Making of 神保氏

今回は神保氏です。ゲームでは上杉と畠山、そして本願寺にはさまれ、早々に滅んでしまう存在です。しかし調べていくうちになかなか侮れない存在だったように思えてきました。そもそもは守護代ですので(越中全てではないですが)長尾氏と同等なわけです。悲しいかな、越中二郡のみだったため、、椎名氏などとの抗争のために国内を全て掌握できなかったのですが、抗争中に富山城を築くなど、余裕のある戦い方がその時はできていたのでは、と思います。「略史」については、情勢により上杉・本願寺どちらにも情勢によりついていたようであるし、また越中は飛騨との関係なくして語れないため、(上杉・武田の勢力争いの駆け引きが越中・飛騨でその土地の国人を利用して行われたのです)、まとめるのはなかなか苦労しました。

家臣団は不明ですが、寺島職定、水越勝重など、中枢に位置していた直臣がいたようなので、家臣団編成はある程度しっかりしていたものと思われます。守護代だったので、支配体制がある程度確立されていた為でしょう。また、慶長十五年(1610)以前の成立とされる「富山城之記」によれば、一坪図書助、鞍河備後守、槻尾民部少輔など、苗字は実在する神保氏被官の名前を名乗る人物が出てきますが、確実に神保長職期の存在と確認できないので、今回は省きました。

さて、ゲームでは神保氏一族が大量に存在して、「無名武将列伝」もあまり役に立たないようです。むしろ能登畠山氏のほうが家臣が少ないので、神保氏の一族と思われる「神保総誠」という人物を推薦しておきます。(詳細はリンクしている「能登畠山氏七尾の歴史」を見てください。)
また、「寺崎盛永」という人物は「上杉家中名字尽」(上杉氏の合戦に参陣した武将名簿)に出てくるようです。詳しいことは分かりません。コーエーはなぜこういうランクの人から登場させるのでしょうかね。

次に、家臣団年齢推定です。

・水越勝重…天文後期(富山城築城時)に五十代前半と推定。
・水越職勝…元亀年間に四十代前半と推定。
・寺島職定…天文から永禄にかけて活躍するので、その頃五十代と推定。
・寺島信鎮…天正八年当時、三十代後半から四十代前半と推定。
・狩野良政…永禄初期に五十代から六十代と推定。
・狩野宣久…永禄期に家督とおもわれ、二十代後半と推定。

ところで、「烈風伝」では支城が大名の城でも、本城を落とされるとなぜその勢力が滅亡し、支城の家臣が独立勢力化するのでしょうね。神保氏はそれに当てはめると、富山城を落とされた時点で滅亡です。本来は増山城に拠って上杉氏と連合したというのに。宇都宮氏もシナリオ0では宇都宮城を追われていたはずなので、そのシナリオだけ独立勢力となってしまいます。若干納得がいかないことではあります。
では、今回はこの辺で。

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