生き様にこだわる?
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 朝日新聞に、天野祐吉さん執筆の「CM天気図」という人気コラムあります。その10月16日号を読んで、うれしくなりました。嫌いな言葉の双璧(そうへき)は「生き様」と「こだわり」だ≠ニ書いてあったからです。「そのとおり!」と、ひとり快哉を叫びました。(同コラムの全文を下に添付します。)

 私にとって「こだわり」は、合理的な判断を妨げる一種の「偏見」です。「生き様」は他人の視線を意識した「居直り」の表現です。「そんなに片意地を張らずに、もっと肩の力を抜いて、おだやかに、淡々と生活したら楽なのに」と思ってしまいます。ちかごろ世の中が殺伐としているのも、「生き様にこだわる人」が増えたからではないか(?)とさえ感じます。

 妻に同意を求めたら、「あなた、自分のことをタナに上げて、何を言っているの。自戒のつもりなら、分からないことはないけれど」と返されました。

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CM天気図……天野祐吉   生き様にこだわる?   朝日新聞(2007/10/16 朝刊)

 食べ物の好き嫌いはないが、言葉の好き嫌いはかなりある。嫌いな言葉の双璧(そうへき)は「生き様」と「こだわり」だ。

 「死に様」とは言っても、「生き様」なんて昔は言わなかった。「死に様」というのは、その「ざま」が「ざまあみろ」の「ざま」であるように、あまりホメられた死に方ではないときに使うのがふつうである。が、どうも「生き様」のほうは、カッコいい生き方みたいなイメージに使われることが多いようで、自分で自分に酔っているようなひとりよがりな美意識が、どうも好きになれない。

 それでも、「生きざま」はCMにめったに出てこないからいいけれど、「こだわり」のほうはやたら現れる。「味にこだわる」とか「こだわりラーメン」とか「こだわりつづけて何十年」とか、いやもう「こだわり」の大行進だ。

 「こだわる」とは、「心が何かにとらわれて自由に考えることができない」ことである。あるいは「気にしなくてもいいようなことを気にする」ことだ。「気にしなくてもいいようなことを気にしたラーメン」なんて食べたいと思わないが、そんなマイナスのイメージを、あえて「軽視されがちなところを重視する」というプラスのイメージに転化することで、新しい刺激をつくり出そうという作戦なんだろうか。

 ま、言葉は生き物だし、意味がゆれ動くこともあっていい。げんに「鳥肌が立つ」という言葉は、いまは感動したときにも使う人が増えた。が、この「こだわる」の場合は「生き様」と同じで、やはりぼくは好きになれない。

 「鳥肌の立つ」ような人ならいいけれど、「生き様にこだわる」ような人とは、できることならお近づきになりたくないんだよね。  (コラムニスト)

   


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