補足

安東氏周辺の領主の家臣

豊臣秀吉による安東(秋田)氏の領知安堵後、かつて安東氏領内に含まれていたところが強制的に秀吉直轄地である「太閤蔵入地」に設定され、その管理が安東氏に任されることになった。文禄元年(1592)十一月、安東氏は秀吉より大安宅船用の杉材運上を命じられたが、その後運上は伏見作事用の杉材運上に変化し、慶長四年(1599)まで存続される。これらの輸送費は蔵入地の収入でまかない、敦賀まで海上を輸送した。

その杉運上は慶長元年(1596)からは安東氏周辺の領主にも命じられることとなったのだが、その杉材は安東氏領内の「秋田杉」で、運賃も安東氏が管理する太閤蔵入地から上がる米で支払う、という条件が付けられた。(実質的に安東氏領内の杉材を周辺領主も分担して輸送を受け持ったということか?)そのため、『秋田市史』(第八巻 中世史料編)所収の安東家文書の中には、戸沢・小野寺や由利十二頭の奉行衆(重臣よりは少し格の下がる家臣と思います)が安東氏から杉材を「受け取った」という証文が残っており、それからそれらの領主の家臣がある程度明らかとなるので、のち修正予定の戸沢・既に新たに追加してある小野寺氏以外の領主の家臣について、ここに補足として別ページを作っておきます。「無名武将列伝」で取り上げていない本堂氏・六郷氏家臣も含まれますが、「無名武将〜」は永久に制作できないと思うのでこれで勘弁してください(^_^;)
小助川(赤尾曽(津)氏)
・小助川主計助
・工藤喜助
打越氏
・工藤次郎三郎
・今泉光家
滝沢氏
・賀藤弥兵衛
・工藤惟景
・小濱惟吉
仁賀保氏
・菊池吉三
・伊津藤右衛門尉
岩屋氏
・佐々木繁広
・伊藤久内
六郷氏
・小原治右衛門景□
・高橋大膳
本堂氏
・岡田主計
・熊谷勝実
・高橋与三右衛門
・田又三(田□(不明)又三郎etc…の略

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