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星に触れる男、はやぶさPM・川口教授 登場

2010年の11月28日、東京新宿のロフトプラスワンで行われたトークライブ「ロケットまつり42〜星に触れる男、はやぶさPM・川口教授 登場〜」に行ってきました!

この日のチケットは基本的に前売り。前回の「ロケットまつり」での先行販売、ローソンチケットでの販売があり、その他に若干ですが当日券も発券されたようです。

私はローソンチケットでの購入。整理番号は102番。…ううむ、これはちょっと微妙な番号な気が…。販売開始に出遅れてしまったんで、かなり後ろの方で並ぶ羽目になるんじゃなかろうか…。

現地に到着すると、まずはロフトプラスワン店頭で整列開始時間を確認。その後は近くのマクドナルドで友人と合流。お土産をやりとりしたりしながら、まったりと時間をつぶします。陽もおちてあたりがすっかり暗くなった頃、頃合い良しと見て店を出てロフトの前へ。

既にボチボチと人が出始めています。スタッフの誘導で、順次整列開始。やはり私の順番はかなり後ろの方で…。

いつもなら、地下二階の入り口から並び始めるのですが、この日はあまりの参加者の多さもあってか、前の道路で順番待ち。行き交う人から浴びせられる好奇の視線が痛い(笑)。入場開始時間までしばらく待った後、先頭の方から数十人単位でぞろぞろと移動が始まりました。

階段を下り、ロフトプラスワンの入り口でPOSシステムの管理用タグを受け取ります。

店内はいつもとはかなり様子が違います。机を取っ払って、椅子のみにした状態。どうやら、限界一杯まで入場希望者を受け入れようと、こうした体制になったようです。

それでも演壇前方の一等地は既に先行入場者で一杯。私は通路脇のモニタ正面の席に着きました。出演者を直には見られませんが、通路脇なので多少スペースに余裕ができますし、お手洗いや買い物にもスムーズに行けるだろうという戦略です。

その後も入場者は続き、ロフトプラスワンの店内は一杯の状況に。とりあえずドリンクは注文しましたけど、机がないのでフード類を食べるのはかなり苦しい(苦笑)。結局、この日はトークに夢中だったこともあり、あまり飲み食いはできませんでした…。

まずは松浦さん、続いてあさりさんと笹本さんが入場。そして川口教授が入場。ゲストの入場時に拍手があるのはいつものことだけど、今回はそれに加えて大きな声援が。うお、すげぇ。

トークは宇宙作家クラブの三人が、いつ頃川口教授と知り合ったかという話題からスタート。研究室の本棚に「1・2の三四郎」のマンガがあった、とかで笑いを取りながら話が進んで行きます。

で、この辺であさりさんの誕生日祝いに、「はやぶさ」のイトカワ着陸を再現したケーキが登場。

おお、凄く良く出来ている。写真には写っていないけど、イオンエンジンまで再現されているという完成度の高いケーキです。

松浦さんからは、今日のトークにあたっては特に準備してきてないのだけど、川口先生の来歴と宇宙開発のトピックを箇条書きした文書がプロジェクタで投影されます。

松浦氏「二歳でスプートニク、四歳でルナ2号、小学校に上がる前にガガーリン」「小学校6年くらいから中学校にかけてはもう最盛期ですね」

ここで川口先生から「『おおすみ』忘れてる」という冷静なツッコミが入り、会場爆笑。

川口先生としては「スカイラブ」はつまらなかったそうで、「バイキング」や「パイオニア」が良かったそう。「地球周りは飛んで当たり前」ということで、遠くに行くということが原点にあったとのこと。自動制御、誘導制御への興味が強かったそうです。

「バイキング」は35年前に軟着陸を成功させましたし、着陸機は地球との直接交信をやっている。傑作だ、とおっしゃっていました。

そして、話題は川口先生が入られた頃の宇宙研の様子を経て、「はやぶさ」の最適化の話へ。

「はやぶさ」の場合は、探査機の開発が進んで重量がはっきりしてくると、キックモータの推進薬を削りだして重量を最適化(笑)するようなことまでやっていたそうです。事前に、バイトを突っ込んで切削できる部分を用意していたとのことですが、そこまでやるか…。

ちなみに「はやぶさ」打ち上げに使用された巨大キックモータであるKM-V2は、「はやぶさ」に最適化されて設計されたものですが、これを使って打ち上げると三段目まででペイロードを衛星軌道には乗せられない(1)ことになります。

ここから話はM-Vロケットへ。4号機で打ち上げに失敗したにもかかわらず、5号機では二段目のモーターケースを金属製からカーボン複合材とし、推力偏向装置を変更した新型。三段目は平行部を延長して推力を増強した新型。キックモータも専用設計。「失敗したロケットの次に新型ロケットを打つ」「横に棒を引いて『テスト機なし』って書いてある」(会場爆笑)。ちなみに、一段目も4号機での失敗を受けてノズルの構造を変更しています(笑)。

よくM-Vは専用設計の高価なロケットだと言われますが、単位質量当たりの打ち上げコストでいけばM-Vは高くないとのこと。んでもって「あかつき」「イカロス」の打ち上げに関して、ちょっと大きな声で言えないような話題が。「念のために言っておくとH-ⅡAは良いロケットです」(会場爆笑)「全てのロケットが全ての用途に最適な訳はないんです」

んでもってM-Vの画像紹介をはさんで、話は川口先生の大学院時代の話題に戻り、ハレー彗星探査のが立ち上がりから、理学と工学の関わりの話へ。

M-ⅢSと宇宙研黄金時代。的川40本たばこ事件。小惑星サンプルリターン研究会。ホールスラスタの話などを経て、話題はMUSES-A「ひてん」へ。

エアロブレーキングの実験が「打ち上げの二、三ヶ月に」追加されたという話に司会陣は唖然、会場は爆笑。

「ひてん」の月スイングバイや、「かぐや」の軌道投入の話に関連して川口先生より「無人探査機は急ぐ必要がない」「急がないことが大事」という言葉が。このへんの考え方が、「はやぶさ」にも関わってくることなんでしょうね。

そして小天体探査の話へ。アメリカと共同で検討を始めた話。「アメリカの小天体探査って、はっきり言えばみんな我々が知恵をつけたんです」

スターダスト計画や、小惑星ランデブー計画の話を経て、小惑星サンプルリターンの実施に向けて走り始めたきっかけについて。川口先生「我々しかそういう所に目を向けてなかった筈なんんですが、JPLに飛んでって実際に研究を始めると、いつの間にかアメリカの計画になってる」、あさり先生「完全にジャイアンですな」、川口先生「『はやぶさ』やろうと思ったのはその研究会の時ですよね。癪にさわるから(笑)

「勧進帳だったんです」「『のぞみ』の時も意地だったけど、コレも意地だったんです。アイディアだけ盗られてこれで終わる訳にはいかない」

そして川口先生、会議の席上でイオンエンジンを使って小惑星まで往復してサンプルリターンをやる、って言っちゃったそうです。今は笑い話みたいになってますけど、当時は悔しかったんでしょうね。ちなみにこの頃、イオンエンジンを使った軌道計算なんてもちろんやっていなかったとのこと(概算でイケるとは考えていたそうですが)。

M-ⅢS 8号機の失敗の話。DASHの失敗の話。やはり失敗の経験は後に生きてくるとのこと。

「はやぶさ」計画が走り始めたあたりで、トークライブの前半終了。休憩時間となりました。この間に物販がありまして、私は開田先生のイラストカードと、「はやぶさ」イラスト入りのタンブラーを購入しました。物販は好評だったようで、じきに売り切れとなったようです。早めに並んでおいてよかった…。

後半は、「はやぶさ」の初期案(帰還時の初期加速を行う為に、低圧燃焼式の個体ロケットモータを搭載)の話題からスタート。

MUSES-C計画の立ち上がり。松浦氏「そういう意味では『はやぶさ』ってのは上杉、川口、二代の工学ミッションと呼んでもいいのかも」

ちょっと話が飛んで「イカロス」の話へ。若いチームがやっている計画は良いですね、と川口先生の弁。

チームの年代の話からプロジェクトの15年ってのは長いよね、という話へ。あさり氏「というわけで、その始まった年の秋に『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まったんです」(会場爆笑)

初期案の「はやぶさ」って、目標天体が「イトカワ」じゃなった(2)のでアンテナの取り付け角度と太陽電池パドルの角度が違っていたり、今とはかなり形が違っていたようです。

「はやぶさ」は打ち上げ後にイオンエンジンで加速を続けた後、地球スイングバイで「イトカワ」に向かいましたが、これは目標が「1989ML」から「1998 SF36」に変更されたことで能力的に足りない分を補うために行われたとのこと。「1989ML」へは、打ち上げ後にイオンエンジンで直接向かう軌道が検討されていたそうです。

「はやぶさ」はM-Vロケット4号機の事故で、(ローンチウィンドウの制約から)計画が大幅に延期される可能性もあったのですが、こうした工夫で目標天体の変更が可能になったとのこと。川口先生としては、計画が大幅に延期されることでNASAが後追いで小惑星探査機を計画することを恐れたとのことでした。

でもって、「はやぶさ」の地球スイングバイとローンチウィンドウの話題。「はやぶさ」は複数のウィンドウが用意されていた訳ですが、結局スケジュール的に押されて、後の方のウィンドウを使うことになったそうです。

地上試験中のイオンエンジンA(打ち上げ後に不調で、まともに運転できなかった奴ですね)のケーブルの焼損や、レーザーレンジファインダーの開発の遅れなど、いろいろとあったようです。

レーザーレンジファインダーの遅れは深刻で、温度サイクルがかかると精度が出なかったとのこと。担当エンジニアは改修を行いたかったようですが、川口先生は現状での打ち上げを決断したそうです。「何が何でもこの温度を守れって制御をかけた。文字通りの『温存』」(会場爆笑)。

他の機器が電力不足に喘いでるときにレーザーレンジファインダーだけはヒーターで温度を維持していたのですが、その甲斐あってか「イトカワ」ではズバリの精度を発揮してくれたとのこと。開発段階の苦労を知っていただけに、レンジファインダー無しでの着陸プランも検討されていたとのことですが、さすが宇宙研は用意周到です。

で、川口先生から日本の宇宙機の設計で遅れている部分は熱設計だ、とのお話。NASAの探査機なんかは機器の温度を有効利用していて、電力の利用効率が「はやぶさ」よりずっと高い。イオンエンジンにしても潤沢に電力を供給できる、とのこと。

同様、通信系も大きく遅れを取っている部分で、川口先生曰く「話にならない」「根本的な問題は機会が少ない」「十年に一回上がるかどうかの惑星探査機に技術は動員できませんよ」これは何とかしなければならないと思っているとのこと。

終始穏やかだった川口先生も、(多分、お酒が入っていたこともあるんだろうけど)この辺は強い口調で改善の必要性を訴えていました。やはり、実地でNASAとの大きな差を痛感されていたのでしょうね。

この辺のお話を聞きながら私が思ったのは「あ〜、『はやぶさ』ってマジ『』だったんだなぁ」ってこと。

基礎技術面では遅れを取りながらも、軽量設計と高性能なエンジン、機体に熟練した少数精鋭の運用者が巧みに使いこなして成果を上げたところとか。その熟練者が散逸した時にどうなるか、ってのも歴史が教えている訳で。

ホント、このまま「帰還できた。世界初だ。万歳」で終わっちゃったらいけないんでしょうね。しかし、今の政治家や官僚で、その辺のことを理解している人がどれくらいいるかと考えると、何とも暗い気分に…。

時間も押してきたところで、話題は「はやぶさ2」へ。

川口先生は強調していたことは「『はやぶさ2』ってのは初めて本格的なサイエンスをする探査機。『はやぶさ』は技術実証機ですから」

技術的な確立無しにサイエンスだけを進めていくと破綻する、と。そのことが理解されていない、と。

ここであさり先生がボケを。「と言うわけで、『はやぶさ』と『はやぶさ2』の違いというのは、『はやぶさ』が紫色で、『はやぶさ2』は赤いんです」(会場爆笑)

川口先生、キョトンとされていましたから、きっと「エヴァンゲリオン」をご存じないんでしょうね。

次のチャレンジとしては、ソーラー電力セイルを是非とも推進したいとのこと。目標はトロヤ群小惑星。「太陽系の冷凍庫」とも言えるそれらの小惑星を探査することで、生命の起源へと迫りたいそうです。そこにはタンパク質があるかもしれない。そういう所へ行ってみたい、と。

そういう所にある小惑星にランデブーするためには、太陽から遠く離れた場所でイオンエンジンを駆動できるだけの電力を確保しなければいけない。(太陽からのエネルギーが少ない)木星近傍では地球周辺の25倍もの面積の太陽電池がいる。そのために、「IKAROS」でテストされているソーラー電力セイルの技術が必要だ、とのこと。

そして話は「イカロス」誕生秘話に。このあたりになると、川口先生もかなり酔いがまわってこられたのか、些かろれつも怪しくなってきましたが、それでも語りの内容はしっかりとしていて。会場からは何度も笑いが出ながらも、皆さん聞き入っていました。

最後は会場からのQ&Aへ。秋の『』さんのコスプレに関してや、カプセル分離後の最後の撮影に関しての質問などが出ていました。

話題は二転三転しましたが、結局、「はやぶさ」飛行中の話に至らなかったのは流石「ロケットまつり」と言いましょうか(笑)。またの機会があれば、是非ともその辺りのお話をということで閉会。拍手。楽しい3時間でした。またの機会には、是非とも私も聞きに来たいです。

1:三段目まででペイロードを衛星軌道には乗せられない

三段式のM-Vロケットのカタログデータ上の地球周回軌道投入能力は1.85トン。KM-V2の質量は3.3トンあり、探査機をあわせると約4トンで能力をオーバーしてしまう。

「はやぶさ」の場合、三段目はハワイの手前あたりに落として、地球周回軌道には入らず、KM-V2で惑星間軌道に直接投入された。

2:目標天体が「イトカワ」じゃなった

小惑星サンプルリターンの初期検討が始まった当初の目標はアンテロス。

MUSES-Cの検討が本格化した際の目標はネレウスで、その後ロケットの能力的にネレウス到達が困難なことから「1989ML」に変更された。

しかし、M-Vロケット4号機の事故に伴う打ち上げの延期で「1989ML」へも向かうことができなくなり、最終的に「1998 SF36」が目的地として選定。「はやぶさ」打ち上げ後に「イトカワ」と命名された。