Military

「海軍司令部壕」見学

「海軍司令部壕」入り口

2009年の1月末、不況のせいで降って湧いてきた休みを使って、嘉手納に展開中のF-22見物の為に沖縄を訪れました。

前日、嘉手納基地海軍基地を見ることができましたので、沖縄旅行最終日の31日は、まずは海軍司令部壕を訪れることにしました。

海軍司令部壕は小禄飛行場(現在の那覇空港)を望む防空壕跡です。ここには海軍部隊が陣を張っていたのですが、沖縄戦の渦中で南部へ撤退する陸軍と合流することができず、結果的に海軍部隊はここで孤立。司令官の大田実海軍中将以下、多数の将兵が戦死、あるいは自決しました。

かの有名な「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の電報が発信された場所としても知られており、壕内の案内でも、そのことが大きく扱われています。

海軍慰霊之塔

丘の頂が資料館と入り口になっており、見学はそこから。また、隣接して海軍慰霊之塔もありますので、まずは手を合わせておきます。

慰霊塔には沖縄戦に参加した海軍部隊、艦艇が書き連ねられています。そんな訳で、天一号作戦で出撃した「大和」以下の艦艇の名が見られる訳ですが(あくまで参加艦であって、沈没艦ではないんで、「雪風」や「冬月」の名もあります)、不勉強なことに「迅鯨」が沖縄戦に参加していたことは知りませんでした(昭和19年に沖縄近海で撃沈されたようです)。

海軍慰霊之塔に刻まれた、参加部隊、艦艇の一覧

資料館をひと巡りした後、長めの階段で壕内へと降りてゆきます。

壕は素堀のトンネル。各所、公開にあたってそれなりに改修されているようですが(特に床面は整備し直した様子が伺えて、きちんと平らなコンクリート鋪です)、壁面には当時の碍子が残されていたりして、過去を偲ばせます。

発電機を設置していたくぼみや、太田司令官の執務室、作戦室といった施設も公開されています。ここで何人もの将兵が自決したことを考えると…。写真を撮りながら、手を合わさずにはおれませんでした。