薬害エイズに関して、新薬の開発の裏面


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(since:1.Aug.1996)

薬害エイズの問題は、製薬会社、医者、厚生省の役人のもたれあいのもと遅きに失した感があるが、出るべくして出てきた。

私はだれ?のコーナーで自己紹介したが、僕は、かって、ある製薬メーカーの研究所に勤めていた。 社内の都合で、19789年にかけて社運を賭けた大型新薬(セファロ系第3世代抗生物質)の臨床開発プロジェクトに動員され、新薬の申請業務に関わり し烈な新薬開発競争のただ中に身を置き、問題となっている製薬会社、厚生省、医者の悪の三位一体をつぶさに見る経験を持った。

今問題になっているエイズは、まさに僕がこの仕事に携わっている頃、発生していた事柄である。 抗生物質(化学療法)とエイズは隣接した分野であるので、エイズサーベイランス委員会に関係している先生方も、お名前を良く知っている方も多い。 そう言った意味で、僕が接触したあの時代のあの医療現場と、極めて類似した体質がエイズの医療現場にも当時あったと予想できる。

多分初めて知った方には、予想もできないことと思われるが、こんなことが公然と行われていた(いる?)日本の新薬開発の現状を知っていただいて、2度とこのような不幸が起こらぬことに役立てればと思う。

ただ最初に自己弁護かも知れないが、述べておきたい。かっての会社にも友人がおり、またその時世話になった気の置けないドクターもいる。 これら開発に関わっている、個々の人たちは全くの善人が多い。しかし、組織として動いたとき、資本主義の世の中ではどうしても資本の論理が優先し、個々の善意は隅に押しやられてしまい、総体としてはとんでもないことをやらかしているのである。
僕自身、あの時色々な不正を目の当たりにしたが、それらを糾す勇気は無かった。後述するが、せいぜい公文書偽造のケースカードの改竄作業をサボタージュするのが精一杯であった。

あの当時、自分を自己納得させていたのは、幸いにも、開発している薬は良い薬であり、耐性菌に苦しむ患者さんには福音になると思ったからである。(事実、そう言った症例も何例かあった。)

しかし、心底からは喜べる仕事では無かった。申請が終わり、出向が解け研究所に戻る、まさに引越し当日、それまでの精神的疲れから、身体に異変を来し入院するはめになった。

新薬の臨床開発は、公式にはフェーズ1(1)試験からフェーズ4(4相)試験まである。

1相試験では健康人を用いて、毒性の限界を見る。この試験には、日本では慣例的に開発研究者が「ボランティア」でやる(やらされる)ところが多い。

2相からは、いわゆる患者を使った臨床試験である。現在はインフォームドコンセントと言って患者の承諾を得るようになってきたらしい。

昔はこんなことは一切なし、医者の独断で投与されるた。しかし、そうしなかったことについて単純には批判できない面もある。薬は、いわゆる擬薬(プラシボ)効果と言って、心理的な暗示で効くことがあるからである。患者が新薬と知るとそれだけで効果が変わることも十分ありうるからである。

この段階はオープン症例と言って、できるだけ多くの症例を集めて有効性の範囲を探るわけである。あの当時、内科系で1例が5万円、尿路系で3万円の治験料であった。総件数で2〜3千件集めることになる。

ドクターお任せなので、必要な症例が集まるとは限らない。有効性を証明するためには複数の疾患で、それぞれある程度の数がいる。しかし、お任せなので、よくある症例は必要以上に集まる。

症例が集まっているからといって、実際は医者と製薬メーカーの力関係から、断れないので全部もらってくることになる。それらには無駄と分かっていても全部治験料は出す。これは、会社にとっては一種の合法的賄賂の意味合いもあるからである。ドクター側はやればやるだけ儲かることになる。(ひどい医者がいるもので、同じ症例を、患者名、日付けを代えて出してくるものもいた。あまりに症例が似ていたので気が付いたので、部長に指示を仰いだが、公にせず会社は知らないことで通したが全くいいかげんなものである。当時提携していた外資系の製薬会社ではブラックリストに載っていて、この先生は使わなかったとのこと。この先生は化療では一応名の通った大病院の産婦人科のドクターであった。当時のメモと記憶によると、このドクターには治験料として150万円、2報の原稿料として20万円支払った)

話は、少し前後するが、こういった臨床治験を取り仕きるのがいわゆる有力教授である。(エイズの安部教授がそれにあたる)

それぞれの、分野に何人かのボスがいるが、伝統的に東大閥が強い。同じ効き目でもボスをつかみ損ねる成るものもならない世界である。 このころ同じような薬で、基礎ではこちらのほうが、むしろ良く効いたのだが、ボスを間違えたために日本では承認されなかった抗生剤がある。この会社は、財閥系の大手化学会社であったが、薬業には新参者であった為、医薬業界でのしきたり知らず、在阪の公立医学部の教授をボスにしたために失敗したといわれている。 (優秀な薬で、アメリカでは承認された)

有力ボスには、当然日頃から何かと接触しておかねばならない。この辺の付き合いは我々下っ端には本当のところは分からないが、相当な投資がなされていることは疑う余地はない。 建設業と医薬業は、使途不明金の多い業界の双璧だが、一度その現実を垣間見た事がある。それは、年度末の数日、部長が、分厚い出金伝票にせっせと判子を押しているのを見ことがある。その出金伝票の項目には、ゴム印で全て特別研究費と押してあった。

厚生省中堅の役人から天下りであった気の良いこの部長は、「それは何ですか」と言う僕の問に、悪いものを見られたなという感じで「いや別に」と、あいまいにはぐらかしていたのを思い出す。こういったお金が何に使われたのかは想像に難くない。

(この部長は、僕が新入社員の時、最初に配属された研究室の主任で人の良い人であった。取り締まりになって臨床開発の責任者になっていたが、本人はあまり気の進まない仕事であったと思う。一度、一緒に出張したとき 昔の役人時代を懐かしく話していたときそう感じた。彼は、この仕事が一段落して数ヶ月後、接待旅行の後、糖尿性昏睡で50歳半ばで急死した。律義な研究者タイプの部長にはこの仕事は向いていなかった。ストレス性の戦死である。)

医薬品の開発には、このような臨床試験に入る前にパイロットスタディと言う闇の人体実験がある。 この段階で、有効性の見極めをつけるのである。驚くべきことだが、医者の責任においてやれば医薬品の承認が無いいかがわしい物でも何でも患者に投与できる。 医薬品の場合、実験室の開発段階では小動物(マウスが多い)を用いて有効物質のスクリーニングを行うが、生理活性には種類差がありねずみに効いたからといって必ず人間にも効くとは限らない。

だから、どうしても人間を使った実験がいるわけだが、上記のような正式な段階を踏んで試験していけば動物実験でもかなりな日数と数億単位の費用が要る。 そこでそう言った投資のリスクをできるだけ小さくするために、荒い安全性実験をしただけでこっそり実態実験をするわけである。 極初期段階では、極めて親密な協力医者にこっそり頼んでやる場合が多い(会社にはこういった医者が研究者の個人的なつながりで何人か持っている)。

その次の段階ぐらいには、いわゆるボスといわれる教授のところに持ち込んで、そこで患者を使ってパイロットスタディがやられる。 そこで良い感触が掴めれば、全国レベルの研究会が組織されるわけである。 表面上の組織者はこのボスではあるが、この研究会を実質的に動かすのは当然会社であることは言うまでもない。

医学の世界は面白いもので、しっかりとしたピラミッド型のヒエラルキーが成り立っている。 その大ボスから中ボス、小ボスと上下関係さえ間違わなければ、極めて仕事はシスティマティックにスムースに進む。

(抗がん剤で丸山ワクチンと言うのがあったが、開発者の丸山先生個人の経歴から正式な治験薬とならず認可されなかったというのはこのヒエラルキーに背いた面もある。 最も、僕も抗がん剤の開発の関わっていたのでこの丸山ワクチンとやらも調べてみたが、医薬品としての体裁はとっても成り立っていないので薬としては認可されないことに関しては当然だと思う。 しかし、あのころ認可された免疫療法剤と言うもののなかには、その有効性が極めて疑わしいものでもガン学会のボスであった為、認可されたものもある。
この薬は、有効性には厳しい欧米では相手にされていない代物であるが、効かない代わりに副作用も無いので国民皆保険のもとで大いに使われ単味の薬としては月商数十億の商品になった。 一旦権威ある所で、お墨付きをあたえると、有効性が否定されても、これをなかなか是正できないのがお役人仕事でしょうか。
いまだに高い薬価で局方に収載されているのは、エイズの対応と同じく厚生省の怠慢といわざるをえない。普通の商品では考えられぬことが公然とまかり通るのが医薬品業界である。
丸山さんに言わせれば、あれが薬になって俺のがなんで認められないんだといいたい気持ちは分かります。 しかし、僕に言わせればどちらもどちら擬薬効果以上には効かないことは同じ穴のむじなと思う)

大ボスの権威が如何に大きいかということについて、次のような例に遭遇した事がある。。 ある施設の治験効果が、無効症例ばかり続いたとき担当のドクターは自己規制して、自ら有効症例を増やし数字的にボスの施設の症例の平均値に持っていったことがある。

あの時感じたのは、余り悪い結果を出すとボスに盾突いたと思われる雰囲気があの世界にはあるということである。 だから、日本で新薬が、薬になるか否かはボス次第だともいえるわけである。

新薬の開発に成功すれば、ますますそのボスは力を持っていくことになり、製薬会社にっとては利用価値が上がるので、ますます金と情報がこのボスに集中していく構図になっている。

それでは次に、実際どのようにして臨床治験は行われるのか、僕の経験したことから その概略を述べてみよう。

治験は全国で200くらいの施設(大学や大病院)を用いて行われた。20人くらいのプロジェクトメンバーに 地区割りされ担当は一人、大体10施設くらいが割り当てられた。

まず最初に、言われたことはこれらの施設の担当ドクターと人間的なつながりを早く構築することであった。 そのためには、予算の制限はなかった。毎週、用も無いのに顔つなぎのための出張を命ぜられた。 当然常に高い洋酒等(オールドパーが好まれた)の手土産付きである。

会社にとって、1億や2億の金はこの際、端下金である。何故ならば、治験薬が一旦承認されれば、確実に月商何億と言う商品に成るのだから、そのためにはできるだけ早く承認され薬価の収載を受けねばならない。

しかし、この承認をする厚生省の中央薬事審議会が年1から2回しか開かれない。 運良く開催日に間に合うように資料がそろうえば、すぐにペイする額だからである。

そのために、必要な症例を集めねばならないが、適当な患者の数は限られている。 自社に良い患者をまわしてもらうためには、義理人情の日本ではこの人間関係が最も有効である。 外資系の製薬企業が日本でなかなか成功しないのは、この独特の商習慣を理解できない点にある。

しかし、これは有り体に言えば癒着の奨励である。 何かといっては医者への付け届けを奨励された。

外国の学会に出席といえば、5万円くらいの餞別を包んだり、国内の学会に出席するときはいわゆる夜の接待が付き物であった。 それも、常に一流のクラブである。あの当時で一人5万円くらいの高級クラブが当たり前であった。 おかげで、30才にもならない身で全国の有名な盛り場は、北はすすき野から南は中州まで2年間の間にいやというほど、身分不相応に体験した。(会社は将来に備えての社員教育の意味もあったのかも知れない。) いわゆる、政治家がひそひそ話をする東京の黒くやたら高い塀に囲まれた料亭にも、某国立大学医学部の有名な教授様と同席する機会も何度とあった。

腹が減れば、実験室の片隅でインスタントラーメンをすすり実験していた理系の人間にとっては、この営業センスの現場には面食らった。 それに金の力の偉大さを思い知らされた。

治験は200ぐらいの施設の数百人のドクターしか係わらない。 これらのドクターの提出するデータで、後々数百億、あるいは数千億の儲けが転がり込むのである。 極端なことを申せば、全員を買収しても十分ペイできる世界である。

治験薬の研究会は、体裁は第三者を装っているが、実際は完全に会社がコントロールしているのは言うまでもない。 しっかり肥やしをやった畑で、如何に巧妙に実り(申請データ)は刈り取られていくのかそのノウハウの驚くべき実態の一部を、次に述べてみたい。

研究会の世話人(いわゆるボス)名で研究会が組織される。この組織は、大学医学部の講座が代々引き継いできたものでほとんど固定されている。 治験薬により世話人がそれぞれ代わる程度である。

最初に発足研究会が開かれる。場所は東京が多いが、ホテルオークラ、ニューオオタニクラスのホテルの大宴会場を借り切って行われる。 地方から来るドクターには当然、これらのホテルでの宿泊、交通費(グリーン)付きである。 都内のドクターにはハイヤーを差し向けるのが慣習。 たまに、地方のドクターは家族そろいの宿舎、交通費を要求する場合もあった。 研究会は、いつもほとんど形式的で短時間に終わる。

その後は、別室に用意された宴会場で懇親会になる。 懇親会の後は、それぞれの担当者などと、銀座などの一流クラブに2次会に出かける。

当時は、抗生剤の治験薬が多く他社の研究会と重なる場合がしばしばあったが、慣れたドクターはそれぞれの会社からもらったチケットを現金化し、新幹線の回数券を購入していた人もいた。 研究会の出席者には、相当額の日当(ランクによって額は異なった。教授クラスで10万円くらいであったと記憶する。)と3〜5万円のお車代が包まれた。

中央での研究会終了後、それぞれの施設の小ボスは、関連病院のドクターを集めたミニ研究会開催を要求する場合も多い。 子飼いの弟子たちを集めて、それぞれの地域でまた同じ事を、今度はそれぞれの会社の担当者に場所設定をさせて開く訳である。 大学医学部の教授の権力は絶大なものである。子飼いの関連病院で実際の症例は集められる。

この段階が、いわゆる第2相試験といわれる段階にあたる。 (第1相試験はボスの施設を中心に極少数で施設でパイロットスタディを兼ねてやられる場合が多い) 大体1年をかけて2000〜3000症例が集められた。

我々の仕事は、これらの施設への薬剤配布とドクターの尻たたきが主である。 症例にはカルテから必要事項をかき出したケースカードと言う書類を提出してもらう。

会社に集められた症例は、全てチェックされる。 ドクターが書いたケースカードには実際いいかげんなものも多い。 この時、治験薬剤にとって不利な記述(特に副作用)はできるだけ事前に押さえるようにしむける。

この操作は、副作用をもみ消すという意味が大きいがそれだけではない。、実際、治験薬のせいと断言できない場合いもカウントされている場合があるのは事実である。

ある程度、臨床に関する知識をこちら側も持っていなければならない。

副作用を押さえる手段はいくらでもある。例えば、ドラッグヒーバー(薬熱)とカウントされた副作用は、その気になれば簡単に消去できる。

普通、投与は単味(一剤)で行われることは無いので、副作用は他の薬剤のせいにすればいいのである。 この段階は、当然実務を担当したドクターとのやり取りで納得ずくでケースカードの書き換えをやってもらう。 この交渉時に、いわゆる微妙な人間関係が大いに役に立つことは言うまでもない。その為に、先行投資をしてあるわけである。

どの程度までの消去は許されるのかは難しい問題である。 前に述べた、財閥系で薬業には新参者の大手化学会社の新薬が失敗したのは、ここら辺の微妙なノウハウを知らず、この段階での副作用をそのままま正直に纏めてしまい、副作用の発生率が高かったのが最大原因であったといわれている。この薬は、外国では承認され実際多くの人に使われたが、既存の薬に比べて決して問題になるようなものではなかった。

しかし、この段階で余り押さえすぎると重篤な副作用も知らずに葬り去ってしまうことにもなりかね無い。 ソリブリジン?であったか、最近重篤な副作用が問題になった薬剤は、こうして開発段階で見逃されていった可能性が考えられる。

途中、症例の集まり具合を見て、中間で症例検討会と称する全体会議が前回と同様の首尾で開催される。

抗生物質は薬の中で、最も開発しやすい。in vitro での結果が他の薬剤よりは割合パラレルにin vivoに反映するからである。 MIC(細菌の最小発育阻止濃度)と組織内移行濃度が解れば臨床での効果は大体予想できる。

それでも、実際の感染症の治療効果の感受性とin vitroでの感受性は必ずしも同じではない。 100倍薄い濃度で発育を押さえるからといって100倍の効果があることにはならない。 疾患に関する感受性の勾配は、極めて急勾配である。 ホストの状態によって効くものは何でも効くし、効かない場合(例えば基礎疾患にガンがあり悪液質の免疫不全状態にあれば)はどんなに優秀なものでも効かない。 それだから、症例を選べば有効率はいくらでも操作できるという事になるのである。

出来るだけ担当ドクターと接触して自社に有利な患者を回してもらうように、それとなく圧力をかけるのも大事な役目である。 しかし、よほどの間違いでも無い限り、予期せぬ重篤な副作用がなければ、この段階の効果は、前にも書いたようにドクターの方で自己規制して、幹事施設のパイロットスタディでの有効率に収まるものである。

各施設の症例は、このように水面下で検討された後、治験報告として論文にしてもらう。 ほとんど、形式化された論文なのでひどい場合は、会社の担当者が代筆することもある。(僕も数例代筆したが、最も、原稿料はしっかりとられる) そうして集められた論文は、化療誌の特集号として会社の買い取りの形で発行される。(編集校正も、ほとんどが会社の人間がやる)

学会では、新薬シンポとして基礎、臨床(内科、外科等科別)および副作用について、それぞれの担当幹事のドクターが発表するわけだが、膨大な、資料をまとめるのはいわゆる我々会社の開発スッタフであって、大臣の国会答弁と同じように彼らはこちらの造った原稿をほとんど読むだけに等しい。

これだけでは、申請できない。 次に、このオープン症例の検討を経て、既存の薬との比較試験(二重盲験)が行われる。 この段階を、第3相試験と呼ぶ。開発する担当者としては最も緊張する大事な試験である。

薬の効果は、先にも述べたとおり心理的な要因が大きい。 目くそ鼻くそと言って、良く効く薬だといって暗示をかければ、鼻くそを丸めた丸薬も、妙薬になるという逸話があるとおりである。

だから、こういった要因を避けるため、純粋に薬の効果を科学的に評価するために考えられたのがこの試験方法である。 したがってこの治験の結果は重く評価される。

また会社とっては最も重大な、薬価がこの結果によって決まるからである。

我が国では国民皆保険の制度になっているので、ほとんどは保険治療で行われる。保険治療は、日本薬局方に収載された薬にのみ保険が適用される。そこに収載されるためには、 その薬の適応症および価格を中央薬事審議会で決めてもらわねばならない。

治験はこの会議に提出する資料作りのために行われるが、薬価基準は同一薬効同一薬価が原則であった。 薬は、普通の商品が、いわゆるコスト計算と需要と供給の市場原理によって決まるのとは全然違うシステムで価格が決まる。 例えば対象薬が1g3000円とすると、治験薬が01gで同じ効果が得られたとすれば10倍、すなわち1g10000円と言う薬価が付く訳である。(あの時の対象薬はまさに薬価が3000円のCEZであった。)

二重盲験の教科書的方法は、次のように行う。

新薬と同じ薬効の既存の薬で最も優れているものを対象薬に選ぶ。 対象薬と、治験薬が外観では見分けが付かないように包装する。

これらの薬は、同じ数だけ用意し、キーマンと呼ばれる統計学者によって、(統計学者は、それはそれは日本を代表するような東大の名の売れた統計学の先生であった)乱数表を使ってこれらの薬剤に通し番号を振られる。

どの番号がどちらの薬なのかは、このキーマンしか知らないはずである。 途中、重篤な副作用が発生したとかの不測の事態以外は、全ての治験が終わるまで金庫に厳重に保管される。

対象疾患とプロトコール(治療方法)が決められる。 統計的に意味を持つのに必要な症例数を集めることになるが、薬効の評価を決めるためにはあらかじめ決められたプロトコールにしたがって行われたものだけが評価される。(途中違った操作をしたものはドロップ症例になる)

治験を行うドクターも患者も、どちらの薬を使っているのかは分からない。 条件にあった患者に機械的に順番に投与していき治療効果、副作用を調べるわけである。

統計的に意味がある症例が集まった時点で、全ての資料を集め、我が国で、その筋では権威のある(名の売った)10名くらいの先生に一同に集まってもらいホテルに3日間ほど 缶詰になって、それぞれの症例の分析、効果判定を行ってもらう。 この時点では、薬剤番号での効果が出るだけである。

それが終わると、直ちにこの治験に係わった全ての施設の関係者をホテルに一同に集めキーオープンの会議を行う。 先に行った、効果判定委員会の結果に異議が無ければ、ここで先ほどのキーマンが恭しく出てきて、割り振り薬剤をオープンにし、直ちに別室で統計的有為差検定を行いその結果を報告する。

この瞬間が、本当は最も緊張する一瞬である筈だが、裏を知る我々にはカラクリが見破られないかの心配の方が大きかった。 しかし、後で冷静に振り返ってみると、あの席に同席しているほとんどの人はこの茶番の内容を知っているが、知らん振りを装い、欺まんに満ちた会議を演じていただけであったのだと思う。

こんなに大切な会議である筈であるのに、会議の正味は1時間も無く、後は例のごとくの宴会である。 九州や北海道のような遠くから、日ごろ忙しく気位の高いドクターをわざわざ集めて、これだけだったら、普通は怒り心頭に発するはずだが不思議と、皆涼しい顔をしている。 最も、会社側はねんごろにもてなしているのは申す間でもないが。

この治験は、いろいろ条件があるためあの当時治験料は110万円であった。大体1施設100万円単位で研究費として支払った。 1つの二重盲験をやるのに必要な経費は、軽く数億必要であった。それだけに失敗は許されないわけである。

では、実際はどのように行われたのかそのからくりを次に述べる。

ダブルブラインド(二重盲験)試験は、治験薬と対象薬の区別がつかないのが前提で成り立つ。 だから最大のからくりはここにある。

当然、会社側はキーマンによって割り振られた薬の中身分かる仕掛けがしてある。

手口はいろいろあるらしいが、あの時は次のような方法を使っていた。

薬剤は注射剤であったが、バイアルは一本一本箱に入れて封印してある。 市販の風邪薬のビンの包装を思ってくれればよい。 当然、箱には何も書いていない。外見から見る限り簡単にどちらかが判別できるものでは無いのは言うまでもない。 (質量も合わせてある)

それでは、どこに仕掛けがしてあるのか。箱の蓋である。蓋の閉める順番を右と左で違えてある。右を下にする場合と、左を下にする場合とで区別しておけばキーマンが割り振った薬剤は簡単に分かる。

使われた後、点検のために外箱も空き瓶ともに回収することになっているが、箱を開いてしまえば証拠は無くなってしまうので絶対にバレ無いわけである。 手品師も顔負けのトリックである。

この手口は、その時我が社が考え出したのでは無く、この業界の臨床開発担当者には密かに伝えられているノウハウであった。 後程、技術提携で他社の専任の臨床開発スッタフと知る機会があって、いろいろ聞いてみるとこんなことは公然の秘密である事を知った。

従って、本来は分からないはずの有効性の判定が、治験の途中で会社側は全て知っているわけである。

担当者は、ドクターに治験番号によって、巧みに患者を選択するように進めるのが仕事である。

例えば、ある施設で行う薬剤が治験薬であれば比較的効くと思われるものに、対象薬ならば先に述べたようなガンを基礎疾患にもつような重症患者にあたるように仕向けるわけである。 100%コントロールはできないが、それでもキーオープンの時、症例のバックグランドのデータから対象薬剤の方が比較的重症患者が多かったことから推測するに割合効果的であったのを記憶している。このようにある程度の操作は可能であったのだと思う。 (統計の魔術で、症例数が少ないので、個々の疾患ではバックグラウンドに有為差検定をしても出ない)

会社にとってまったく心配の要らないごく少数の協力医者からは、内容を密かにばらして症例を集めた例もあった。

しかし、これだけではなかなかうまくいかない場合もある。 次には、もっと確実に効果を出す方法(これはもう犯罪の領域)のトリックを述べよう。

僕が経験したのは新規の抗生物質の注射剤で、呼吸器疾患の適応症の申請に必要な二重盲験試験である。 治験は厳密な投与規定と、検査項目が定められている。 それらに合致したものだけが、効果判定にかけられる訳になる。

検査の結果は、カルテから必要事項を写し取ったケースカードに記録される。 急性肺炎に関しては、治療前、中、後のレントゲン写真も添えられる。

前項に書いたように、治験が終わった段階でこれら全てのデータは会社に集約される。 ケースカードには、一応主治医の意見としての効果判定がなされているが、統一基準による厳密な判定は、症例が集まった時点で、その筋では権威といわれる10名あまりのドクターをホテルに缶詰にして行う。

会社の方であらかじめ判定資料を揃えるのだが、ここにトリックがある。判定医が複数のため1枚のケースカードは人数分コピーされたものが渡される。

このコピーの段階で巧みにデータは改ざんされる。

その手口はこうである。検査項目のうち有効性を示す指標、例えば炎症の度合いを見るCRPはもし薬剤が有効ならば減少するはずである。またそれらに連動して白血球数なども減少する。 元のデータが余り顕著に有効でなかったとすれば(やや有効)、それらのデータの数字を有効になるよう書き換えれば良いことになる。

その時、他人が書き加えれば筆跡が違うので改竄が判ってしまう。そこで分からないようにする為には、そのケースカードに中の違う個所に書いてある自筆の必要な数字のコピーを切り抜き貼り付ける。そうしてもう一度コピーをする。しかし貼り付けた個所は盛り上がった分陰が出来るのでこのままだと貼り付けたのがわかる。そこでコピーの影の部分を砂消しゴムで消す、それをもう一度コピーすればほとんど分からなくなる。

この改ざんされたデータで効果が判定されるわけである。

急性肺炎の改ざんはあっぱれというしかない。 効果判定委員会では、予見が入らぬように、アトランダムに基準の写真に基づいて、全てのレントゲンの所見をあらかじめ点数化しておく。 それを終えた後、それぞれの症例毎にレントゲンを治療前、中、後にならべてケースカードと突き合わせ、レントゲン所見から効果を判定する。

この時、レントゲンの順番を並べるのは会社側の人間である。レントゲンの順番を故意に逆にしておけばどうであろうか。 増悪がたちまち著効に代わってしまう。当然それに合わせてケースカードは先ほどの手口で改ざんしてある。恐ろしいことである

この会議では、全ての症例に関してこのように効果を判定していくが、前にも行ったようにこの段階では公式には治験薬、対象薬の区別は分からないことになっている。

読者は、こんなことをしてもキーオプンの時に実際治療した主治医が出席するのだからカラクリがバレルのにと思うかも知れない。 残念ながらそれがバレ無いのである。

この効果判定委員会が終わると、1週間以内くらいまでに、関係者を一堂に集めたキーオプン会議が行われる。 この時、会議の出席者には自分の所で行ったケースカードのみ実物のコピーを返される。 部分だけ見せ全体のものは、決してここには見せないわけである。(全体を把握するのは会社のみ)

自分の施設での効果が悪かっても、個別のドクターは、それは統計の偏りで納得してしまう。

効果判定員会の全体講評の後、効果判定に関わった先生といわゆるキーマンが別室でキーオプンをして、治験薬、対象薬別に統計的効果判定結果を求めるわけである。 その結果は、その作業が終わり次第全体に発表される。当然治験薬の勝ちに決まっている。(あの当時、他社の治験薬も含め治験薬が負けた例を聞かなかった) 先にも述べたようにこの間1時間以内、まるで株主総会である。後はお決まりの懇親会。

さすがにこのデータのでっち上げには、戸惑った。あの場面ではこの作業をサボタージュするのが精一杯の抵抗であった。 課長の残業命令を無視して帰ったが、当然勤務評定の査定は最低をつけられていたのは次の昇給のとき明らかに分かった。 しかし、言い訳かもしれないが、それ以上の行動は日本の会社社会ではよほどの覚悟が無いととれなかった。

幸いこの薬が重大な副作用も無く、客観的には治験の進め方には明らかに犯罪レベルのことはあったにしても新薬として、今まで効かなかった耐性菌にも有効性を示し一部の患者には福音となったことは事実である。

また大型新薬としてアメリカの世界的な大製薬企業にも技術輸出をして国家財政的にも貢献したのは明らかであった。それがせめてもの慰めであった。

多分、ほとんどの場合はこのように問題無く終わるのかもしれない。 しかし、本当に問題があったとしてもそれを見逃してしまう可能性はあるのは明らかである。

新薬を創るのには、莫大な資金が要る。 儲けが最優先の資本主義の社会では当然、リスクを避けたい気持ちがあるのも当然であろう。 何億円とかけた治験が、ああ駄目でしたでは日本の会社では許されない。

例の、財閥系の失敗した会社の開発責任者は風の便りでは、責任を取らされ閑職に配置転換されたという。 こういった日本の風土が、直接責任者に無理強いを無言の圧力で強いる。

そして問題が発覚すれば、トカゲのしっぽ切りで済ませてしまう。 これ以外にも(機会があればまた明らかにしたいが)、医薬品の開発あるいは医療の世界に於いては、人間の命をまるで実験動物ごとく扱ってまかり通っていことが多い。

しかし、いつも大元は挙げられず小物を挙げて一件落着で済まされている。

あの後、ある事件が発覚し我が社の課長と北海道のたかりの凄かった医者、国立予研(であったと思う)の研究者が他社の申請書類(この書類は公式には丸秘文書ではあるが、申請書式を揃えるために各社ともお互い他社のものを、どこからか手に入れて持っていて、社内では割合自由に閲覧でき公然の秘密であった)を横流ししたとして産業スパイ事件として捕まったが、内情を知っているものとしては捕まえる相手が違うのではないかと思った。 本当に悪い、厚生省の役人やその周りにうろうろしている大物ボスたち、会社の本当の責任者(役員)にはメスが入らなかった。

医療に関わる人のほとんどは、崇高な理念基づいて行動しているのも事実である。 しかし、白い巨搭の深部に金まみれの汚れた恥部があることも人々は知っている。

以上述べた事は、フィクションではないし誇張して書いたつもりもない。 15年以上も前のことで、全て時効になっている。 しかし、繰り返し出てくる医療に関わる不祥事を見る限り、何も変わっていない気がする。

今度のエイズ事件で本当に最後にして欲しいと願わずにはおれない。 最近の報道では、新薬の臨床試験にも新しい制度を考えているらしいがぜひ検討してほしい。

新薬の申請は第3相までの治験データで良いが、薬が認可されてからも予期せぬ新たな副作用を発見するために第4相の試験がある。 これは、販売と平行して行われるのでいわゆる治験というよりはモニター制度に近い。

70年代の終わりころから、薬剤の安全性が叫ばれ、各社とも自社の販売している薬剤の副作用を一括して管理する部門の設置が義務づけられた。

この部門に、研究所の仲間が抜擢されその実務を担当する事になった。 その時、彼が体験したある事件を通じて、薬業界の体質の一端を述べてみよう。

副作用があれば、営業を通じて報告されるしくみになっている。 薬というには、本質的に副作用を持っていて避ける事はできない。 ある時、ある製品に全国から副作用(ドラッグヒーバー)が報告されだした。 この薬には、本質的にこの副作用は持っているのだが本部に集まってきた件数は統計的に発生する正常値を超えていて、統計学上は何らかの異常事態が想定された。

彼は、その発生が全て同じロットの製品である事を突き止めた。 原因究明のために、サンプル検査を研究所に依頼した。 ところが、その結果が待てど暮らせど彼の元には届かなかった。

彼は、発生率のデータを示し、直接の上司に製品回収を含む善処を何度も進言したが無視された。 後日、彼から聞いた話であるが、彼はその上司に「もしあなたの身内に投与されても構わないのですか。」とまで言って詰め寄ったらしい。 それでも、結果は握り潰され続けた。

彼は、研究所の事情には精通していたので直接結果を研究所の担当者に聞いた。 その結果、そのロットには明らかにパイロジェン試験(うさぎを使った発熱試験)異常結果が得られている事実を知った。(この報告は彼の元には届いていない) そこで、彼は意を決して組織を飛び越し営業本部長に直訴した。

営業本部は驚き、秘密裏、直ちに回収命令を出し残りの製品を回収した。 それ以後、パッタリとこの副作用は収まったのは言うまでもない。

しかし、それまでの副作用に関しては一切の責任はとらない。 副作用を報告したドクターには全体を見せないので、「いろいろ調べたが、やや発生率が高かったのは偶然で、この症例は本質的に持っている副作用の一部である」と報告されて終わりである。

その後、彼は課長に呼ばれ「おまえは余計な事をした。」と怒られた。 彼が会社を去ったのは、それからして1年ほどしてである。

この”事件”は今問題となっている非加熱製剤の場合と良く似ている。 あのころの、薬業界の体質はどこも似たり寄ったりなのだなと思う。 果たして、今はどうなのか。改善されている事を願わずにはおれないが、次から次に生じる企業の不正は、資本の論理と身内意識で貫かれているあの組織にあっては、当面の儲けが最優先する体質がそう簡単に直るとは思われない。 悪貨が良貨を駆逐していくように、悲しい事だが、いつも理性的な判断は封じ込められていく。(19968月記)

でたらめな新薬承認の実態、脳循環代謝改善剤、承認取り消し

 

1998年5月15(金曜日)朝刊に脳循環・代謝改善剤の再評価の審査を続けていた中央薬事審議会の調査会が、有効性が認められず承認の取り消しの結論を出したとの記事が出ていた。

取り消されたのは、イデベノン(商品名アバン=武田薬品)、塩酸インデロキサジン(商品名エレン=山之内製薬)、塩酸ビフェメラン(商品名セレポート=エーザイ、商品名アルナート=三菱化学、藤沢薬品)、プロベントフィリン(商品名ヘキストール=ヘキスト・マリオン・ルセル)4種類である。

いずれも、薬理作用の無い乳糖などで作った偽薬(プラセボ)と効果を比較する二重盲検で効果の差はでなかったということである。

しかし、これはおかしな話である。これらの薬はかつては同じ薬事審の新薬調査会において、「厳密」な審査の後有効性が認められたものではないのか。当然、その折にも同様の有効性の試験(二重盲検)はやられている。抗生物質剤と違って時間がたつにつれ薬剤耐性が出来るはずの無い薬がどうして揃いもそろって急に効かなくなったのでしょうか。

再評価で効かない結論を出した以上、有効性を判定した以前新薬調査の審議過程の検証が必要ではないのだろうか(巧妙に仕組まれた犯罪が潜んでいるはずである)。

驚くべきことにこれらの薬には、すでに8000億円(年商1000億の商品であった)も使われたというではないか。

普通の商品では、これは立派な詐欺、犯罪になるのでは無いでしょうか。

こんな効きもしないものがどうして承認されたのか、前段の新薬調査の裏側を読んでもらえれば分かっていただけると思うが、厚生省、製薬企業、医者の護送船団方式が悪の限りを尽くしてデータをでっち上げて効きもしないもの「科学的体裁を整えて」薬にしたのである。

 

僕が、新薬臨床開発に携わっていたき、この国では、副作用さえなければ、どんなものでも薬になってしまうなというのが実感でした。

結果的に、効きもしないものを承認し、売りつけていたのに、それぞれのプロセスが巧妙に仕組まれているためこれが犯罪であるという意識すら社会には生まれてこない、誰も責任をとらない。こんなことがまかり通って良いのだろうか?

まだまだ多くの効かない薬が高額で売られているはずである。

1998522日記

 医療不祥事メモ

名大元医学部教授一億円余収賄 1998829(朝日新聞より)

「名古屋地検特捜部と愛知県警捜査二課は28日、名古屋大学医学部の教授だった■■容疑者(60)=25日付で辞職、と妻の■■容疑者(60)を収賄の疑いで、製薬会社「富士薬品」取締役で医薬品研究開発本部長■■容疑者(57)を贈賄の疑いで逮捕した。

■■元教授は、新薬の開発などをめぐり三重県内の実態の無い医療関連会社など三社を通じて、製薬会社から1億2000万余の賄賂を受け取ったとされる。特捜部と県警は、この三社への富士薬品以外の会社からの多額の入金の事実もつかんでおり、賄賂に当たる可能性も有ると見ている模様だ。名古屋大医学部では昨年9月にも胸部外科教授が収賄容疑で逮捕されている。」

新聞記事では、新薬開発の共同研究をしていたほか、会社から派遣研究員を迎え入れ、贈賄側の取締役などにも学位もあたえていたという。ことらしいが、僕の知っている限りでは、これはどこの製薬会社でもやっていることである。

僕の知る限り、実体は、大手の経験の有る製薬会社は尻尾をつかまれぬよう巧妙にやっているだけで、製薬会社と医学部の腐りきった関係はそんなに生易しい代物ではない。多分、捕まった教授は「なんで俺だけが」という思いであろう。

僕がかつて新薬開発業務に携わった時に、僕が担当していた施設のなかの1つで、神戸の病院の産婦人科のドクターは大阪母子感染症研究会という名義の銀行口座を持っていて治験関係の一切の振込をそこにするようになっていた。数百万はそこに振込んだ記憶がある。当然、この団体は実体の無い架空の研究会であることは会社は知っていた。

受託研究生を受け入れる方法は、多くの大学で行われている。開かれた大学という点では必ずしも悪ではないのだが、産学協同のルールが整備されていないわが国にあっては、不正の温床となる可能性は大きい。

大学等の公立機関では、治験費は検査料などの費用をひっくるめて研究費として治験当事者(講座)ではなく、施設の収入官吏に収めるシステムになっていて一見公正に取り扱われている体裁は備えているが、納入された研究費はそのままそっくり治験当事者の手元に行くことになっている。

何にどう使ったかの会計処理は、施設の収入官吏の預かり知らぬところで、治験当事者に任されているのであるから、結局、このシステムはトンネルで不正を隠す手段に使われる可能性が大きい。

治験に使った患者さんの検査料などは、いちいち保険請求と分離して処理しているとは思われない。また、研究機関にあっては、試薬代など通常の必要経費との分離が難しいので会計処理が明確にされているとは考えにくい。(一部は、それらしい体裁は整えている場合もあるが、厳密な監査に耐えるものではないであろう。)

支払い側にとっても、極めて大雑把な予算で過去の実績等(協力具合も当然加味されている)から適当な額を支出しているに過ぎない。

僕が携わった当時(昭和53年頃)で、残っているメモを見ると、大学の多いところで、1150万円、少ないところで60万円払い込んでいる。

治験に批判的な施設であった、某国立病院では20万円、と施設と治験者側の事情によって、極めて恣意的に研究費は支出されていた。

これらの施設では、当然、多くの製薬会社から同じような研究費を得ているので合わせれば、すぐに何億という額になる施設は出てくる。これらのお金は、先に書いたとおり、使い道は、ほとんどチェックされない治験者にとってはおいしいお金の場合が多いのです。

98/08/29

防衛医大元教授治験巡り収賄容疑で逮捕(1999729日朝日新聞)

防衛医大元教授の■■容疑者(55)と教授の親族が代表を勤める「如月肝臓研究所」の役員■■容疑者(39)を大阪市の製薬会社「シェリング・ブラウ」から約5000万円を受け取った容疑で逮捕した。

元教授らは在職中の1994年から翌年にかけ4回に分けて同社がインターフェロンの治験で好意ある取り計らいを受けた謝礼や今後の便宜供与を期待して支払った賄賂を受け取った疑い。

 年中行事のような医療不祥事事件である。懲りない面々と言えばそれまでだが、これだけ、同じようなことが毎年繰り返される裏には、日本における新薬治験の方法と産学共同研究のルール作りの遅れにも責任の一端があると思われる。

今回、贈賄側は時効のため検挙されず、働き蜂のサラリーマン側に犠牲者が出なかったのは喜ぶべきことか。(個人的には一寸した知り合いがこの会社の開発部にいたからなおさら)

99/07/29

新薬採用で収賄容疑―元枚方市民病院長逮捕(2000916日毎日新聞夕刊)

大阪の枚方市立市民病院の元病院長■■容疑者(69)が病院に納入する新薬の採用にあたり便宜を図った見返りに現金数十万円を吉富製薬(現ウェルファイド社)より受け取ったとして、贈賄側の社員(41)とともに逮捕された。

元病院長■■容疑者は1958年に同病院に着任し84年から15年間に院長になり絶対的権力を握っていたらしい。

彼は、「薬の勉強会」という名目で最低24回に及ぶ接待を受けたり、自己の入院に際しての6万円の見舞金、快気祝いと称する接待等複数の製薬会社から接待を受けた総額は370万円に上るという。

僕が新薬開発競争の只中に放り込まれていてこの業界の裏の世界を経験したのは、彼が病院長になった少し前であるが、当時の感覚でいえばこの程度のことは普通に行われていた行為である。

僕自身、世話になっている先生の海外出張に部長級に10万、中堅に5万の餞別を渡すことを命ぜられたり、大阪の公立大学病院の外科教室の「勉強会」という名目の会合に大阪ミナミの高級料亭での接待を強要されたこともある。

そんな悪習の中で病院長にまで登りつめた彼にとって、罪の意識なぞほとんど感じないで普段どおりの行為を今日までしてきたと思う、

医者にとって旨みのある古きよき時代は過ぎ去り、時代が確実に変ってきているのも知らずに。

昔はこのような医者はゴロゴロいたけれど(僕が仕事でかかわった医者はこの基準に当てはめると半分以上は逮捕されている、当然贈賄側として僕も・・・)薬害エイズをに代表される医薬業界不祥事事件の反省に立ったの倫理意識の向上と、医者も増え競争原理も働くようになり、このような古典的な算術医は淘汰されてきていたと思いたいのだが事実はどうなのであろうか。

贈賄側の吉富製薬(現ウェルファイド)は、薬害エイズの被告企業「ミドリ十字」を吸収合併した会社ということを考えると、企業側にも何ら教訓が生かされない。やはり、残念ながら、まだ氷山の一角なのかも知れない。

それにしてもこの種の事件でやるせなく感じるのは、、供述を得る「ため」に逮捕された41歳の会社員のことである。組織の中の日本のサラリーマン、その部署にいれば個人の判断なんてほとんど無力である。拒否することそれはほとんど失職を意味するのだから。

運が悪いで済ませるには弱者のほうが失うものが多く、理不尽な気がしてならない。

2000/9/16

新薬採用で収賄容疑−続編

結局、この事件はその後の捜査により製薬会社から接待を受けていた医師や看護婦42人が処分され、接待は173件、1108万円に相当と判明したと新聞(毎日2000年11月18日夕刊)は報じている。内訳は院外勉強会35件、接待ゴルフ70件、忘年会共済金

チケット、会食等14ということらしい。(実態はとてもこんなものでは済まないはずであるが)

贈賄側企業として塩野義、大塚、協和発酵、ウェルファインド(旧吉富−ミドリ)がワースト5、ついで旭化成、アプジョン、山之内と続くが小を入れるとほとんどの製薬会社が関係しているという。

この実態は何を意味しているのか。この件だけが特別な例と解するより、この業界の常態の一端がたまたまあらわになったに過ぎないと解すべきであろう。

院外勉強会、接待ゴルフ、忘年会共済金 、チケット、会食等こんな接待項目は何も今に始まったことではなく、僕がこの業界にいたころには極普通に行われていたし、やる方もやられる方もほとんどの関係者は別段罪の意識を感じていたという様子も見られないという異常な世界であった。

当時を省みて、20年かかってようやくこの歪んだ商習慣が是正されつつあることは喜ばしいことである。

11/19/2000

 

 


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