のすとら字っ句 1980年〜1984年
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佐野さんは当時、何してた? のすとら字っ句&モモンガのコメント
1980年デビュー年 1980年山口百恵さん引退、結婚。聖子ちゃんデビュー。
デビューの年

3月21日発売

デビューシングル
「アンジェリーナ」
(c/w「さよならベイブ」)


4月21日発売

アルバム
「バックツゥザストリート」

エピックソニー/ESCB1320
1.夜のスウィンガー
2.ビートでジャンプ
3.情けない週末
4.プリーズドントテルミーアライ
5.グットタイムス&バットタイムス
6.アンジェリーナ
7.さよならベイブ
8.バットガール
9.バックツウザストリート
10.勝手にしなよ



10月21日発売

シングル
「ガラスのジェネレーション」
(C/W「イッツ・オールライト」)


それなりに。
3月に放送されたフジカラーのCMで岸本加代子さんが樹木希林さんにいった、セリフ。
「美しい人はより美しく。そうでない方もそれなりに

現在、田中麗奈ちゃんを加え、同じメンバーでCM放送中。ちなみに樹木希林さんの役名は綾小路小百合だった。本当は「そうでない方も・・」で終わっていたプランに「それなりに。」を加える案を出したのは希林さん自身だったという。尚、コピーは後の「元気が出るテレビ」で活躍するコピーライターの川崎徹氏。山瀬まみさんに[国民のおもちゃ新発売]というコピーをつけた事でも知られています。
とらばーゆ
この年の2月からリクルートより発売された女性用の就職情報誌。
転職に関わる事を、「とらばーゆする」などというようになった。雑誌名がそのまま行動や、ライフスタイルを指す、というパターンはこの後もずっと続く。
ナウい
72年頃に「ナウ」「ナウな・・」が流行し、変形してこの「ナウいになった。「ナウい」「今い(いまい)」という言葉、昔こそ現代的・最先端という意味だったのでしょうが、今、使うと逆にひやかしっぽい感じですね。「うわーー、そのシャツ、ナウい〜」・・なんか、言われるとムカッときます(笑)
赤信号みんなで渡れば怖くない/漫才ブーム
この頃、フジの怪物番組「笑っていいとも!」は始まっておらず、漫才コンビB&Bを中心とした「笑っている場合ですよ!」という番組だった。現在の北野武さんが組んでいたツービートは、当時、立ち漫才スタイルで「赤信号、みんなで渡れば怖くない」にキヨシさんが「よしなさい、って」と突っ込んでいたのが懐かしい。あの頃、ただ「もみじまんじゅう!」(byB&B)とか「そぉなんですよ」(byざ・ぼんち)とか言われるだけでおかしかった。不思議だ。ミラクルだ。
1981年 1981年チャールズ皇太子とダイアナさんが結婚。

2月25日発売
アルバム
「ハートビート」
エピックソニー/ESCB1321
1.ガラスのジェネレーション
2.ナイトライフ
3.バルセロナの夜
4.イッツオールライト
5.彼女
6.悲しきレィデオ
7.グッドバイブレーション
8.君を探している(朝が来るまで)
9.INTERLUDE
10.ハートビート(小さなカサノバとナイチンゲールのバラッド)



2月25日発売
シングル
「ナイトライフ」
(C/W「グットバイブレーション」)


4月6日
NHKFMで
「サウンドストリート」開始



6月21日発売
シングル
「サムディ」発売
(C/W「バイバイハンディラブ」)


10月21日発売
シングル
「ダウンタウンボーイ」発売
(C/Wスターダストキッズ)



クリスタル族
この年の1月に刊行された田中康夫さんの小説「なんとなく、クリスタル」から派生した流行語(?)。マスコミは東京に浮遊するブランド志向の若者を指して“クリスタル族”と言ったそうだが・・そ、そうかーー?そもそも「クリスタル族」ってどんな族やねん。
ベンチがアホやから
当時阪神タイガースの江本選手が「ベンチがアホやから野球がでけへん」と首脳陣を批判してタイガースを追われた。翌年、「抱腹絶倒!プロ野球を10倍面白く見る方法」はベストセラーとなった。
電子郵便(エレクトリックメール)
・・・な、なんですとー?中身はというと、『郵便局の窓口で受け付けた文書や図面をファクシミリ電送し、速達配達する』という郵便局のサービスとある。ファックスの普及とともに、使われず死語になった。へええー、エレクトリック・メールねぇ。ある意味、死語じゃないかも。今もコトバは生きてる。
なめ猫
子供達の間でブームになった「なめんなよ」と学ランを着せられたつっぱり猫の事。当時、グッズは150種あったという。ちなみに私もなめんなよ写真集なるものを持っていた。ブームは1年も続かなかったように記憶している。「なめんなよ!」とすごむのも子供の間で流行った。最後は「動物虐待」だと指摘されていたのもかすかに覚えている。
ぶりっ子
良い子ぶる子
の略。ぶりっ子といえば当時は、松田聖子さんをおいてほかにはなかった。「お母さーん」と叫ぶが涙が出ずに“泣き真似”とバッシングされた。何よりもたのきんトリオファン(特に田原俊彦ファン)から、嫌われていた(笑)。
私は、当時、聖子ちゃんのラジオをよく聴いていた。ラジオではよく笑い、きさくで明るくて可愛かった。この言葉は「あいつは先生の前ではぶりっ子だから」とか「ぶりっ子のクセに」などと使われていた。山田邦子さんの「あなたもぶりっ子、ぶるぶるぶりっ子」というのもありましたね。
三語族
うっそー、ほんとー?かわいー」の感嘆詞を指し、それしか言わない若い女性の事。しかーし、「サンゴゾク」なんて言ってたか?ない、ない(笑)。
他に「しんじられない〜」「すっごーい」「ばっかみたい」というのもある。今の時代なら、今なりのヤング感嘆詞があると思うが、この頃、ちょうど年頃だった私は今だに、これらを良く使う。特に「ほんとー?」については、良く「嘘つくわけないだろ!“ホント”言うな!」と怒られた。確かに、人の話に「嘘?」「本当?」は失礼だよな、実際。
1982年 1982年 ホテルニュージャパンの火災。映画「E.T」大ヒット
ウェルカムツゥザ・ハートランドツアー
1月16日〜7月17日まで


3月/大滝詠一さんプロジェクト
「ナイアガラトライアングルvol.02」

に杉真理さんと参加。


3月21日発売
シングル
「彼女はデリケート」
(c/w「こんな素敵な日には」)

4月21日発売
シングル
「シュガータイム」
(c/w「ワンダーランド」)

5月21日発売
アルバム「サムディ」
エピックソニー/ESCB1322
イントロダクション
1。シュガータイム
2。ハッピーマン
3.ダウンタウンボーイ
4.二人のバースデー
5.麗しのドンナアンナ
6.サムディ
7.アイムインブルー
8.真夜中に清めて
9.バニティーファクトリー
10.ロックンロールナイト
11.サンチャイルドは僕の友達
(まだ充分じゃない/僕の上着のポケットに顔を突っ込んでいるウエートレス他、数編の詩をブックレットに掲載/48ページポケットブック付き)


8月25日発売
シングル「ハッピーマン」
(c/w「マンハッタンブリッジに立たずんで」)

ロックンロールナイトツアー
(9月26日〜翌年3月18日)

11月21日発売
シングル
「スターダストキッズ」
(c/w「ソーヤング」)

機長、やめてください
この年の2月。福岡発羽田行きの日航旅客機が羽田空港の目の前で海に墜落。死者24人を出した。
機長が突然、“逆噴射”をかけた為の事故だった。この時、福機長が叫んだ言葉がボイスコーダーに残っており、“逆噴射”とともに流行語となった。ちなみに、当時はこの機長の名前も流行ったと記憶している。逆上気味の相手に「●●機長、やめてください」などと使われた。いずれにせよ、不謹慎きわまりない。
この機長は「心身症」と言われており、そのコトバも流行った。「おまえ、もしかして心身症?」など。
気くばり
NHKの人気アナウンサー鈴木健二さんの本「気くばりのすすめ」で有名になった言葉。ベストセラーになったそうだが、鈴木アナウンサーと言えば森昌子さんの引退時の紅白で「私に1分だけ時間をくださーい」と言った事しか覚えてない。すすめられて気くばりねぇ。そもそも私「〜のすすめ」とか「〜になるために」とかいう本、あんまり好きじゃないので、読まない。
田中曽根内閣
この年の11月末に中曽根内閣が成立。影に田中角栄がいると言われ批判的な言葉として主にマスコミが使った。つーか、一般大衆は使っていたのか?ついでながら、中曽根氏は、政界の風向きを見るのに敏感なので“風見鶏”とも呼ばれた。こっちの方が使ってなかったか?「あいつはいつだって風見鶏だから。」とか。イイ意味ではないけど。
ルンルン気分
参考にした「死語ノート」にはこのコトバがこの年から使われ出した死語としている。
花の子ルンルンが放送されたいたのは1980年の春だから・・、時代違うし。
林真理子さんの「ルンルン買っておウチへ帰ろう」の影響?これもちょっと時期ずれてる?
浮き立つような気分の事らしい。・・・。「私、今日、るんるん気分〜♪」とか使う?使わないでしょー。普通。うん、死語かもしれない。
ネクラ
参考にした書物によると、この年頃からタモリさんが深夜番組で流行させたコトバ、とある。
「根が暗い」=ネクラ、逆に「根が明るい」=ネアカといいわけたそうだ。根=“人間の本質”というなら、誰にだって暗い部分はあるし。逆に根っから明るい、いつもピーカンと言う人は私自身あんまり見かけない。わ。わたし?根はぐうたらだから「ねぐー」ってか?・・・ちょっと変。
なぜだ!
この年の9月、三越デパートの取締役会で、岡田茂社長が役員全員一致で解任され、その時社長が「なぜだ!」と叫び、流行語になった、とあるが・・。そうだっけ?うる覚えだけど、新聞の一面とかにこのコトバが踊っていたかもしれない。うーん、流行ったかなぁ。「なぜだ!」と聞くと、「無理だ!亀の腹筋ー、腹筋〜、やれるもんならやってみな!」という爆風スランプの歌を思い出したりする。・・なぜだ?
1983年 1983年 東京ディズニーランドオープン。
ロックンロールナイトツアー最終日(3月18日)にニューヨークに行くと宣言。

3月25日発売
シングル
「グッバイからはじめよう」
(c/w「モリスンは朝、空港で」)

4月21日発売
コンピレーションアルバム
「ノー・ダメージ」
(14のありふれたチャイムたち)
エピックソニー/ESCB1323
KIDS(詞)
1.スターダストキッズ
2.ガラスのジェネレーション
3.サムディ
4.モリスンは朝、空港で
5.イッツオールライト
6.ハッピーマン
7.グッドバイからはじめよう
8.アンジェリーナ
9.ソーヤング
10.シュガータイム
11.彼女はデリケート
12.こんな素敵な日には
13、情けない週末
14.バイバイハンディラブ


5月よりNY生活。
カラス族
この年の流行色は黒。デザインはだぶだぶで、上から下まで黒一色の人が東京の街を闊歩した。コムデギャルソン(川久保玲)、ワイズ(山本耀司)が仕掛人と言われた。っていうか、そもそも「〜族」とは皮肉ってマスコミが作るコトバ。それをやっている本人たちに「私、カラス族よ」という意識はない。流行りものを皮肉るのがいつの時代も、傾向らしい。この後も「〜族」というコトバは、それはそれはたくさん出てくる。っとに好きよね〜。
おしんドローム
この年の4月にNHKの連続テレビ小説「おしん」は、はじまった。幼少時代に不幸を背負った女性が、スーパーマーケットの経営者になるという一代記もので、脚本は橋田スガコ。小林綾子ちゃんの「おら、白い飯が食いてぇ」には確かにぐっと来た。子供たちにも見てもらおうと、夏休み期間に総集編を再放送していた。『症候群(シンドローム)にひっかけておしんドローム』とのことだそうです。
余談ですが、このコトバ翌年から始まった現代用語の基礎知識主催「新語・流行語大賞」で金賞をとったらしい。もともとの名付け親は、外国の雑誌「タイム」の記者。国民の感情が同一シンドローム化しているという意味だそうです。ふーーん・・。まあねー。外国の記者に言われちゃうのもなんだか、なー。
いかにも一般大衆が喜びそうな・・
これ、良く覚えているので掲載してみました。
ビールのCMで生樽容器に音の出る機能をつけた商品を見てレオナルド熊さんが難しげな顔で「いかにも一般大衆が喜びそうなアイディアですね、これは」と最後まで笑わずに言う。熊さん独特の哀愁と、自らの容器を皮肉ったセリフが面白かった。レオナルド熊さんって、私、好きだったなぁ。
1984年 1984年新語・流行語大賞第1回始まる。
4月21日発売
シングル
「トゥナイト」
(c/w「シャイム-君を汚したのは誰ー」)


アルバム
「ビジターズ」発売
エピックソニー/ESCB1324
1.コンプリケーションシャイクダウン
2.トゥナイト
3.ワイルドオンザストリート
4.ブルーな日曜の朝
5.訪問者たち
6.君を汚したのは誰
7.カムシャイニング
8.ニューエイジ


6月21日発売
12インチシングル
「コンプリケーションシェイクダウン」
(c/w「ワイルドオンザストリート」)


9月21日発売

シングル
「ビジターズ」
(c/w「サンディモーニングブルー」)

10月1日より
ビジターズツアー
(翌年5月まで)

11月21日発売
シングル
「ニューエイジ」
(c/w「カムシャイニング」)
かい人21面相
この年の3月に某食品会社の社長が覆面男たちに全裸で拉致され、身代金を要求された事件。その後、5月に「製品に青酸ソーダを入れた」というかい人21面相からの脅迫文で世間はパニックになった。
翌年の8月『くいものの かいしゃ いびるの、もうやめや』という言葉で終わった。死者はゼロ。今だ謎の事件である。(現在は時効成立)
軽チャー
フジテレビの春のキャッチコピー。
定着イメージを必要として、楽しくなければテレビじゃない、というコピーとともに、「軽チャーっぽい、8チャン」などと宣伝していた。カルチャーが軽い・・うーん、ようわからん。
私はコレで・・
最後はなんとアメリカでも吹き替えで放送されたという「禁煙パイポ」のテレビCM。これは言葉とともに、商品も売れた成功例ではないだろうか。サラリーマン風素人っぽい(実は役者さんだけど)3人の男性が、「私はこの禁煙パイポで煙草とやめました」に続き、最後の男性が小指をにゅっと突き出し、「私はコレ(女性)で会社を、やめました」とオチる。確かに「私はコレで・・」は流行したと記憶しています。
当時にしては、「最後は苦笑い的にオチる」というこのスタイル、インパクトあったかも。
キャピキャピ
・・死語だと思う。「あのこ、キャピキャピしてるね」とはもう誰も言わないでしょう。マスコミは“キャピキャピギャル”と言ったそうだが、舌、噛むつーの。きゃぴきゃぴ、きゃぴきゃぴ・・あー言いにくいっ。
イッキ、イッキ
景気づけに注がれたお酒を一気に飲むときの合いの手コトバ。死人なども出て、居酒屋では“イッキ禁止“例なども出たという。その後も「ここらでイッキ♪」「そろそろイッキ♪」「それ、イッキ、イッキ、イッキ・・」などと合いの手の様子が変りつつ長く生き残った変形死語のような気がする。
今は、「粗相、粗相」とはやしたりするそうだ(コンパなどで自己紹介をトチった参加者に、一気飲みを強要する掛け声)。・・知ってました?・・ソソウコール、て。・・こ、怖いよー。
ちなみにこの言葉は翌年、1985年の流行語大賞の金賞。受賞式には最初に始めたと言われる慶応義塾大学体育会の代表が登場した。おいおい、けいおーのたいくかいのみなさま、だったのねん!
この年から始まった「新語・流行語大賞」より
新語部門:「オシンドローム」(金賞)「鈴虫発言」(銀賞)「スキゾ・パラノ」(銅賞)/流行語部門:「まるきん、まるび」(金賞)「くれない族」(銀賞)「疑惑の銃弾」(銅賞)「す・ご・い・で・す・ネっ」所ジョージ/「教官!」堀ちえみ(ともに大衆賞)

小さい文字ばっかりごめんなさい。読みにくいのはご容赦くださいね。
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