大黒山(だいこくやま)
Since 2006/04/08
Last updated on 2009/02/19
■ まえがき
東部工業団地(相生市)の東側にそびえている山です。標高は264.7mで隣接する五六見山(ごろみやま:292.9m)より低いのですが、写真家の浅井慎平氏が桜の咲いている山麓の色合いを絶賛したことで知られ、相生市内での知名度は五六見山より上でしょう(写真A〜E)。
江戸時代、大黒山の東にある野瀬は丸亀藩領で、西側の相生湾沿岸部(鰯浜、葛ヶ浜など)は赤穂藩領でした。相生市史(第2巻482ページ)によると、延宝5年(1677)の境界論争の際、赤穂側が幕府に提出した応永10年(1403)の古証文には、両藩の境界は「猪師(いじし)、大黒、金ヶ崎の山の峰を通し、君島を限る」と記されていたそうです。このことから、大黒山が600年以上前から使われていた名前だと分かります。なお野瀬が相生村(当時)に編入されたのは明治22年(1889)です。
【追記 2009/02/19】 「猪師(いじし)」は、相生市史第6巻付図12の「相生市水系図」に「猪獅子北川」と「猪獅子川」と表記されている2つの川に挟まれた標高約210bのピークと推測されます。しかしこのピークは、大黒と金ヶ崎の中間にあり、上記古証文に記された峰々が、北から南へ順番に並べられていると考えると、位置が違います。
(写真はクリックすると大きくなります。)
■ 登山ルート
賀茂神社から尾根伝いに登るコースと、いったん五六見山に登り、そこからから縦走するコースがあります。五六見山へは、野瀬から水晶山を直登する「直登コース」や、「野瀬・尼谷古道」、あるいは御津山脈縦走路を使って登れます。
賀茂神社の登山口は同神社の裏手にあります。奥の古墳のところから境内の外へ出ると写真Gのようなトタン張りの小屋があります。この小屋の脇(山側)が登山口です。数十b水平に進んでから登りにかかります。
水晶山直登口は野瀬集落の南の端の外れにあります(写真H)。耕作放棄された農地の縁に沿ってしばらく進み、小屋の手前で小さな流れを越えて山に入ります(写真I)。水晶山は岩石がむき出しになった、ちょっとした岩場のようなところです。写真Jは直登口から見上げた水晶山です。
野瀬・尼谷古道はその昔、野瀬の人たちが尼谷へ農作業に行くときなどに使っていた生活道路でした。雨水でかなり浸蝕されています。砂防ダムの工事に使われた簡易舗装道路がダムの下まで続いているので、そちらを利用した方が歩きやすいでしょう。ダムの下流部まで登ってから対岸へ渡り、そこから上は古道を使います。工事用道路は、倒木などの障害物が無ければ、単車や軽自動車で走れます。
所要時間は、直登口から水晶山直下までの登りが約20分、水晶山から五六見山までが約10分、五六見山から大黒山までが約10分、大黒山から賀茂神社までの下りが約30分でした。

■ 頂上と眺望
大黒山の頂上は高さ1〜2mの岩が点在し、ちょっとしたロックガーデンのような雰囲気です。地形図で見ると、眼下に相生湾が広がり眺望が良さそうですが、現状は立木が視界を邪魔していてあまり見えません。
五六見山頂上は、樹木がだいぶ切られて、室津港や金ヶ崎が見えるようになっています(写真L〜M)。
水晶山からは、野瀬奥山や野瀬集落がよく見えます(写真N〜O)。写真Oには直登口や賀茂神社も写っています。
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