子供にナイフを持たせよう
Since 2001/07/31


 7月22日の日本経済新聞で見かけた、「失敗から学ぶ創造性」という論説をご紹介します(下欄に全文を添付しています)

 全体の論旨は特に目新しいとは思いません。しかし、北海道の獣医、竹田津実さんの、「小さい子供になるべく早くナイフを持たせることが必要」という主張が引用されている点が気に入りました。

 私は竹田津さんのご意見に大賛成です。でも、大半の日本人、特に教育委員会筋の偉い人などは、たぶん大反対だろうと思います(違いますか?)。ですからご紹介する意義があると考えました。

 この40年間、日本では、ナイフに代表される「危険なもの」を、子供から遠ざける教育が行われてきました。バイクの「3ナイ運動」が典型例です。「君子危うきに近寄らず」 もいいけれど、それ一辺倒では、リスク(危険)を承知で新しいことに挑戦する人が減り、社会の活力が失われるのは自明です。一方で、「危険なもの」に対する免疫力なしに大人になったひとたちが、たやすく犯罪に巻き込まれています。それが今の日本だと思います。

 いい若い者が、株式投資でさえ「バクチと同じ危ないこと」と見ています。自分が株式会社の従業員であることを棚に上げて。そんな状態で401Kの導入など笑止です。

 危険なものをそれなりに使いこなす(リスクをコントロールする)知恵や技能は、個人が社会生活を送るうえで必須の能力であり、教育の大きなテーマだと思います。

 

失敗から学ぶ創造性   論説主幹 小島 明

 日本経済新聞(2001年7月22日)より

 「失敗は学ぶべきものの宝庫なのに、現実の日本は、失敗をプラスにする姿勢を失い、失敗の再生産をやっている」 「負けに不思議の負けはなし。不思議の勝ちはあっても、負けには必ず理由がある。敗因の分析こそ肝心」

 「失敗学のすすめ」の著者である畑村洋太郎東京大学名誉教授と作家の水木楊さんが月刊誌「公研」で面白い議論をしている。

 北海道で獣医をしている竹田津実さんは「小さい子供になるべく早くナイフを持たせることが必要だ」と主張している。当然、自分でナイフを使い鉛筆を削ったりして指を切る。それが大切なのだと同氏は説く。

 血が出て痛い。他人も同じように痛いんだろうと体験から子供は実感する。いまの教育では子供からナイフをとりあげてしまう。中学、高校になって勝手に危険性を知らずにナイフを使い出すと、力があるから指を切り落としてしまう。あるいは、それによる結果も分からず、他人を刺してしまったりする。

 「失敗学」の畑村さんは「失敗することを決して否定的にとらえてはならない。教育現場で真に求められるのは、正しい知識の伝達もさることながら、失敗を恐れずに伝えるべき知識を体感・実感させることである。本当の意味で身について使える知識はそうした体感・実感なしにはマスターできない」と強調する。

 米国で成功したベンチャー起業家の多くは一度か二度、事業に失敗しているという。雇う側も、失敗体験のある人を差別せず、むしろ評価する。失敗したのはリスクに挑戦した結果であり、また失敗体験から多くのことを学びとったに違いないと期待するからである。

 今になってみれば全くのパロディーだとしか言いようがないが、一時、官僚、とりわけ大蔵官僚の間に「無謬性(むびゅうせい)」という言葉があった。

 優秀な官僚による行政判断に誤りがあるはずがない、ということだった。しかし、実態は、誤っても誤りと認めず、反省もせず責任もとらないということでしかなかった。結果として、最初の小さな誤りがどんどん拡大再生産された。80年代後半のバブル景気とその崩壊後の銀行不良債権の処理における不始末などがこの典型例である。失敗から学ばないばかりか、失敗そのものを認めなかった大蔵省は分割され財務省に改変された。

 実際、このバブルとそれに続く10年に及ぶ日本経済の大停滞は、戦後の世界の経済政策、および銀行経営の歴史において、ほかに例がないような大失敗だった。われわれは、いまだにその大失敗を本気で総括していない。したがってあまり学んでもいない。

 日本は昔から、失敗をおそれて、それを隠蔽(いんぺい)し、リスクへの挑戦に背を向けてばかりいた社会ではない。NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」は、失敗から学び、それを乗り越えて飛躍した先人たちがたくさんいたことを教えてくれる。ただ、視聴者が受けた感動の大きさは、現代社会に失敗から学ぶ意欲が弱まっている現実を投影したものかもしれない。

 畑村さんは失敗を生かす仕組みとして、企業のバランスシートの負債の項目に「潜在失敗」なるものを加えて会計処理を行ってはどうかと提言している。

 万一、失敗が生じたときの損害の程度を予測し、この総額に失敗の発生確率を乗じて、含み損として示す。それにより、失敗に対して否定的なこれまでの日本の企業風土を変えていくのが狙いだという。失敗を恐れず失敗から学ぶことの必要性は、企業だけでなく公的機関も同様である。

 失敗は、新たな創造行為の第一歩だというのが同氏の確信であり、失敗情報の収集、発信、伝達、実体験とコンサルティング、さらには失敗学の研究のために「失敗博物館」なるものを提唱してもいる。

 失敗をおそれて行動しようとしないのでは、目先の小さな失敗は避けられるが、企業もさらには社会全体も活力を喪失し、創造性もなくす。それこそが最大の失敗につながる。

 思えば高度成長のキャッチアップ時代は、失敗を先進国にまかせっぱなしの時代だった。



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