地震 -阪神淡路大震災-


1995年1月17日 午前5時46分
近年では珍しく大きな震災が起きた。
阪神淡路大震災と後に言われるようになったそれは、
とてもとても大きな揺れで、たくさんのいのちを無差別にふるいにかけた。

阪神間に暮らしていた私も、その被害を受けるひとりとなった。

暗闇の中、前夜から友人と遊びに出掛けていた私は、
当日からスキーに出掛ける予定で、早朝にもかかわらず
朝ご飯を食べようと、ラーメン屋を探して神戸方面に車を走らせていた。
友人を含め3人を乗せた私の愛車を運転していた私は、
とても晴れたはずの暗闇の空に、
雷のような光を見た。
その直後、まるで巨人か何かが私達をもてあそんでいるかのように、
ドカンという音と共に揺れる車。
まっすぐを保てない程の揺れに恐くなり、車を止めてサイドを引いた。
調度赤信号だった私達の目の前の信号は、
長い長い揺れが収まると、傾いて何色の光も発していなかった。
まさか、車に雷が落ちたのではあるまいか。と、電気自動車でもないのに思った。
頭の中はパニックになっていて、今、何が起こったのかはわからなかった。

後日、友人は、最初は私がふざけて車のハンドルを揺さぶったのかと思ったそうだ。
でも、実際は、それ以上に揺れは激しかった。
ハンドルを静止することなど出来なかったのだから。

ゆっくりと再び車を走らせ、登りかけだった坂を登りきると、
そこには、見たこともない風景が広がっていた。
遠くに見えるマンションは傾き、火花を散らしている。
そうしているうちに今度は、煙を吹き出した。
目の前の道路はひび割れて、裂けたところから水が流れ出していた。
道路から少し離れた脇にある建物も、1階から崩れ落ちてぐちゃぐちゃになっている。
一体これはなんなのだろう…。

今、自分の体験したものが、地震であると認識するのにとても時間がかかった。
後部座席でわぁわぁ言っている友人の言葉が耳に入らなかった。
はっと我に返ったのは、どれくらい後の事だったのだろう。
取り合えず、今まで聞いていたCDを止めて、ラジオに切り替える。
窓を開けて、外の状況を確認した。
暗くてあまりよく見えなかったけれど、何人かの人が、マンションや建物の前に群がっているようだった。
そのうちの二人が車に歩み寄ってきて、
「靴をもらえませんか?」と言った。
裸足の足を切ったようだ。
でも、私も自分の履いている靴しか持っていない。
しかたなしに、それでも危ないだろうと思って靴下をあげた。
自分も被災者であると言うことはまだ、認識していなかった。
さらにその二人は、近くにある自分の親の家まで連れて行って欲しいと言う。
言われるままになぜか、その二人、若い夫婦の奥さんの実家だと思われる家に向かった。
灯りの落ちた家、半分崩れてどこがドアなのか壁なのかはわからなかった。
泣き崩れる奥さん、旦那さんは崩れたところから家の中へ入り、
その奥さんの母親と思われる人の名を叫んだ。
私は車の角度を調節して、ヘッドライトで家の中を照らした。
無事だったらしく、すぐに旦那さんはその人を連れて表へ出てきた。
こんどは言われるままに、旦那さんの方の家へ…。
そこで降ろして、私達は自分達の家の事を思い出した。
ラジオから、自分達の住む地域の名が出たからだ。
人の事を助けている場合ではないかも知れない。
地震の規模の大きさを知ったのは、地震が起きてからどれくらい後だったのか…。
あの揺れが、この辺り一帯だけのものな訳がないことくらい、
冷静に考えられたなら想像もついたかも知れないけれど…。

国道2号線に回避しようと車を走らせた。
けれど、高架の線路がことごとく落ちていて、どの道からも北へは上がれなかった。
しかたなく、43号線の方へと南下すると、すべて高架になっている阪神高速の道路を支える柱のビスが
ゴロゴロと道路に落ちて転がっている。
あんまりに変わり果てた景色と、恐い想像がよぎって、ハンドルを握る手が震えていた。
頬にはいつの間にか涙がこぼれて止まなかった。
私の家は、家族は…?
高架の道路はとうとう崩れ落ちて、まるで映画のスクリーンがそこにあるみたいだった。
もぉ進めない道路を前に、ようやく2号線へ北上。
すっかり日の昇った街に車は溢れ、小さな抜け道は全て崩れた家で塞がっているために、
道路は停滞し、動けなくなっていた。
唯一の国道も、途中、小さな川にかかった橋が落ちかけていて、ギリギリ一台づつ渡っている。
そんな状況の中、その道路の脇にあるガソリンスタンドの裏では、ゴウゴウと火事が燃え進み、
消防車ももちろん来ない。
もし、今ここで、ガソリンスタンドにその火が引火したとしたら、
道路を埋め尽くす車が炎の導火線となって、街中を火の海に変えてしまうのだろうと思った。
そして、今ここに止まっている車の一台である私達も、その火の中に…。
落ちかけた橋を越え、崩れ落ちた線路の脇を通り抜け、倒れた電信柱の間をぬって何とか家の近くまで。
私の家の方角から、煙があがっている。
車では電信柱が道路に転がっていて、これ以上進めないと、離れた場所へ車を止め、友人とも別れた。
それぞれの家族のもとへ…。

30分くらいのいつもの道程に、3時間以上かかって戻り、
すっかり形を変えた我が家を目の前に、ただ茫然とするしかなかった。

あの日…。

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