Military

関連リンク

コンクリート船 武智丸

2006年の5月4日、ゴールデンウィークの旅行で中国方面を旅したおりに、広島県 安浦町の安浦漁港の防波堤として再利用されている、コンクリート製輸送船「武智丸」を見学しました。

安浦には、鳥取から広島まで移動する途上に立ち寄りました。移動は列車で、三原から呉線の各駅停車。安浦で下車したあとは徒歩で15分程。カメラや着替えを収めたカートをごろごろ引きながら歩いていくと、やがてそれっぽい防波堤が見えてきます。

武智丸型のコンクリート貨物船は、太平洋戦争中の鋼材不足、船舶不足を補う為に建造されました。

船体規模に対して鋼材の使用量が少なく、工場の設備が簡便でよい上に、船体の耐久性が高く破損時の修理も容易といった利点があった反面、排水量に対する船殻重量の割合が高く経済性に劣ること、水密性の確保が困難といった欠点があったそうです。

鉄鉱石をほとんど輸入に頼っていた反面、セメントは国内で比較的簡単に調達できた日本にとって、コンクリート船の戦時量産を事前に研究、準備を進めていれば、あるいは船腹不足を解消する一つの手段となり得たかもしれませんが、コンクリート船の建造が計画されたのが昭和18年ではあまりに遅すぎたと言えるでしょう。

終戦時、武智丸型は3隻が竣工したのみ。第三武智丸は触雷沈没、残った2隻が紆余曲折の末、安浦漁港の防波堤として設置されたとのことです。

戦時急造船ということで、もっと粗雑な船かと思ったのですが、船体は思ったよりしっかりとしているようで、きちんと原形を留めています。

ただ、海底の地盤が軟弱な為か、国道側の第一武智丸は船首側が沈下しているようです。船体の外洋側にはテトラポットが積まれ、船首側には灯火標識が。また、船体上にも手摺り付きの通路や看板が設けられるなど、きちんと維持管理がされている様子に好感が持てました。

船倉には水が溜まっており、中には魚も泳いでいます。おそらく防波堤としたときに(揺動されても困るので)船倉の水密を破って海水が入るようにしたのではないかと思います。甲板上には開口部も多いので、船体を見学される方は、くれぐれも事故を起こさぬように気を付けてください。

船楼の内部には土砂が堆積している部分もあり、草まで生えているのには驚かされました。

船として現役の頃は、露天甲板にはチーク材がしかれていたのでしょうが、今はすっかり吹き抜けになっています。残されたコンクリートの構造材が、神殿の遺跡を思わせます。

船体構造は、基本的に鉄筋コンクリートだそうで、コンクリートが破砕されて鉄筋が露出している部分があります。一部、これは木芯か? と思われる部分もありました。

また、コンクリート船とは言いつつも、水密性の確保と強度補助の為に没水部や船首は鋼板で被覆されていたそうで、船首部のそれは実際に確認することができます。

コンクリートの型枠の跡や、打ち継ぎの跡なども確認でき、土木業の知識のある人が見れば、ある程度工法や建造手順を把握できるのではないでしょうか?

何のかんので、二時間近く、船体のあちこちを見てまわりました。第二次大戦当時の我が国の艦艇、船舶は、そのほとんどが喪われてしまいましたが、とりわけユニークなコンクリート船の船体を、今もこうして見学できるのは非常に喜ばしいことです。船体の維持管理に尽力されている関係者の方々に敬意を表すると共に、今後も長くこのフネを守り続けてほしいものだと思いました。