平成12 庚辰 年 御側日記

〜家老の記す日々(?)の日記〜
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12月24日

皆様、1ヶ月半ぶりでございました。殿の大きな出来事も無事終わり、穏やかな正月を迎えられそうでござる、と思っておりましたがそうも行きそうもないようで。しばらくお屋敷をほって置いたせいか、不穏な問題も出来致しまして、なかなか波乱の年末年始となりそうでございますな。

さて、一区切りついて更新がしばらくなかった「官職総覧」でございますが、近いうち何人かを加えられそうでございます。しかし、戦武堂さまご提供のゲーム登場武将データの中で、官職を称した武将についての更新はまだまだ先となりそうでございます。ですから、「暫定版」の文字がとれるのはまだまだ先の事になりそうでございますなぁ。

また、今回「無名武将列伝」について武将名の記述方法などを修正致しましたが、地域分類も現在の「南東北・関東・中部」を一括した括りでは乱雑になりつつありますので、殿の命により、なるべく早いうちに南東北・関東・中部とそれぞれ別の括りに致したく考えております。また従来の武将に追加できる勢力についても適宜追加すべしとの仰せ。近いうちに何人かが加えられそうでございます。

ところで、ここで申し上ぐるには相応しからざれど、「無名武将列伝」の武将の解説については、それぞれの参考文献の記述を丸々写した訳ではございませぬ。殿がひねり出したものでございますゆえ、そのままの引用はお避け下さいますようお願い申上げ奉ります。

ちなみに、あらたな「無名武将列伝」の追加はいますこしお待ち下さいませ。現在、殿や年寄衆と評定を致しております。

では、本日はこれにて。


11月13日

どうやら当家の茶室は建て付けが芳しくござらぬようで、再び数寄屋の土地を別の地主より借りあげ、三度目の茶室改装となったのでございます。現在殿はおいそがしい故に、一段落つくまで茶室を借り上げなくてもよいのではないか、ともお考えになられたようでございますが、たまにでもお顔を出されることがたのしみであるとのことで、いそいで借り上げるようにお命じになったのでございます。

数日前に若干更新を致しましたが、これは本当に偶然のたまものでございました。殿が自らに必要な書籍の複写をしようと複写機の前に向かったときのことでございます。ちょうど複写機の横には複写し終わって不要となった書籍をおいておくと、館員がもとの場所に戻してくれる、という台がございまして、殿はそこの台にふと目をおやりになったのでございます。そこに論文の収録された書籍があったのですが、普段は目を向けるだけで手にはお取りにならないでしょう。しかし先日は殿はとりあえず中身を拝見仕ろう、とお考えになられたようで、手にとって目次をご覧になりました。それが今回の更新の元となった論文を発見したきっかけでございました。お茶室で話題になった足利義輝公の一字状もまったくの偶然、いちおう調べてみよう、というところから始まったのでございます。短期間に2度の偶然が重なり、拙者としても驚いているところでございます。

たったいま気づきましたが、1ヶ月ぶりの日記でございますな。
では本日はこれにて。


10月13日

この10日あまりの間の、拙者にとりまして大変な出来事は、まったく歴史と関連が無いのでございますが、やはり横浜ベイスターズのことをおいて他にはございません。10年ほど前は水道橋の球場を本拠とする球団のファンでありました拙者は、その球団出身のコーチを監督とする大洋の快進撃に魅せられまして、大洋にも惹かれつつありました。その後の水道橋球団の日本シリーズ4敗無勝、の惨敗。某選手の「野球観が変った」との言葉に呆れつつ、負けた瞬間から拙者はこの球団のファンをやめ、大洋のファンと相成ったのでございます。水道橋球団出身の大洋の監督も最後は不振で途中で休養、佐々木・盛田のダブルストッパーで「後半戦の快進撃が毎度の様に「台風の目(決して優勝争いではない)」と報道される、ある意味無駄な抵抗」を指揮する江尻監督代行の姿は懐かしく思えます。たしかその翌年より大洋は「横浜ベイスターズ」と改称、選手もかなり入れ替わったのでございます。ベイスターズ出発当時はローズと双璧をなしたブラッグスが思い出されます。

そのような拙者が横浜戦を生涯初めて観戦に行ったのは今から3年前の開幕第3戦でございました。ちょうど友人にベイスターズファンがいたためでございます。ただ、このときは雨でノーゲームとなってしまいました。その後は、監督が退場して楽勝ムードの中日戦で満を持して投入した佐々木(現マリナーズ)が大豊に逆転3点本塁打を打たれて負けた試合(佐々木投手に安定感が出てきたのはここ数年でござりましょう)や、延長戦で1イニング11点というリーグ記録(?)で負けた阪神戦を観戦したりしておりました。

また、友人の横浜ファンVS阪神ファンで横浜に応援に行き、勝ったチームを次回の同じカードで応援する、という緊張感溢れる賭けを致しました。その日は横浜があざやかな逆転勝ちを納めましたが、いまだにその阪神ファン連中とは試合観戦の機会がありませぬ。

優勝の年は例の友人と公式戦を見に行く機会に恵まれず、日本シリーズを見ただけに終わりましたが、やはり思いで深いものでございます。

昨年はなぜか最終戦を1人で観戦に出かけました。今年大活躍した金城選手がこの試合で打ちまくり、今年の活躍を予感させていたのが印象に残ります。そしておもえばこれがローズ選手を見た最後の試合となってしまいました。今年はさらに友人との予定の巡り合わせが悪く、ファーム(シーレックス)の試合を見たのみ。そして20世紀が終わるのと時を同じくして、権藤監督をはじめとするコーチ陣、ローズ・駒田・阿波野・島田各選手がいなくなり、横浜ベイスターズの1つの時代が終わった、とファンが抱かずにはおれないような大きな転換点の年が、試合を1試合も見ることも出来ず、終わってしまったのでございます。拙者にとってもこの10年に近い間、横浜を見てきまして、何か大きな喪失感が去来しておりますが、これが時代の変わり目の1風景なのである、とある程度言い聞かせて、今後の横浜ベイスターズを見てゆきたいと思っております。

長文、しかも歴史と関係なき無駄話、失礼仕りました。ではこれにて。


10月朔日

ついに五輪も終了いたしましたな…。先々週などは、殿は未だ学校も始まっていらっしゃらないため、お出かけの用事があってもたとえば、野球中継を試合終了まで観戦し、日本の勝利を確かめてからでないとお出かけにならないなど、五輪中心の生活でございましたが、先週から学校も始まり、ついに先週は日本人選手のメダル獲得の瞬間を見ることが出来ず、急激に意識が普通の生活へお戻り遊ばしました。しかし柔道だけでもほぼリアルタイムに観戦することが出来、殿もまずまず満足していらっしゃるようでございます。

拙者と致しましては印象に残るのが2つの涙でございます。1つ目は篠原選手が金メダルを逃した後の抗議が実らなかったことを表彰式後に伝える、有働NHKアナウンサーの涙。近頃週刊誌沙汰になっておられる渦中の方でございましたが、私としましてはあの涙には心を打たれました。(アナウンサーとして泣くのが良いか悪いかは別にして)あれにはいささかもらい泣きをしそうになってしまった次第。2つ目は黒木投手(ロッテ)や中村選手(大阪近鉄)のプロ野球選手の涙でございましょうな。こちらも次回はどのようにして選手を派遣するのか、という問題は別として、この人達が「貴重な経験をしたプロ野球選手」として、是非活躍してほしいと感じました。

それにしても、五輪が終わって気がつけば、平成十二年ものこり2ヶ月でございますぞ、皆々様。
では本日はこれにて。


9月18日

連休のお陰もありまして、ひさびさに更新が続きましてございます。ただ、土曜・日曜と朝方から大雨が降り雷が轟き、お屋敷の近所に数回雷が落ちたように思われます。しかも一度落ちて落ち着いた雷がしばらくするとまた活発になり、また何回か落ちる、というのを2日繰り返しており散々な天候でございました。それ故パソコンを動かすのは危険なのでほとんど夕方からの制作となってしまい、また夕方からはオリンピックの柔道などで準決勝・決勝が続いてまたパソコンから離れる、という状況のため殿も拙者もパソコンに向かっていた時間はそれほどでも無いような気がしましたが、いままでの準備のお陰ですんなりと更新ができました。

ところで今回のオリンピックの柔道初日は男子・女子日本選手とも優勝いたしましたが、様々な局のインタビューで女子選手に質問が集中し、男子選手が不満気に見えたのは気のせいでございましょうか。(ところで決勝戦で一本勝ちした直後、舌を出して居られましたが、なぜ舌をだしたのかを質問された局はあったのでございましょうか。拙者としてはそれが気になります)また、両選手とも日本時間で午前1時過ぎまで出演なさって居られたように存じます。現地時間は日本時間より2時間早いということですので、午前3時過ぎまで出演なさっていた、ということになりますな。さぞお疲れでしたでしょう。(翌日の朝の番組にも出演なさったとか…祝杯をあげる暇もなさそうで、これでよろしいのでしょうか)

話は戻りまして、「無名武将列伝」でございますが、今回の二本松畠山氏で計40家の家臣団を紹介することが出来ました。1年と少しで40家というのは多いか少ないのか、それは皆様の判断にお任せしたいとは存じますが、拙者といたしましては殿の身辺から考えましても、お屋敷を開いた当時の想像から致しましても、ずいぶんとたくさんの無名大名家家臣を拾って来られたのではないか、と存じます。

また、ひさびさに「Making of〜」を追加いたしました。最近はかなり「Making〜」に書くようなことも本編の方に記述しているような気がいたし、追加する機会を失っておりましたが、今回は予想以上に研究の進んでいた畠山氏に関していろいろと学んだ面もあり、追加いたしました。

では、本日はこれにて。


9月11日

しばらくぶりでございましたが、当お屋敷も8月末日で1年を迎えました。当初の更新頻度はすっかり過去のものとなってしまい、去年の日記をみますと、数日に一度記しておりまして、今の状況はお恥ずかしい限りでございますが、殿も拙者も、はじめのころに新たなコンテンツを追加したりしたことは、余り更新出来なくなった今となっては良かったのではなかろうか、と考えております。また、この1年で1万7千人あまりのご訪問者がありました。さすがにこれはありがたいことと思っております。一貫して「マイナー戦国大名・武将」の紹介に力を費やして参りましたが、予想以上にこのような大名や武将についての情報を欲して居られる方々が多いということでございますな。これも某歴史SLGの人気の一面、ということができましょう。新作が発表された今、しかもこの新作ははじめより新武将作成機能を搭載するとのことで、これからもできるだけ多くのマイナー勢力を紹介してゆきたいと殿も思っておられるようでございます。

さて、本日は「無名武将列伝」についに「河内畠山氏」を追加することができました。当初二本松氏より追加しようかと殿はお考えでございましたが、畠山氏の略史を記述するに当たって、まず惣領家である河内畠山氏を記述した方が、記述に重複が無くて良い、とのお考えで、今回まず、河内畠山氏を追加なさることになりました。近畿、しかも政権に近かった畠山氏、ということで、幕府上層と結びついた争いが多く、記述は簡潔にしたため、わかりにくいところもあるかと思いますが、どうぞご覧くださいませ。

では、本日はこれにて。


8月28日

やっとのことで「由利十二頭」を追加することが出来ました。どの諸家を入れるか、またははじくか、そして系図の錯綜をどのように武将に反映するか。8月中は殿のお出かけが多く、更新する時間が無かったというのもございましたが、それを差し引きましても今までで一番制作に時間を要したものではないかと存じます。時間をかけた故、という訳ではないのでございますが、ひとつで12家分の人物を解説しておりますので、武将数も最大になりましてございます。スクロールが多く、見にくいかも知れませぬがご了承くださいませ。

さて、殿が一番内容に頭を抱えていらっしゃった由利十二頭がとにかくも終了致しまして、その間に少しづつ制作していた他の諸家についても、近日中に追加できるものと思われます。中小勢力の諸家の数が少なくなって参り、制作中のストックも以前の更新しても次から次へと制作が始められる状況とは異なり、追加すると増えずに減ってゆく状況となってまいりましたが、某戦国シミュレーションゲーム発売までにはまだまだ追加していきたいものでございます。

では、本日はこれにて。


8月26日

茶室が天変地異で崩れて、再び再建いたしましたが、これには殿も驚いておりました。伊豆国からお屋敷へお帰りになられ、さて一服、と殿が申されたときに茶室が崩れたのでございます。幸い家中の者どもにけが人はございませんでしたが、茶室に残したままになっておりました御客人の御記録も失われてしまったのでございます。これは御常連でいらっしゃいますKUBO様・肥後もっこす(仮)様が記録を控えていらっしゃり、茶室が崩れたことを聞きつけてすぐにお見舞いの書状をいただき、記録を届けてくださったのでございます。殿も大変有り難い事であると喜んでおりました。

さて、信長の野望と天下統一の新作が発表されました。発売日まで心躍る日々が再びはじまります。殊に「信長」の方は新武将作成機能が最初から搭載されているらしい、ということでますます小勢力の戦国大名の家臣団のご紹介をしなければならぬ、と殿は心に期すものがあるようでございますが、その年末の発売日に向け、殿は論文の締め切りが並行してありますため、なかなか微妙のようでございます。しかし最近「無名武将列伝」の更新がまったく行われておりませんので、なんとかしたいと殿も拙者も思っております。

では、本日はこれにて。


8月16日

半月あまりのご無沙汰でございました。気がつけば8月も半ばを過ぎ、もうすぐ秋の気配が漂うころとなってしまいました。それと時を同じくして当「くらのすけ屋敷」も開設1周年を迎える日が近づいております。かつての5000HIT記念企画以来新たな企画がなく、この1周年に向けても何も企画は想定されていない、というお粗末な状況でございます。ま、しかし今回で「戦国武将官職総覧」の叙任年月日の判明した武将の調査分がすべて追加され、1周年を前にひとまず第1部が一息ついた、というところでございましょうか。あとは地道に『戦国人名事典』の官職をもつ武将をすこしづつ追加してゆくこととなりましょう。

では、本日はこれにて。


7月27日

ここ数日ほど全国的に雨模様で、酷暑も一休み、といったところでございますが、殿も最近は暑気払いに幾たびかご出席されましたが、暑気を払えずここ数日はあまり良く寝ることが出来ずにおられたご様子ですので、昨日今日などは殿にとっても助かる気候にございましょう。

本日は「戦国武将官職総覧」の一部を更新致しました。最近は叙任年月が判明する武将も少なくなって参りまして、現在までの蓄積がもうすぐ無くなる状況であり、いよいよ『戦国人名事典』から直に抜き出す作業となりそうでございます。そういえば官職で思い出しましたが、先日掲示板でご指摘のあった御三家初代の官職叙任年月を追加しなければなりませぬが、殿がこのことを失念しておられまして、まだ資料をお調べになっておりませぬ。早急に拙者から申上げるべきでございますな。

また、「無名武将列伝」で由利十二頭を追加すべく殿はいろいろと文章をまとめておられますが、今回系図資料を利用して武将を紹介するつもりでいらっしゃいまして、数種類の系図をつきあわせてどちらが良いか、など頭を抱えておられます。とくに仁賀保氏と同等以上の領主であった一族は、2つの姓を名乗っておりまして、しかもその祖が同一人物でないなど、何度考えても分からぬ状況ゆえ、まとめるのに苦労していらっしゃいます。

さて、殿は8月初めの週末より、昨年の冬も行かれました京都の山奥へご出発されます。ですから8月初めは今にもまして更新が遅れることとなりそうでございます。あらかじめお知らせ致しておきます。

では、本日はこれにて失礼いたします。


7月10日

台風が通り過ぎ、再び暑い日が帰って参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。

本日も「官職総覧」の武将を追加いたしました。今回、畠山義綱様のご協力を得て、能登畠山氏家臣団の官職を追加、同族の畠山氏ということで、現在製作中の「無名武将列伝」の「河内畠山氏」の官職も本編のアップに先駆けて追加させていただきました。「官職総覧」は○○家臣団を追加、と言いましても五十音順ですので、どのような人物が加えられたか一見して分からず、こちらといたしましても申し訳ないのですが、ご了承くださいませ。

さて、次回は「無名武将列伝」を更新したいと殿の思し召しですが、あまり資料を収集されていらっしゃらないため、どうなるか分かりません。そういえば、「Making〜」も殿は忘れ去られていらっしゃったようですので、さてどのコンテンツが更新されますものか…

ちなみに、拙者、「無名武将列伝」を制作できそうな勢力をまとめておるのでございますが、徐々に減って参りました。現在可能性があるものと致しましては

・白河結城
・河内畠山
この辺りはほぼ草稿はできあがっております。

・二階堂
この辺りも家臣は数人とはいえ判明しております。

また、由利十二頭などはおもしろそうでございますな。

では、本日はこれにて。


7月4日

1ヶ月ぶりのご無沙汰でございました。とりあえず一段落がつきまして、このお屋敷も元のように戻る目処がつきました。更新停止中も無名庵などにご訪問くださった皆様、ありがとうございました。
ところで、皆様お忙しかったのでございましょうが、歴史系のお屋敷がここしばらく活気を失いつつあったようにございますが、最近の暑さのせいか?また活気が出て参ったようでございますな。これらの御当主の方々についてゆけるようにと殿も気にされていらっしゃるようでございます。

では、これからもよろしくお願いいたします。


5月27日

すでに御屋敷表門にてしばらくお休みを頂くことをお知らせ申上げておりますが、大したことをせずに長い休みに入りますのは、殿におかれましても拙者も不本意でございますので、今回は久々に「無名武将列伝」2つの更新を行いました。特に「対馬宗氏」に関しましては一般の「無名武将列伝」以上の武将が判明いたしまして、ボリュームの大きなものになりましてございます。略史ではございますが、対馬という辺境の島に成長した宗氏という戦国大名について、ごゆるりとご覧下さいませ。しかし九州の領主を調べまして思うのは、文禄・慶長の役で重臣クラスの武将までかなりの人数を失っているようである、ということでございます。それが中世以来の土豪の系譜をひく重臣の藩政への参画を防ぎ、速やかな藩政確立に導いた、というふうな説もありますが、一抹の空しさも感じる次第でございます。

ところで、最近は「無名武将列伝」の更新に力を傾けて参りましたので、「戦国武将官職総覧」のほうの更新がはかどりませんでした。任官年月の判明している数十人分の入力がまだ終了しておりませんが、次回更新までしばらくお待ち下されば幸いでございます。

では、これにてしばらく御免下さいませ。(日記に関しましては、もしかすると更新があるかも知れません。)


5月22日

前回の更新は、14日深夜(15日)に行われたのですが、15日の夕方にご訪問者数が1万人を突破いたしました。当初はさほどとは存じませんでしたが、皆様のお言葉を頂きまして、やはり大変なことと感じ入った次第でございます。これからもよろしくお願いいたします。

さて、本日は古河公方足利氏の追加を行いました。「御連判衆」などは『戦国大名家臣団事典』に掲載しております武将でございますが、こちらでは「連判衆」についての説明も加えることが出来、個別ではなくまとまりのある家臣として説明できたかと存じます。


では、本日はこれにて。


5月15日

某球団がぶち上げた「ロケットスタート」の様に、拙者が以前申し上げた「連休中3回更新」は見事に達成できず、3度目の更新は連休の気分が抜け去った本日やっと行うことができました。出来そうだと思ったとても、出来ると確信できたときに申し上げるのが丁度よかろうということでございましょう。「有言不実行」と「不言実行」、どちらが良いかは申すに及ばぬことでございましょう。

しかも最近は4月の年度始めの、そして連休前の穏やかな雰囲気が徐々になくなり、夏に向けて走り出す、という状況ゆえ、殿も段々と資料を集め、まとめるということが困難になってきているようでございます。残っている分はかなりございますが、それに手をつけることもあまり出来ないご様子。しばらくは細々とした更新が続くことになりましょう。1万Hitを目前にして、殿も無念と仰っておられますが、拙者としましても「出来ることをやる」という姿勢で行きたいと存じます。

ところで、今回は浦上氏の論文を偶然見つけ、それを更新に生かしました。宗景や子孫のその後、が分かりましたがこちらと致しましてもすべて信用してしまっても良いのでござろうか、という印象でありますので、その点をご留意いただきとうございます。

では、本日はこれにて。


5月4日

ひさびさに殿は御気分がよく、一度に2つの「無名武将列伝」の追加が出来ました。これも昨日の御昵懇にして頂いている他の御屋敷の殿様方との御寄合がございましたお陰でございましょう。

昨日の寄合は、畠山義綱様が音頭をとられ、遊佐きむち守様・宮野州様とわが殿の計4人で行われました。新宿という込み合う場所にもかかわらず、義綱様の的確な目印の為に皆様迷うことなく集合なさったようでございます。寄合も歴史談義からサイト談義まで、終始なごやかな雰囲気でございました。宮野州様は先日還俗なされましたが、久々の御酒だったようであまり召し上がらず、節制なさっておられるようでしたな。遊佐様は名前の如くキムチがお好きなようで、「地鶏のキムチマヨネーズ焼き」をご注文になりましたが、なかなか美味く、殿はもう一皿注文なさっておられました。義綱様はご飯をお召し上がりになっておられました。さすがに合戦中ではなかったために、湯漬けではございませんでしたが。

人数的にも拙者が思うに、殿もこういう集まりは初めてでござったゆえ、少人数ゆえ話さずにおわってしまう方もなく、殿にとってはよかったように思われます。残念ながら参加予定でありました神保長職様・味舌政宗様はお忙しく、不参加ということになってしまいました。特に味舌様にあらせられましてはかなり以前より参加なさると宣言されておられましたが急用が出来、参加された皆様も残念がっておられましたが、味舌様ご自身が一番残念に思われているようです。

さて、今回の寄合中、是非また寄合を開きたいと皆様で考えが一致いたしました。そしてなんと次回はわが殿が幹事の大役を義綱様より仰せつかりました。いつになるかは分りませぬが今回店より頂いた割引券が今年7月末までなので、それまでにできればよいと思っております。開催決定の砌は当サイトのトップページにお知らせしたいとおもいます。

では、本日はこれにて。


4月29日

今日は「みどりの日」でございましたが、黄金連休の初日、皆様はいかがお過ごしになりましたかな。この4月29日の「みどりの日」の休みもひょっとしたらあと数回かもしれませぬな。「昭和の日」に名称変更し、5月4日を「みどりの日」にしようという動きがござるそうで。

本日は我が殿、久しぶりに演奏会に行くことを思い立ち、当日券目当て(しかも学生券)で会場におもむかれたものの、やはり学生券は既に売り切れ。ちょっとした散歩のようなものであることよ、との仰せでした。帰還致し、それならば野球中継があると言うことで観戦なされましたが、それも30分ほどで中継が終了。それからぼちぼちと更新作業にかかりましたので、本日は久しぶりとは言え、中途半端と言えば中途半端の感のある更新を致しました。「UPDATE」のアイコンが多いように見受けられまするが、皆々様、惑わせられぬようにお気をつけ下さいませ。そういえば、「官職総覧」に先日肥後国で入手いたしました細川関係の資料を用いております。

では、本日はこれにて。連休中にあと2回はここに書き記したいものでございますな。


4月24日

しばらくぶりでございます。無事、諸国目付の役目を終え、江戸に帰着仕りました。短いながらも、諸国の状況をこの場を借りて御報告いたしたく存じます。

東海道・中山道は平穏無事、小田原・掛川・清洲・岐阜・彦根と諸城は遠くから眺めるだけでございましたが安泰の様子。ただ、犬山城のみは(聞いただけでございますが)城主と市とのいざこざが勃発しておるようですな。関ヶ原あたりでは桜が満開でございました。やはりあのあたりは冬は豪雪地帯ゆえ、他の美濃国とは少し桜の見頃がずれるようでございますな。

山陽道は夜間に通過したため不明なれど、明石海峡大橋のライトアップを見、姫路城もライトアップされた姿を眺めました。また、広島あたりでは丑三つ時に町を酔客が歩き回っていたようで、これも平穏無事ということでございましょう。九州に入りましておそらく鳥栖でございましょうが駅前に大きなサッカースタジアムが出来ており、立派な施設に寝ぼけ眼ながら驚き入りました。

到着した熊本では前夜に大阪府に続く二人目の女性知事誕生ということでしたが、それ以前から滞在していた訳でもなく、人々の変化を捕らえることは出来ませなんだ。ただ、一見私服高校の学生と思われた自転車通学の人々が、大学に入って行くのを見て、新学期ということを改めて感じました。再び乗車した列車でも「通学列車」と化しており若さに圧倒されつつ、肩身の狭い思いをいたしました。

熊本城は以前行ったころは台風の破壊で修理を行っておりましたが、今回は城の全容復元工事の関係かなにやらで天守閣は未工事ながらも、他の櫓などが工事中で残念な思いをいたしました。しかしそれにしても櫓などをほぼ復元するということは、熊本市(県?)もとんでもないことをしでかすものですな。城ちかくに移設された細川家一門の屋敷も、なかなかに立派で、若い人々がアルバイト(?)でおり、なかなかに良い仕事そうだ、と思いました。他に熊本では本妙寺という、加藤清正公の菩提寺を訪れました。宝物館目当てで行ったのでございますが、これはハズレでございました。ただ、市街を一望でき、絶好の眺めにしばし休息いたしました。

次に我々が赴いたのが山口でございます。途中、博多なども通過いたしましたが、これは詳しくは存ぜず。小倉城だけは列車の中からちらと見ましたが…山口もかつて行ったことがありましたが、今回は歩き回らなかったために詳しくは分からず。熊本に比べて、(出歩いた時間帯が悪かったこともあったのか)若者をあまり見ず、活気という点では熊本に劣りますな。私が居たところが大学から離れていたところというのもございましょうが…。しかも連日雨であったのも、暗い印象を与えられたのかもしれませぬ。ひとつ、地元のTV局が、「大内氏埋蔵金伝説を探る」というようなタイトルの番組を放映していたのが目に留まり、ついつい見てしまいました。3回シリーズとかで、我々が見たのは2回目だけでございましたが…。

このくらいでございましょうか。

殿からも、ぼちぼちと追加をするようにとの仰せを頂いており、徐々に再び週一度の更新を行えればと考えております。そういえば来週からは黄金週間でございましたな。これを機会に一度に多くのものを追加することも出来るかもしれません。

いささか長くなりましたが、本日はこれにて失礼いたします。


4月14日

今週は2回更新するつもりでしたので、日曜日の日記を載せなかったのですが、すぐに金曜日が来てしまいました。今週は殿の逼塞など、色々なことが続き、家老衆と致しましても気の休まる暇もなく忙しい毎日でございました。

さて、「かのようなる物追加致し候こと、如何と存じ候」などと皆様からの不満も出てきそうでございますが、以前からすこし申上げておりました「無名武将列伝」の番外編を新規に追加し、今回それを更新致しました。「島」にスポットを当てたのは、弁丸さまの「島田勘兵衛風雲録」で対馬宗氏が取り上げられていたのを見た殿が、比較的分かりそうな島の戦国武将を調べてみようかと思われた事に始まると思われます。その結果、佐渡・隠岐・対馬、の3つの島なら「無名武将列伝」として追加できそうだとの感触を得、実現に至ったという次第でござります。あとの2つはいつ更新されるかは不明ですが、他の一般の「無名武将列伝」と共に「略史」等を書き加えれば追加出来る状態のように見受けられ、いくつか一般分の追加の合間に、更新する事を考えておられるようでございます。

なぜ本日のような日に更新が行われたのか、という疑問にも通ずると思われまするが、殿が西国への御国目付に今週末より派遣されることと相成りました。拙者もお供いたしまするが、そのため土曜・日曜に更新が出来ぬため、今日の更新となりました。来週末には江戸御帰着の予定ゆえ、来週末の更新は出来るかとは思いまするが、あまり期待しないでお待ち下さいますよう。

では、本日はこれにて。


4月2日

今回の「無名武将列伝」の追加は、小田氏でございます。やっと関東地方に戻って参りました。以後、番外編を挟み、東北地方へと向かっていく予定でございます。しかし、殿も仰っていますが、段々と大名家が少なくなり、資料もあまり集まらなくなり、簡単には1大名家を作ることが困難になってきております。今後は2・3の勢力をまとめて、という形が多くなってくるかもしれませぬ。

さて、本日、リンク削除第1号が出てしまいました。お世話になっております「CLUB戦国大名」の味舌政宗様より御連絡が参りまして、某サイトがリンク依頼当時と全く異なる内容になってしまっているとのこと。拙者もそちらのサイトの門前へと参りましたが、驚き入りました。まるで普通の物を商う店が、なぜか遊廓へと変わり果ててしまったようなものでございます。

早速殿に御報告し、リンクを削除せよとの命をうけ、本日削除いたしました。しかし、何の連絡もないというのはどういうことでございましょう。内容は変わってもこちらからのご訪問者があわよくば来てくれれば、という魂胆だったのでございましょうか。

何はともあれ、リンク先のこまめなチェックは怠らぬようにとの殿の仰せ。これからは定期的にリンクのチェックは行わねばなりませぬな。他の皆様はアドレス変更などに際して何かご連絡をしてくださる方ばかりと存じておりまするが。

長くなりますが、最近、鈴木眞哉『刀と首取り−戦国合戦異説−』(平凡社新書、¥660)を読みました。昔から「遠戦指向」が存在し、弓・鉄砲が合戦の中心で、刀は首取りややむを得ぬ場合のみしか使う機会が無かった、という説は斬新でございます。鈴木氏は『天下人の条件』『戦国合戦の虚実』など、従来の定説を覆すような説を発表しておられるようで、他の物も読んでみたいものでございます。

では、本日はこれにて。


3月26日

・今週末ははやくも新年度の4月でございます。殿におかれましてはさして替わるところは無いのでございますが、年末の大きな一仕事に向けて、段々と忙しくなるはず。そして拙者には何が起こるのか、不安でありますが楽しみでもあります。

先週は殿はいろいろなところにお出かけになったのですが、さして得る物はなく、週の後半は登城してお手伝いと、大きなこともなく1週間が過ぎ去り申しました。その中でも殿は、せっかく登城したからと、まとめて資料の収集を行われ、かなりの資料を集めたように思われまする。ひさびさに、今後の「無名武将列伝」で取り上げることが確実な諸勢力を挙げますると、

・小田氏
・那須氏
・二階堂氏、畠山(二本松)氏、白河結城氏(これは一つづつ取り上げるのではなく、まとめて一つとして扱うとのお考えもこれ有り。)
・大崎氏、葛西氏(こちらは詳しい御方がサイトを立ち上げられるとの噂これ有るため、「門外漢である私が取り上げるのは如何」との仰せ。)

と、このような予定がござります。また、以前申し上げました「島で戦った人々」に関しては、資料が思った以上に集められそうである、とのこと。まとめてではなく、1勢力づつ取り上げるお考えもあるようでございます。(しかし、「番外編」としての追加になるように思われます)

先週に引き続き、ゲームの話で恐縮でございますが、殿は「電車でGO!」(Windows版)のスペシャルパックも購入を考えておられましたが、4月末に「電車でGO!2高速編3000番台」が発売されるとの情報を入手し、「2高速編」も入っているスペシャルパック購入を控えられた結果、無駄な出費にならずに済んだことを喜んでおいででした。

では、本日はこれにて。


3月20日

この連休の初日は、殿のお知り合いで、ただいま在府中の殿の許へ、パソコンの増設について自ら指揮をお執りなさるとのことで、人足を引き連れ外出されたので、拙者もお供いたしました。かの殿のお持ちのパソコンは、いわゆる「トランスルーセント(スケルトン、とは言われたくないようですな、出しているところは…)」のあのiMAC。5色出た当初、一番売れ残るとの噂にもかかわらず、結構な売れ行きを見せたグレープをかの殿はお持ちでした。(外付けFDDはボンダイブルーなのが残念でございますが)

この時期のiMACは、開けるのが困難とのお噂を聞いておられた殿は、なかなかに不安そうでございましたが、ケーブルジョイントが堅くてとれないなど、些細なところで手こずりましたが、予想ほど困難なことではなかったらしく、無事終了し、殿も安心されておりました。かの殿はとても起動が早くなったとお喜びで、拙者も安心いたしました。

さて殿は、今日「SimCity3000」をご購入になり、一国の主と相成りました。一時財政難に陥り、住民から恨まれていたようでしたが、緊縮財政で見事立ち直り、大幅な黒字にまで転換いたし、拙者感服仕りました。その後に導入した原子力発電所が放射能漏れ事故を起こして、手がつけられない状況に陥っておりましたが、そこで中断なされた模様。ここからの復興も見物でござります。

更新の方ですが、「無名武将列伝」と「戦国武将官職総覧」を少しずつ更新いたしております。「無名〜」の方はついに中部地方に入り、次回よりは関東地方が更新できればと考えておりまする。

では、本日はこれにて。


3月13日

一昨日・昨日とお屋敷は「窓(Windowsですな)」の交換を行いまして、一昨日などは指示を出す拙者は明け方まで働き詰めでござりました。すでに御屋敷内は落ち着きを取り戻し、普段の状況に戻っておりまする。余り大事にならずに済み、拙者としましても一安心でござります。

本日は「無名武将列伝」そのほか、いくつかの更新を行いました。前回の「無名武将列伝」の更新ののち、「徐々に東へ向かう」と申し上げた覚えがございますが、今回は浦上氏の本拠からさほど離れていない勢力でござりました。とりあえず中国地方を脱して、近畿に入りましたが、中国地方の合間に近畿の諸勢力も更新いたしましたゆえ、皆様におかれましてはさほど新鮮味は感じないのではございますまいか。次回の更新から、中国・近畿地方を久々に抜け出して、中部〜関東へと足を進めて参る予定でございます。

さて、こちらの話でございますが、先日「Yahoo!Japan」に登録をお願いいたしまして、先頃目出度くリンクされましてございます。「戦国武将官職総覧」が完成したということで、殿が「願い上げてはどうか」とおっしゃいまするので、思い切ってお願いに罷り越しましたところ、今回の仕儀と相成りました。

では、本日はこれにて。


3月5日

早くも1年の内、6分の1が終わってしまいました。今年はうるう年でしたので、1日多く過ごして参ったわけでございますが、日々過ぎ去ってゆく時間の前には「焼け石に水」というような感覚でございますな。いっそのこと、「閏月」の入る旧暦に戻してしまったほうが多少は日々が過ぎ去るのが感覚的に遅くなるような気がするのですが、如何でしょうか。

まぁ、そのような為でもございませんが、今年に入ってから日記を6日分しか記してないわけでございます。およそ日記が書かれるときがお屋敷の更新と連動してございますから、お粗末な現状でございます。やはり「維持・管理」が大変なものであるといまさらながらに感じた次第でございまする。

さて、本日は皆様におそらく忘れ去られておりました作成覚書、いわゆる「Making of 無名武将列伝」を更新致しました。殿もお久しぶりの事とて、筆に力がお入りになったようでございますな。また、リンクを大幅に増やしました。その中には、ついに見つけた伊東氏のサイトも含まれておりまする。

また、最近殿は、「無名武将列伝」の番外編を考えておられるようです。「嶋」に光を当てるべく「嶋で戦った人々」とタイトルをお決めになり、資料を集めておられます。遅くとも来月はじめまでには他の武将列伝の間に追加が出来そうな情勢でございます。

私事ではございますが、最近、拙者、「三国志7」の体験版をプレイしてみました。2年という制限故、たいしたこともできない事が分かりましたが、グラフィックはなかなかに綺麗で、1武将たることは、巷の評判どおり、心を惹かれる物のようでございます。一方殿は、「未来の君主」たらんと、「SimCity3000」を御購入なさりたいとかで、丁度値段も改定された事もあり、勘定奉行に必要な金子を用意しておくようにと、家老衆の連名で命じたところであります。

では本日はこれにて。


2月24日

おかげさまで御訪問者数がのべ5000人を数えるまでになりました。完成からおよそ2ヶ月でのべ1000人、それから3ヶ月程で4000人。それを考えればずいぶん御訪問くださる方が増えたものだ、との感慨を抱きまする。殿に代わって御礼申上げます。次は10000人を目指して、殿と共に精進してゆく所存。

さて、最近は不定期更新になってきておりますこのお屋敷でございますが、以前より殿が御興味をもたれ、少しずつ書き溜めておられました「戦国武将官職総覧」となるものを今回、丁度5000人突破記念といたしましてお屋敷に追加することにいたしました。「無名武将列伝」よりもさらに興味のある御仁が少ないかとは存じまするが、ご覧下さいませ。また、「無名武将列伝」にも中国地方のとりあえずの締めくくりといたしまして「浦上氏」を追加いたしました。九州・中国と続き、次回からはさらに東へと進む予定でございます。(四国地方はまたの機会に…)

では、これからも本屋敷を、よろしくお願いいたしまする。


2月14日

やっと身の回りが一段落したようだ、と思っておりましたが、予想以上に日々が過ぎ去るのが速いものでございます。殿は本日更新するために列伝などに手をつけておいででしたが、数日後になりそうな気配でございまする。なお、新たなコンテンツも完成に近づき、8割方はできておりますので、順調に行けば御訪問者5000人突破記念として、正式に公開出来そうな気配でございます。

さて、今週はWindows2000・三国志7と、パソコン&SLGの大きな出来事がございましたが、皆様はどちらかは購入なされましたでしょうか?こちらの御屋敷はWin95をいまだ使用しており、近々98にアップグレードする予定。一足飛びに2000にアップグレードするべし、と殿の御考えで、情報を集めておりましたが、アカデミックパックは98か95からのアップグレードバージョンのみのようで、殿は上書きを嫌っておりますので、とりあえずは98、ということになると思われます。
安定性に殿はとても興味をお持ちですが、ゲームが出来なくなる恐れもあるということも一因でございます。

では、本日はこれにて。


2月13日

いやいや、拙者、病に倒れてしまいまして、屋敷の作事の最後の段階で滞り、更新が行えませんでした。殿の御指図は頂いておりましたが何も出来ず、御迷惑をおかけいたしました。家老衆はまだおりますが、拙者が申上げるのもなんですがまだまだ若造でございまして、拙者が居らぬと何も出来ぬのでございます。

さて今回、1つはやや手抜きの感がありまするが「無名武将列伝」を一気に2つ、追加いたしました。しばらくなにもなかったお詫びと御心得くだされば幸いでござる。

また先日ご訪問者数が4500人突破いたしました。5000人突破記念になにかできるように今から何か殿と家老衆で考えておかねばなりませぬな。

では本日はこれにて失礼致します。


2月2日

かなり間があいてしまいました。ここまであいてしまったのは初めてでございましょう。本編の方も、久しぶりに更新が出来、殿も胸をなでおろされております。できればこれからは再び1週間に一度の更新に戻りたいとの仰せ。拙者も身を引き締めなければと思います。

本日はいささか簡潔ですが、これにて。


1月10日

10日ぶりのご無沙汰でございます。年末・年始の比較的時間の取れる間を利用して、かねてから殿の構想しておられたリニューアルを行いましてございます。12月の半ばあたりより少しづつ作事を進めておったのですが、とりあえず本日一段落つきました。半分は殿や拙者の勉強になるようにとのリニューアルでございますが、皆様方はどのようにお感じでしょうか。なにかございましたら是非とも掲示板のほうに書き込んでいただければ幸いでございます。

さて、やっと更新が出来たのでございますが殿の本職の関係で1月末がお忙しくなってしまいます。再び更新が滞ることになることになりそうでございます。新たな年を迎えて早々に申し訳ございません。しかし、殿はもうひとつ新たなコンテンツをお考えのようでございます。こちらも少しづつ作事は始まっております。その分少しお待ちいただければと。

「葵」が始まりましたな。拙者は録画は致しましたが見てはおりませぬ。視聴率などはどうなのでございましょうか。
では、本日はこれにて。


1月朔日

あけましておめでとうございます。当家のパソコンは無事動作しておりまする。当初は本日は日記を書く気はあまりなかったのでございますが、新年のはじめの日に何か書いておいたほうが良いような気がいたしまして、少しでも良いので記そうと思った次第でございます。今年は御屋敷がどのようになっていくか、拙者はとんと見当がつきませぬが、殿の御意にそいますよう努力していきたいと思っております。

しかし、年末年始というのは、資料収集は全く出来ないのでございまして、だいたい集めたと思っておりましてもやはり何か一つ二つは急に必要になったり致します。そういう点があまり大きな更新が最近行われていない理由の一つにはございます。

早いうちに何かしら更新するとは殿もおっしゃっていますが、別の作事も進行しておりまして、なかなか慌しいお屋敷内でございます。

では、本日はこれにて。