平成13 辛巳 年 御側日記

〜家老の記す日々(?)の日記〜
HOMEへ / 平成14年分

12月9日

ひっそりと「越前家二代御記録」中の家臣団履歴が完成いたしました。分限帳に掲載されている人数の一部のみしかリンクできませんでしたが、より詳しい情報をお知りになりたい方は、一度ご覧下さいませ。

昨年はどのくらいの頻度で日記を記していたのであろうか、と拙者、昨年の日記を調べてみましたところ、去年の今頃も月に一度くらいの頻度でございました。ただ、掲示板が昨年の11月以来、何事もなく利用できていることは喜ばしく存じます。昨年は3度の変更がございましたゆえ。このまま続けば良いのですが…。しかし、昨年の相次ぐ掲示板の閉鎖→新掲示板への移行を経験しまして、殿も過去ログの保存にお気を遣うようになり、お陰様で過去ログはNo.19まで何事もなく皆様に公開できております。

では、本日はこれにて。


11月10日

・前回より少し間合いが縮まり申しました。約2週間のご無沙汰でございました。この間にのべご訪問者が5万人を突破し、有難き次第でございます。

本日は、少しづつたまっておりました各勢力の加筆訂正が行われております。殿も久々に「無名武将列伝」を更新なさるため、しばし御自分のお書きになった文章をご覧になっておいででした。

話は変わりまするが、殿は来週末より上洛なさいます。今回は越後の博物館にお寄りになり、上杉謙信展をご覧ののち、北陸道を通り上洛のご予定です。県立の図書館・文書館にも寄ることが出来れば良いが、との殿の仰せですが、それはどうでございましょうか。ところで、新潟市内や長岡市内に日帰り温泉(スーパー銭湯)がいくつかあるようでございますが、値段・快適さなどはどのようなものでございましょうか。なにかご存じの方がいらっしゃれば、ご一報下されば幸いに存じます。

では、本日はこれにて。


10月28日

こんなに放置されているお屋敷にも拘わらず、最近1日のご訪問者数が多いような気が致します。全く以て申し訳なき次第にございます。殿が他のお屋敷に参り、雑談などされているのを御覧になっておられる方も居りましょうが、それにもかかわらず当お屋敷の作事が遅々として進まないことはどうしたことか、と思われていらっしゃる方もございましょう。

されど、ここは今しばらくお待ちいただければと存じます。確かにお屋敷を作事する暇はあるように見受けられますが、以前に比べて格段に減ったのは事実でございます。殿は本日こそ、と「無名武将列伝」の改訂を行う心づもりでいらっしゃったようでございますが、過去ログの整理などで時間がとられてしまったのでございます。

殿のご予定が、年末にかけてまたお忙しくなりそうなのでどうなるか分かりませぬが、以前に比べて殿もお屋敷を放置しておいては宜しくない、とお思いになっておられ、その点では若干改善されたと言えましょうか。

では、本日はこれにて。


9月24日

いやいや、9月初めての日記でございます。最近は御屋敷の普請が少しの場合は日記は怠ることが多いものでございまして…。日記だけでも頻繁に記せれば良いのでございますが…。しかし日記のみで「更新」と申し上げたくはございませぬし、やはりここはひっそりといつの間にか記されている、という状況の方が良さそうでございますな。

本日はあまり人気がなさそうな「越前家〜」の家臣団詳細を追加いたしました。しかし、「無名武将列伝」と同様、ここまで細かく家臣団の履歴を解説しているサイトは無いものと殿も自負しております。特に秀康家臣団初期は、北関東の家臣団や真田家臣団から流入した方々も多く、関東戦国史に多少興味のおありの方なら楽しめるのではございますまいか(ちなみに「戦武堂」様も越前家家臣について、説明しておられます)。

最近、更新が滞っておりますが、殿の日常を一部ご紹介いたしましょう。殿は現在、某藩に大量に伝来する江戸日記を読んでおられる途中でございまして、「読む」前に「○月○日にどういう出来事があったか」という事項を抜きだしている状況でございます。これもかなりの難事でございまして、読みやすいと言われている武家の文字なのでございますが、なかなか苦労していらっしゃいます。現、7年分(1冊)の内、5年分まで終了し、更にこれ以後、殿が必要と考えておられる日記が5・6冊あり、しかも段々と内容が細かくなってくる状況でございまして、全く先の見えない仕事でございまする。

では、本日はこれにて。


8月27日

帯刀にございます。既に三途の川の渡し船に乗っておりました筈でございましたが、殿に「腹を切るなら屋敷が完全に出来上がってからにせよ」とのお叱りを頂戴いたしまして、こうして皆様に再びお目に掛ることになりました。

本日も更新はあまり大々的なものではございませぬが、当掲示板でのお書き込みなど、皆様の貴重な情報を追加させていただきました。

ところで、ここで個人リンク先のことを申し上げるのも何でございますが、殿はふーむ様のサイトが将来とても重要なサイトにご成長遊ばされそうだと仰っておいででした。

また、今回他のリンク先サイトも、由利十二頭と北畠氏ということで、双方当お屋敷から初めてリンクさせていただく戦国勢力となりました。…この2年間で随分良質なサイトが増えたものでございます…。殿も、そのようなサイトと相互に繋がりを持つことが出来、喜んでおいででした。


8月22日

これほどまで更新が空いてしまったにもかかわらず、これほどの更新とは…。お屋敷開設2周年を前にしてただ無念の涙が落ちるばかり…。拙者、殿に成り代わって皆様にお詫び申し上げる…。では、さらばでござる。


7月31日

暑さにすっかり参っております殿と拙者でございます。本日は前回に引き続き「無名武将列伝」を追加いたしました。秋月氏とは、なかなか意表をついた追加でございましょう。それにしても結構な数の家臣団が明らかとなり、殿もこれほどとは、と驚いておられます。今後は前回も申し上げましたように、西日本(具体的には四国・九州)の諸勢力のみしか資料を集めておられないため、しばらく西日本の更新が続きまする。そして、その後は「無名武将列伝」は大団円を迎えるのでございましょうか?まぁ、こればかりは殿の腹の内にございますので何も申し上げることができませぬが…。

話はかわりまして、本年も殿が8月はじめに上洛なさいます。しばらく屋敷を空けますので、更新、掲示板のお返事が出来なくなりますのでその点ご了承頂きますようお願い申し上げます。


7月16日

おなじみ帯刀でございます。暑い日が続きまするな。江戸では7月の最低気温の記録を更新したとのことで、当お屋敷はあまりエアコンを利用せず夏を乗り切るべし、という考えなのでございますが、さすがに今年はムリなのでは無かろうか、との声が広がっております。一方でビールが美味く、殿も拙者もここ数日欠かした日はないほどなのでございますが…。

さて、本日はその作成が困難と思われておりました丹後一色氏を追加いたしました。当初は既に殿が西日本の勢力をいくつか作成なさっておられたので、そちらを追加する手はずとなっておりましたが、丹後一色氏の追加に目処が付いたため、丹後一色氏を追加してから西日本の追加を続ける、ということになったためでございます。

ところで、先日当お屋敷はご訪問者総数のべ4万人を達成いたしました。殿に成り代わりまして深く御礼申し上げます。

では本日はこれにて。


7月2日

ただ今15時前。本当に珍しく昼下がりに日記を記しております。
6月迄は殿の御供で月曜日はお屋敷を明けておりましたが、7月から月曜日が休みとなり、この時間に記しております。今回の更新は「無名庵」過去ログの追加のみでございます。ご了承下さいませ。

「無名武将列伝」は更新はしておりませんが新たなネタは探しておりまして、殿が掲示板で記しました丹後一色氏などが新しく追加目標となりました。

話しは変わりますが、某戦国SLGの追加キットが8月に発売とか。一定の目標を達成すると新家宝・新武将が賞品として与えられる、というプレイができるようで、その賞品の新武将として北条早雲などが登場するようでございます。

また、お屋敷のお話、全くの余談ではありますが、今月中にはフレッツADSLが導入される情勢となって参りまして、その準備もわずかづつではございますが行われることになっております。お屋敷の更新にはほぼ影響がないと存じますが、影響がありました場合はお詫び致します。導入後は殿が「無名庵」にて導入後の変化などとお話しするであろうと存じます。

では本日はこれにて。


6月16日

今週は関東地方は随分と天気が悪うございましたが、さすがに梅雨は気が滅入るような気がいたしますな。しかし、殿は毎週のお役目を淡々とこなしておられます。

殿におかれましては一昨日、先週にNHKBSで放送した「幕末太陽傳」を録画したものをご覧になられました。これは、川島雄三(1918-1963)という映画監督の昭和32年の作品でございますが、殿はかつてこの川島雄三を森田信吾『栄光なき天才たち』10(集英社、1990)という漫画でお知りになり、バネで体を支える程で立っているのもやっと、という体になりながらも映画を制作した(筋萎縮症だったとのことです)、というところにかなりのインパクトを受け、また、この漫画では「幕末太陽傳」のラストシーンに関する裏話が載せられていたのですが、これも殿のご記憶に残っており、今回の放送を録画なさったようでございます。

しかし、昭和32年の作品で、石原裕次郎も登場しますが、小林旭・岡田真澄・フランキー堺(主役、左平次)・山岡久乃・菅井きん・二谷英明・小沢昭一(この方は俳優だったのでございますな)・南田洋子など今では有名な人々が総出演、と言った趣で驚き入りました。菅井きんがその当時も既に年寄りであったのにも驚きました。

また、余談となりますが、井伏鱒二が中国の有名な詩に「花ニ嵐ノタトヘモアルゾ、「サヨナラ」ダケガ人生ダ」という訳を付けたのは有名でございますが、川島雄三も陶淵明の「歳月人を待たず」の詩を意訳しており、それをご紹介しましょう。

人生無根帯 飄如陌上塵 (にんげんねもなくへたもない みちにさまようちりあくた)
分散随風転 此己非常身 (ときのながれにみをまかすだけ しょせんこのみはつねならず)
落地成兄弟 何必骨肉親 (おなじこのよにうまれりゃきょうだい えにしはおやよりふかいのだ)

得歓当作楽 斗酒聚比隣 (うれしいときにはよろこんで ともだちあつめてのもうじゃないか)
盛年不重来 一日難再晟 (わかいときはにどとはこない あさがいちにちにどないように)
及時当勉励 歳月不待人 (いきてるうちがはなではないか さいげつひとをまたないぜ)
                                                                                                                             (前掲『栄光なき天才たち』より)

川島自身が難病で早く亡くなっているということもあり、その訳には何かを感じる気がいたします。


さらに余談となりますが、『栄光なき天才たち』は世の中で正当な評価を受けていない人物を取り上げる漫画であったのでございますが、これが殿が「無名武将列伝」を制作するバックボーンのひとつになっているのではなかろうか、と今更ながらに思った次第でございます。

では、本日はこれにて。


6月3日

いやはや、随分とお屋敷の手入れを怠っていたようにございます。殿も拙者も5月病でございましょうか…?資料の収集と追加分の作成は殿も少しづつ行っておられるのですが、最後の少しに手を入れるのがご面倒のようで、それが更新が滞る原因となっているようにも思われまする。それ故、本日も従来のものの修正・訂正となっております。

ところで、この間より始まりました「越前家二代御記録」の家臣団詳細へのリンクでございますが、いかがでございましょうか。まだ詳細が判明している全ての家臣を掲載しているわけではおりませんが、秀康家臣団がいろいろな旧臣から集められている、ということが分かると存じます。あと半分程の家臣が残っておりますが、ご期待下さいませ。

では、本日はこれにて。


5月12日

連休が終わってしまいましたが、皆様は五月病などにはなっておりませんでしょうか。殿におかれましても新環境は連休が明けて本格的に動きが出て参りまして、五月病にはなっておられないようでございますので、まずは一安心でございます。
さて、前回の日記で連休中にもう1度更新を致す予定である、と申し上げました。本日更新したのものは、殿のご努力もあって連休の最終日にはほぼ出来上がっておりましたが、連休明けに色々ございまして、更新が結局1週間空いてしまいました。しかし久々に更新の間が1週間で済んでございます。

さて、近日の目出度き事といえば味舌政宗様のご復帰でございます。味舌様のご努力によって短い期間でのご復帰となりました。再び歴史系サイトに活気が出てくると思われ非常に頼もしく存じます。


5月5日

それほどこちらの更新が滞っているとは思っておりませんでしたが、すでにこんなに間が空いておりました。5月初めての更新と日記でございます。
 やはり特筆せねばならぬのは、ぴえーる様の江戸下向とそれに伴う宴でございましょう。今回もぴえーる様・畠山義綱様・殿の3名というこぢんまりとしたものでございましたが、皆様ご満足なさせられたようで、殿も安心しておられました。
 ぴえーる様は多趣味、良い意味での「遊び人」であらせられまして、宴の後に某ゲームセンターでDDRの熱演をご披露くださり、義綱様・殿ともども驚かれておいででした。ぴえーる様はしばらく関東に御在府なされるとのことで、次の宴にも是非参加していただきたいものである、と殿は仰っておられました。

さて、殿のご領知は武蔵国の北部(つまり現在の埼玉県ですな)にございますが、今月はじめ、人口100万人超の「さいたま市」が誕生いたしました。殿のご領知は直接さいたま市とは関係ございませぬので殿におかれましてはあまり感慨もお持ちにならないようでございますが、さいたま市の行く末にはご興味をお持ちのようでございます。まずは元大宮市長から鞍替えして大宮市の商工団体が元浦和市長と結んだ、などの動きがあり、市長選は面白そうでございますな。(市長選までは選挙には出馬しない元与野市長が市長職を代行するそうでございます。)

サイトの更新と致しましては「山内上杉氏」を追加いたしました。連休中にもう一働き仕りたい、と殿も仰っておりまして、懸案の越前家家臣団の詳細リンクを一部ご披露できると思われまする。

では、本日はこれにて。


4月18日

先週末は殿は神保町にお出でになり、拙者もお供いたしました。毎週土曜日は古書会館にて端本セールを行なっている、との事でしたのでそれを目的にお出でになったのですが、別の古書セールを行なっていたようで、安いけれども目的の物を見つけるには至りませんでした。またその前に他の店を廻っておりましたので時間も遅かったせいもございましょう。

他の店を巡って初めてお出でになったのは「書肆アクセス」でございます。地方の出版社の書籍を扱う書店として殿もご存じでありましたが、日曜日が定休日ということや、神保町に行っても殿が表通りしか歩かない、という事で今まで行く機会を得なかったのでございますが、今回初めてお出でになってたいそうご満足そうでした。特に東北地方は『葛西氏研究』という雑誌のバックナンバーをはじめ、葛西氏関連の書籍が充実しており、ずいぶんと研究が進められているとの思いを拙者も抱きました。うまく葛西氏家臣団についての論考の載っている号があれば殿が購入すると仰っておりましたが、さすがにそれはなく、わざわざ脚立までお店にお借りして(上段にあったので手が届かなかったのでございます)ずっと内容を吟味していたにも関わらず、何も買わずに帰ることとなりそうだったのはさぞお店の方もご不満でござったでしょう。結局、めぼしい物がなく、あきらめて帰ろうとした時にちらと見た店先のショーケースの中の「新刊・おすすめ」のような本の陳列の中に「とほの宿」のガイドブックが並べられていたのをご覧になった殿がそれをお買いあげ(400円)されたのでとりあえずお店に貢献することができました。

さて、前回の日記でも触れました「戦国武将官職総覧」の更新再開についてでございますが、「〜総覧」のページでは「第二期開始」と記してございます。これは従来のように殿が武将の官職叙任年月日を調査された武将についてではなく、戦武堂様が以前公開なさっておられた「信長の野望」全登場武将一覧と『戦国人名事典』を利用して、「信長の野望」登場武将で官途名・受領名を名乗った武将を網羅する、という「〜総覧」完成に向けての試みが開始された、という意味でございます。分かりにくいかと存じますが、この場を借りてご説明申し上げます。

「書肆アクセス」を訪問した話が続きますが、その折『秋月を往く』という書籍を見つけました。これには秋月家臣が数人記されておりますが、これに近世に編纂された秋月家の家譜を利用して武将列伝が作成できそうな状況になって参りました。まだいくつか先に作成できそうな物はございますが、お知らせしておきます。

では、本日はこれにて。


4月10日

新年度も1週間以上が経ちましたが、あらたな環境となった皆様の身辺はとりあえずは一段落いたしましたでしょうか。殿の身辺もひとまずは落ち着いたとはいえ、今週は書類の提出などが続き、気を抜いてばかりはいられないようでございます。

さて、本日は久しぶりに「無名武将列伝」に新たに追加をし、「戦国武将官職総覧」も更新を再開(としたく存じます)いたしました。殿も先日追加いたしました「越前家二代御記録」と共に従来のコンテンツも8月末の2周年を目指してさらに充実させてゆくお考えでございます。

では、本日はこれにて。


4月朔日

あと一度は3月中に更新を行いたかった、と殿が仰っておりましたが、いつの間にか4月となってしまいました。新たな年度の始まりでございます。今年度は新たな出発をなされる方が多いようで(かくいう殿もその一人でございますが)、なにか当お屋敷や皆様のサイトも大きく変わるのではございますまいか、と拙者は考えておりまする。

中でも、サイト閉鎖をなされた味舌政宗様の身辺が落ち着き、久々に無名庵にご訪問いただきましたことは、新たな始まりをよりいっそう殿や拙者に感じさせるものとなりました。夏頃にはご復帰とのことで、他のサイトの皆様はもちろん、殿も復帰を心待ちになされておられるようです。なにせ、味舌様がサイトを閉鎖なさってから、なんとなく味舌様とご親交のあるサイト(当お屋敷もそのひとつでございます)が何か寂しくなったような気がしておりましたゆえ。

さて、本日はやっとの事で「越前家二代御記録」のほぼ完成の状況をご披露することが出来、「無名武将列伝」の「南部氏」を新しい研究状況を加えて大幅に改訂いたしました。南部氏に関しましてはかなり以前より殿があらたな説を書き加えねばならぬ、とお考えになっていたもので、ここにやっと完成いたした次第でございます。

「越前家二代御記録」に関しましては、忠直公の逸話がほとんど出来上がっていない状況に加え、久世騒動・大坂の陣と長い記述に渡るものが多いため、いつ完成を見るか分かりませぬが、これからも越前家家臣団の詳細リンクとともに、少しづつ完成に向けて近づけてゆきたいと存じます。

では、本日はこれにて。皆様、新たな旅立ち、張り切って参りましょう。


3月21日

昨日は少ないながらも神保長職様畠山義綱様、そして我が殿の3名で新宿に集まり、オフ会を行いました。場所は新宿西口のT-Zoneのそばにある「かっぺ亭」でございました。この店は殿がご友人に連れられてお気に入られ、そのために選ばれた場所でございます。なかなか人気のある店で、カウンターしか空いておりませんでしたが、そこは3名という小回りのきく人数ゆえ、すぐさまオフ会が開始されました。ここの店は「焼きおにぎり」が巨大で、飲みの最後に食べるとかなり苦しいのでございますが、はじめに注文するとかなり胃がみたされ、飲み代を安く済ませられるばかりか、あまり酔うこともなく良いのでございます。

オフ会としては始めからマニアックな話題で盛り上がり、4時間ノンストップで話しが続きまして、殿も驚かれておられました。とても楽しい会になり、幹事の大役を務めた殿もほっと一安心のようでございました。また、義綱様が資料をお持ち下さいまして、私もその恩恵にあずかることが出来、その成果が本日の更新に生かされております。

今回は時節柄、宮野州様戦武堂様など、社会人の方にご参加頂けませんでしたが、間もなく義綱様も社会人となられることもあり、次回開催される暁には社会人の方の比較的時間のとれる時に行いたいものである、という考えで皆様とも一致いたしました。次回の幹事は決まっておりませんが、是非とも第3回のオフ会も開催できればと殿・私ともども期待しております。その暁には関東近辺の皆様、是非ご参加くださいませ。

では、本日はこれにて。


3月15日

1ヶ月以上間が空いての登場と相成りました。事情がありまして、前回の日記を記しました2月半ば以降から殿がアルバイトなどでご多忙となり、更新が出来ぬ有様でございました。本日も満を持して「越前家二代御記録」を3万Hit記念として追加しましたが、3万Hitより既に2週間以上が経過し、また当初予定していた「ほとんど完全な状態での追加」ができず、一部のアップに留まっております(某戦国SLGと同様の「見切り発車」とご指摘を受けましても何も返す言葉がございませぬ…また、「戦国武将官職総覧」の「暫定版」が取れぬまま新たなコンテンツを追加したことをお怒りの方もございましょう)。

殿と致しましては4月からの新たなはじまりを控え、2月3月に一気に無名武将列伝などを更新するお考えでございましたが、お屋敷の財政難によってそうも行かなくなってしまったわけでございます。

しかし、その間にも、殿は伊勢参りにいらっしゃり、お知り合いとの親交を深められました。三伊勢守様・千下野守様・後尾張守様にこの場を借りて御礼申し上げます。

このご旅行中に山上より某戦国時代村の安土城も眺めましたが、伊勢湾を琵琶湖に見立てておるのでしょうか、なかなか良い場所を選んだものだと殿もご感心なさっておられました。また、伊勢の家々には年中正月飾りのような物が飾られており、殿も興味深くご覧でした。

とりあえず、今後としましては、新たな「無名武将列伝」の追加は難しい状況でございますので、某戦国SLGの天文初期シナリオに対応(笑)した武将を今までアップしてきた大名家に追加してゆきたいと存じます。

では、本日はこれにて。


2月12日

昨日はおどろくべき報せが無名庵にもたらされました。味舌政宗さまがご自身のサイト「CLUB戦国大名」(すでに閉鎖のご挨拶のみとなっています)を閉鎖なされるとの報せでした。

つい前日まで、先様の掲示板では皆様の書き込みをはじめ、味舌様の書き込みも普通にございましたので、余りに急な出来事と思われて、拙者も殿も何がなんだか分からなかったのでございますが、非常に残念でございます。ありきたりな言葉ながら、「大きな損失」ということしか思い浮かびません。殿も、いろいろお世話になりながら、このような時になんのお力添えもできないことが無念、と申しております。一日もはやいご復帰をお待ちしたいものでございます。

さて、去る9日に大作(と言われております)戦国SLGが発売されました。作品の評価はそこそこと聞こえてきますが、プレイすることが困難な方々も多いようでございますな。しかし、評価・不具合とも好悪が両極端のように思われます。また、「アスキーデジタルバイヤー」での評価では、リアルタイム合戦が酷評されておるようにございます。一般的な評価でも合戦がよろしくない、ということですので、合戦が評価を下げているということにございましょうか。ま、総大将が最前線に配置されてすぐに討ち取られてしまうのは確かに変ではございますな。
 また、「ユーザー同士の新武将交換」が謳われていたように記憶しておりますが、それはどうなっているのでございましょうか。制作会社のサイトのユーザーページには新武将やシナリオ販売があるようでございますが、よもやユーザーが登録した新武将までも販売するということはありますまい。

では。本日はこれにて。


2月6日

前回の日記で書いた雪はかなりの大雪(関東の人間の意識で)となりましたが、またぞろ今週も雪が降りそうだとの由。よく、その年の「総積雪量」を雪国では記録するように聞きますが、今年は関東地方の総積雪量はどのくらいになるのでございましょうか。

さて、先日「無名庵」「戦国群像」の三楽堂さまがご訪問下さいました。三楽堂さまはご自身の執筆なさった論文の話題を当掲示板でかつて話題にしていたのを聞き、おいで下さったのですが、まさかご訪問頂けるとは思いも寄りませんでした。当お屋敷の開設直後から、内容のおもしろさや文章の上手さが印象に残り、リンクさせていただいておりましたが、殿も今回のご訪問を嬉しく思っておいでのようでございます。

さて、今後の当お屋敷についてでございますが、近々発売される某戦国SLGのシナリオの下限が天文3年(1534)となったのを受けまして、従来「天文中頃以降」に絞って泣く泣く切らざるを得なかった武将もそれぞれの勢力に追加できればと殿はお考えでございます。また、新たな資料が入手できたため、、「伊予西園寺氏」を将来的に追加できる可能性が高くなって参りました。ただ、殿と致しましても、今準備しているものを先に追加せねば、とのお考えですので、すぐにはなされないであろうとは存じます。

一方、結城秀康関連ではとりあえず全ての逸話を載せる前に、いくつかの逸話だけを載せて公開すべきかとの案もでております。そのときには、系図と年表(と一部逸話)という具合になるかと存じます。とりあえず年表のサンプルへリンクいたしておきます。何かご意見がございましたら頂戴いたしたく存じます。

では、本日はこれにて。


1月21日

本日も雪が降っております。お屋敷の廻りでは既に数センチメートル、つもっておるようです。

最近、更新が既にアップされている「無名武将列伝」の加筆訂正ばかりで申し訳もございませぬ。しばらくの暇もつかの間、殿が再び最近は期末試験などでお忙しいためでございます。ま、科目も多くはありませぬゆえ、日がな1日勉学に励むわけではございませぬが、追加や新コンテンツ作成にまわせる時間まではなく、これまでのあらたな「無名武将列伝」の追加の時に得た従来の勢力についての記事などをご覧になり、それを元にして適当な訂正・追加を行っていらっしゃる状況にございます。

殿のご多忙も2月に入れば一段落いたしますゆえ、そのころには新コンテンツも含めて大々的に更新がおこなえることと存じます。丁度、某戦国シミュレーションゲームの大作2つの発売が控えておりますゆえ、今回は軍記(リプレイ)やデータの提供なども殿は考えておられるようでございます。

ところで、これをご覧になる方々のうち、ご自身のお屋敷(HP)をお持ちの皆様は商人衆からの「広告のお願い」などの文は送られていらっしゃるのでございましょうか。殿はお屋敷の表門が地味で、広告が入ると広告の方が派手でございますのでそれを恐れて一貫してお断り申し上げておりますが、他の皆様はいかがでございましょうか。

では、本日はこれにて。


1月13日

本日から殿のご利用の図書館で『瀬戸内海地域史研究』第八輯(文献出版)が閲覧可能となり、さっそく殿は内容をごらんあそばされました。この中には藍住伯耆守様が執筆された論文があると伺っていたため、殿も閲覧を楽しみにしておられましたが、土佐一条氏や伊予西園寺氏についての論文も1本ずつあり、しかも内容が数十頁に渡っていたため、非常にボリュームのあるものとなっていたと殿のご感想でした。じっくりご覧になったわけではありませぬので、詳しい感想はまた後日伺うことにいたしますが、一条氏と西園寺氏の家臣についても詳しく言及されており、近い内に一条氏に関して家臣団の追加などを行うことができると存じます。いっぽう、本来の目的でございました藍住伯耆守様の論文も非常にボリュームがあり、ちらと拝見しただけでもこちらの「無名武将列伝」の「河野氏」の略史の書き換えが必要のような感じがいたしました。拙者も今後じっくり拝見することが楽しみでございます。

では、本日はこれにて。


1月9日

前回、3日の更新におきましてはこちらは更新いたしませんでしたので1週間強、間があいてしまいました。日曜日の夜より月曜日の明け方にかけて、関東地方では雪が降りました。予想よりも大目に降りまして、朝はなかなか積もっておりました。最近は殿もあまり外出なさいませんので、雪景色はなかなかのものでございますが、かつて殿の御供をいたして外出いたしましたときの大雪では酷い目に遭いました。お屋敷の最寄り駅の2つ手前の駅で列車が動かなくなり、2時間くらい経過しても動きませんので、駅を出てしばらく歩いた所にあった某ファミリーレストランで持久戦の構えをとったまでは良かったのでございますが、列車が動き出した、いう情報がまったく入らず、店内には殿と同様の事を考えているような人が増えてゆくばかり。午前3時を過ぎても人がどんどん入店してきて、レジのところで待つ人も多くおりました。拙者どもはそのとき余り持ち合わせもなく、粘りに粘ったコーヒーもさすがにお代わりをお願いすると嫌な顔をされるようになりました故、もはやこれまで、と店を出、駅に向かったところ案の定まだ列車は動かず、電灯の消えた車内(ドアも閉められておりました)でまだ立ち続けている御客もござり、殿はついに決断を下したのでございました。それはその駅より屋敷のある最寄り駅までおよそ8キロの道のりを「雪中行軍」することでございました。暗くて滑る雪道を歩き、2時間ほどかかってやっと最寄りの駅に到着したのでございます。列車はそのころ駅に着いたものが開通1番列車だったようで、何とも複雑な思いでございましたことを覚えております。

最近はそのときの教訓を生かし、鉄道会社が自主的に列車を削減しており、当時のような惨事は起きておりませぬようでございますが、今回はポイント故障が多かったようですな。雪に強いと伝え聞いております東北・上越新幹線もポイント故障とやらで「運転見合わせ」、山形新幹線は数日前の全面運休に加えて今回も運休など、雪国でも積雪対策はちゃんと採られているのでござろうか、と首を傾げたくなることもございますな。

長々と余計な話をしてしまいました。今回は「有馬氏」を追加いたしました。以前よりの松浦・大村両氏に加えて、龍造寺氏以西でそこそこの力を持っていた3勢力が揃いまして、殿もご満足のようでございます。


平成13年1月朔日

皆様、明けましておめでとうございます。当屋敷は無事に2度目の正月を迎えました。昨年は殿の事情もあり、更新が滞ることがしばしばあり、ご迷惑をおかけいたしました。今年は長期に渡り更新が滞ることがないよう、家老としても努める所存でございます。よろしくお願いいたします。

さて、本日は去年の元旦のように日記のみの更新ではなく、少し修正を行い、リンクも追加いたしました。リンクにつきましては昨年中に追加を行いたかったのでございますが、少々手間取りまして、本日の追加となりました。しかし、本年の栄えある最初のリンクと相成りましてございます。

さて、少し殿から命のありました今年の更新についてご説明いたしたく存じます。

「無名武将列伝」は、領主が少なくなりつつありますが、山内・扇谷両上杉家を追加できればと思っております。また、「安東氏」の補足という形になりますが、安東家文書に残る周辺領主の家臣の一覧などを安東氏の修正版の更新と共に近々加える予定でございます。

また、殿が考えておられるのは結城秀康についてのコンテンツの追加でございます。全国の小領主についてのお屋敷でございますので殿ご自身も不適当かともお考えのようでございますが、ここらで1つの家について詳細に取り上げることもあるかもしれませぬ。

では、本年もよろしくお願いいたします。