やすの闘病日記

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    2〜3年前
    <予感>
    やすは右側頭部から右後頭部にかけての偏頭痛に悩まされるようになった。
    その痛みたるや、のた打ち回るほどであったが、不思議なことに右耳の下のくぼみを力いっぱい指圧すると不思議と痛みが遠のくのであった。
    備考:一般的には偏頭痛と脳梗塞との関連性は薄いとされている。

    他にも、時たま何故かうまく呂律が回らないな、と感じるようになった。
    とりわけ、ら行の発音が異常に苦手になってもどかしいと感じる事が出てきた。
    備考:言葉の障害は典型的な脳梗塞の初期症状と言われる。


    数ヶ月前
    <前兆>
    偏頭痛がひどく、夜も眠れない日があった。
    この日ばかりは、耳の指圧も全く効果がなかった。
    翌日は寝不足でドロ〜ン。
    備考:一般的には偏頭痛と脳梗塞との関連性は薄いとされている。


    2004.6.24(木)
    <週末には色々予定があった(前夜)>
    仕事が忙しく、早めに帰るつもりが帰宅は20時。
    りょうが早めに寝てくれたため、やすときょは缶チューハイで乾杯。
    やすはちょっと飲みすぎた。(といっても1本を二人で分けて飲んだだけ)
    べろんべろんで就寝。寝る際にきょにからんだ記憶もある。。。
    明日は給料日で定時退社日。
    やすは定時ダッシュで銀行のATMから生活費を引き出し、役場で児童手当金の申請を行い、散髪してから早めの帰宅、久しぶりに家族団欒を楽しむ予定だった。
    週末にはまた砂場でりょうを遊ばせてやろう。給料日後だし、ちょっとご馳走を食べに行くのも悪くない。
    この時はやすもきょも、何事もなく翌日を迎え予定通り週末が迎えられる事を疑うことはなかった。


      2004.6.25(金)
    <発症(入院初日)>
    夜中の1時頃、やすは突然発生した異様な不快感で覚醒。
    半ば寝ぼけたままのやすは、「助けてくれ、きょんべえ」と叫ぶが、きょは目を覚ましてはくれなかった。 前夜の深酒による悪酔いと信じて疑わないやすはトイレに行って脱糞後(これも何かおかしい。これまで夜中に起きて糞なんぞしたことはない)再び就寝。

    早朝6時前、やすは再度覚醒。
    夜中に目が覚めた時以上に気分が悪い。とても会社には行けない、と瞬時に悟るほどの気分の悪さ。 この時は「急性アルコール中毒」と思った。
    水分を補給してアルコールを排出しなければと思うも、足腰が立たない。まともに座ることも出来ない。
    てゆーか、体中のありとあらゆる所が動かない。
    きょに麦茶を持ってきてもらおうと思い、「むぎちゃをもってきて」と頼もうと口を開くも、ろれつが回らず、「ういたもってひて」としか言えない。
    それでもきょは何とかやすの意思を理解してくれて、お茶を持ってきてくれた。
    お茶を飲もうとするも、手に力が入らず、コップを取り落としそうになる。
    飲み終わってからきょに指摘される。
    きょ「やすくん、今ヨダレたらしたよ。気が付かなかった?」
    見るとシーツに大きな染み。気が付かなかった。ちょっとショックだ。
    水分を補給した後も気分は回復せず、そのまま布団に転がっていた。
    8時ごろに、今日は会社を休んで病院へ行くことを決意。
    きょの運転で近所の内科、黛医院へ連れていってもらい、きょとりょうはその足で児童館の親子教室へ。
    駐車場へ向かう途中、足元はふらついて壁や足もとの障害物にぶつかりまくり、左手に持った物をポロポロ落としてしまうのには閉口した。
    左手の動きはいよいよ怪しく、助手席のドアが閉められない、シートベルトが引き寄せられない。
    つーか、左手では自分の鼻を掻くことはおろか触ることも出来ない。 内科で二日酔い覚ましの点滴を受けている最中に、児童館帰りのきょが内科に再度立ち寄ってくれた。
    医師の見立てでは、二日酔いの可能性はあるが、左右不均等の脱力、言語障害等、不審な症状が見られるため、至急、脳神経外科の診察を受けた方がよいとの事で、総合太田病院の紹介状をもらった。
    また、その時点で既に総合太田病院の外来受付時間を過ぎていたため、急患扱いで時間外受け付けしてもらうよう、電話で話を通してくれた。
    黛医院を出る際に転倒。いったいどうなっちまったんだ、ワシの体は?
    総合太田病院へは、きょの運転で連れて行ってもらった。
    その道すがら、会社に連絡。
    総合太田病院では、既に受付にまで話が通っており、すぐさま脳のCTスキャンに回されてしまう。
    結果を持って診察を受けるも、CTの結果からは明らかな原因はつかめず。
    しかし症状を一目見ただけで「脳梗塞の疑い」で即日入院それも最短で一週間、が決定。

    脳梗塞…って、冗談じゃない。老人がかかる病気じゃないか。
    この時点では半信半疑。
    そうだ、そんなことより、やすが入院してしまい、きょ一人になったら今の育児生活とやすへの見舞い生活とを両立させる事は無理。
    携帯からやすときょの実家へ第一報。やすの両親が即日、その後入れ替わりできょの母が群馬に駆けつけてくれることになった。
    やすは入院手続き、その間にきょは売店で買ったパンでりょうに昼食を与えていた。
    病室に案内された後、きょは入院用品や着替え等を取りに社宅へ、やすは脳のMRI検査へ。
    足元がおぼつかないため、車椅子で運ばれてしまう。
    左手が言うことを聞かず、なかなか検査衣を着る事が出来ない。
    MRIは15分くらいで終了。その短時間の間に爆睡してしまい終了してもなかなか目を覚まさないやす。
    やはり、やすの中で何かがおかしい。
    病室に戻り、しばらくすると医師からのMRIの検査結果報告があった。
    結論から言えば、「右脳の脳梗塞」。それも、決して軽度とは言えないモノ。
    写真を見ると、右脳の太い血管が見事に止まってしまっている。
    これだけの梗塞が瞬時に起きたのであれば普通はタダでは済まないらしい。
    だから、この程度の症状で済んでいるのは、この梗塞が長年かけてじわじわ進行したからだろうとの事であった。
    じわじわ進行したため周辺の血管が発達して梗塞部分のバックアップに回るものらしい。 (若かりし頃、若気の至りでやすと共に暴飲暴食、不摂生の限りを尽くした心当たりがある諸氏は是非ご注意頂きたいものである)
    梗塞が右脳で起きたため、麻痺は左半身に出ている。
    もっともはっきりした症状は、左手の麻痺、左顔面・口腔内の麻痺(呂律が回らない)。
    また、左足の力が弱く、左方の距離感がいい加減になっているため、歩いていると左方の障害物に体をぶつけまくり。

    脳梗塞が確定したことで、入院は最短で2週間、ということになった。
    この日から早速治療が始まった。
    脳の血行を取り戻すための点滴(ソリタT3、ヴィーンD、スロニノン、生理食塩水)を1日24時間。
    点滴の輸液ポンプを使用しているため、また、まだ足元がおぼつかず、歩くには看護婦同伴が欠かせないため、トイレの度にナースコールをしなければならない。
    で、点滴の時に限ってこれがトイレが近くなるんだな、もうナースコールするのが恥かしいくらいに。
    夜間はナースコールするかどうかで逡巡することが多かった。

    やすの母は19時過ぎに病院着。
    自分と家族の人生を左右しかねないこの事態に気分が落ち込んでいたこともあり、朝から何も口にしていないにもかかわらず晩飯は食う気にならなかった。
    左の口腔内が麻痺しているせいで食物が左の頬に溜まってしまい、大変飲み込みづらい、左の頬の内側や舌の左側を噛んでしまうといった理由もある。
    病院食がまずかったせいもある。
    ちなみに対高血圧の病院食の一日分の諸元は、 2000kcal、タンパク質70g、塩分6gとなっている。
    脂肪分はほとんど実感することが出来ない。 味気ないねー。
    結局食べたのはご飯を二口のみ。
    やすの父は、この日の22時ごろ社宅に着いたとのことである。


    2004.6.26(土)
    <入院2日目>
    朝は6時前に目が覚めてしまった。
    それからは悶々として眠れず。
    その後も一日中ベッドの上で何もせずゴロゴロしながら過ごした。
    前夜、飯が喉を通らなかったことから、この日の朝食からは全粥のメニューにしてもらうことにした。
    今度は8割くらい食えた。
    この日の夜以降は退院まで食事は完食。
    10時過ぎになり、やすの両親、きょ、りょうがお見舞いに来た。
    このテイタラク、妻子には誠に申し訳なく、やすはハラハラ落涙、きょももらい泣き。
    このまま自分が要介護の障害者になってしまったら…と想像すると、収入の道もなく障害者の夫と幼子をかかえた愛妻・きょんのこれからの苦労は如何ばかりか。
    そう考えるとほんとに涙が止まらなかった。
    そんなことしか考えられない程、このころの状態はひどかったのだ…。

    一同は昼前に一度社宅に帰り、昼食を取った後、夕方に再度お見舞いに来てくれた。
    家族のありがたみを実感した瞬間である。
     
    後から聞いたことによると、この日がヤマであったようだ。
    初日・二日目という治療初期の段階で状態が上向きになるか悪化するかによって今後の治療方針が全く違っていたのだという。
    やすの場合は改善方向に向かっていたので良かったが、もし悪化していたら開頭手術もやむなし、と判断されていたかも知れなかった。


    2004.6.27(日)
    <入院3日目>
    病室を移ることになった。
    これまでは3人部屋に3人で入っていたが、大きな部屋に空きが出来たとの事。
    今度は6人部屋に3人と言うことになった。 これまでは狭い部屋でりょうが走り回って危険だったり、周囲に迷惑だったりしたが、今度は部屋の広さに若干余裕がある。
    10時過ぎに、疲労の色が濃いやすの母を除く一同がお見舞いに来てくれた。
    一同は正午過ぎに帰り、その後やすの父母は14時過ぎに社宅を出て帰阪したとの事である。

    この日は配電設備の工事のため、昼から夕方まで停電予定。
    そうなると電動の輸液ポンプがつかえなくなるため、やすは非常電源が使える個室にしばし避難。
    個室に避難中、職場の課長がお見舞いに来てくれた。
    職場へは、初日にきょが社宅に着替えを取りに帰ってくれたときに連絡してくれていたのだ。
    課長とは、病状の説明をしたり、休みの取り扱いの話をしたり。
    お見舞金もらってしまった。心配と迷惑かけた上にお見舞いまでもらってしまうとは。

    <病院の怪奇現象に遭遇 その1>
    部屋を移った直後、誰も触れていない自分のベッドのナースコールが発報。
    誰も手を触れてないのはたまたま居合わせたナースも確認。

    <病院の怪奇現象に遭遇 その2>
    自分の部屋の前が車椅子での使用が可能なトイレである。
    このトイレは性格上、未使用時は常に自動扉が開放してある。
    使用時には中からボタンで扉を閉める。
    その作動音はかなりなので人がトイレに入ったかどうかはベッドに居ながらにしてはっきり分かるし、 部屋のまん前なので、人の気配だけでも使用中かどうかは分かる。(病室ドアは常時開放)
    その時は、誰もトイレには入ってなかった。断言できる。
    なのにトイレの水が流されたのだ、誰も人が居ないのに!
    もちろん、その後もトイレから人が出てくる気配などなかった。


    2004.6.28(月)
    <入院4日目>
    夜中、同室者が胸の苦しさを訴えてナースコール。
    ナースが走り回り、病室に大量の医療機材が運び込まれちょっとした修羅場に。
    結局この夜は、あまり良く眠れなかった。
    ある意味、前日の怪奇現象より怖かった。

    この日から輸液ポンプが取れた。また、足元がかなりしっかりしてきたので、トイレに行く度にナースコールする必要がなくなった。
    これでかなり気が楽になった。

    16時頃、きょとりょうがお見舞いに来てくれた。
    やすの父が居てくれた間は、父が車の運転をしてくれていたが、今はきょの運転である。
    やすとしてはちょっと心配ではあるが、きょにとってはいい運転の練習になっているようである。

    そうそう、脳神経外科での精密検査を薦めてくれた黛先生には、きょの方からお礼の電話をしてくれたようである。
    きょが病院に来てしばらくしてから、姫路から駆けつけて来てくれたきょの母が直接病院に到着。
    迷惑と心配をおかけして、本当に申し訳なし。
    りょうは相変わらずやんちゃで暴れ者で手を焼いた。
    一方、愛想がいいのも相変わらずで、ナースの間で人気者でありました。

    面会者一同は18時過ぎに帰っていった。


    2004.6.29(火)
    <入院5日目>
    同室者が転院のため、早朝から部屋が慌しかった。
    これで、6人部屋に2人になってしまった。

    今日は4日に一度の点滴針交換日。
    久しぶりに点滴が取れて身軽になった。

    いい機会なので入浴させて頂く。実に5日ぶり。
    患者の病状によっては看護婦さんに体の隅々まで洗ってもらえるのだが、やすの場合は自分で洗わなければならない。 それはさておき、あ〜、すっきりした。

    きょ曰く、今日は、いつもより早め、15時ごろお見舞いに来るとの事であったので、病棟入り口にある面会コーナーで彼らを待ち構えることにした。
    ところが、待てど暮らせど来ないじゃないか。
    携帯からココセコムのサービスを利用して、ふぉれす太の現在位置を検索すると…なんだ、まだ社宅じゃないか。
    プンスカしながら病室に戻るやす。
    結局16時ごろになってようやく到着。
    拗ねボンやすくん。
    せっかくお見舞いに来てくれてるんだから我慢しろよ → やす
    りょうのやんちゃは相変わらずで、3人の面会者は18時頃帰っていった。


    2004.6.30(水)
    <入院6日目>
    久しぶりに良く寝た。
    入院以来、あまり眠れない日が続いていた。
    というのも、3部屋ほど向こうに、一晩中叫び続けるうすらでかい重度のじいさんがいて、落ち着いて眠れなかったのだ。
    だがそのじいさん、いつのまにやら忽然といなくなってしまった。
    これもリアリティーのある恐怖体験であった。

    今日から治療は点滴と投薬の併用となる。
    これから徐々に投薬ONLYに切り替えていくようだ。

    暇だ。
    何もすることがない。
    テレビも見飽きた。
    楽しみと言えば、3度の飯くらい。
    きょに暇つぶしネタの差し入れを要求することにした。 まずはPC。
    DELLのINSPIRONは普段きょが使っているので、サブ機のカシオペア・ファイバを持って来いと指令。
    次に「耳掻き」。 やすは暇さえあれば耳くそをほじっている、自他ともに認める「耳掻きちゃん」なので、あれば大変助かる。

    <楽しい理科実験>
    点滴は液剤を高いところにぶら下げ高低差をつける事で圧力を稼ぎ、血圧に逆らって液剤を血管に流し込む。
    だから、点滴中に立ちあがると高低差が小さくなり、点滴のスピードが目に見えて落ちてくる。
    点滴が残り少なくなるとやはり圧力が減るのでスピードが落ちる。
    そしていずれは点滴が落ちなくなってしまう。
    この状態で立ちあがると、血圧と点滴圧が逆転してしまう。
    するってえとどうなるかといえば、逆流である。
    すごい勢いで血が点滴の管に流れ込んでくるのが分かる。
    最初これを目の当たりにした時は焦ってナースコールしてしまった。
    こんな他愛もない実験も、入院中の格好の暇つぶしになっていた。
    しかし、これもやりすぎると点滴針が詰まってしまう原因となってしまうので注意が必要である。

    新しい点滴を繋ぐと逆流してきた血液はまた血管に戻っていくが、その後に、管の内側にこびりついて戻っていかない固形物がある。
    これがコレステロール?で、血管の内側に付着して梗塞になるのか?と思ったら背筋が寒くなった。

    PCが手に入ったこの晩から、過去にさかのぼって闘病日記をつけ始めた。


    2004.7.1(木)
    <入院7日目>
    入院も一週間ともなれば、病院も我が家のように馴染んでくる。
    元同室者一人が今の病室に移って来て、これで6人部屋に3人となった。 今日で点滴は最後で、投薬一本の治療に切り替わっていくようだ。
    午後に脳のRI検査。
    これは弱い放射性物質を注射し、血中の放射線量の測定することにより、血流量の断面像を構築するものである。
    この検査によって、脳梗塞の起きた右脳の血行量が十分回復しているか、つまりこれまでの治療が順調に進んでいるかどうかが判断出来るのだそうだ。
    検査から帰るとすかさず次はリハビリ。今日がリハビリ初日。
    暇つぶしネタが一つ増えてくれた。
    が、相変わらずT4Uみたいなナイスな展開はない(←ばーか)
    ちなみにリハビリの先生曰く、左手の筋力は5段階評価の5で問題ありません、しかも十分器用です、とのことであった。
    要するに、リハビリする必要はあまりありませんとのコメント。
    じゃあ、私はこれからどうしたらいいの??(;-;)
    現在、タッチタイピングには不自由していますよ、私。 現在、PCでタイピングの練習していることを説明したら、続けてくださいと言われてしまった。
    そんなもんかな?

    夕食後、だらだらしている所に会社の部長がお見舞いにやってきた。
    大きな花束までもらってしまい、全くもって申し訳なし。
    どうしても仕事がしたくないのならいいが、仕事がしたければエッヂ経由で会社に接続可能なノートPCを与えるが……?との、涙が出るほどうれしい?オファーがあり。
    それって病院で仕事しろという事ですか?
    もしかしたら、会社でのワシのポジションは危ういのだろうか?

    やすの実家に電話連絡し、やすの父の目の手術が無事終了したことを確認。
    我が一族みんなボロボロだね。やすの母は椎間板ヘルニアだし。
    今日も机に向かってちまちまパソコンをいじっていたおかげか、左手のタイピングもかなりしっかりしてきた。

    夜9時過ぎ、初老の急患が同室に緊急入院してきた。
    様子を覗うに、言語障害がひどく、右半身が利かないようだ。
    言動からすると自分の現状を全く理解せず、どうでもいいこと(祭の集金とか、飼い犬の散歩とか)をわあわあとまくし立てて、息子さんと思しき同伴者の手を焼いている。


    2004.7.2(金)
    <心機一転(入院8日目)>
    未明にまた、誰も使用していないトイレが流れた。
    なんだかもう怖くない。

    最近吹っ切れたことがある。
    最初は早く家に帰りたい、とばかり考えていた。
    病魔と正面切って向かい合っていなかった。
    今は違う。
    徹底的に病気を治さないことには金輪際ここを動かんぞくらいの意気がある。
    病院は戦場だ、自分の病気と戦うための。
    病気を根治せずしてここを去るというのは病気に勝てなかったことになる、そんな気がしている。
    ちょっと、オーバーかな?

    今朝、入院以来一週間続いていた点滴がようやく取れた。
    今後は投薬一本に切り替えて、点滴と同様の効果が得られるか(右脳の梗塞部分の血行を確保できるか)を検査し、退院できるかの判断に結び付けていくようだ。
    おくすりリスト
    朝食後:
    バイアスピリン錠100mg
    プレタール錠100mg
    ムコスタ錠100mg
    夕食後:
    プレタール錠100mg
    ムコスタ錠100mg

    点滴が取れるとやはり身軽だ。トイレに行くのも億劫でない。
    ただ盲点だったのは、これまでは点滴の車輪付き支柱が杖代わりになっていたようで、点滴なしで歩くと平衡感覚に若干不安がある。

    午前中にリハビリの第二回目。
    左手の機能の回復程度を見極めるテスト。
    右手が32点満点の32点に対して、左手は29点。
    利き手でない事を差し引いたら、もしかしたら結構いいんじゃないの?
    今のやすの左手をこれ以上リハビリするメニューがないんだとさ。
    それもこれも、暇さえあれば左手の指をヒラヒラと体操させ続けた、回復への執念の成果かもしれない。
    念の為、ブロックを用いた構成力診断テストも行ったが結果はテストで測り得る最高点を記録。
    結果を見る限り、理数的な思考を司る分野へのダメージはない模様。
    どうやら、現在の仕事は続けられそうとの感触あり。
    言語障害に関しては最近はほとんど分からないくらいに回復しており、リハビリ対象に上がってもいない。
    自分では滑舌が良くないという実感はあるのだが。

    午後、4日ぶりの入浴。
    いい湯だったベー。
    ただ、消耗気味だったため、しばしお昼寝モード。
    だらだらしているところにきょとりょうがやってきた。
    前夜部長から頂いた花束をきょに生けてもらっている間にりょうの面倒を見ているも、やんちゃでどうにもならない。
    大変だ、こりゃあ。
    早く復帰してあげないと、きょ一人であのおチビちゃんの面倒を見るんじゃ可哀相だ。
    無事点滴が取れたので、せっかくだから「りょう、ダッコしてあげようか?」と聞いても「ヤダー」と逃げていく。
    なぜだ?たった一週間留守にしただけで、オトーサンと認めてもらえないんですか?
    やす、大ショック。

    ちょうど夕食が終わりに近づいた頃、職場のチームメンバーが全員で大挙してお見舞いにやってきてくれた。
    暖かい励ましと気遣いの言葉を頂いた。
    皆の心遣いがありがたくて涙が出そう。
    十分休養を取るようにとのお言葉はありがたいが、自分がいなくなって仕事は困ってないのかなと思うと、チョット寂しい気も(←複雑だねえ)


    2004.7.3(土)
    <入院9日目>
    最近同室になったじいさんが一晩中ナースコール押しまくり。
    理由が、点滴が嫌だとか、心電図が邪魔だとか言ってるがそれはまだよしとしよう(認めんが)、痒いだとかマッサージだとかわがまま言い放題、孫娘ほどの年のナースと押し問答している。
    そんなこんなでほとんど眠れぬまま朝を迎えてしまった。

    朝食後に入浴。
    入浴後の我が身を見れば、我ながら患者には見えない。
    銭湯帰りのオサーンである。
    入浴直後に検温タイム。37.3℃。ぶっ。

    かのじいさんはナースの言うことを聞かず、勝手に立とうとしたり、点滴をはずそうとしたりするので、ナースステーション至近の部屋に強制移送されていった。
    今夜は眠れそうだ。

    寝不足と入浴による疲労感により、昼食後に爆睡お昼寝タイム。

    16時前、きょとりょう、やすの母が見舞いにやってきた。
    手土産は「冬のソナタ」のCDとサクランボ。
    サクランボうまいよー。
    りょうは相変わらずのやんちゃぶり。
    自分のベビーカーを押して、病棟内を好き勝手歩き回っている。
    りょうに付いて歩いている途中、廊下で体重計発見。
    計ってみると、着衣状態で71kg。入院前より4〜5kg減っている。
    あ、りょうが熱帯魚の水槽を見つけてしまった。
    りょうが水槽の前から頑として動かない…。
    キリがないので強制撤去、病室の方へ。
    病室に入るなり椅子やベッドによじ登ろうとして暴れ、制止しようとすると「イヤイヤー」の絶叫。
    ここで限界。「帰れ!」
    …いっつも同じパターンではないか。

    夜は「冬のソナタ」を見て就寝。


    2004.7.4(日)
    <入院10日目>
    朝起きたら妙に腰が痛い。
    寝方が悪かったか?
    朝食は珍しくパン食。ちょうど、たまにはパンも食いてえなあ、と思ってたところだった。

    ここ2〜3日の間、血圧が良好な値で安定しきっている。
    最高血圧はほぼ常に110〜130。最低血圧も60〜80の間にある。
    お散歩帰りに測っても112-68。 体重も減ってるし、病院にはすっかり健康体にしてもらったなあ。

    暇だ。過去の日記の補完も終わり、再びすることがなくなった。 昼前に入浴。
    売店までお散歩。
    飲み物と、りょうへのゴキゲン取り(トミカ)を購入。

    14時半過ぎにいつものお見舞い連中が来た。
    本日のやすへの差し入れは万歩計。

    何故か連中の表情が硬い。聞くとどうやら、来る時寄った本屋の駐車場で駐車車両に接触事故したらしい。
    不幸中の幸いながら、破損個所は両車とも前バンパーのみ。
    長嘆息の後、保険屋に電話して粛々と事故申請手続きを完了。
    今度から気をつけろよ。
    しかし、やすが入院しなければ、きょも事故を起こさずに済んだわけで。
    りょうがぐずり始めたところでトミカ登場。
    気に入ってもらえたようで良かった。きょには睨まれた。
    面会コーナーのソファの上に黒い綿くず。
    りょうはこれをムシか何かと勘違いしたようで、「ほらほら〜、かさかさかさ〜」と近づけると「イヤ〜」と逃げていく。大爆笑。

    お見舞いの3人は16時頃帰っていった。
    夜はひたすら読書。(テレビは有料なので、もったいなくて見なくなった。)

    2004.7.5(月)
    <入院11日目>
    未明、またまた誰も使用していないトイレが流れた。
    病院では良くあることらしい。(おいおい)
    もう、どうでもよくなってきたので、今後また同じ現象が起きたとしても触れない事にする。
    前夜の寝つきは良くなかったが、結果としては十分眠れたので、良い目覚め。
    着替え、洗顔、身だしなみを整えた後に、朝飯前の院内散歩へ。
    体を動かしたせいか、その直後の回診では血圧130-80。

    社宅にモーニングコールしたら、どうやらりょう、昨日与えたトミカのバスをいたく気に入ったようで、食事の時も寝る時も手放さず、親の手を焼いているとの事。
    「もうおもちゃは買わないで」と、きょに叱られてしまった。

    朝食後は院内散歩や読書で時間をつぶした。
    暇つぶしがてらきょに電話。
    保険屋から電話があり、事故処理は着々と進行している模様。
    車両保険の契約内容を確認してもらったら、自車修理・代車ともバッチリのようだ。よしよし。
    高価なエアロバンパーが逝っちゃったし、修理に出すにも日常生活に車は必須なので、実は頭が痛かった。
    こりゃ、闘病日記じゃないな、うん。

    午後一番に入浴。
    入浴後ふと思いついて、売店でイラストロジック査収。
    面会室でイラストロジックに熱中しながらお見舞いを待つ。
    16時前、お見舞いトリオが(無事)到着。
    今日のりょうは比較的良い子。手にはしっかりとトミカを握り締めている。
    りょうが、しきりにエレベーターに乗りたがるため、りょうをダッコして、エレベータを使って院内探検。
    久しぶりに運動らしい運動になった。
    途中血圧計を発見して測定。
    りょうをダッコして歩いていたにもかかわらず、128-80。よしよし。
    退院したら、血圧計を買おうかなあ。
    17時ごろお見舞いトリオ帰途。
    りょうがニッコニコでやすにバイバイしてくる。
    別れ際にりょうにイラストロジックを取られかけた。
    パパにバイバイするのがうれしいのかよ。ちとカナシイ。

    消灯までイラストロジックに熱中。
    本日の万歩計、3593歩。


    2004.7.6(火)
    <入院12日目>
    朝の5時頃、同室者の元に看護師が寝こみを襲って採血に。
    朝になってその同室者、「蚊にしてはでかかった」だと。笑わせてくれる。 病棟って夜でもいろんな物音がするものだから、夜中に何回も目を覚まして寝不足、寝起きは悪し。
    寝汗たっぷりで、起床は7時半。
    朝飯をマッハで済まして、朝の一番風呂ゲット。
    朝9時半頃、やすの母は関西への帰途についたことを確認。
    その後、朝のお散歩、イラストロジックなど。
    売店にて爪切り査収。
    昨夜から頑張っていた巨大イラストロジックが破綻、崩壊。イヤーッ!
    新しいのを開始。←懲りない奴
    午後、RI検査の第二回目。
    今回は事前にダイアモックスを注射して全身の血管を拡張させた状態(仮想貧血状態?)での血流検査。
    これが退院できるかを判断するための検査となる。
    ダイアモックス静注直後から、体が火照り、なんだかフラフラする。
    検査終了後、退室する際に千鳥足を見咎められ、ドクターストップ。
    車椅子で運ばれてしまう羽目に。
    その後も体のだるさが取れず、「両手」にひどい痺れが残った。
    しかし、幸いにも問題の左手機能自体には問題はないようだ。
    ダイアモックスが脳梗塞に影響したのか、それとも手根管症候群への副作用なのか。 検査の後、リハビリ。指先の訓練と称した、「楽しい手芸教室」。
    16時頃、きょの母が無事社宅に到着したことを電話で確認。
    最高気温36度と暑く、本日はきょの母が群馬に到着したばかりでもあり、また、やすが放射性物質を使用した検査後ということでりょうへの被爆を恐れ、今日は無理してまで見舞いには来ないよう電話で指示。
    ということで、本日は面会はなし。
    本日の万歩計、2157歩。


    2004.7.7(水)
    <入院13日目>
    朝食はナンチャッテ・シャバの味。 パン2枚、イチゴジャム、卵焼き、コーンスープ、温野菜、牛乳。
    次はラーメンとかカツ丼が食いたいな。
    病院近くのラーメン屋にタンメンを食いに行った猛者(糖尿病の入院患者らしい)の噂を聞いた。
    しかし、「タンメンお待ちどおさま〜」と出てきたちょうどそのタイミングに捜しに出ていた看護婦に見つかってしまい、一口も食べないうちに連れ戻されたんだという。
    その時ばかりは、看護婦が「白衣の悪魔」に見えたんだとさ。

    昨日と同様朝食をサクサク済まして、朝風呂一番乗り。
    くそう、それから後、何もすることがないぞ。
    病院の出張投票所へ、不在者投票へ。
    帰ってきたら急に眠くなり、朝寝をこいているところに昼前の検診。
    さすがは文字通りの安静時、血圧は108-72。低すぎ?
    その後、スックと立ちあがったら脳貧血気味。
    昼飯は七夕スペシャル。
    七夕の絵柄の敷き紙付き。お粥の代わりに雑炊。スイカと羊羹付き。
    食後、昨日申し込んでいた整形外科の外来診察に呼ばれた。
    元々7月末にも手根管症候群診察の予約が入っていたのだが、どうせ入院中して暇だったので前倒ししてもらったのだ。
    途中、検査室前で座っていた顔なじみの入院患者氏に「お散歩ですか〜」と声かけられた。苦笑。レレレのおじさんかい。
    13時40分からリハビリ。
    オドロク程左手がよく動く。ほぼ右手並と言っていいのではないか。
    正直うれしいぞ。健康のありがたみを痛切に感じる今日この頃。

    きょはきょの母を新居の見学に連れていったようだ。
    その足でお見舞いにやってきた。
    駐車場を見下ろす渡り廊下の窓から手を振ったり踊ったりしたのに、誰も気が付きやがらない。
    彼らが入ってくる救急入り口前で彼らを待ち伏せする事に。
    入院以来初めて走った。。。
    りょうは昼飯を食っていなかったらしく、病室できょが持参してきたお手製カレー弁当を与えた。
    漂うカレーのいい香り。申し訳ない、同室者達。
    しばらくはいい子だったりょうだが、退屈するにつれて走ったり奇声を上げるようになったので、面会コーナーに移動。
    でも、結局そこでも持て余すようになったので、「帰れ!」
    ワンパターンだな。
    帰るときにはやはりニッコニコで手を振ってくる。
    ママがバイバイして見えなくなったら号泣するくせに。

    入院以来、食事は全粥メニューにしていた。
    しかし、今晩の一般常食のメニューがトンカツと知って、慌てて一般常食に切り替えてもらう事に。
    だが時既に遅し。トンカツはもう戻ってこない。(オーバーな)
    本日の万歩計、5446歩。


    2004.7.8(木)
    <入院14日目>
    良く寝た。
    寝たのが21時半頃だったので、5時半には目が覚めてもう眠れない。
    午前中の回診にて、主治医より退院前の最終検査となる、RI検査結果についての説明があった。
    それによると、今敢えて脳血管のバイパス手術する必要はないとの事。
    今週末にでも退院できる見通しとなった。
    何はともあれ退院できることはめでたいが、注意しなければならないのは、確かに脳への血行は回復したけれども、決して脳梗塞が治ったと言うわけではないということ。
    将来にわたって再発させないためには、生活習慣を徹底的に見直す必要がある。

    <脳梗塞を二度と再発させないための5つの誓い>
  • 暴飲暴食はしません。
      腹いっぱい食べません、腹八分。酒はもうこりごり、禁酒宣言。
  • 毎食の栄養バランスをよく考えます。
      出来るだけ外食は控え、夕飯は家で食べるようにします。
  • 毎日適度な運動を続けます。
      出来るだけ徒歩通勤するようにして、日々の運動量を確保します。
  • 早寝早起きを心がけます。
      十分睡眠を摂って、仕事の疲れや育児のストレスを蓄積しないようにします。
  • 会社での仕事のやり方を見直します。
      勤務時間中は仕事に集中して、夕方は決まった早めの時間に切り上げて、だらだら残業しないようにします。


    15時半頃、お見舞いトリオ(失礼な奴だなあ>やす)が到着。
    昨日と同じように、駐車場を見下ろす渡り廊下から手を振ったのに気づいてくれない…。
    まずはきょも同席で検査結果の説明を受けた。

    <検査結果>
  • まず通常状態のRI検査では、左右の脳の血流量はほぼ同等らしい。
  • 次にダイアモックスを使用して負荷をかけた場合は、梗塞側の右脳の血行量は正常な左脳よりも若干少なくなるという結果。これらは左脳と右脳の比較による相対評価。
  • 次に、血行量の絶対値はと言えば、脳梗塞の発生箇所は極端に血行が悪い。
    しかし、右脳のそれ以外の場所の血行量には大きな問題はないとのことであった。

    <病状について>
  • 結論として、現状、差し迫った手術の必要性はない。
  • 今回の検査結果から10年後20年後の状態を推し量ることは出来ないから、今後、定期的な外来診察は必要。

    <今後の生活習慣>
  • 脳梗塞とは一生お付き合いしていく。従って投薬は生涯続く…。
  • 血管を収縮させるタバコ、血栓を作りやすくする脱水は厳禁。
  • 高コレステロール食品は極力控える。例えば卵は2日に1個が目安。
  • 飲酒は可能、しかし、限度は日本酒2合。アルコールは利尿作用アリ、脱水の恐れ。水分を十分摂る。
  • 間食は禁止。もう少し減量する必要があり。
  • これまで通りの激務への復帰は当分見合わせる必要あり。

    本日の万歩計、3495歩。


    2004.7.9(金)
    <入院15日目>
    前日深夜から夜半頃にかけて激しい落雷。 社宅付近では停電して町が真っ暗になったらしい。 未明に尿意で覚醒。
    布団に戻ってから隣人のいびきがうるさくて眠れやしねえ〜。
    朝は部屋の点灯で覚醒。同室者の元にまたもや「大きな蚊」が現れた気配。
    今回は2回失敗した後に3回目にようやく吸血に成功した模様。
    入院していると腕が穴だらけになるよねえ。

    今朝も飯がうまい。しかも食ったら出る。健康的な一日のスタート。
    朝飯が済んだらいつものごとく朝風呂一番。
    食後は退院に備えて身辺整理。院内散歩など。
    本読んで新聞読んだら昼食時間。
    筑前煮うめーなー。
    ゴロゴロしてばっかで働いてないのによくそんなに食えるな。>わし

    最後のリハビリ。
    細く切った広告で太目の紙縒りを作り、それを籠編みして作った小籠。
    いい記念だ。大事に取っておくとして、さて何を入れるかな。
    会社にでもおいて、アメでも入れておこうかな。
    まかり間違って家なんかに置いたら、一瞬でりょうに壊されてしまうな。

    15時過ぎにお見舞いトリオ到着。
    しかし、その時やすはお散歩中で不在、待たせてしまった。
    りょうはいつものように騒ぎ、暴れ、嵐のように過ぎ去っていった。。。
    りょうはお見舞いに来るたびに「明治 ブルガリア 飲むヨーグルト」をもらうので、ココに来ると必ずそれがもらえるものだと思ってしまっているようだ。
    でも、それももう明日が最後なのだぞ。

    本日の万歩計、2698歩。


    2004.7.10(土)
    <退院日(入院16日目)>
    11時頃、きょとりょうが病院に到着。
    満車の駐車場で右往左往しているのが渡り廊下から見えたので、やすは入院以来の長距離走で駐車場に駆けつけ運転交代。
    主治医への挨拶、会計を済まし、12時前に退院。
    病院の方々には良くしてもらい、しかもあのひどい状態からここまで治していただいて非常にありがたかった。
    それなのに、こう言っては申し訳ないが、こんな所には二度と戻ってくる気はありません。
    戻ってくるもんか。
    もう二度と妻子にこのような迷惑をかけたりしないと誓ったのです。

    きょの運転で社宅へ。社宅は実に2週間ぶり。
    きょの母は、赤飯と激ウマきつねうどんを準備してやすたちの帰りを待っていてくれた。

    脳梗塞は誰にでも起きます。
    精密検査すると、50歳代の3人に1人、60歳代の2人に1人、70歳代のほぼすべての人から脳梗塞の病巣が発見されるのだそうです。
    さあ、皆さんも今日から脳梗塞にならない生活習慣を始めて見ませんか?
    私と同じような気持ちを味わってもらいたくはない。

    本日の万歩計、7597歩。



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