最後の木橋・一新橋
三条市中心部を流れる五十嵐川には、多数の橋が架かっております。
その中でも、三条市の一の木戸地区と北新保地区を結ぶ一新橋は、1952年に架橋されて以来50年以上の長永きに渡り、三条の街並みと五十嵐川の流れを見続けてきました。この橋は、現在では珍しくなった木橋。かつては他にも木橋が架かっていたのですが、田島橋の架け替え以後は、木橋としてただ1つの存在となっていました。

(2005年7月13日12時頃、昭栄大橋右岸より一新橋方向を望む)
数々の風雪や水害などにも耐えてきた一新橋だったのですが、とうとうその終わりがやってきました。
2005年7月13日。前日から激しく降り続いた雨は記録的な豪雨となり、五十嵐川は濁流と化し、水位は堤防を乗り越える寸前まで上昇。そして、三条市曲渕地内の堤防が決壊し、三条市街南部は濁流に呑み込まれてしまいました。後に『7・13水害』と言われた大水害です。一新橋は流失こそしなかったものの、激しい水の流れで橋が変形し、一時は自動車が通れなくなりました。その後、10月23日の中越大震災の影響もあり、老朽化と相まって傷みが目立ってきたのです。
一方、7・13水害を契機に、三条市街地では蛇行し幅が狭くなり、水害の被害を大きくした状況を改善するため、河川改修が実施されることとなりました。河川改修では、流路の直線化や堤防の改修に伴い、多くの家が立ち退きを迫られる他、支障となる一新橋、嵐川橋、御蔵橋、常盤橋の4つの橋が架け替えられることとなりました。
河川改修では、用地買収による大規模な立ち退きなどが必要となるので、着工まで時間が掛かります。しかし、一新橋の場合、その用地買収が必要ない上に、老朽化という現実がありました。そのため、一新橋の架け替えは、この架け替え対象の4つの中で真っ先に着手されることになったのです。
架け替えは2005年4月に開始。撤去工事の後、2005年10〜11月に歩行者・自転車用の仮歩道橋の設置工事をします。10月からは並行して橋の本体工事が始まり、2007年5月に完成の後、6月には供用開始するスケジュールとなっております。
このコンテンツでは、一新橋の最期の姿と、撤去工事等の様子、そして7・13水害の様子なども取り上げたいと思います。
※その他は、進捗状況に応じ順次追加致します。
★画像は、他のコンテンツより若干大きめにしております。
参考:『ケンオードットコム』