ゴードン・スミスが見た壺根 1904年
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 「ゴードン・スミスのニッポン仰天日記」という書物があります。1993年に小学館から発行されたもので、翻訳は荒俣宏氏と大橋悦子氏。荒俣氏は解説も書いています。同日記の明治37(1904)年6月28日分に、当時の「
壺根(相生市)」の様子が3枚の鮮明な写真とともに記録されています。その部分を抜粋して下欄にご紹介します。

 ゴードン・スミス氏は英国の資産家/博物学者で、神戸を拠点に日本の各地で珍しい生物を収集して大英博物館へ送っていました。鉄道で神戸から相生(当時の那波駅)まで来て、那波港で自前の蒸気船スノウフレイク号に乗り込んで、家島や小豆島あたりへ出かけてはえなわ漁≠竍底引き網漁≠したことが書いてあります。壺根へはその行き来の際に立ち寄ったのでしょう。

 この年1904年は日露戦争のさなかで、日本は英国と軍事同盟(日英同盟)を結んでいました。スミス氏は英国人だったので、このような活動が許されたのでしょう。写真は明治時代に行われていた手彩色写真のようです。

 なお、山陽鉄道の那波駅(現在のJR相生駅)が開業したのは1890(明治23)年。相生に造船所(播磨船渠株式会社)が出来るのは日記の日付から3年後の1907(明治40)年です。

 また同書には、次のように印刷されたしおり≠ェ挟み込まれています。

 
《お願い》

 本書にはゴードン・スミスの撮影した貴重な写真が多数掲載されています。本書中の写真にお知り合いの方(ご親族など)が写っていましたらご一報ください。特定できました場合は、小社より記念品をお送り致します。

<宛先> 〒101−01 東京都千代田区一ツ橋2−3−1
       (株)小学館第10編集部内 ゴードン・スミス事務局 


 
● 6月28日 火曜日 忙しい1日になりそうで、朝とても早く起きた。まず、丘の上の村にのぼり、お気に入りのサコシ湾の風景を眺めた。ツボネから見えるその景色はイギリスのホーリー島のようだ。さっそく子どもたちに写真を撮ってあげるという約束を果たすため、ツボネにもどった。この3年間、私はここを訪れては彼らの写真を撮り続けている。みないちばん上等の着物を着てきたので、私はきれいに撮ってあげると約束した。この3枚の写真がそのときのものだ。

 彼らはツボネではけっして小ぎれいな者たちとは言えないが、正直で、親切で、働き者で、そして貧しい。いつも、彼らなりに考えて私の喜びそうな食べ物を用意してくれる。暮らすとしたら、私の知っているたくさんのどのコミュニティーよりも、ここがいいと思う。 


 「キシモト」家の兄弟の妻と赤ん坊、従姉妹たち


 壺根のべっぴんさん


 壺根で一番の木と「キシモト」家の人

 

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