野生と向き合う
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 神戸新聞は週1回日曜日に、「新兵庫人」と題して、各方面で活躍する兵庫県ゆかりの人々を紹介している。最新第24部のテーマは「命の恵み」。その最終回(野生と向き合う)には、野生のシカやイノシシの肉に携わる先人たちが登場する。

 私も、自分が食べる肉を野生のシカやイノシシで賄いたいと考えている一人だ。それで、同記事は今後の「よすが」になりそうなので、下に書き留めておく。

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新兵庫人 第24部 命の恵み  C野生と向き合う
(2011年3月27日の神戸新聞から抜粋)

 
過酷な冬が生む肉質


 雪の残る但馬の山中に分け入って、吉井あゆみ(46)=朝来市=が猟銃を構える。この道20年余り。職業として「猟師」を名乗る女性は、全国で数人しかいないという。

「過酷な冬を生き抜く獣ほど、脂肪の質が良くて、さらりとしている。肉の本当のおいしさがそこにある」

 但馬牛が人の手で磨き抜かれた至高の家畜ブランドなら、ボタンの花に例えられる猪(しし)肉は、自然がもたらす恵みそのものだろう。

 獲物を求めて京都府、鳥取県にも足を延ばす吉井。尾根付近は積雪2メートル以上になる銀世界だ。かんじきを着けた自らの脚力だけが頼りとなる。

 「イノシシの反撃を間一髪でよけ、雪の山肌を滑落したこともある。生半可では獲物は手に入らない」。気さくな人柄。それでいて、野生と向き合う緊張感が、言葉の端々からにじみ出る。

 山に親しむ日々だが、生まれ育ったのは大阪府豊中市。小学生の頃から、週末に猟に出る父の後を追った。専門学校卒業後、ペット犬の繁殖を手掛けた。

 そのうちに、「自給自足的な田舎暮らし」への思いが抑え難くなり、20代半ば、意を決して父の猟仲間がいた朝来市へ移住。修業を重ね、今ではほぼ、顧客の注文通りの獲物を仕留められるまでになった。

 「ボリュームたっぷりのロース」「骨付きで丸ごと調理できる当歳猪(とうさいじし)(その年に生まれたイノシシ)」…。肉は地元の卸業者に出すほか、大阪の居酒屋など約10軒の得意先を持つ。

 そんな吉井の懸念は、近年の野生動物の行動だ。増えすぎた鹿による食害が深刻化し、山中にいる熊も食べ物を求めて人里へ出没するようになった。

 山の生き物たちに何が起きているか。そこで見直されているのが、熟練狩猟者の知識と技術だ。一年中、獣の通り道を観察し、餌であるドングリやヤマイモの植生を調べる。その地に居着く個体の雌雄や大きさ、太り具合までが分かる。

 しかし、狩猟者は過疎化や高齢化で年々、減っている。肉の価格は下がり、もうけを出すには、獲物の解体や運搬をほとんど一人でこなさねばならず、相当な重労働だ。

 「だけど、私は好きな山に関わり続けたい。この仕事は、命の一部始終を受け止めることができるから」。自宅裏の作業場で、山から運び出して間もないイノシシが、静かに目を閉じていた。手を添える吉井のまなざしに、ぶれはない。

 多様な自然が息づく兵庫。人の暮らしと野生のバランスを保ちつつ、地域活性化につなごうとする挑戦が、あちこちで始まっている。(敬称略)

柔らか発想 資源有効活用 

食通うならせ、健康志向に応え

 昨年暮れ。東京・渋谷の有名フランス料理店で鹿肉のローストやソテーがテーブルに乗った。試食したシェフは、うま味、柔らかさ、臭みのなさを評価した。「掛け値なしに、この肉の質は高い」

 素材を出したのは、丹波市氷上町の会社「丹波姫もみじ」。鹿を専門に食肉用に処理する県内初の施設だ。

 「特産品としてアピールしたい」と、5年前、元丹波市職員の柳川瀬(やながわせ)正夫(61)が、懇意の企業経営者前川進吉(62)らと設立した。

 建設会社の事務所兼車庫を改造した作業場で、数人が解体作業に励む。内蔵や皮を取り除いて熟成後、手際よく切り分ける。品質を保つため真空包装する。

 柳川瀬は公務員時代、長く農林行政に携わった。有害駆除された鹿が産業廃棄物にされる様子に疑問を抱いてきた。「食べられるはずなのになぜ、有効活用できないのか」

 資金を出し合い、冷凍庫やスライス機、ミンチ機などをそろえた。自ら厳しい衛生基準を課し、消費者が生産履歴をたどれるよう、個体ごとに識別番号を付けている。

 原動力となったのは、地元の肉を「丹波鹿」としてブランドにするという夢だ。

 体重30〜50キロの1頭から、食用に取れる肉はせいぜい3分の1ほど。ロースやモモなど良い値で売れる部位はさらに、ごく一部にすぎない。

 柳川瀬はスジや骨、皮に至るまで余さず使う仕組みを兵庫でつくり上げる構想を練る。あらゆる部位を使ってソーセージやハム、皮を使った美容用品、ドッグフード…。各地の業者と組んだ事業が動きだしている。「市場化への挑戦は、肉に続いて第2幕に入った」

 欧州では、狩猟で捕獲された野生の鳥獣肉を「ジビエ」と呼び、珍重する。国内では一部の食通の間で通じる言葉だったが、今、広がりつつあるのは、野生の鹿による食害の深刻化が背景にある。

 「食害は鹿たちの人間に対する『反乱』でもある。だけど、発想を変えれば、ものすごく価値の高い資源になる」

 兵庫県森林動物研究センター(丹波市青垣町)主任研究員の横山真弓(43)は、鹿肉の再評価を訴える。

 家畜にはない栄養バランスを持った健康的な食材。牛肉の3分の1程度のカロリーで鶏のささ身と同等の高タンパク質、そして鉄分やミネラルはレバーや貝並みという。

 実際、牛や豚の肉が敬遠される場面もある。例えば、胃もたれする肉を嫌って、お年寄りはタンパク質欠乏症に陥りやすい。介護施設などでは、入居者の肥満を防ぐため肉を控えるところもある。

 「そこに鹿肉を生かせないだろうか」。柔らかな女性の発想が、誰も考えなかった分野に及び、新たな需要を生み出そうとしている。

 東京出身の横山が鹿と出会ったのは、北海道大農学部へ進学したときだ。大型動物を研究対象に選ぶ女子学生は皆無といわれた時代に、食害が問題になり始めていたエゾジカをテーマに選んだ。

 そんな横山に、兵庫との縁が訪れたのは2001年。野生動物を管理する欧米の手法の導入を検討していた県の人材募集に応じ、県立人と自然の博物館(三田市)に赴任した。

 07年には、新設された森林動物研究センターへ。そこを事務局とするのが「ニホンジカ有効活用研究会」だ。猟師の吉井あゆみ、丹波姫もみじの柳川瀬らも加わっている。横山は、商品開発に知恵を絞る県内の飲食店や流通業者、団体の輪に入り、衛生指針作りにも携わってきた。

 「魚は天然物がもてはやされるが、野生の獣はなぜか敬遠される。安心して食べられるよう、さまざまな誤解や不安に科学的に応えたい。研究成果は現場に届けてこそ生きる」。その信念は固い。

 「丹波鹿ロース肉のロティ(ローストの意味)」「丹波産仔(こ)イノシシのホホ肉」…。

 神戸市中央区、神戸ポートピアホテル最上階のフランス料理店「アラン・シャペル」で昨年12月から今年2月まで、兵庫のジビエ料理がメニューに名を連ねた。鹿肉はもちろん、丹波姫もみじの商品だ。

 低温でじっくり焼いた表面に県内産のハチミツを塗り、スパイス類を混ぜたパン粉をまぶす。スジの部分を赤ワインで煮詰めたソースが付く。世界最高峰のフランス料理人を選ぶ「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」で入賞経験のある料理長の佐々木康二(やすじ)(44)が腕を振るう。「鹿肉と聞いて尻込みする人もいるけれど、この味を知ってもらいたい」

 30年前の開業時からレストランを支える元料理長の小久江(おぐえ)次郎(63)も「食通や健康志向のお客さんにお薦め」と話す。

 最高の食材を最高の技術で提供する。素材が神戸ビーフでも、ジビエでも料理人の精神は揺るぎない。

 小久江には、戦後の食糧難で卵1個も満足に食べられなかった記憶がある。料理の世界で実績を挙げた今、各分野で優れた技術や技能を持つ「神戸マイスター」の一人として、地元の中学校などで講演している。

 「農家や流通に携わる人の苦労や、自然の有り難さを子どもたちに伝えたい」

 誕生から終焉(しゅうえん)までの食の営みを知る。それは、命の恵みを問い直すことにほかならない。(敬称略)

(経済部・内田尚典)


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