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看脚下 1−3

2001年8月

看脚下 1

 「看脚下」は、ご存知のとおり、数ある禅語の中でも特に代表的なものです。五祖法演襌師と弟子たちのお話です。ある夜の帰り道、手にしていた灯火が消えてしまいました。この時、法演襌師が「さあ自己の見解を述べよ」と命じ、園悟克勤は「看脚下(足元を見よ)」と述べたといわれます。

 自分の立っているところを看定めよという教えですが、足元に気をつけてくださいということでお寺の玄関に良く見かけます。もう一度お寺の歴史を勉強しながら、私たちの足元を照らしてみたいと思います。

 東林寺は貞観6年(西暦864年)創立と伝えられています。なんと、本山より昔からあったというのです。本当でしょうか?……本当だと思います。その証拠のひとつが、四天王様木像です。平安時代の作で、お寺の物のうち一番古いものです。

 一時途絶え、荒れ寺となっていたこの寺を、開山様が再び興したときから大切に伝えられる大切な宝です。(瑞光6 2001/3/20より) 




看脚下 2

 灯明が消えた真っ暗闇では、目の前に在らぬ者を想像し、それに惑わされてしまう。そんな時、園悟克勤の脚下をしっかり看るという当たり前の事を言えるところを、法演襌師は逆説的に賞賛しました。禅問答は理解しにくいものが多く、難解だと思われ勝ちです。しかし、気取らず素直に物を捕らえようとすると、すんなり受け入れられるように思います。

 このたび、本堂西の庭の手入れをしました。難しく説明すれば「江戸中期に作られた庭園を出来るだけ忠実に再現した。」と言えます。でも、本当は「十六羅漢様が隠れてしまっていたので、お顔を出してあげた。」だけです。今から200年前の御先祖様達も本堂から同じ庭を眺めていたと思います。(瑞光7 2001/5/29より)




看脚下 3

 足元がしっかりしていれば不安は無い。そのために充分脚下を見つめ、自分の立っている場所を見定めておく。園悟克勤を賞賛した法演襌師の眼力の深さには感服します。

 「どうして良いかわからない」「なんとなく不安である」ということは誰にもあると思います。そんな時には、お寺でゆっくりとしてください。必ず落ち着き救われます。

 足元を見据えた上で「眼光落時の時を識取」(方廣寺開山様のお言葉:まさに目の前を過ぎていく一瞬一瞬の時を自覚すること)すれば、迷いなく歩むことが出来るのです。

 今回の本山修行は、将に脚下を見つめる時間でした。怒鳴られたり打たれたりしても、檀信徒様と一緒にいる自分には、全く辛くなく、一つ一つが自分の栄養になるありがたい感覚に感じられたのです。(瑞光8 2001/8/29より)

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