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私は戦争を知らない。メディアの向こうや教科書の中、物語での出来事のように感じていた。けれど、戦争のもたらすものが、人々の喜びではない事を知っている。
今、身近にある戦争。それも、画面の向こうの出来事。けれど、同じ星に生きる人々の争い。国により生活の差はあるけれど、それをただすための行動を根拠に罪のない人を殺してもいい、一方的に攻撃をしかけても良いという理由にはならない。
アメリカのイラク攻撃。それに対する疑問は多い。
国連の査察を行う中、ゆっくりではあるし表面的かも知れないけれど、査察に応じる姿勢のある国に対して、なぜそうまでして戦争を急がなくてはならないのか?気候が戦争に向かなくなるから・・。そんな事だけで、人々の生活を急速におびやかすようなことをしていいと思えるのか?
世界の警察と自己評価する国が、国連を無視し、自国の都合のいいような解釈を言い訳に一方的な武力の行使を正当化できるだろうか?
メディアを通した演説での呼びかけや、他国の票を取るための外交でなく、どうして当の本人ともっと非公開にでも話しあう、説得を繰り返すという初歩的な努力は行われないのだろう?人間の盾や反戦、肯戦のデモを起こす人々でさえ、有利な票のひとつくらいにしか受け止めず、一人ひとりの望む声を聞いてはいないんじゃないか?結局、国と国の戦いの犠牲になるのは国民の一人ひとりなのに、その犠牲を生むきっかけを作る本人達は、顔を突き合わせて話すこともないなんて、おかしくないだろうか?
してもいない戦争の後の事を早々考え、戦争を起こすことによって得られる自国の利益を、あたかも復興のためと正当化して、それは侵略と思われてもおかしくないようなことをしてはいないだろうか?結局は石油を思うがままにしたいだけでは?世界中に基地を置きたい、そのコマを増やしたいだけではないだろうか?
本当に各国民の犠牲を少なくしたいと思うなら、攻撃の他に方法は考えられるのではないだろうか?湾岸戦争の時の傷跡だって、人々にまだ影を落としているというのに、すっかりあの戦争も自分たちの功績のひとつと片付いた過去にしていないだろうか?9・11ばかりが終わらない過去のようにいうけれど・・・。
自国民ばかり守ることに注力するから、軍事資金がかさみ「安全に攻撃できる機械」なるものを生みだす。自分たちだけが安全なだけで、攻撃の性能があがったところで、犠牲者を少なくするということに意味はない。犠牲者は、あってはならないものなのだから・・。
テロ支援国家だと、確証のないまま断言し武力まで行使するその思い込み。大量破壊兵器の脅威というけれど、アメリカの行使しようとしている武力、アメリカの持つ兵器や武器は脅威ではないと言い切れるその姿勢の方が恐いのでは?国連の制止も無視する国家が、今後その武器をどのように使うとも、大統領の権限に関わっているとすれば、ブッシュはある意味「独裁者」にだってなり得るのではないだろうか?神の名の元に戦争を正当化する人間に、私はロクなやつはいないと思う・・・。
日本の北にある半島に住む独裁者もまた、私たちの想像では及ばないくらいの考えを持つ人物のようだけれど、戦争は誰のためのものにもならない。
誰かその事を、国を背負って立つ人間に教えてやってくれ、と思う。
神が存在するのならば、自分の名の元に人を殺してもいいなんてことを誤りだと教えてやってもらいたい。
人間というのは欲深い生物だと思う。知恵をつけたばっかりに、それを欲のためにつかいすぎて誰かをおとしめることまで考えつく。向上のための欲なら構わないが、向上を言い訳にした貪欲なだけの行為は感心しない。
どうすれば「平和」を手に入れられるのだろう?
いつの世も争いは絶えないと言われるけれど、「平和」って、とても難しいものだとは思うけれど・・・。少なくとも、一方的な正義をかざして尊い人の命を奪うことは、許されてはならないと思う。
だから、私はささやかだけれど、戦争には反対の意を表します。
戦争反対。No more WAR.
miyako.
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