戦争反対

〜 あれから1年が経って 〜

 2003年春。日本では穏やかな陽気がやってくる頃、海の向こう側では戦争の火蓋が切られた。アメリカの一方的な「思い込み」と強引な「大義名分」によって。
それから1年。今になっても「大量破壊兵器」は出てこない。それどころか、当のアメリカはその言葉すら忘れた風だ。
それに変わってよく持ち出される言葉「人民の解放のため」という大義でさえも、現状のどこがソレに向かっているのか?と思わざるを得ない。
治安も統治もない、不安定な社会の中で、仕事もなく、毎日をどう生き延びるか?外出して、いかに生きて家へ辿り着くか? いつも死と隣り合わせの生活が続く今を、誰が望んでいたというのだろう。
人々の命を奪い、安全な日々を奪い、未来への希望を奪い、明日への期待さえ奪っているのではないのか?

一方的な攻撃により、戦う術も、身を守る術も持たない人々の安全な明日をおびやかすこと、それ自体が一番の罪だ。
今も、「誰がテロリストかわからない」なんて恐がりながら、戦争と言うテロの片棒を担がされた兵士達が罪もない人を殺める。自らを守るため、恐怖をぬぐい去るため、自分に架せられた任務の真意さえ見失い始め、きっと命の重ささえ見失っているだろう。

イラクの国民も、アメリカの兵士も、きっと、個々には「早く治安の安定した国への復興を」と願っているに違いないのに、互いにいら立ちや恐怖を覚え、意味のない死を作り出している。
そんな火の粉の降りかかる中、我が国の人々も派遣された。

劣化ウラン弾の影響があるかも知れない。テロに見舞われるかも知れない。いつ、どんな危険にさらされて、命を落とすともわからない。
そんな状況の中だけれど、今だからこそ、人々の信頼を得られる国民に成り得て欲しいと願う。
あっちにもこっちにも、いい顔をした八方美人だと言われるかも知れない。
だけど、やっぱり究極には同じ「人」なのだもの。
安心して暮らせる環境が欲しい、生活をする場が欲しい、仕事が欲しい、その対価を得て家族を守りたい・・・。人として生きる上で、望むことは理解できるハズ。そして、それを得るための手助けだって、きっともっと出来るハズ。

私には、平和を望むことのほか、何といって出来ないけれど、祈り続けること、願い続けること、忘れないでいるから。
天の意思に届けばいいと思う。

誰かの意思によって他の誰かの人生を奪うことなど、あってはならないのだから。この星の上に生まれた人々の、あるべき生活が他の誰かの手によって、おびやかされる事のない世になるように・・・。
今も、願い続けています。

戦争反対。No more WAR.

2004.3.16 miyako.

one years ago...