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(200412)

03 舞踊学会@沖縄(1)/04 舞踊学会@沖縄(2)/05 舞踊学会@沖縄(3)/06 美学の本八冊紹介(『STUDIO VOICE』)/08 『8マイル』/14 この秋偏愛的HPベスト・スリー/17 『BT/美術手帖』でダンス本、と庭劇団ペニノ+チェルフィッチュ。/18 『ネクストネクスト(康本、北村、鈴木)』/22 METAL MEETING Vol.2+COE例会で土方論発表/

 *ダンスは赤字


□1224(Thu)


朝に、フト思い立って大仕事をおえたあと、昼から「下り」に乗って箱根へ。小田急線沿線で生活している醍醐味を堪能する。一時間ちょっとでもう「箱根湯本」なのである。「はつ花」というそばやで、昼食。さすがにこういう日なのでそばやもカップルが目立つ。箱根のそばというものは細いのですね、美味い。体がすっかり熱くなったあと、湯冷まし気分で、徒歩で「宮ノ下」までいこか、いうことになる。箱根登山鉄道で2駅先。どれくらい歩くんだろう。誰も知らない、ソバ屋のおばちゃんも知らない、でも、ま、いいか、一時間くらいだろ。


でも、これが大変だった。さすが箱根の山は天下の剣だ。剣先までのぼる、角度がキツイ。歩道なんてない(当たり前か)、ので、ビュンビュン走る車のわきで恐いこわいいいながら、歩く、歩く。まだ山は紅葉が美しい。カラフルではないけれど、滋味溢れる世界。「しずる」感?「つげ」感?でも、汗かいてきた、それどこじゃない。湯冷ましのつもりが汗かいてら。ビールが美味いぞこれは。いやあ、ようやく見えてきた富士屋ホテル。でも、目的地はここじゃない。「箱根幽谷の郷 楽遊壽琳 自然館」が見えてきた、ここ!

露天風呂が素晴らしいここは、日帰り立ち寄り湯としては、ちょっと高いのだけれど、超野趣溢れる貸し切り風呂とか、一般のお風呂も露天で3つも湯船があり、ゆっくり過ごそうと言うことならば、充分元が取れる。ご飯も酒も飲めるし。ここいう遊びもあるんだねえ。月見風呂を堪能。


帰りには、やっぱり富士屋ホテルでしょと言うことで、ビーフシチューを食べて帰った(美味い!でも、なんてへんてこな建物なんだろう)。



□1223(Wed)


うらわ美術館へ、『フルクサス展』を見に。
「浦和」というところにはじめて降り立つ。そこは、レッズの町、だった。何かいろんなものが赤いのだ。あるいは赤いものが、「レッズ」の赤のように見えてくる、町。中心軸からちょっと外れると、いろんなブレが生じてくる。昼食で食べたお好み焼きは予め小口に切って出された。例えばそんなこんなが、ミニ異国情緒、ないしぶらり途中下車の旅。



フルクサスは、ダダやシュルレアリスム運動の戦後版というかそのマイナー・チェンジくらいにしか思っていなかったのだけれど、彼らはユーモアの点で、そうとうユニーク。以前(もう十年くらいたつか)ワタリウム美術館でフルクサス展を見たけれど、そのときよりも、本や新聞の体裁の作品が多く展示されていて、彼らが主として試みていた「ハプニング」「イヴェント」というアート・フォームが、事件性を帯びているとすれば、その事件を作品化するのに、そのようなジャーナリスティックな媒体を模すことは、とても相応しいことだった、というわけなのか、と思ったりした。一メートルくらい「柄」のあるラケットや真ん中に穴が空いているラケットで卓球をした。できないっての。この異形性、こりゃ、「ゴレンジャイ」(ダウンタウン)だ。

その後、思いつきで『ハウルの動く城』を見る(@銀座)。最初の15分ほどのダメさ加減は、多分宮崎ではない人が手がけていた部分だからか。人の動作がまったくぎこちなく(最近、ディズニーの『バンビ』を見て、あの動きの魅力だけで構成されているアニメに「やられ」た矢先だったので、なおのこと)、説明的で、色の選択が雑で、表情に魅力がない。おばあさんに化けてしまってから以降は、そこそこ。ラストの30分は、まったく説明的なものが欠いていて、作家の独り言をただ拝聴している感じ。そういうところが、『スチームボーイ』に劣らず「バカ映画」なのだけれど、独り言の濃度がこゆいので、かなりひっぱられる(でも、あとで思い返すと何が良かったのか説明出来ない、感じが、珍しく論理的ではないのだった、この宮崎作品)。



□1222(Tue)


丹野賢一が中心となった公演『026−METAL』をめぐる、「METAL MEETING Vol.2」に行ってきた(@アサヒビール本部ビル3階 大会議室)。
ぼくは10分遅刻して、冒頭に上映された公演の模様を収めた一時間ほどのビデオの最初のところは見逃している。それはあるとしても、この作品がとんでもなく面白いものだ、と言うことは分かった。とんでもなく面白かった。
丹野賢一のもっている、色々な要素が一時間に凄い濃度で凝縮されていた。しかもそれが、劇場という閉じたところからこぼれでて、空き地、いや400戸もの住民が住んでいるマンション群のど真ん中で、大音響でやったということに、まったく感動してしまった。(細かい感想は、後日、出来ればあらためてビデオを見てから申し上げたい)。
で、その上映後、ミーティングがあった。
なぜミーティングが開かれる必要のある公演だったのか、ということは、丹野賢一のHPを見てくだされば一目瞭然なので、ここでは省く。ぼくの気持ちだけここに書いておきたい。
端的に言えば、この公演は、凄いものだ、と思う、作品として本当に今年の最大の成果のひとつであることは間違いない。だから、なのだから、できれば、「026−METAL事件」としてだけ、取りあげられるのは、大変もったいないことになりかねない、と思ってしまう。いかに、いまの地方公共団体が芸術に対して無関心か(あるいは無力か)、ということに意見が集中することは、熱は上がるが単調だ。「さきらのバカヤロ」みたいな言説だけが渦巻くことは、この作品を矮小化させかねない、ということにまず危惧の気持ちを持ってしまう。
どっか「狸同士の化かし合い」みたいなことが、こういう企画には必要なのだろう。ミーティングで「飲み会やらなかったのですか」なんて質問があったのだけれど、そういう問いは、この意味で同感するところがある。あるいは、住民との話し合いが必要だった、という反省も十分理解出来るが、むしろそこでの話し合いこそが「アーティスト」丹野賢一あるいは石川雷太の振る舞いの見せ所でもあるので、「話す」ということが同時にパフォーマンスなのだし、逆に言えば何らかの「パフォーマンス」という仕方で話してもよかったように思う。
少し衰弱しているように見えた丹野さんにとって、現在最も歯がゆいのは、そういう「巻き込み」が充分に出来ないまま、頼りにならないものを頼りにしてしまったことなのではないか。再演を希望しているのも、ぼくには、そういう周辺住民との関わり「込み」でこの作品を作り上げることをもう一度やってみたい、という気持ちが強くあるからなのではないか。
「METAL」という素材・テーマが必ずしも、そういうものを求めていないとしても、あれだけのものを長期にわたって町中に構築するというのは、それだけで、外との関わりというものを余儀なくさせるだろう。そして、そういう肌触りが実際作品の中に漂ってもいた(ビデオを通してではあっても)。要するに「METAL」イベントは、周辺を否応なしに巻き込むことになる企画であり、であるからこそスリリングで面白い、ということにもなるのだろう。
そういう点で、「026−METAL」は実に、実に面白い「作品」なのだ。だからこそ、強調したい、この作品は作品として批評されるべきだ、と。
あと、一言付け加えたいのは、ぼくなんかは、「よくぞ、一回でも上演出来たな!」と思ってしまったと言うこと。こんなに周りにいろんな意味で動揺を与える作品を、一回でもやれた、そしてビデオが残っている、というだけで、充分今回の企画は、収穫があった、そう思ってもいいのではないか。丹野さん、ぼくはそう思っています。この「作品」は、コンテンポラリーダンス(なんて枠も入らないか、今年のアートの企画)の最大の収穫ですよ。そのことを強調したい、丹野さんはこの作品で死んだのでは全くなく、この作品でまさに生き生きと生きているじゃないですか。今後の丹野さんの強烈な「一蹴り」になるはずです。グレイト!『026−METAL』。
(乱筆乱文をお許し下さい、、、丹野さん)


このミーティングの前に、所属しているCOEの例会があり、ぼくが、「「死者」とともに踊る−−暗黒舞踏における方法の一局面」という発表をした。土方巽論考第三弾です(いやあ、ほんとに今年は書いて書いて書きまくったなあ、来年もきっと同じ、いやそれ以上書きまくることになるでしょうが)。博士の院生以上の集まりで、しかも他分野に跨っているので、色々な意見が出て面白かった。とくに、ジュディス・バトラー=土方巽というぼくのアイディアに好反応をしてくれるメンバーがいて、とても盛り上がった。ここ、ここ突っ込んで欲しかった、というところを突いてくれたので嬉しかった、なあ。



□1218(Sat)


『ネクスト・ネクスト』に行ってきた(@森下スタジオ)。
康本雅子『メクランラク』(ではなく、正式には「メクランラクメクランラクメクランラク…」となる)
冒頭の冒頭は、目のあたりに丸く望遠鏡した手を据えて、照明付いては消えたり。「見るってことだな」てシンプルな「お品書き」を呈示すると、くるくると康本は回り出した。回りながらゆっくりと「伸び」をしたり、奇妙な仕草やステップを繰り出したり。小ネタを連ねるのに、「まわる」なんちゅうひとつの場所を用意して、そうすると、上手く整理がつくもんなんだな、と、いや、いやいや、そんなことどころではなく、「みせて−きえる」のリズムが、こっちとの関係を緊密にしている?そっか。「みせるよ−残念消えます」みたいな装置によって、みることの欲望が刺激され続けていく旋回。ただ「旋回のダンスします」、とかいった、そういうお芸術的な(あるいは技巧的な)意味合いではなく、見る側と関係をつけるための道具立てとしての旋回。痛快なのは、だから単に延々回転し続けること、ではないのだ。後半は、確か「東京コンペ」で見た曲でほとんど同じ振りをしていた。最後は少女シャンソンみたいな曲で踊っていると思ったら、マイクを掴んで歌い出した。そうそうそう、康本は「歌物ダンス」なのだ。いってみれば、「カラオケダンス」というか。歌のリズムを自分の体で消化して、ぽんぽんとアドリブ付きのウラ拍シンコペ付きの振りで踊る。でも、何より、観客との関わりを凄く意識して、どんどんそれが成功度が高くなっていく康本には、感服してしまう。いや、単純に楽しかった!

北村成美『不完全スパイラル』
ダンスを見に行くのは、、、「楽しいから」じゃないか。もちろんこの「楽しい」の種類は様々だし、その精度はいくらでも高める必要はあるだろう。でも、「楽しいから」見に行く、ぼくは。それを北村の公演は、つくづく思い返される。
最近、「ダンスはアートかソシアルか」というタイトルの原稿を書きたいと思っていて、要するに、「両方でしょ」という結論になるだろうと考えているのだけれど、やっぱり「ソシアル(社交的)」の側面は凄く重要だろ、でも看過されがち、と思うのです。最近頻繁にこの日記に登場する福田定良は、このことを安来節の小屋での体験を通して、非常に面白く書いているのだけれど(『民衆と演芸』)、ソシアルだけになって芸のないのはつまらないが、こっちに観客が居ることを忘れているような無視しているような公演は、やっぱりつまらない、と思ってしまう。二曲ほど踊ったあと、「北村です、今日はどうもありがとう、、、」みたいにこっちに話しかけてきて、気づくとそれは音楽のライブの曲間みたいな趣向になっている(「友近」のネタみたいだった、そういうこと、(お)笑いとダンスの類似点相違点など、ちょっとゆっくり考えてみたいところ)。こっちにリアルに話しかけているようでもあるし、「ネタ」みたいでもある、そのどっちつかずが、言ってみればアート+ソシアル。
ということもあるのだけれど、北村作品は、見るといつも原稿用紙5枚くらいでじっくり何かいわないと何かいったことにならないような気がして、でも、それが出来ないでもじもじとした気分になる、ので、今回もそうだったので、上記したことは何か感想としては「半分」です、ね。

鈴木ユキオ[金魚×10]『幸福の森の掟』
正直、秋にSTで見た作品の方が良かった。ファンタジーなイメージを壁紙のようにつかって、すべてを包んでしまったので、エッジの効いた色々な部分が、弱くなってしまい、また壁紙とそれとの関連が掴めず、悪い意味で「良く分かんない」ものになってしまった。「良く分かんない」は決して金魚にとって悪い評価ではなく、むしろそれを特徴としているのだけれど、今回は雑然としているさまが、ただ「良く分かんない」ままに並べられてしまっていた。換言すれば、「放っておけない」感じがない、のだった。

五年続いたというこの企画は、今回が最後、ということで、打ち上げの場も盛り上がる。というか、ぼくは個人的に『即興文学の作り方』の阿部先生にお会い出来て、かなりテンションが上がってしまった。今年の夏の流行り本だったので、ぼくの周りで。その他にも、楽しい企画に参加する依頼が飛び込んだりして、収穫のあった一日だった。



□1217(Fri)


『BT/美術手帖』に、「ダンス・パフォーマンスとアートを知る」ための本を紹介しました。なんだか今年後半の仕事は、大半が人(とか本とか)を推薦するものだった。こちらも、『STUDIO VOICE』に劣らず、「極私的」なセレクションになってしまいました。
あと、庭劇団ペニノとチェルフィッチュのことも書きましたので、よろしく。書店などにて手にしてみて下さい。



□1214(Tue)


今年の後半は欲張り放題で、キャパシティなど無視の論文生産マシーンになった、のはいいのだけれど、ここいらで、その決算がたてつづき、ヒーヒー言っているところ。こんだけネット的世界が広がっているのにもかかわらず、アカデミックな世界は学会という場所での発表を基本あるいは義務とし、また学会誌への掲載を当然とする。めんどいはめんどい。でも人と人とが会ったり、紙の原稿を重視したり、アナクロな感じ満点なのもそれはそれ、人間らしいこういうこともこれまたいいものだな、という気がしたこの秋。
とかいって、あまりに忙しくなって、日記がおろそかになっちまうのも、頂けないと思っているのでありまして、この秋ぼくを虜にしたHPベスト3という企画で濁してしまおうと思っているのであります。

ナンバー1
Opera di Giovanni Battista PIRANESI
ピラネージというローマ愛好者であり超優れた版画家の画像データベース。「ピクチャレスク」な映像フェチにはたまらない、ディテールの生々しい、こっちの眼球に突き刺してくるようなリアルな感触伝わる画像の数々。

ナンバー2
THE ANALYSIS OF BEAUTY
版画家でもあるホガースの唯一にして偉大な一冊『美の分析』のウェブ版。表紙に「にょろっ」と出てくるのが、かの「蛇状曲線」です。これが動きの美のモデル、ダンスの魅力のモデルなのです、ホガースにとっては。欲を言えば、図版のリンクが充実していれば、本書の面白さは、何倍にもなることだろう、に。それにしても、21世紀に重要間違いない(?)、未来の美学のど真ん中、ぼくは勝手に思っております。

ナンバー3
Search the Spectator Project Volumes
ホガースより50年ほど先達の文筆家アディソンが運営していた雑誌「スペクテイター」のウェブ・データ・ベース。やっぱ、データ化されるすばらしさは、検索の向上にあるね。だってこれなきゃ、「カントリーダンスの複雑さと迷宮(intricacies and labyrinths)」なんて魅力的な一言には、出会うなかったろうよ(この「魅力」は、相当限定された人間にのみ共有されるものではあります、現在の処、オレと、、、高山宏と、、、だけ?)。舞踊学会で発表した「ホガースの優美論−−ダンス美学に向けて」にも、この一言は使いました。アディソンは、まだまだ研究のヴォリュームの足りない、けど、凄く面白い物書きでして、こういうのがもっと翻訳されれば、どの「美学入門」本にも載っているからって、翻訳が文庫で手にはいるからって、誤って卒論や修論でカントの美学なんてものをやらないで済む(あ、これオレ)、学部生だってわくわくしながら美学を遊べるハズなのに、とよく思ったりします。


えっと、サイコーに個人的な趣味に偏った、「偏愛的ベスト・スリー」になってしまった!のですが、これが今のぼくなのだからしょうがない。あの、暇だったら、クリックしてみてください。



□1208(Wed)


『8マイル』を今頃になって見た。
スティービー・ワンダーに最近、「君のマイケルをちゃかしたりする振る舞いは嫌いだ」とかなんとか言われちゃったりしているエミネムですが、それはそうとして、見ました、ようやく。素晴らしい。いろんな要素があって、黒人街の白人の問題とか、アメリカの低所得者層の現実とか、ラップバトルの光景とか、それも含めたヒップホップによるコミュニケーションのあり方とか、面白いトコありまくりなんだけれど、それらをうまく青春映画のパッケージに包んじゃってたりする、あたりが見事。白人ラッパーという矛盾を、黒人社会の白人という立場に主人公を置くことで、マジョリティー/マイノリティーの区分をずらしたり、ラップバトルは、相手の悪口をライムしながら言い合うといったものなのだけれど、自分の悪口でどうしても言われたくないことがある主人公は、そのことを先んじて自分のラップに入れ込んじゃって「何々ってお前これから言おうとしてんだろう、言ってみろや!」なんて感じで、責めてみたり。この主人公は、弱さを弱さとして呈示することでヒーローであろうとする。なんてダメなんだろう。こりゃエミネムもヘタレ男ヒーローってことか。何せ、冒頭で主人公は、舞台に上がる緊張のために便所で吐いちゃうしね。冒頭で吐いちゃう主人公て、、、。
それにしても、ラップというのはライム(韻を踏む)しながら即興で歌うわけで、それは機知×リズム(ダンス)なわけで、こりゃあぼくの今考えたいことにストレートにヒットしてくるものなのだった。この主人公が黒人社会のマイノリティーでありながら黒人たちに認められるようになるのは、唯一彼がラップで彼らを唸らせることによってのみ、なのだった。でも、そのことがもっと英語が分かると、ずっとリアルに感じられるんだろうな。そういえば、苦言を述べていたスティービーもエミネムの音楽は決して否定していなかった、っけ。



□1206(Mon)


『STUDIO VOICE』今月号に、美学のブックガイドを書きました。
アクチュアルに美学を考えるための8冊、というつもりで集めました、是非ご参照(買って!)下さい。色々考えた挙げ句、結構わがままに選ばせてもらったという気持ちでいます。先月は、他にも本の紹介記事の依頼があり、計(のべ)16冊の推薦記事を書き、人のことほめるのがちょっと疲れてしまいました。ぼくも自分のことほめたい(ほめられたい)でも、自分の本がない!ということで、来年の目標は「本を書く」、です(まあ、目標はそれとして、ねっ、たてたっていいじゃない!って)。

ただ一箇所(残念!)、小見出しの「デリダの考えるダンスの滞在可能性」は(もちろん)「潜在可能性」です。この間違いは、ぼくが提案してメールで送った文を編集の方が写植屋さんに渡したあたりで起きたミスだそうで、ぼくの直接ミスではありません、悪しからず。



□1205(Sun)


天候完全回復。帰路の前の時間を利用して、「沖縄美ら海水族館」に行き、その帰りに残波岬の灯台にのぼる。波が岩に物凄い力でぶつかり、海水が泡になって真っ白い渦が恐ろしい形相をしている。崇高な光景。

波が物凄い力と勢いでシェイクされて出来た泡は、そこからあたかも新たなる生命が誕生してしまうヴィーナスの泡のようにも感じられた。無意味な自然のパワー、間違い的(奇蹟的)な生命の創造、ガラパゴスって言うか。



□1204(Sat)


今日が本番。舞踊学会の会場、沖縄県立芸術大学のわきに、ソバ屋があって、今日も沖縄そばを食す。うまい。発表終了。夏休みにひとりでぶつぶつ考えていたことが、こうやって公になって、色々な意見をもらえるというのは、それだけでもとても感動的だった。感慨無量。また、この大学に二年前から赴任している研究室の先輩とも会えた。嬉しい。懇親会で、沖縄舞踊の大家のような方が、「カーチャーシー」(かき混ぜるという意味で、盛り上がるとみんなで踊ってしまう踊りのこと)を指南してくれて、全員で踊る。素晴らしい瞬間だった。
その帰り、再び、牧志という駅を降りて国際通り近辺へ、打ち上げの場所探し。「浮島通り」をフラフラ歩いていると、洋服の店が多いことに気づく。那覇の「裏原」みたい。一軒のアロハに目がとまる。入ると、大きな体躯のしかしやさしーい話し方の店員が現れて、色々なおしゃべりに話が弾む。一枚購入。白地に紫の花柄のハワイアンアロハ。そして、その店員に教えてもらった店に行く。「ゆんたじらば」というライブハウス兼居酒屋。誰か見たことのある歌手が歌っている。声がきれいだ、ット思っていると、頻繁にブレーカーが上がって中断店中が真っ暗闇になる。こういうところが「らしい」。この店は食事もとてもおいしく、地元の人ばかりということもあって、ぼくもオススメの一店になった。(さらに続)




□1203(Fri)


14:30着、那覇空港。飛行機から出ると、もう通路の空気が違う。湿気た南国に特有の空気。来た、はじめてのオキナワ。とくに細野晴臣経由のオキナワン音楽を親しんだり、『ナビィの恋』なども好きだったぼくが、しかし行ったことのなかった憧れの地。とうとう来た。雨。台湾あたりに台風が来ている影響。台風?12月だぜ。いやあ、それこそ南国、ってことかい。タクシーの運転手は、退屈そうに、観光地へ行かないかと誘う。微弱な促しに、この地のテンポとかムードとか、ヴォリュームを感じる。左には金網。あっという間にホテルに到着。あすの発表にそなえて腹ごしらえ。国際通りまで歩いて10分くらいのところにホテル取ったので、ともかく歩く。雨の振り方が不順。激しかったり急に止んだり。市場にはいると、おばあたちの柔らかい笑顔にこっちもスロー化。公設市場の二階に食堂が林立していて、そこの「御食事処ツバメ」に入る(「あっ氷川きよしの写真だ!」)。オーダーに来た長身のお兄ちゃんの顔がもうエキゾティックで日本語を話しているようには見えない。ゴーヤチャンプルー、沖縄ソバ、あばさの唐揚げなどを食す。「あばさ」が何なのか分からぬまま、食べる、と弾力ある身を堪能。こりゃ、東京じゃあんま食べられないあじだ。
一旦ホテルに戻り、あらためて、夜の社会科見学。喜納昌吉のお店、ライブハウスチャクラへ。たまたま行ってみたのだけれど、先客にA先生が居てびっくり。東京の日々とかわんないじゃん。合間合間に沖縄舞踊を挟んで、前半は父昌平中心のライブ、後半は昌吉のライブ。正直ぼくはお父さんののんびりした演奏の方が楽しめた。昌吉のロック系のアレンジがされた音楽は、パワフルで、彼の「すべての武器を楽器に」というメッセージなどを歌い上げる際には強い牽引力になるのかも知れないけれど、音楽としては、何か民謡にある重要なものが減ってしまっている気もする。ともかく、沖縄と政治と音楽の関係を沖縄の地で考えられて意義深かった。その後一件はしごして、ご飯を食べる。そこで「ソーメンチャンプルー」のうまさに感動。勢いが出てきて、「火の玉ホール」(クラブ)を探す。一時間くらいかけて、ようやく場所が分かると、ちょうど今日場所が移転していたことが発覚!あまりに悔しいので、タクシーに乗り、移転場所へ。なるほど、現地の若者はこういう感じで夜を過ごしておるのなー。(続)