「連合赤軍化」する現代日本
Since 2012/02/13 


 今月、2012年2月は「あさま山荘事件」からちょうど40年にあたる。朝日新聞は2月5日の「ニュースの本棚」で「連合赤軍」を取り上げていた。執筆は右翼の論客として知られた鈴木邦男氏。

 同氏はまとめとして、「閉鎖的、排外主義的で、人の話を聞かず、異なる存在を許さず、感情的に罵倒し、小さな同一性だけを守ろうとする社会。まさに現代は、『連合赤軍化する日本』ではないか」と書いている。

 この主張には私も同感だが、鈴木氏の言う「連合赤軍化」とは、「あさま山荘事件」よりも、榛名山や迦葉山で仲間12人をリンチ殺人した、いわゆる「山岳アジト事件」を起こした連合赤軍に似てきたという意味だろう。

 連合赤軍というと、マスコミでは「あさま山荘事件」ばかりが取り上げられるが、犯人たちと同世代を生きてきた私にとっては、「山岳アジト事件」の方がよほど衝撃的だった。

 当時私は民間企業の研究所に勤務する入社2年目のサラリーマン。「あさま山荘事件」がテレビで生中継されているとき職場では、「○○主任研究員の息子さんがあの中にいるらしい」との噂が流れた。当の主任研究員はそれを否定せず気丈に、「(生きて)中にいてくれたら嬉しいが、おそらく迦葉山あたりに埋められているだろう」と言っておられた。その予想は当たっていた。

 鈴木氏に「こういう事は革命前夜には、いくらでもあったのか」と書かせたのは、たぶんドストエフスキーの小説「悪霊」だろう。そこに登場するロシアの若き革命家たちも、連合赤軍と同様に、根拠のないな理由で同志をリンチして殺し、池に沈める。日本でも、共産党の元委員長宮本顯治氏は非合法活動時代の1933年、仲間を拷問死させた容疑で逮捕され、1944年に無期懲役判決を受けている。

 同新聞の記事を受けて、「乳癌になって」というブログの筆者は、日本の社会が「連合赤軍化」した原因について、「ボーダーライン化する日本」という一文をものし、人間関係をつくる能力が幼児期のままフリーズしている(発達障害とかアスペルガーと呼ばれる?)人々が増えているからだと指摘。そしてその原因は「しつけ」という名の「虐待」教育にあると結論づけている。この主張はある程度理解できる。同じ筆者が別のところで書いているように私も、この種の人たちに接すると「可哀想な生いたち」を連想してしまう。

 しかし「虐待教育」だけでなく、「違い」を撲滅(抹殺?)しようとするする「画一化教育」も関係がありそうだし、アスペルガー気質は後天的なものばかりではないような気もする。

 「連合赤軍化」する日本でどう生きていくか。私は私なりの考えがあるが、それをここで開陳して賛同を得たり啓蒙しようとは思わない。ヒトは一人一人違うんだ。私にもアスペルガーの気(け)がある。

 下に朝日新聞の記事と「ボーダーライン化する日本」の全文を添付する。




あさま山荘事件から40年 「連合赤軍化」する現代日本
評論家 鈴木邦男 ( 朝日新聞 2012/02/05 「ニュースの本棚」より)

 あの事件で左翼は終わった。「革命を夢見ること」は「犯罪だ」と断罪された。それが警察、マスコミ、国民の「総括」だった。では、あの事件をただ忘れたらいいのか。「革命」を取り上げられた、その後の若者は幸せだったのか。あの事件の謎を解くために、あの事件から教訓を得るために、膨大な本が次々と出ている。

 最高幹部として死刑判決を受けた永田洋子の『十六の墓標』は第一級の歴史的資料だが、反省と懺悔(ざんげ)ばかりが目について、つらい。だったら何故あんなことをやったんだ、と叫びたくなる。

 『あさま山荘1972(上下)』(渓流社・各1937円)を書いた坂口弘(死刑判決が確定)は森恒夫、永田洋子に次ぐ幹部だが、粛清を止められなかった。高橋檀(まゆみ)は『語られざる連合赤軍』(渓流社・1890円)でこんな分析をしている。

 「坂口の、自分の思考を言葉で表現することの苦手な、朴訥(ぼくとつ)な性格を考えれば、永田が森の表現力に気持ちを動かされたことは何となく納得できるのです。表現力というより、状況を素早く言語化してその場の雰囲気をリードしていく森の特性に永田は憧れを感じたのかもしれません」

 極限状態で、森だけが〈言葉〉を持っていたのだ。懲役20年の刑に服して出所した植垣康博は、さらに「森は人の欠点を見つける天才だった」と言う。そこまで見通せる植垣にしても、一兵士としては反対できない。たた彼の『兵士たちの連合赤軍』は、幹部ではなく兵士だからこそ見える事件の本質を衝(つ)いている。植垣はまた、革命運動に入った時の夢や理想や楽しさについても書いている。

 皆真面目すぎた

 「外からの目」としては米国の社会学者P・スタインホフの『死へのイデオロギー』がある。ドラッグではなく「革命的イデオロギー」でハイになった若者たちを描写し、こう言う。「われわれ全員が、連合赤軍事件のような悲劇の、被害者にも加害者にもなりうるのである」

 そういう事件だった。不思議なことに、途中で山から脱走した人たちは誰も手記を公刊していない。「自分こそが正しかったんだ!」と大声で言えるはずなのに。それよりも、革命運動から脱落したと疚(やま)しさを感じているのか。そう考えると、皆真面目すぎたのだ。

 あるいは、こういう事は革命前夜には、いくらでもあったのか。ロシア革命、中国革命は成功したから、その前の「不幸な犠牲」として悼まれる。しかし日本では革命が成らず、陰惨な事件だけが強調される。

 山平重樹『連合赤軍物語 紅炎(プロミネンス)』(徳間文庫・720円)は、距離感を持って書かれている分、全体像が見える。山平は右派学生運動出身であり、「かつての敵」を、だが「同じ時代」を闘った者として描く。

 夢も希望も愛も

 40年前は、ただの「悪」だったし「犯罪」だった。だが、その中には、革命への夢も希望もあった。愛もあった。〈全て〉があった。それが極端に走ったが故の悲劇だった。若松孝二が映画「実録・連合赤軍」を撮ったのも、山本直樹がマンガ『レッド』(5巻まで刊行中、講談社・各1000〜1010円)を描いたのも、そこにひかれたからだろう。

 しかし今、それらは忘れられ、「負の遺産」だけが受け継がれている。閉鎖的、排外主義的で、人の話を聞かず、異なる存在を許さず、感情的に罵倒し、小さな同一性だけを守ろうとする社会。まさに現代は、「連合赤軍化する日本」ではないか。

すずき・くにお 43年生まれ。新右翼団体「一水会」顧問。『愛国と憂国と売国』など。



ボーダーライン化する日本  (ブログ乳癌になってより)

先日朝日新聞に、17歳の高校生が
自分たちの気に入らないものは攻撃してかまわないという現代日本の風潮について
意見を投稿されてましたが、
そのことについて、精神分析をかじった人間、
そして今まさに攻撃されている立場の人間としてとしていろいろと書いてみました。

ところが、その翌日
再び朝日新聞の書評に、これとよく似た書評が・・・・・
数冊の「連合赤軍」関連の本を紹介した後
異なる存在をゆるさず、感情的に罵倒し、小さな同一性を守ろうとする現代日本の傾向をみていると
どうも日本全体が連合赤軍化し始めているのではないか・・・・・という懸念を示されていました。

こういう困った人間が現れると
すぐに今の社会が悪いということになるのですけど
では、そういう社会の中に生まれて、
きちんと人間として育っていく人間がいるのはなぜですかと
いつも不思議に思うのです。

私は、連合赤軍についても
やはり幼児のままでフリーズしてしまった人間たちの起こした事件だったのではないかと
思っています。

無力な赤ちゃんのころに何らかの理由で十分な愛情や保護が与えられず
人格や社会性がフリーズした状態で身体だけが大きくなってしまう。
そして本来与えられるべき愛情や庇護を受けられなかったため
人間や社会に対して、激しい怒りや憎悪、疎外感といった感情を持った人間。

そしてなにより、こういう人たちは多様性を受け入れることができません。

それは多くの場合、
一番最初に出会う「母」「父」という存在でつまずいてしまっているからです。

人間は、生れてまず母という存在に出会い
深い愛情を注がれ母との一者関係を体験します。
この母との一者関係が十分に体験されてはじめて
次に「父」という次の段階へ進みます。父との二者関係です。
そして、この二つの段階を体験したあと周囲の人間へ関係をどんどん広げていって
多様な価値観に触れ、それを受け入れられるようになるのです。

そして、関係を広げるために重要なのは
子供に注がれる深い愛情です。
深い愛情を感じられる環境が整ってはじめて
子供は安心して関係を深め、世界をどんどん広げていけるのです。

ボーダーラインの場合、
一番最初の母親の段階でつまずいていることになります。

私は、よど号ハイジャック事件や浅間山荘事件のあと
一連の事件を起こした犯人たちの実家を一軒一軒訪ねた
朝日新聞・中国版の記事を、なぜかよく覚えています。

ある犯人は
近所でも大変厳しい躾で育てられたことで有名だったそうです。
毎晩のように父が犯人を棒で殴る音が近所中に聞こえていたらしい。
その父が膝の上に載せた手をぎゅっと握りしめて
「あれだけ厳しく育てたのに。なんであんなことを・・・」といって唇をかんだ
といったような・・・・・

これ、どう読んでも虐待ですよね。

連合赤軍のメンバーの生い立ちを調べていったら
たぶん虐待を受けて育ったか、なんらかの厳しい家庭環境で育っていて
社会や人間に対して、激しい疎外感や怒りの感情を持った人々だったのではないか。
そういう不幸な成育環境が、
人間の成長を止めてしまっているのではないかと思うのです。

虐待ですよね。虐待・・・・

虐待にもいろいろあって
一般的にイメージされる痣ができる、血が流れる、骨が折れる、煙草のやけど跡といったような
わかりやすいものから育児放棄(ネグレスト)・・・・いろいろですね。

最近は、「しつけ」「早期教育」という名の虐待も注目されるようになってきた。

私は、「親の宗教ぐるい」も虐待のひとつだと思ってます。
宗教にのめり込んで、子供が見えてないんです。
子供に向き合えないから、宗教にのめり込むと言う場合もありますね。
いえ、社会に適応できないから宗教にのめり込むんですね。

私の中学時代の友達は、ある有名な宗教で家族が崩壊しました。
その友達は今カルト宗教を転々としています。

そうそう、オウム真理教などカルト宗教に入る人たちを観察していると
「ああ、この人ボーダーだなぁ。」って人多いです。
ホントに多い!

激しい怒りを持った連中があつまるとどうなるか。
オウム真理教の事件とか連合赤軍の事件をみるとよくわかります。
そっくりでしょ。

そうだっ!ナチもですよね。
ヒットラーも激しい怒りの感情を持った人ですね。映像を見るとよくわかります。
彼もまた、幼いころ親からすさまじい虐待を受けて育った人なんです。

そういえばプロテスタントをつくったカルビン、ルターも
虐待を受けて育った人だって知ってました?

ドイツ人かぁ・・・・・(わざとらしく (^^ゞ

ドイツ人と言えば、以前読んだ本で北欧の教育学者が
「ドイツ人は健全に生まれた人間を、わざわざ精神病者にする教育をする」と
書いてましたっけ。
「魂の殺人」を書いたアリス・ミラーも
「どうして我々ドイツ民族はこうなのか」ってドイツ民族全般に行われている躾について
疑問をなげかけるようなことを書いてましたっけ・・・・

そういえば・・・
日本は勤勉なドイツをに習おうとして
戦前から「ドイツ人の躾」を熱心に取りいれてきましたよね。

美智子さまも教育学者の意見を取り入れられ、
皇太子さまを育てる時にとりいれられたとか。

私は、幼い皇太子さまをポツンと部屋で一人にしておくというのが
躾にどう役に立つのか、よくわかりません。
幼い皇太子さまが、どれほどの恐怖と孤独をあじわれたか・・・・・

実は日本中がそうだったのです。流行だった!
戦後日本を復興させるため、勤勉なドイツ人を見習えと!

そう!結局私が言いたいのは

戦前戦後を通じて流行した
ドイツだけでなく西洋から入ってきた恐ろしい育児法・躾によって
日本がボーダーライン化したってことなんです。
 
恐ろしい育児法。躾の流行なんです。 
そして、それに自信のない母親たちが飛びついた!


     あ〜ぁ、しんどっ!
     途中から投げやりになってしまいました。   m(__)m


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