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「山本五十六記念館」見学記

2006年3月26日、休日を利用して長岡市の山本五十六記念館を訪ねました。

長岡市は太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官であった山本五十六提督の出身地で、

館内には、山本提督が戦死したおりに搭乗していた一式陸上攻撃機の主翼を中心に、提督の手紙や愛用の品々が展示されており、小規模ながらも海軍の歴史に興味のある人には見逃せない展示施設となっています。

明るく冗談好きな人柄で知られた提督ですが、尊敬するベンジャミン・フランクリンにちなんで自分の勉強用のノートを不乱苦林と銘々したり、自分の描いた水彩画に多か能五十六(1)とサインしていたり、幼少の頃から努力の中でもユーモアを失わない人だったようです。

一式陸攻の主翼は、外翼部。ジャングルに墜落した際に破損したのか翼端はもぎ取られ、前縁にも凹みがあります。高温多湿のブーゲンビル島で長期間屋外に放置されていた割には腐食の程度はさほどでない様子で、塗装もしっかりと残っています。

なお、記念館の向かいには公園もあり、山本提督の胸像(霞ヶ浦の航空隊にあったものだそうです)や復元された生家も展示されています。

生家の中は自由に見学させてもらえますので、長岡を訪れた人のは是非とも見て欲しいポイントのひとつです。

1:多か能五十六

山本五十六提督は高野家の六男で、幼少の頃の姓名は高野五十六

1915年に長岡藩の家老で戊申戦争後廃絶とされていた山本家を相続、山本姓となった。