猫の図書館☆サティのおすすめ本


 目次

猫本にはをつけています。

  『クロスファイア 上・下』宮部みゆき 光文社 1998,10 各\819+税 

  『ガダラの豚』中島らも 集英社 文庫1\500 2\580 3\520 1996

  『へるもんじゃなし』島村洋子 双葉社 1998.10 ¥1400+税

  『屍鬼』小野不由美 新潮社 1998,10 上¥2200+税 下¥2500+税 

  『新宿鮫』大沢在昌 光文社文庫 1997,8 ¥590+税

『皇国の守護者 1・2』佐藤大輔 中央公論社 1998,6 各¥800+税

『おんな舟』白石一郎 講談社 1997,11

  『理由』宮部みゆき 朝日新聞社 1998,5 \1800+税

『猫写!』新美敬子 WAVE出版 1997,10 \1800+税

『闇の掟』澤田ふじ子 廣済堂出版 1991,7 \1400

『天狗風』宮部みゆき 新人物往来社 1997,11 \1800+税


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1998年11月9日(月)

『クロスファイア 上・下』宮部みゆき 光文社 1998,10 各\819+税 

 超能力ものということで読み始めるまでに躊躇してしまった。が、いい意味で予想を裏切られた力作である。
 念ずるだけで発火現象を起こすことのできる女性が、その能力を抑えるために使っていた廃工場で無軌道な若者たちに一人の男性が殺されるところを目撃する。超能力を正義のために使うと決心していた彼女は装填された一丁の拳銃として正義の復讐を行うべく立ち上がる。
 連続焼殺事件を追う刑事、ガーディアンと名乗る謎の自警組織なども絡んで、単に超能力を持つ女性がその能力を持つが故の孤独を描いただけ……に終わっていないのがいい。発火能力をもっているからといってスーパーウーマンであるというわけではない。それにそんな超能力のない人間だって孤独な者もいる。そして、過去に捕らわれて孤独のまま生きていく者もあれば、機会を得て幸せになる者もいる。法律では罪を問われないが、心情的に許せない相手をどうするのか。復讐を完遂することが正義なのか、そんなことはなくてももう一度幸せをつかむことができるのか。
 いろいろと問いかけてくる作品である。

1998年11月2日(月)

『ガダラの豚』中島らも 集英社 文庫1\500 2\580 3\520 1996

 私は幽霊だの悪霊だのの出てくる物語が好きである。
 そういうものたちが存在するか否かはわからないが、いないと言いきる自信はないし、いると存在を証明することもできない。
 一つだけ私が言えるのは「実際には見たくない」ということだけである。いや、ま、見たいと思って見る人も少ないのだろうけど。それはともかく、これを読んでいるインターネットなもものけさんたちはこっちに来ないように! いや、そんなものがいるかどうかはわからないが念のため。
 いるかいないかはわからないが、どちらにしても物語として楽しむ分にはうまく描けていて怖い話のほうがいい。
 で、この『ガダラの豚』はその辺がうまい。作者はあるときは摩訶不思議な存在を描き出し、また次の章でそれはちょっとした技術があれば人間でも十分できることだ言って見せる。読者がなぁんだと安心した頃にまただけどそれだけじゃないとひらりひらりと話を進めていく。最後までひきつけられるように読んでしまった。
 でも、一つだけ疑問。結末がわかってしまってまだ読んでない人の興を削ぐようなことになっては申し訳ないので簡単に書くと……なんで蟻なの? 蟻よりゴキブリの方が嫌だ。ゴキブリは飛ぶ。一匹飛んでも大騒ぎなのに集団で飛ばれた日にはもうどうしていいやら解らなくなる。こっちの方が無気味だったと思うのだが。それに日本全国どこにでもいるし。

1998年10月25日(日)

『へるもんじゃなし』島村洋子 双葉社 1998.10 ¥1400+税

 なかなか元気の出てくるエッセイである。
 今月の言葉でも取り上げた「腐ってもバラ、たくさんあっても所詮かすみ草」は著者の家の家訓だそうだ。でもうちもかもしれない。つまり「派手」というのは誉め言葉なのである。ちょっと気合が入りすぎて悪目立ちするような格好でも目立たないぼーっとした格好よりはまし……と我が家でも考える。
 うんうんとうなずきながら読んでしまった。

1998年10月5日(月)

『屍鬼』小野不由美 新潮社 1998,10 上¥2200+税 下¥2500+税

 しばらく新刊が出ないなぁとさびしい思いをしていたら、やってくれました!
 3000枚だそうだ。400字詰め原稿用紙にして3000枚ということなのだろうが、それがどういう数字なのかは学校を卒業して以来原稿用紙ともご無沙汰している私にはぴんとこない。だが、上下の二段組でこの分厚さは長編であると実感として伝わってくる。
 物語は、とある田舎の町の片隅の地縁血縁が支えているような集落(住人たちは昔ながらに村と呼んでいる)を舞台としている。ある夏、その村で不可解な死人が出る。死者の数はだんだん増えていくが、暑い夏のことだし年寄りが体調を崩したかと住人たちは気がつかない。今年の夏は葬式が多いなぁと感じているくらいである。
 ただ、医者はそうではない。新種の疫病ではないかとなんとか調べようとする。だが、小野不由美の新刊なのだ。読者は、そして一部の登場人物もそれが疫病なんかではないことを知っている。そう、尋常でない何かが起こっているのだ。
 私はこの本を文字通り寝る間も惜しんで読んでしまった。もちろん、夜に読んでいたのだが、さほど怖いとは感じなかった。「怖い」というよりは怖さの向う側にある哀しさがしんと心に伝わってくる。多くのホラーが「モンスター」の正体を知ってしまえば解決するのにひきかえ、この物語はそこでは終わっていない。真実を知ったときどうするのか、それが問われている。

1998年9月27日(日)

『新宿鮫』大沢在昌 光文社文庫 1997,8 ¥590+税

 えー、何を今更と言われるむきもあろうことかと思うが、私はこのシリーズ未読だったのだ。で、ふと読み始めた。これが、なかなかおもしろい。ハードボイルドなのだが、主人公の倫理観は小市民の私にも十分理解できるものである。主人公が許せないとするものは、私だって許せないと思う。私の場合は、思うだけでそれ以上のことはなにもできないが……。だからこそ、主人公の活躍に期待もするし、主人公の危機にはらはらどきどきとなる。つまり感情移入できるのだ。
 しかし、これで36歳だって? うーん(苦笑)

1998年9月14日(月)

『皇国の守護者 1・2』佐藤大輔 中央公論社 1998,6 各¥800+税

 戦略シミュレーション小説と言うのだそうだ。
 人名地名から日本を思わせる「皇国」の北の島に帝政時代のロシアを思わせる「帝国」が侵攻をかけてきた。その最前線にいた新城中尉は剣牙虎(サーベルタイガー)の千早とともに僚友のため死力を尽くして殿軍をつとめることになる。
 剣牙虎や竜がいる世界。そして、国々が、人が、竜が<大協約>と呼ばれる規範を守っている世界である。
 この剣牙虎は猛獣だが、「猫」と呼ばれている。千早は新城の子猫なんだそうだ。それにしては随分と大きくて頼りになる猫だが。「猫の手も借りたい」という言葉があるが、これは猫を飼っている人には「どんなに忙しくても猫の手だけは借りたくない」と認識されているのではないだろうか。だから、「猫の手を借りる」というのは、もうどうしようもなくて、事態をぐちゃぐちゃにしてしまえば、いっそのこといいだろうなぁという自暴自棄な言葉なのだと思う。ところが、この剣牙虎はちゃーんと役に立っているのだ。千早がいなければ新城中尉は一巻で名誉の戦死をとげられたことだろう。そうして、私たちはこのおもしろい物語の続きを読むことができなかっただろう。千早に感謝である。
 戦略シミュレーションと言うだけあって随所に軍の編成図だの、どの部隊がどういう風に進軍したかの地図だの、装備だのの説明などがあるが、はっきり言って私にはその辺はよくわからない。
 だが、小説として読んでいておもしろかった。 つい、戦略シミュレーションゲームを買いにはしってしまったほどだ(笑)
 次の巻は11月25日発売予定だと帯に書いてあった。楽しみにしている。
 

1998年9月5日(土)

『おんな舟』白石一郎 講談社 1997,11

 「十時半睡事件帖」の最新刊である。
 福岡藩の総目付だった十時半睡は前巻『出世長屋』から江戸に呼ばれて福岡藩の江戸の総目付をしている。この巻では、江戸屋敷を出て江戸の町に屋敷を求めてそこに移り住み、もちろん福岡藩の江戸屋敷のことも描かれてはいるのだが、江戸の人々と交流をも描いている。
 さて、住み込みの女中であるお仙は、もうすっかり落ち着いて半睡にもなくてはならない人物となっている。そのお仙がやってきた野良猫親子を見るに見かねて餌を与えたところ一匹の仔猫だけが居ついてしまった。それに半睡がネーコと名づけて十時家の猫となったのである。
 母猫、兄弟猫は白黒ぶちなのにその猫は茶色の縞猫であるところや、家人による安易な名づけなど我が家のサティにそっくりである。
 この巻の最後では、半睡は大都会江戸を暮らしにくく感じ故郷福岡を懐かしく思っているが、半睡が去ってしまえば、お仙にしろネーコにしろどうなるのだろうか。もうしばらく半睡には江戸にいてもらいたいものである。

1998年5月20日(水)

『理由』宮部みゆき 朝日新聞社 1998,5 \1800+税

 高級高層マンションで人が落ちた。警察が駆けつけてみるとそのマンションの一室で居住者全員が殺害されていた。
 最後まで惹き付けられるようにして読んだ。
 本当のドキュメントなら殺害者なら殺害者がそこに至った理由だけを述べていることが多いが、これは物語である。事件に関わった人々が、なぜそこにいて、どう考えて行動したのかを事細かに積み上げていく。そこに重圧と言っていいほどの迫力を感じる。
 ドキュメント風な文体が真に迫っていて、実際にあった事件を取材したものかと思った。あわててあとがきを見ると実際の事件や人物、機関とは関わりない旨が記されていた。
 難を言えば、こういう物語だから仕方がないのだが、ちゃんと解決しているにも関わらずいわゆるハッピーエンドではない。読み終わってすっきりさわやかというわけにはいかない。暗いのである。それまで読んできた多くの登場人物たちのそれぞれの「理由」が重くのしかかってくるような気がした。

1998年3月16日(月)

『猫写!』新美敬子 WAVE出版 1997,10 \1800+税

 猫の写真の撮り方の本である。豊富な実例写真とそれぞれの写真を取るための注意が細かく書かれている。猫写真だけでなく、写真の撮り方の基本や撮った写真の後の楽しみ方までも解説されているので初心者にも親切である。各写真につけられているコメントが面白い。

1998年2月23日(月)

『闇の掟』澤田ふじ子 廣済堂出版 1991,7 \1400

 江戸時代の京都を舞台とした公事宿事件書留帳シリーズの第一巻である。
 主人公田村菊太郎は京都東町奉行所童心組頭田村次右衛門の長男として生まれながら、四歳下の弟に家督を継がせるために遊蕩し屋敷を出奔した男である。それが何年か経って田村家とも縁のある公事宿「鯉屋」に転がり込んで用心棒兼居候のような格好になっている。
 その鯉屋の女将さんの飼い猫が白猫のお百である。かなり年を経た雌猫らしい。
 お百は菊太郎が鯉屋に来る前は、女将さんの居間ばかりにいたのが菊太郎のいる離れの座敷に場所をうつした。それは菊太郎が食膳の魚を分け与えたり可愛がったりしたためだろうが、話が進むにつれ次第に菊太郎になついて行く様子が描かれていて楽しい。
 話自体は連作短編型の一種の捕物帖なのだが、お百以外にも登場人物が増えたり細部まで楽しめる。
 なお、このシリーズは『木戸の椿』『拷問蔵』『奈落の水』の4巻まで出ている。

1998年1月25日(日)

『天狗風』宮部みゆき 新人物往来社 1997,11 \1800+税

 数年前『火車』が話題になった頃、宮部みゆきを読んだ。『火車』と『龍は眠る』を読んで、宮部みゆきってたいしたことないじゃないかと思った。
 最近、時代小説を読むようになって宮部みゆきの時代物を数冊読んだ。
 宮部みゆきはたいしたことない作家ではない。面白い作品をたくさん書く「まったくたいした作家」なのだ!
 で、今回紹介する『天狗風』は彼女がずっと書き続けてきた時代物と超能力物の両方を兼ね備えた「霊験お初捕物控」の二巻目にあたる。一巻目の『震える岩』も時代物の楽しさとホラーの面白さがよく出ていたが、今回のはそれに加えて猫たちも活躍する。
 物語は江戸の町で若い娘が次々と神隠しに会う。神隠し自体はもののけの仕業らしく岡っ引き六蔵親分の妹で一膳飯屋「姉妹屋」の看板娘でもあり、そして普通ではみえないような物を見る力を持つお初がその謎を追う。それを助けるのがそのもののけを天狗と呼び、敵と見なす猫たちなのである。
 一方、事件はそれだけではすまなくて人の世のごたごたを六蔵親分たちが追う。

 今回の物語は一言で言うと「にゃんこ、がんばれ!」である。


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maher@sannet.ne.jp   11/09/98