Making of 結城氏

 いま載せている全部の領主のものを書くのか自分でも分かりませんが、今回は結城氏です。結城氏は個人的にかじっている事もあって比較的簡単に家臣団は判明しました。ゲームでもそこそこ人数はいますが。有名どころはもう存在するのでその父・祖父や子供を重点的に調べてみました。しかし分かりづらかったのが多賀谷氏。「安芸守」を称し、結城秀康を迎えに行った多賀谷政広が庶流というのを知らず、越前に移る三経という人物がいるのですが、この親は政広じゃないのか?と一時混乱に陥りました。

結城氏で知られている人々は国人クラスの同盟者的な人物が多いので、ちょうど直臣団が分かったこともあり、数人ですがその人々も入れてみました。結城氏新法度に署名している15人の中の3人を選んでいます。中には多賀谷政経・政広もいますが政広は人質からの出発ですので実質国人クラスは政経一人です。

さて、今回作るのが難しかったのは、「略史」でした。他の家も結構どこを入れてどこを省くかで一番苦心するのですが、結城氏はいろいろな一族がいて、しかもその時代時代で大きく勢力を伸ばしてくる家なので参考にした文の記述が長く、大幅に省略したところもあります。特に結城合戦の前後はかなり省略して、「滅亡したが、再興した」という一見不思議な文章になってしまいました。

家臣団については全体的にやはり「結城四老」と呼ばれる人々の一族たちが大半を占めてしまいましたが、基本的に重臣クラスを載せる方針なのでご了承ください。
次に、家臣団の年齢推定ですが生没年不詳のみに絞り、玉岡・比楽・片見のみにします。

・玉岡政広…弘治二年当時、四十代半ばと推定。
・比楽勝弘…同じく、当時三十代半ばと推定。
・片見政行…同じく当時、五十代後半と推定。

また、近日中に結城氏追加として結城秀康の家臣団を別にアップする予定です。あまり戦国末期の人物はいないと思いますが秀康に仕える前のことも若干書いていますので旧主に付属させてお楽しみください。

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