ウツギ(空木)
Since 2004/05/23


 材が中空(管状)になっているので「空木」の名がつきました。旧暦4月(卯月)に咲くことから、ウノハナ(卯の花)とも呼ばれます。小学唱歌「夏は来ぬ」で ♪♪うーのはなーの匂ふ垣根に〜♪♪ と歌われている花です。材は大変堅くて、木釘として重用されるそうです。

 「奥の細道」に「卯の花に兼房見ゆる白髪かな」という句があります。芭蕉ではなく、弟子の曽良が平泉で詠んだものです。

 「兼房」は増尾十郎兼房。源義経の妻の幼少よりの世話係だった老人です。姫のため、老体に鞭打って義経の奥州下りに同行します。衣川の戦いでは、妻子とともに自害した義経の最後を見届けたあと、屋敷に火を放ち、寄せ手の大将・長崎太郎兄弟を道連れに、みずから炎の中に身を投じて果てたと伝えられています。

 曽良が彼の地(奥州平泉)を訪れたのは義経が没してからちょうど500年後。咲き乱れる卯の花に兼房の白髪を見たのでしょう。そして、芭蕉に同行して奥州を行く我が身を、義経に従ってここまで来た兼房に重ね合わせていたのかもしれません。

 下の写真は、相生市の東部墓園入口近くの道ばたで撮ったものです。この場所は「塞の神(さえのかみ)」と呼ばれ、昔から相生(おお)と外界との境界でした。付近に斎場や墓地が多く、あの世とこの世の境目のような峠道。そこに兼房の卯の花が咲いている。などと考えながらシャッターを切りました。3枚目の写真は、義経自害のとき、仁王立ちになって敵を防ぎ、無数の弓矢を受け、長刀を杖に立ったまま絶命(立ち往生)したという弁慶に見えないでしょうか? 撮影日は2004年5月18日です。 

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