日記バリのことダンスの経験ダンスの思考/哲学と美学/BBSAbout/Link
Papers過去の表紙コウギ(’03)

   
Papers
2003年以降に書いた批評文などのリストです。



ダンス


「衝動を振り付ける矢内原の目が見つめるものは…」
(『STUDIO VOICE』九月号、2004年 Nibroll『NOTES』8/20−22@シアタートラム公演の紹介記事)

* かつて『駐車禁止』について書いた文章がJCDNのHPにあります。


「「リズムに下剤をかけろ!」。暗黒舞踏の命題に賭す、室伏鴻の闘争」
(「CUT IN」 Vol.28、2004年)


「幼年?コドモ? コンテンポラリーダンスの傍若無人者たち」
(康本雅子、ボクデス、さらに三浦雅士氏と桜井圭介氏の子供=ダンス論を紹介)
「ダンスのモダニズムはいま」
(マース・カニングハムのDVDDVD発売に関する記事)
(『BT/美術手帖』七月号、2004年)


「望めることと望みえないこととの間で震える境界線が踊る」
(『BT/美術手帖』三月号、2004年 昨年十二月の室伏鴻「美貌の青空」の公演評)


「いまダンスはどこにある?」
(『STUDIO VOICE』三月号、2004年 第8回パークタワー・ネクストダンス・フェスティバルについての紹介記事)


「土方舞踏論のアカルイミライ−−ダンスの未来に向けて」
(『パフォーミング・アーツ・マガジン [バッカス] Bacchus』2003冬 01号)



KATHY「イマドキの「踊り子」のユーモラスで切ない宿命」
黒沢美香「すべてはダンスを招来するために」
『BT/美術手帖』十一月号、2003年)


手塚夏子「二〇〇三年七月の「実験」結果報告」
黒田育世「「女という性」を踊る女の子のいらだちと父なるダンス」
(『BT/美術手帖』九月号、2003年)


ちょっとまえに書いてあった、山賀ざくろ《エレガンス》についての評
「「敗者」が「踊れる」という矛盾をダンスする男」
がSTスポットHP、ST通信のページに載りました(2003年執筆)。
ここをクリックで見られます。読んでみてください。


「珍しいキノコ舞踊団の”フリースタイル”あるいはソーイング/ダンシング」
(『BT/美術手帖』七月号、2003年)




演劇


New! 「網(ウェブ)的精神のリアリティと模索する演劇の交点」というタイトルで
(『BT/美術手帖』一月号、2005年 庭劇団ペニノ「黒いOL」とチェルフィッチュ「労苦の終わり」の公演評)


(12/17発売)にて、
「わかりきれない関係の最深部で響きあう言葉たち」(『BT/美術手帖』一月号、2004年 五反田団「おやすまなさい」公演評)



その他


特集「最終ブックリスト320 今手にするべき書籍、完全カタログ!」
のなかで、「美学」の本八冊紹介(『STUDIO VOICE』一月号、2005年)



「人形少女は傍若無人」
(『TH series no.21 少女×傍若無人』、2004年)


「アートがお笑いを参照する理由」
(『BT/美術手帖』一月号、2004年)


「「きんじょ」から「はて」の冒険へ」
『BT/美術手帖』十二月号 現代美術家伊藤存についての作家論)





書きもの以外の活動


この秋−冬、上智大学(@東京、四谷)で行われるコミュニティカレッジ
にて講座をもつことになりました。といっても、
「芸術と哲学−古今の芸術とその思想をたずねて−」という輪講の一講師として。

11/19と26の二日(両日とも水曜日、18:45−20:15)。テーマは、
「舞踊(ダンス)の美学」(1.近代の問題/2.現在の状況)です。
受講希望の方は上智大学公開学習センター 03−3238−3551まで。
ぼくのだけ聴講参加なんてのも可能では(大きな声では言えない、けど。
「あっ、それ希望!」と言う方は、ひそひそメール下さい。入り方教えます)。
ぼくが今考えているダンスの本質的思考を直球勝負
(でもゴリゴリというかワクワク)な感じでお話しするつもりです。