□0528(Fri)

庭劇団ペニノ『小さなリンボのレストラン』を見てきた(@青山、はこぶね)。
三度目の何とやらでようやく見られた。一度目は、行こうと思っていた前日に連絡したら立ち見になりますから別の日にと勧められ、次の週に予約していったら、電車が遅れに遅れ見逃し、今日はやや緊張しながらでも何事もなく見ることが出来た。
小さなマンションの一室に、物凄いデコレーションのレストランの部屋がある。そこにはアップライトピアノがあり、屋根があり、大きなシカの首が飾られ(その額のあたりには巻きずしが置かれ)、床というか地面にはにんじんやカブが生え、藁が至るところに敷かれ、壁と天井には半球状の赤いでこぼこしたオブジェが張られ、天井のからはつやつやした蜜のようなものがずっと垂れており、それらすべてがギュウギュウにつまった埃っぽくグロテスクな一室がそこにあった。もうそれだけで払った分はペイしたというもの、役者の声使いがセリフの表情をきちんと伝えていて、これまたいい。大女とか、欲深い修道女とか、大仰な前時代的男とか、背中の強張ったウェートレスとか、まあゴスな香りのする退廃劇?と見ればそう見ることも出来るのだけれど、セリフ廻しとか、アイテムの扱い方とか、進行とか、ともかく独特のリズムが貫かれていて、そのところが飽きさせずに見せた重要なポイントだったように思う。趣味的な要素をきちんとこなしながらでも別にそれがすべてではないように思わせるのは、こういうリズムにオリジナリティを感じさせるからだろう。
あと、横にパーテーションをつけた席について。「個室」によってとなりの人を気にしないで見るという行為は、観劇を読書行為に近づけていた、そう思った。読書の豊かさは、いろいろと物語に必ずしも奉仕してはいない名詞などに、気が散ったりして余計なこといろいろ考えさせるところにあるとおもうのだけれど、充分そういった気の散り感覚を感じてみていた。そこ、面白かった。



□0524(Mon)


年度初めはいろいろな書類書いたり申請書書いたりして、正直つまらないことで忙しい。今日はそれをズズッと片づけて、少し楽な気持ちになる。ある書類で顔写真が欲しいと言われたので、朝に家の前の駐車場で「フォトセッション」する。その後上智へ。少し「ヒヤっ」とする風が、強くなってきた日差しの中を通り抜ける。「優等生的」な春の一日。昨日も代官山でうまいもの食べて今日は四谷のPAULで昼食ってってなんか罰当たりそうな、美味時間。



□0523(Sun)


『YES オノ・ヨーコ展』を見に行く(@東京都現代美術館)。
彼女がフルクサスと深い関連をもっていたことは情報としては知っていたし、ジョンとの恋愛が始まる前のオノのオリジナリティについては、その後の「ジョンの奥さん」というレッテルからちょっと自由にして理解しなければならない、それなりの価値ある存在であることは分かってはいた。しかし、彼女のオリジナルなアート・コンセプトについてほとんど今回初めて触れて、かなり参ってしまった、要するにとても面白かった。とくに最初の白い紙の上に正方形の形になるように文字を書き付けた作品。そこにはインストラクションと呼ばれる指示が書かれているだけ。普通だったらそういう言葉がアイデアとしてあって、その言葉から絵が描かれたり、実在する作品ができあがることだろう。でもこれはその指示だけが作品なのであって、指示の作品なのである(とはいえ、少し離れたところに同タイトルの実際にそれを作品化した記録写真が掛けられていたりした)。指示の作品なのだけれど、キモは、頭の中にその指示から始まった想像力が広がっていき、指示にはない色々なものが呼び出されなどしながら、一幅の絵が頭の中に成立するところだ。その「絵」は想像する人にすべて委ねられていて、解答があるわけでもなく、形として何ら残るわけではない。でも、それが楽しいし、何よりエコロジカルだ。同じ東京都現代美術館で開催されていた近代日本の絵画展は、「日本」の「近代絵画」がどれほど「薄い」ものだったか、トップ・ダウン式に与えられた「アート」をかなり無邪気に模倣・追従しているだけだった(事情は似ているはずの中国のアートの方が、自覚的に「アンチ」の作法を流用するところがあって、そっちには好感を持つのだけれど)かを暴露するような結果になっていたが、これらの作品は本当に粗大ゴミみたいな気がして、ヨーコのインストラクションの潔さとはまったく対照的だな、と思ったのだった。
インストラクションというのは、他に例えば「この部屋の壁はすべて青色です」と真っ白の壁に四方囲まれた部屋の目の高さにさりげなく書かれていたりして、そういうのも、想像力を刺激して楽しいのだけれど、要するに「イマジン!」と彼女から言われているわけで、この指示の役割関係、一種のドラマにのめり込まされるのがオノ作品の核心なのだな、と気づく。それは「カット・ピース」作品でもそうで、舞台上で坐るオノの服を次々と鋏で切ってはその切れ端を持ち帰る人びとは、ときに凶暴な振る舞いをつい露わにしてしまうのだけれど、そこでオノは「暴力の客体」でありながら、そのようなドラマを生み出すディレクターでもあるのだ。結構そう考えると恐いヒトだ。そして、女性的だと偏見する。



□0514(Sat)


『SCAN Art Series No.1 The Art of Performance/ STORY(1964)』というDVD発売の企画で、岡崎乾二郎氏と桜井圭介氏が対談をした。このDVDにはトリシャ・ブラウン、ヴァイオラ・ファーバー、イヴォンヌ・ライナー、スティーヴ・パクストン、マース・カニンガムそして、ロバート・ラウシェンバーグのインタビューとカニンガム『STORY』という作品とが収められているのだが、ラウシェンバーグの仕事を通してアメリカのポストモダンダンスシーンを概観するという体裁になっている(ようだ)。対談で桜井さんがとりわけ強調していた「変な人=カニンガム」という視点は、結構はまると面白くなってくる、のだった。



□0513(Fri)


タランティーノ『キルビル vol.2』を見た。前作よりも面白かったが、どこまでいっても登場人物たちはおしゃべりで集中してなくて、タランティーノの駒であった。でもそん重さのもてない人物像にはいやがおうにも共感してしまうのだった。



□0511(Tue)


シベリア少女鉄道『天までとどけ』(@新宿シアター・トップス)を見た。
演劇はシナリオであって、言葉の問題(言葉あそび)なのだとつくづく思った。ラストが重要なので、これから見に行く方は読まない方がいいです。
体操のオリンピック選考会が舞台。始まる前にヴィデオでずっと実際の大会の模様を流している。体操というのは、難易度の高い技を極めていくもので、結果着地でほとんどの選手が一歩二歩足をはみ出してしまう。失敗の連続が体操の時間なのである。それはそうと、物語は昼メロ風、四年前のある過失がある選手を苦しめている、その真相がサスペンスタッチに展開される。でもその内容はごくごく平凡な言葉の連なりであって、粗雑なあまり研ぎ澄まされていないセリフがだらだらつづく(この点は例えば五反田団とは明らかに異なる)。ただしところどころ謎の言葉が、「箱」「壁」「せり上がる幕」。体操がらみの恋愛や人間関係のドラマ、これがラストのラスト、選手たちの戦いの場面になって、まったく別の出来事に変わってしまう。どう戦うか、3−4個の繋いだ箱に体操選手の姿を貼り付けてそれをくるくると回したりする。それが屈伸した状態だとL字形だったり。膝も抱えていたりすると正方形型だったり。この形、次の場面から何と「テトリス」になってしまうのだ。これらの「箱」が「壁」になっていつか「せり上がる幕」になる。すべてのセリフは、このテトリスの動きを伝える言葉にどんどん転換される、オセロの白黒が反転するように。物語はすべてテトリスの動きの物語に奉仕されていく。物語の謎もそこで解決されていくのだが、そんなことはたいした意味があるわけではない。どんどん、体のイメージの張られたパーツが積み上がっていくこと、それがエンディングに向かっていく。
意識のぼやぼやしたところで、あるものが別のあるものに置き換えられてしまう戯れ、そんな脳内の独り言が演劇でしかありえない仕方で上演される。痛快さはある、でもなんかこのひとつのアイデアのためにすべてが奉仕する一時間半、何か騙されたような気にもなる。いやいや楽しみました。



□0509(Sun)


久しぶりに田舎に帰る。東京駅から出ているバスに乗れば一時間でいけるのだが、「久しぶり」であると言うことは「いつでも」とはことなり、しっかりした徒労感を伴う。帰ってそうそういつも行く美容室へ。もう十年くらい切ってもらっているお兄ちゃんとくだらない話で盛り上がる。「いやあさすがにこんだけ長髪だと学校に行く日にちょっとためらいが、、、」「そういう考え方がねぇ、、、大体大学の先生なんて変わり者ばっかなんでしょ。」「そう、そうなんだけど」「だったらさ、髪型なんてキバツだって良いんじゃないの」「まあねえ、、、そうけっこうジーンズで行こうとか思ったりはするんだよね」「じゃあさ、、、着ぐるみは?」「、、、え」「冗談、、、」とか、こんなくだらない会話で、客の少ない店内を和ませるのだった。

母の日とぼくの誕生日とでダブル・パーティー状態の木村家。シュウマイを兄貴夫婦が作ってくれた。極美味。妙に父親が元気で、最近自転車を買ったんだと自慢。「いやあ、数十年のってなかったから心配したけど、のれたよ〜」となんか小さなことを楽しげに豪快な感じで喋る。老人力的ないまの父の自転車に乗ってそういえば、ぼくは毎朝幼稚園に行っていたのだ、お尻の痛くなる不安定なオヤジの自転車で。



こちらは前日にあそんでつくったワタリガニのパスタ。もうこんなの出来てしまったからには、シェフと呼ばれてみたくなる。

ところで、ダンスネタ最近ないですね。



□0505(Wed)


蓮実(「実」の字間違ってます)先生の『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』青土社を買った。まだすべてを読んだわけではないけれど、「こういうものをいつか読みたい」と思っていたような本だった。スポーツを「運動」の問題としてのみ受け取り、運動の美/醜だけを争点とする。

「運動の「美しさ」だけで勝てるかどうかわからないけれども、運動の「醜さ」が露呈すれば必ず負けるというのがスポーツの厳しさです。「美しさ」とは、流動性の欠いた運動にストップをかける「事件」にほかならず、これはスポーツだけではなくて、われわれの日常生活すべてに通じているはずのことです」

回りくどい文章はもはや「偉人」の振る舞いとしか言いようがないのだが、このような動きの美/醜の問題としてスポーツを論じるのは、要するに優美論として論じると言っているようなもので、そんなバイアスから見るぼくからすれば、先生の振る舞いは、他ならず美学の振る舞いなのである、そこに何よりも感動してしまった。単に「美学を研究する」のではなく、「美学を信じる」と言うことはこういうことなのだろう。これをスポーツ論の衣を借りたダンス論として読むのがイイ。



□0504(Tue)


『モダンってなに?』展に行く。テレビの予報で「あめあめあめ」と言っている割には風は強くも降ることはなく、だから結構雲の形とか妙にドラマチックで、こういう日に外に出ているなんて、なんとイイのだろうかと、そんな気持ちで夕暮れる六本木。でもね、あのね、あの、あの事件以後ね、「ヒルズ」何か異常なほどの厳戒態勢になってて、それで不快感が累乗化していくってもの。展覧会も、妙に監視員がうるさくて、ゆっくり見る気分になれない。美術好きだからって、美術館の監視員なんてなっちゃダメだね。あれは、美術を管理する立場に立つことであって、美術を鑑賞し愛する立場とは違う。さすがにフェリックス・ゴンザレス=トレスの「無題」(シルバー、青、赤の包みのキャンディーが山になっている作品)の脇で、キャンディーを口に入れようとすると、「あのお客様、あめは会場の外で、、、」などと言われると、ゴンザレス氏の意思でそうならばともかく、美術館の都合で作品との体験そのものも管理されてはかなわないと、激怒した。それでも何も言えないのは、この声をかけてきた女性は単なるアルバイターでしかなく、コンビニで「いらっしゃいませ」と声を出せといわれて言っているのと同じくらい、ただ機械的に言っているだけなのだ。もうこういうロボットを使って、作品汚すなよなあ、と正直思ってしまうのだが、みなさんはどうお考えでしょうか、こういこうこと。簡単に言えば、「うつくし」くないのである。
今日は、どこ行ってもキャッシュディスペンサーが作動していなくて、ビンボーなまま青山でうろちょろして、でもそういう時のアンラッキーを活かそうと、いままではただおいしそうだなあと眺めているだけだったラーメン屋に入ってみるチャンスをえる。食べ終わってからコーヒー飲む場所を探しているうちにUFJが空いていた。札を握りいつものNidへ。



□0503(Mon)







家から歩いて二分ほどのところに園芸センターがある。そこでこのサボテン(写真上の左と写真下)といろいろ盛り合わせ(写真上の真ん中)を購入。写真上の右にあるサンスベリアは、去年の二月引っ越しした時に買ったもの。今年は部屋をジャングル状態にする予定。植物から生きるエネルギーを拝借したいのだ(バリの生活なんてそういうエネルギーが充満していて、人間はそれにただ背中押されて生きていればよいって感じさえしたのだ)。その第1弾を今日決行して、今年の長いGWの唯一のイベントが修了した。このサボテン名前を聞きそびれたが、あだ名は早いうちに決まった、もちろんニョロ(あるいはたくさんいるので「ニョロ(s)」)。



プチ「園芸」だけではとても淋しいのでプチ花火大会。昼間は曇りがちだった空も夜中になるときれいな月が出ていた。