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人の縁って不思議なモノだと感じるコトがあります。
このサイトをはじめて6年が過ぎますが、ココが縁で出会った人、今もネットだけで繋がっている人たちもいます。開設前、私は別の詩のサイトに出入りをしていて、よく投稿詩を掲載してもらっていました。『インターネットイエローページ』なんて本に、そういう個人のサイトが載るような頃でした。
そのサイトももぉ閉鎖し、私は自分のサイトを持ちましたが、その頃からの知り合いもまだ数人います。今やサイトは増えに増え、自分のサイトが縁で知りあう人なんて、そうそうたくさんはいなくなりました。(もぉ大手検索サイトからはリンクを切られているハズだし)ロボットにひっかかって見に来てくれる人が、通り過ぎていくのかなぁ・・。
気付けば、その頃から続けてまだサイトを運営している人は、数える程になっていました。リンク先も閉鎖が多くなり、いくつも削除をしました。
私が自分のサイトを持つか持たないかって言う頃、頻繁にではないけれど、メールでの交流を持ち、私の詩に感想を言ってくれる人がいました。
その人の穏やかさが大好きでしたが、その人がどこのどんな人で、何をしているのかなんて、詳しいことは知りませんでした。
交流のあるサイトのつながりで、ぼんやりとした人物像だけが思い描け、出入りのサイトがなくなった頃から、少し交流が深まりました。
オフラインでも年賀状や暑中見舞いのやりとりをするようになった頃の夏、オンラインで出したメールへの反応がなく、なんとなく、嫌な予感がしていました。
食道と肺に穴が開いて繋がってしまったと、その人から聞いていたから。
それ以前から身体が弱く、大きな病気もしているようでした。
心配になった私は、オフラインで暑中見舞いを書きました。
数日して、返ってきたはがきには、その方の訃報がつづられていました。
結局、私は一度もその人に会えませんでした。
嫌な予感、胸騒ぎ・・・。こんな形で・・・。
言い知れない虚しさが込み上げ、私はそのはがきを返してくれた人に、メールを書いていました。私が会えなかった人を、ずっと傍で愛した人に。
どれくらいたってからだったか・・・、ある夏の日、私は初めてのご対面を遺影にお線香をあげるという形で果たしました。とても優しそうで、穏やかな笑顔が写真の中にありました。
でも、力強い線というより、美しいものが一瞬に見せる儚さのような、そんなものに似たモノをはらんでいた人だったのかな、とも、思いました。
その時、それまではまったく交流のなかった、逝ってしまった人を愛した「その人」に出会いました。その日一日で、とても「素敵な人」だな、と、思いました。
それから5年。
あっと言う間の5年。その人を愛した「素敵な人」にも、私にも、同じ5年という時が流れて再会しました。
5年前出会ったその「素敵な人」は、変わらない・・というより、少し、穏やかな笑顔になって(?)私を出迎えてくれました。
5年という年月が流れたコトは、まったく気付いていませんでした。
お互いの中に流れた時間はそれぞれに違うけれど、お互いがこの時期になって、『話をしたい』と思えたコト、そこには意味があるような気がしていました。
お線香をあげ、その煙の匂いの中、流れた時間がどれくらいだったかを初めて知りました。
私はその「素敵な人」の読んでくれた詩の中に、たたずむ鷺と重なって、寒風に吹かれ、それでもすっくと立っているその人の悲しみを見ました。
目の前に浮かぶようで、涙が出そうになりました。
自然に触れ、厳しく生きるものたちの現実を見て、少しづつ、自分自身の生きる世界を確認する。
私が簡単に、切り捨てたフリをしたり、切り替えようと出来る想いとはまったく別の、大きな悲しみ。それは、忘れたフリも、切り捨てたりも出来ないもの。
この先ずっと、一緒に生きていく悲しみなのだろうな。と、思いました。
悲しみと共存しながら生きるコト。
その方法を、苦しみ、時にはもがきながら、探して、自分に確かめているのかも知れません。
それはまだ、私が知らない感情です。
いつの日か、そんな風に愛し、愛される存在が、心の中に得られたなら、どんなに素敵だろうかと思うと同時に、やっぱり、失う恐さを裏腹に抱えるのかも知れないな、とも思います。(怠慢な日常の中では、忘れてしまいがちな恐怖)
失うことを恐れるコトほど、愚かな感情もないと、少し、思いはするのだけれど・・。
(失う前から失うことを恐れる感情。得てもいないのに失うコトを恐れる感情)
それが未熟な人間の感情なのかも知れません。
魂の友達。ソウルメイトって、心の奥底、他のどんな友達にも話さないことを話し、通じ合える相手のコトをいうのだとしたら、こういう関係ってそうなのかしら・・・。と、思う。この頃。
そんな人と出会えているのだとしたら、それだけで私の人生は素晴らしいのかも知れない。
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