掲示板 「無名庵」過去ログ その十六
No.201〜250(2001/3/22〜5/6)

戻る / HOMEへ

注:[203]は欠番です(管理人暴言のため。)


[250] 織田 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/05/06(Sun) 21:05
よりも、常陸の小田の方が魅力あります。(笑)

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[249] なるほど! 投稿者:畠山義綱 投稿日:2001/05/05(Sat) 23:37
どうも、こんばんわ。畠山義綱でございます。
早速お答え頂いて有難うございます。
>くらのすけ殿
>私としては、あり得ない(許されない)と思います。
>家臣は大名から受領名・官途名を名乗ることを許さ
>れるわけですから。
なるほど。伝記物に畠山家家臣で「飯川能登守」という
人物がいるのですが、やはりこれは架空の人物か、
官途の間違いと考えた方がよさそうなのですね。う〜ん
非常に参考になります。有難うございます。

>武藤舜秀殿
どうも、直接お話するのは初めましてでしょうか。
(違っていたら済みません!)今後ともよろしくお
願いいたします。
>信長の家臣だったらそういう者はいくらでもい
>そうなものですがね・・・
信長の全版図が対象になるなら、問題ですが、織田家の
本領の尾張を家臣が名乗れないとすると納得いく気も
します。私はメジャーな大名嫌いで(笑)織田は詳しく
ないのですが、信長家臣で尾張守の臣ていましたっけ?

[248] Re[246]: 質問です。 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/05/05(Sat) 11:36
こんにちは〜

>畠山の例だと、家臣が「能登守」の官途だと、能登守護とのつじつまがあわな>くなってしまうのでは?と考えました?やはりそういう例はありえな
>いんでしょうか?

っと言うことは、畠山氏の家臣には「能登守」を名乗る家臣はいないと言うことですかな?
信長の家臣だったらそういう者はいくらでもいそうなものですがね・・・

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[247] Re[246]: 質問です。 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/05/05(Sat) 01:16
義綱様こんばんは。先日はお世話になりました。


> 守護の分国の家臣が、官途にその国の国司を名乗る事が
> あるのでしょうか?畠山の例だと、家臣が「能登守」の
> 官途だと、能登守護とのつじつまがあわなくなってしま
> うのでは?と考えました?
私としては、あり得ない(許されない)と思います。
家臣は大名から受領名・官途名を名乗ることを許されるわけですから。

[246] 質問です。 投稿者:畠山義綱 投稿日:2001/05/04(Fri) 23:52
ちょっと気になることがあるので、質問させてください。

守護の分国の家臣が、官途にその国の国司を名乗る事が
あるのでしょうか?畠山の例だと、家臣が「能登守」の
官途だと、能登守護とのつじつまがあわなくなってしま
うのでは?と考えました?やはりそういう例はありえな
いんでしょうか?

誰がご存知の方ご教授頂けたらと思います。

[245] 時代の過渡期 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/05/04(Fri) 23:31
長続連様、ご教授ありがとうございます。

>中世は、中世政治構造を構成する公家、武家、寺社、経済基盤の荘園公領制が形成されてきた11世紀後期、1086年の白河院政の開
>始あたりとするのが一般的ですねえ。日本通史の中世も院政期からですし。
いわゆる、「変化の兆しの初め」という捉え方なのですね。
そう考えると院政は画期なんでしょうね。

>織豊と江戸と室町と織豊の違いは前者は連続、後者は断絶を強く感じます。
確かにそうかも知れません。私も戦国末期を研究しているわけではないので、それ以上の言及は出来ないのですが…

>ただ中世成立期も朝廷・幕府の二元体制なのですが、移行期にみられる現象かもしれません。最近は関ヶ原以降の豊臣家の権威も
>注目されてるらしいですね。これ指摘したの笠谷和比古氏でしたっけ?
中世は後白河が死んだあとは朝廷の力は(素人が見ると)あまりないような気がするのですが。でも承久の乱までは力があったという事なんでしょうか。

関ヶ原後の豊臣家については仰るとおり笠谷氏です。まだ疑問点を指摘する方も多いようですが。ただ、秀頼時期の正確な動きをつかむことは必要、と秀頼の動向を詳細に調べる方もいますから、今後注視が必要だと思います。

[244] 中世 投稿者:長続連 投稿日:2001/05/01(Tue) 01:36
中世は、中世政治構造を構成する公家、武家、寺社、経済基盤の荘園公領制が形成されてきた11世紀後期、1086年の白河院政の開始あたりとするのが一般的ですねえ。日本通史の中世も院政期からですし。
織豊と江戸と室町と織豊の違いは前者は連続、後者は断絶を強く感じます。まあ中世前期を調べてると公家、寺社、荘園にとどめを刺した織豊にどうしても大きな意義を見てしまうのかもしれません(笑)
ただ中世成立期も朝廷・幕府の二元体制なのですが、移行期にみられる現象かもしれません。最近は関ヶ原以降の豊臣家の権威も注目されてるらしいですね。これ指摘したの笠谷和比古氏でしたっけ?

[243] Re[242]: 時代区分 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/05/01(Tue) 00:15
長続連さま、初めまして。
書き込みありがとうございました。
私も義綱公の掲示板でお名前は存じておりました。
今後ともよろしくお願いいたします。

>古代から中世への移行のメルクマールも最近は
>鎌倉幕府成立でいうのはなくなりましたが、
>いつから中世だというと平安中期から中世だ、という研究者もいますし。
現在はどこで区分するのが有力なんでしょうか?
1185年の地頭設置でしたっけ?
> 職の体系が一掃した織豊政権はやはり中世の政治勢力とは一線を画すと思いますね。
確かにそれ以前とは確かに違いますね。といってもやはり江戸時代とも若干異なるという…
でも中世のはじまりと違って、明らかに江戸時代は初めの12年は豊臣・徳川が存在していましたからね。

[242] 時代区分 投稿者:長続連 投稿日:2001/04/30(Mon) 09:33
くらのすけさん、初めまして。
畠山義綱公より、かなり前に名前は窺ってましたが書き込みは初めてです。以後よろしくお願いします。私は中世前期を主に調べてますが、時代区分て難しいですね。古代から中世への移行のメルクマールも最近は鎌倉幕府成立でいうのはなくなりましたが、いつから中世だというと平安中期から中世だ、という研究者もいますし。
私は戦国期はわかりませんが、中世前期を調べている私からすると公家や寺社を没落させ、職の体系が一掃した織豊政権はやはり中世の政治勢力とは一線を画すと思いますね。

[241] 中近世移行期…ですかね 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/29(Sun) 01:14
>武藤舜秀様

>京都もいいですね。
京都オフ会ですか。よさそうです。
でもイメージ的に飲み代が高くつきそうですね(^^;)

>中世と近世
戦国時代(〜1573)、江戸(1603〜)ということでしょうか?
その真ん中にあるものは「安土桃山時代」ということに
なりますが、逃げを打って「中近世移行期」ですかね?
実際、この時代は中世史と近世史の両方の研究者が
研究しています。
まぁ、色々とあるんですけどね。
(中世は中世と言い、近世は近世と主張する…という)
…記憶で書いたので誤りがあるかとも思いますが。

[240] 中世・近世 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/28(Sat) 22:56
中世は戦国時代までで、
近世は江戸時代から。
ということなんでしょうかね?

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[239] オフ会 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/26(Thu) 21:35
京都もいいですね。
古書も望めそうですね・・・

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[238] 資料集め 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/23(Mon) 00:48
>武藤様

>まあ、できたら7月の下旬頃にできるやもしれません。
ひょっとしたら私が京都方面へ行っているかも知れませんが、予定があえばオフ会をしたいですね。

「ぴえーるさんと飲もう会」はまだまだ参加者募集中です。
おそらく4/28か29になるかと。

[237] Re[234]: 申し訳ないです。 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/19(Thu) 10:19
> 武藤様は資料あつめなどでいずれ江戸下向などは
> しないのですか?
資料集めしたいけど、下向のための資金が・・・
まあ、できたら7月の下旬頃にできるやもしれません。

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[236] オフ会良いですね。 投稿者:畠山義綱 投稿日:2001/04/19(Thu) 07:15
GWにオフ会と事。いいですね。
是非参加したいです!他にどなた
が参加できますでしょうか?

[235] Re[228]:ありがとうございました 投稿者:KUBO 投稿日:2001/04/19(Thu) 01:08
>くらのすけさん
 先日は弊サイトの20000Hitのお祝いのことばをいただきありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします(^^)
 あ、それから水戸宇都宮氏情報、どうもありがとうございました。いずれ活用させ
ていただきます。

> 反対に北海道関連はこちらでは殆どみられません。^^;
> ぜひHPで何か公開をお願いします。

 ま、そりゃそうですけどね(^^;) うちの掲示板にも書きましたけど、蒋土氏・南条
氏・近藤氏・厚谷氏の系図を近日中にアップする予定でおりますので、どうぞお楽し
みに。(って、こんなマニアックなもの楽しみにしている人もいないか(^^;))
 近藤氏と厚谷氏は没年もわかりますが、これもアップした方が良いですか?

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/


[234] 申し訳ないです。 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/19(Thu) 00:56
>武藤様

>いいですねえ・・・でも、また都内なんだろうな・・・
全く申し訳ないです…m(_ _)m
武藤様は資料あつめなどでいずれ江戸下向などは
しないのですか?

>二階堂氏と石川氏の家臣録を作ったんで
ちょっと明日早いので明日の夜以降お伺いします。

では。

[233] Re[231]: ぴえーるさんと飲もう会 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/18(Wed) 23:01
コメント書く前に「投稿」してしまった・・・


> 連休中にオフ会(の様なもの)でもいかがですか?
いいですねえ・・・でも、また都内なんだろうな・・・

二階堂氏と石川氏の家臣録を作ったんでまたお越しくださいまし。

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[232] Re[231]: ぴえーるさんと飲もう会 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/18(Wed) 22:58
> そうそう、大事な事を忘れてました。
>
> ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、
> 現在ぴえーる様が在江戸中です。
> 連休中にオフ会(の様なもの)でもいかがですか?
> 一時国元にお帰りになるようなので連休のはじめの頃が
> 良いかと思うのですが…
>
> 幹事までは行かなくとも場所くらいは私が取ります。

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[231] ぴえーるさんと飲もう会 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/17(Tue) 23:33
そうそう、大事な事を忘れてました。

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、
現在ぴえーる様が在江戸中です。
連休中にオフ会(の様なもの)でもいかがですか?
一時国元にお帰りになるようなので連休のはじめの頃が
良いかと思うのですが…

幹事までは行かなくとも場所くらいは私が取ります。

[230] 訂正 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/17(Tue) 23:21
↓「系図」ではなく「履歴」ですね…

[229] 水戸藩士宇都宮氏系図 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/17(Tue) 23:21
参考にどうぞ。

http://www.page.sannet.ne.jp/kuranosuke/mito-utunomiya.html

サイトの更新もしましたが、大したことはないです。

[228] Re:知りたい... 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/16(Mon) 00:51
>KUBO様

>昨日、道立図書館に行って、「福島町史」と「知内町史」から>穏内館主菰土氏と脇本館主南条氏の系譜についての資料を入手しましたけど、
反対に北海道関連はこちらでは殆どみられません。^^;
ぜひHPで何か公開をお願いします。

>よろしければ、『上三川町史』の宇都宮氏の系譜、教えていただけませんか?
KUBO様の掲示板にも書きましたが、今度こちらかKUBO様の所に
書き込みたいと思います。

全然関係ない話ですが、先日新装なったNHK「トップランナー」に明和電気が出てましたが、元社長(兄)はどうなったかご存じの方いらっしゃいます?(副社長の弟が社長に昇格した由。)
>

[227] Re[225]:知りたい... 投稿者:KUBO 投稿日:2001/04/15(Sun) 13:51
>くらのすけ
> ところで、以前水戸藩仕官以降の宇都宮氏について話題になってましたが、『上三
> 川町史』の宇都宮系図に幕末までの系譜が載ってましたけど?(これは以前、戦武
> 堂様のところで野州さまが「系譜関係は判明」と書き込んでいたソースなんですか?) あ、いいなあ。そっちはいろんな文献がすぐ見れて...(T_T)
 昨日、道立図書館に行って、「福島町史」と「知内町史」から穏内館主菰土氏と脇本館主南条氏の系譜についての資料を入手しましたけど、道外の市町村史はほとんど×ですもんねえ...
 よろしければ、『上三川町史』の宇都宮氏の系譜、教えていただけませんか?

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/


[226] 楽巌寺氏は… 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/15(Sun) 01:39
村上義清の家臣に楽巌寺雅方という人物がでてきますが、
どうやら楽巌寺氏は室賀氏だったらしいですね…

http://www5.airnet.ne.jp/knos/tohge/muroga.htm

歴史とは全く関係ないサイトなんでよく分からないのですが…

話は変わりますが、小山氏家臣の実名はなかなか分からないですね。

[225] 数日分まとめて… 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/13(Fri) 00:44
やっぱり、色々とご指摘頂くと活気が出るような気がします。

>武藤様
>斯波、和賀のほかにも稗貫、本堂、六郷、遠野などがありますぜぃ!
遠野は阿曽沼でしたっけ?稗貫は家臣団はどうなっているか分かりませんが、少なくとも斯波は作れるかも知れません。
いっそのこと「陸奥の諸氏」という感じにまとめればなんとかなるかもしれませんね。
本堂・六郷家臣は安東(秋田)氏からリンクしている小さなコーナーで精一杯なのでこれは無理かも…(^^;)

話は変わりまして…
>早速見てみましたが、須田美濃守がないのがちょっと寂しいですね。
基本的に『伊達治家記録』を主に利用していると思われる『福島県史』を見たので、須田盛秀は出てこなかったんです。それにゲームにも登場していたときがありましたよね?だから良いかな…と。ネットで検索すると、蘆名家臣とする人(文献?)もあるようで…
武藤様のところの解説だと佐竹家臣になったとのことですので、佐竹家臣の系譜をみてみます。

>浜尾氏ですが、私の史料では御一門という二階堂氏の格式だそうです。
>ここでは矢田野氏を箭田野氏と書いていますが、どちらが正しいのでしょうかね?
浜尾氏についてはそうかも知れません。もう一度資料を当たって必要だったら加筆してみます。箭田野氏についてはどちらでも良いんではないでしょうかね?

>野州様
ご無沙汰しております。おいで下さってありがとうございました。

>実は前から気にはなっていたんですが、
気づいたときにすぐ書き込んで頂ける雰囲気になっていないのは申し訳ないことです。何か気になる点があったらご指摘下さいね。(いや、ホントに。)

※宇都宮氏
>確かに一部の系図では(系図纂要)は成綱三男で忠綱の弟としているものもありますが
これ以外ではどのような系譜関係なのでしょうか?私もちょっと調べてみます。けっこうこの説は近年は否定されつつあるんですか?

ところで、以前水戸藩仕官以降の宇都宮氏について話題になってましたが、『上三川町史』の宇都宮系図に幕末までの系譜が載ってましたけど?(これは以前、戦武堂様のところで野州さまが「系譜関係は判明」と書き込んでいたソースなんですか?)

※読み
>これは「たまお」ではなく「たまにゅう」ではないかと。
>「多功」は古文書によると「多劫」の字が当てられることもあり、
>「もぎ」さんも確かにいますけど、発祥の地からするとこれは「もてぎ」ではないんですかね。
どうもありがとうございました。やはり地元のかたは強い…(^^;)
「玉生」はサーチエンジンで検索したらその通りでした。「多功」も当時はなんとなくそのままにしてました。「茂木」は完全な勘違い(「茂木村(栃木県茂木町)」と書いてある(-_-;))ですね。「ツインリンクもてぎ」の所なんですね。速攻で全て直さねば…

>asaka様
ご訪問ありがとうございます。「奥州戦国史」は天下統一ファンクラブの方で存じておりました。どんどんヴァージョンアップしているようで期待しています。

>天陽様
お久しぶりです。たしか環境が変わられたんですよね。少し落ち着いてきましたか?

>そうなの(^^;
>自分で調べて分からなかったから、「たまお」を採用していたのですが・・・
ふつう「たまお」って読みますよ。
でも「たまにゅう」は事実でした。
(参考:栃木県の難読地名一覧)
http://village.infoweb.ne.jp/~hip/chimei.htm

「上三川」も「かみかわ」ですしねぇ。確かに地名は難しいですね。
読みかたで「へぇーっ」となったのは九州で「原」を「はる」、「春」を「はら」と読む、と聞いたときです。

長くなりましたが今日はこのへんで。

[224] うげっ 投稿者:天陽 投稿日:2001/04/12(Thu) 00:29
>これは「たまお」ではなく「たまにゅう」ではないかと。

そうなの(^^;
自分で調べて分からなかったから、「たまお」を採用していたのですが・・・
うちの地元では「萩生」と書いて「はぎゅう」と読む地名があるので、
もしかして「たみゅう」か?などと思ったりしたのですが、
地名は難しい。。。

[223] しばらくお待ちを… 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/11(Wed) 23:57
あした皆様へお返事を書きます。
1日お待ち下さい。
特に武藤様・野州様、ご指摘ありがとうございます。

[222] 補足です 投稿者:asaka 投稿日:2001/04/10(Tue) 01:29
<現状のスペック>
城総数       : 52(奥羽・蝦夷のみ)
プレー可能な大名家 : 33
登場武将数     : ?
開始年代      : 1550年

<動作環境>
Windows95/98/Me/NT4.0/2000 のはずです。

http://www.raidway.ne.jp/~asaka/


[221] 二階堂氏 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/10(Tue) 01:27
早速見てみましたが、須田美濃守がないのがちょっと寂しいですね。
浜尾氏ですが、私の史料では御一門という二階堂氏の格式だそうです。
ここでは矢田野氏を箭田野氏と書いていますが、どちらが正しいのでしょうかね?

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[220] はじめまして&宣伝 投稿者:asaka 投稿日:2001/04/10(Tue) 01:20
どうもはじめまして。
オリジナル戦国シミュレーションゲーム「奥羽戦国史」を下記で公開しています。
東北のマイナー大名が結構出てます。
とても大名とは言えない勢力もいますが ^^;
興味のある方はお試しください。

http://www.raidway.ne.jp/~asaka/

[219] 僭越ながら・・・ 投稿者:宮野州 投稿日:2001/04/09(Mon) 23:55
こちらの掲示板ではお久しぶりです。

実は前から気にはなっていたんですが、関東圏の「無名武将伝」の諸氏について指摘させてください。

>忠綱の弟興綱
確かに一部の系図では(系図纂要)は成綱三男で忠綱の弟としているものもありますが、若干疑問が残ります。

系図纂要に載っている享年二十一歳と『栃木県史』所収の「宇都宮正統系図」などでの享年1536年卒を考え合わせてみると、結城政朝と組んで忠綱を放逐した年が1526年と言われているので、計算すると11歳になります。
もっともその背後にいたと思われる、芳賀高経辺りが後ろで糸を引いていたのかもしれませんが・・・
この辺りの記述はそちらの判断にお任せします。(^^;
個人的には

>玉生氏
これは「たまお」ではなく「たまにゅう」ではないかと。
栃木県には現在でも○生というのが結構あります。
駒生/船生なども「こまにゅう」「ふなにゅう」と読みます。

葛生は「くずう」なんですけどね。
この事項はさる掲示板で話題になってはいたんですが・・・(^^;

>多功氏
単純な思い違いだと思いますが、「たこう」ですよね。

「多功」は古文書によると「多劫」の字が当てられることもあり、(自治体史の資料を信じるならば)
これも「コウ」と読むことから間違いないと思われます。

>茂木氏
「もぎ」さんも確かにいますけど、発祥の地からするとこれは「もてぎ」ではないんですかね。

ま、姓名の呼び名は難しいので、本当にこのように呼ばれていたのか確実でないのもあるんですが。
(と逃げ道を作っておく(笑))

「うぬに言われずとも分かっておるわ!! 直さなかっただけだ。」
とお思いかもしれないですが。(^^;

[218] 岩手はマイナー大名のメッカ! 投稿者:武藤舜秀 投稿日:2001/04/09(Mon) 01:11
といっても過言ではないでしょう。
斯波、和賀のほかにも稗貫、本堂、六郷、遠野などがありますぜぃ!

まあ、大名と言うより豪族といった方がすんなり当てはまるんですがね。

http://www2.cny.ne.jp/yp0326/


[217] 岩手県史(通史編)って 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/08(Sun) 01:35
けっこうマニアックなんですね。
本文のそこかしこに取り上げている勢力の系図(数種類の場合もあり)を取り上げているし、
斯波氏や和賀氏などの勢力も結構詳述している。
これ使えば北東北の南部氏以外も結構行けそうですね。
(今はそんなこと言っている場合じゃありませんが。なんか、越前関連を新たに追加して、どれをどう更新すれば良いか分からなくなってきた…。)

余り関係ないけど最近思うこと。
1)「こち亀」のコミックス、なんで最近の表紙はああなんでしょうか?もう昔から(私は40巻位から所持)の読者はいない?

2)今、パソコン(自作)の電源ファンが動いていないのですが、これから熱暴走が怖いです。電源だけを変えれば良いのか、いっそのことケースごと変えればいいのか…。

次は絶対に9日までに更新します。

[216] もう買わないと 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/04(Wed) 00:02
KUBO様

>次ぎにいった時にはもう無くなっていたんですよ(T_T)
>それ以来探してたんですけど、古本屋のサイトで見つけて
>やっと手に入れたという曰く付きのものであります(^^;)
> もう、最近は良いなと思ったらできるだけその時に買ってしまうようにしてます。
まだ、それほど欲しいと思う本は余りないんですよね。
本全体より、一部が必要なときが多いのでコピーですましてしまうのですが、もう学部生ではないし、多少高くてもこれからは買わないとな…と思う今日この頃です。

[215] Re[213]:お元気そうで何よりです 投稿者:KUBO 投稿日:2001/04/01(Sun) 23:26
>味舌政宗さん
 ご無沙汰です。取りあえずお元気そうで何よりです(^^) いろいろと大変なことが
あったようですけど、復活をお待ちしております(^^)

>くらのすけさん
> 知らない、といっても手元に資料がある状況がある種
> 尊敬に値すると思います。私なんて全然ないんですよ。
 『津軽史事典』は以前札幌の古本屋で見かけたんですが、ちょっと高めだったんで
買わなかったら、次ぎにいった時にはもう無くなっていたんですよ(T_T) それ以来探
してたんですけど、古本屋のサイトで見つけてやっと手に入れたという曰く付きのも
のであります(^^;) もう、最近は良いなと思ったらできるだけその時に買ってしまう
ようにしてます。
 だからどんどん本が増えてくんですけど(^^;)

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/


[214] 再スタートですか! 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/04/01(Sun) 02:10
今日は関東地方では雪が降りました。
この時期の降雪は1988年以来(4月8日?かな)だそうで…
確か私は中学校の入学式だったんです。


>KUBO様
知らない、といっても手元に資料がある状況がある種
尊敬に値すると思います。私なんて全然ないんですよ。
手元に。特に最近はコピーせずに本を借りて、
終わったら返却するようになってしまったので…。

>味舌政宗様
ご無沙汰しております!突然の閉鎖から数ヶ月、
お元気でしたか?
新たな出発ということで、丁度年度はじめと21世紀と
切りが良いですね。是非東京にいらっしゃるときはご連絡ください。今度こそ味舌様の日程似合わせてオフ会を開きましょう!

[213] 近況報告 投稿者:NET浪人 味舌政宗 投稿日:2001/03/30(Fri) 15:12
自分の周りの身辺整理と再就職が決まったので久しぶりにネットカフェからですが歴史サイト巡りをしております。オフ会の方楽しく盛り上がられた様ですね。次回(ってあるのかな?)は是非掛けつけたいですね。東京本社の会社の就職なので勤務先は大阪でも結構出張があるらしいので、出張にかこつけてなんて考えております。
こちらも今は自宅からネットができないため今しばらくはサイトの復活はないですが7月〜8月には復活できそうです。その時はこれまでと変わらないご厚情のほどよろしくお願い致します。まずは近況報告まで

[212] Re[209]:どういたしまして 投稿者:KUBO 投稿日:2001/03/29(Thu) 09:57
>松前志摩守さん
> 以前より、KUBO様のサイトも時々覗いておりました
> ただ、キリ番をとったら初投稿しようと思い、はや半年
> やっと、時を得ました (笑)
 おや、そうですか。今度、是非うちの方にもおいで下さい(^^)

> 確か松前か、江差か函館市史に載っていたと思います
 松前町史は手元にあるので見てみましたが、見つけられませんでした。今度道立図
書館に行って来なくちゃあ...(しばらくご無沙汰(^^;)) 情報ありがとうございました。

>くらのすけさん
> ご無沙汰しております。北東北・北海道関連の話題のフォローを素早くしていただ
> けるので有り難いです。小笠原信清なんてまったく知りませんでした。
 いやあ、実は私も知りませんでした(をい(^^;)) 三老のうちのあとの二人兼平中書
綱則と盛岡金吾信元はなんとなく聞き覚えがあったんですが... 『三百藩家臣人名事
典』にも兼平中書と盛岡金吾の子孫は出てましたが、小笠原信清は前二者の所につい
でのように名前が出ているだけでした(^^;)

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/


[211] キリ番申告御礼、他 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/03/29(Thu) 02:42
田舎のコンビニの営業時間のような6:00〜23:00という
今日のバイトはさすがに疲れました…

>戦武堂様・ぴえーる様
おかげさまで無事閲覧ができるようになりました。
列伝を見るだけで結構面白いですね。
そういえば、別の新武将作成者が「中坊(なかのぼう)氏」を
「ちゅうぼう」とかなを振っていたのはちょっと願い下げです。以前あげた新武将作成者がつくったNo.1の方には「『四天王』政実」という人物もいました。

>松前志摩守様
はじめまして!ご訪問ありがとうございます。
また、久々のキリ番申告の方です。
以前はなにも特典がなかったのですが、最近は
特典という程でもないですが、
更新履歴にお名前を入れさせて頂いておりますので、
今回も松前様のお名前を入れさせていただきたいと思います。

また、KUBO様に続く松前関係サイトの開設、期待しております。

ところで、
>広継の没年が本の通りで正しいとすると、広継の妻による蛎崎慶広の兄毒殺時に
>は関わり無く、子の宗継の時におこった出来事のようです
逆に広継が無関係であったように見せかけるために没年を早くしたとか?穿った見方ではありますが…。

>KUBO様
ご無沙汰しております。北東北・北海道関連の話題のフォローを素早くしていただけるので有り難いです。小笠原信清なんてまったく知りませんでした。

>義綱様
>「今回、リサーチにはインターネットをずいぶん使って、
>個人が趣味で調べているようなものまで使わせてもらいました。
>この場を借りて御礼申し上げます(笑)。」って書いてあります。
この一文を記すだけでも誠実だと思いませんか?
某社と比較するならば(笑)。
それに、天下統一は列伝がないですからね。
しかしさすがに赤尾津氏を見たときは「これはいいのだろうか…」とおもいましたが…
でも蠣崎氏に家臣を付けるのは某社に先を越されましたね(笑)。

そういえば、難波田憲重の子、「難波田広儀(隼人正)」という人物はかつて信長シリーズに登場しましたっけ?また、戦国群像の関東関連の本に載ってましたっけ?
いやね、どの本で調べたんですか、とある人に尋ねたらこのような返事だったので。

[210] >くらのすけ殿 投稿者:畠山義綱 投稿日:2001/03/29(Thu) 00:14
どうも、こんばんわ。畠山義綱です。
『天下統一V完全攻略ガイド』を買いました。
その最初にゲームデザイナー黒田幸弘直撃イン
タビューなるものがあり、そこに
「今回、リサーチにはインターネットをずいぶ
ん使って、個人が趣味で調べているようなもの
まで使わせてもらいました。この場を借りて御
礼申し上げます(笑)。」って書いてあります。
御礼も良いけど、使ったらHP名とアドレスく
らい載せてくれてもいいのに(笑)それに事前
連絡もあれば嬉しいですよね。

[209] Re[208]: ありがとうございます 投稿者:松前志摩守 投稿日:2001/03/28(Wed) 19:54
> はじめまして。蝦夷地出身者ですね(^^) 私も同じく北海道在住のKUBOと申し> ます。お見知り置きを。
こちらこそ、よろしくお願いします
以前より、KUBO様のサイトも時々覗いておりました
ただ、キリ番をとったら初投稿しようと思い、はや半年
やっと、時を得ました (笑)

> おっ、南条氏の系図がありましたか。下国氏と厚谷氏は私も道立図書館で系図> を見つけましたけど。もしよろしかったら教えて下さい。

では、さっそく南条氏の系図ですが・・・
季継(寛正4年没)━光継(大永4年没)━広継(天文19年没)━宗継━信卿━
信継━信久━継元━・・・
と、ありました
広継の没年が本の通りで正しいとすると、広継の妻による蛎崎慶広の兄毒殺時に
は関わり無く、子の宗継の時におこった出来事のようです
確か松前か、江差か函館市史に載っていたと思います
調べた時はあまり時間が無く、メモ程度で書いたので詳しくは・・・
他にも、薦土、今泉、佐藤、小林氏もありましたが、2代、3代のみの記述
特に小林良道について調べたかったんですが・・・
近いうちにもう1度調べてきます

> 私も詳しくは知りませんが、『津軽史事典』の「重臣一覧」によりますと、小> 笠原信浄(清)は葛西伊勢守頼清の息子で、「初め明野与四郎、乳井、木庭 > 袋、葛西などとも称す」とあります。信浄の息子の宗左衛門は「初め乳井と称> したが、のち小笠原に復す」とありました。取りあえずご参考までに。
石川高信に殺された大光寺城主葛西頼清の息子でしたか
これなら、大浦氏に仕え、家老にまでなったことが何となく見えてきます
ありがとうございました

[208] Re[207]:やった、蝦夷地出身! 投稿者:KUBO 投稿日:2001/03/28(Wed) 02:17
>松前志摩守さん
 はじめまして。蝦夷地出身者ですね(^^) 私も同じく北海道在住のKUBOと申しま
す。お見知り置きを。

> 北海道の片田舎では資料も思うように集まりません・・・
 ま、そうですねえ。道立図書館に行ってもなかなか道外の県史とか市町村史はあり
ませんし...

> 北海道の資料は町史等で簡単に集まるんですが
> 蛎崎家臣の南条氏、下国氏、厚谷氏の系図とかは
 おっ、南条氏の系図がありましたか。下国氏と厚谷氏は私も道立図書館で系図を見
つけましたけど。もしよろしかったら教えて下さい。

> 話は変わりますが、津軽三家老の一人、小笠原信清の詳細わかりますか?
> 全然、出自、家系図、その後の子孫とかわからないんです
> ちょっと、マニアックかもしれませんが知っている限りお願いします
 私も詳しくは知りませんが、『津軽史事典』の「重臣一覧」によりますと、小笠原
信浄(清)は葛西伊勢守頼清の息子で、「初め明野与四郎、乳井、木庭袋、葛西などと
も称す」とあります。信浄の息子の宗左衛門は「初め乳井と称したが、のち小笠原に
復す」とありました。取りあえずご参考までに。

P.S.
 うちのサイトに蠣崎・松前一族及び下国氏の系図が載せてありますので、もしよろ
しかったらのぞいてみて下さい(^^)

http://homepage1.nifty.com/t-kubo/


[207] 32000人目!! 投稿者:松前志摩守 投稿日:2001/03/27(Tue) 21:01
はじめまして、松前志摩守です
名前通り、北海道在住です
このサイトに刺激され、自分でも戦国武将の家系図作ろうと思い悪戦苦闘です
北海道の片田舎では資料も思うように集まりません・・・
北海道の資料は町史等で簡単に集まるんですが
蛎崎家臣の南条氏、下国氏、厚谷氏の系図とかは

話は変わりますが、津軽三家老の一人、小笠原信清の詳細わかりますか?
全然、出自、家系図、その後の子孫とかわからないんです
ちょっと、マニアックかもしれませんが知っている限りお願いします

[206] 難しく考えずとも 投稿者:ぴえーる 投稿日:2001/03/26(Mon) 22:21
>くらのすけさん
>新武将を配布しているようなのですが、拙サイトで紹介している武将の
>列伝がどうなってるか分からないので(ソフト未所有のため)、
>どなたか所有なさっているかた、列伝をみていただけませんかね?
>(たしかメルアド入力も必須らしいのでそれも分かれば)

バイナリエディタで開けば列伝も読めますよ。
Stirling
http://www2c.airnet.ne.jp/dds2/
がフリーソフトで良い感じ。

[205] 明日はいないけど 投稿者:戦武堂 投稿日:2001/03/26(Mon) 04:32
列伝見てもいいっすけど、DLしたら42人分も入ってた。
さすがに全員載せる訳にもいかないだろうから必要なの言ってー。
井上正継・益子勝清・越智安成・加津野信昌・戒能通森・吉岡重堅
吉岡直綱・吉岡直重・高坂昌澄・高坂信達・斎藤勝秀・山上道及・山本勘一
松本行輔・青柳頼長・赤沢経康・相良頼貞・足利国朝・多功綱賀・多功房興
大胡重行・大高胡斎・大高筑前・中坊秀国・中坊秀祐・中坊盛祐・内藤昌月
難波田広儀・片山久安・門脇政吉・簗田高助・簗田政綱・小笠原長治
とか入ってるけど。剣豪系も混じってるけど抜くの面倒。
あからさまに風魔おふうとかネタっぽいやつは抜きましたけどね(藁。
メアドは見方がわかりませーん(藁。

[204] いいすぎ…か? 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/03/26(Mon) 00:23
↓はちょっと言い過ぎかもですね。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Domino/5462/ran-edit2.lzh

新武将を配布しているようなのですが、拙サイトで紹介している武将の
列伝がどうなってるか分からないので(ソフト未所有のため)、
どなたか所有なさっているかた、列伝をみていただけませんかね?
(たしかメルアド入力も必須らしいのでそれも分かれば)

[202] Re[201]: 惟宗氏について 投稿者:くらのすけ 投稿日:2001/03/24(Sat) 01:25
佐護様こんばんは。
> 子供の頃から平氏だと聞かされ続け、先入観の固まりでございます。
> 未だに、「一般的」とされる惟宗氏説を素直に受け入れられません。
あくまで「説」ですからね。確定したわけではありませんので、それでも宜しいのではないでしょうか。伝承と史実はイコールでなくても良いような気はします。

> 一族の中には、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇が祖であると言い出す者もいる始末
極端に言えば、大体の家が天皇家から繋がっていますから、
自分の中で考えている分にはそれほど問題では無いのではないでしょうか。ただ、それを学説として唱え始めるのはよくないとは思いますが…。

ところで某エーの掲示板に
>それよりも、1000人以上を調べてゲームに登場させた
>(中略)敬意を示したいです。
この場でお褒めいただきありがとうございます、と言っておきたいとおもいます(爆)。

…今週末は更新ができるだろうか…

[201] 惟宗氏について 投稿者:佐護 投稿日:2001/03/22(Thu) 01:13
こんばんは
佐護ともうします
さて、惟宗氏ですが、参考までに、アドレスを明記いたします。
秦氏に関する説明があります。

http://www.iwai.org/iwai/hata.htm

子供の頃から平氏だと聞かされ続け、先入観の固まりでございます。
未だに、「一般的」とされる惟宗氏説を素直に受け入れられません。
一族の中には、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇が祖であると言い出す者もいる始末
一族に代々伝わる言い伝えも、時には良し悪しでございます。
とりあえず、今日はこの辺で

戻る / HOMEへ