のすとら字っ句 1985年〜1987年
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佐野さんはその頃何してた? のすとら字っ句&モモンガのコメント
1985年 1985年日航機、御巣鷹山に墜落。
2月1日発売
シングル
「ヤングブラッズ」
NHK国際青年年テーマ曲
(c/w「ヤングブラッズ/ハローグッバイバージョン」)

5月15日発売
カセットブック
「エレクトリックガーデン」

6月21日発売
シングル
「リアルな現実本気の現実」
(c/w「ドバンナ」)

11月21日発売
12インチシングル
「聖なる夜に口笛吹いて」


新人類
1960年代以後に生まれた世代を指す』とある。もともと、マスコミ側から出た言葉で、仕掛人は朝日ジャーナル編集長(当時)の筑紫哲也氏だという。この後も「
超新人類」などという言葉も生まれた。
え?じゃー、じゃー、モモンガも新人類じゃん。・・えーーそーかぁぁ?
おニャン子
この年の4月から視聴者参加のバラエティ番組「夕やけニャンニャン」が始まった。とんねるず、秋元康なども参加し、小人数で小刻みに出した歌はヒットを続けた。当時は新田恵理さんの「冬のオペラグラス」が印象深いかな。確か、ベストテンで1位になったよな・・。このおニャン子的傾向は「桜ッ子倶楽部」「ASAYAN」と受け継がれ、つんくのしているモー娘系プロデュースは、もろこれの影響だと思うのは私だけ?
トラ・フィーバー
この年の阪神は本当に強かったんですって(モモンガ、野球オンチ)。阪神を支え続けきた大阪の若者たちが、日本一になった時、道頓堀に飛びこんだりした姿をニュースで見たのが印象深い。「トラキチ」なる言葉もこの頃生まれたとある。
実年
11月に厚生省が公募した5、60代の新しい呼称
結局、誰も使わず中年という呼び方がそのまま残る。翌年、青島幸男作詞・大滝詠一作曲で、「実年行進曲」というのが発売されたというが・・。ど、どんな歌なの?
この年の新語・流行語大賞は?+++新語部門:「分衆」(金賞)「パフォーマンス」(銀賞)「NTT」(銅賞)/流行語部門: 「イッキ!イッキ!」(金賞)「トラキチ」(銀賞)「角抜き」(銅賞)/「私はコレで会社をやめました」「投げたらアカン」(共に大衆賞)
1986年 1986年チェルノブイリの原発事故。
4月よりトーキョーマンスリー
(日本青年館/計6回)

5月31日発売
エレクトリックガーデン2


5月21日発売
シングル
「ストレンジディズ」発売
(c/w「アンジェリーナ」)

7月21日発売
シングル
「シーズンインザサン」発売
(c/w「ルッキングフォーファイト」)

9月21日発売
シングル
「ワイルド・ハーツ」発売
(c/w「シャドウオブザストリート」)

10月末より
カフェボヘミアミューティング
(翌年5月まで)

12月1日発売
アルバム
「カフェボヘミア」

曲目はこちら→→→
エピックソニー/ESCB1325
亭主元気で留守がいい
今でも標語のように使われる半死半生語。
当時の金鳥タンスにゴンのCMから出た言葉。町内婦人会の集まりで木野花さんが「今月の言葉にまいります。タンスにゴン」と言うと、続けてもたいまさこさんが「亭主元気で」と言い、最後に婦人会全員で「留守がいい」と叫ぶ。はっきり言って見るたび、笑った。『CMから出て本当に流行した言葉』といわれている。タンスにゴンは、どのCMも面白い。私はちあきなおみさんのシリーズが大好きです。
最近は、外に積極的に出かけるミセスの間では変形し、「亭主元気で留守番がいい」というのもあるそうで・・(笑)。それにしたっけ、かわいそー、亭主。(笑)
やるっきゃない
史上初の女性党首となった社会党の土井たか子さんが「やるしかない」といい、その後、党のポスターで「やるっきゃない」に変った。いわゆるおたかさんブームというのは当時確かにあった。
ちなみに「やるしかない」の初期の方はこの年の「流行語大賞:特別賞」をとった。
土地転がし
不動産業者が次々と土地を買い、高値で転売する事。
『当時は土地=値が上がるものという神話』があった。今は転がしたら、そのまま転がってちゃうような気が・・。うーー、こわーー。いよいよバブルのはじまりなのである。
入りきらないのでカフェボヘミア曲目リスト(笑)
1.カフェボヘミア(introduction)   7.ヤングブラッズ
2.ワイルドハーツ(冒険者たち)    8.虹を追いかけて
3.シーズンインザ・サンー若草の誘い  9.インディビジュアリスト
4.カフェボヘミアのテーマ      10.99ブルーズ
5.ストレンジディズー奇妙な日々   11.カフェボヘミア(Interude)
6.月と専制君主           12.聖なる夜に口笛吹いて

                   13.カフェボヘミア(Reorise)

この年の新語・流行語大賞は?+++新語部門:「究極」(金賞)「激辛」(銀賞)「ファミコン」(銅賞)/流行語部門:「新人類」(金賞)「知的水準」(銀賞)「亭主元気で留守がいい」(銅賞)/「おニャン子」「プッツン(片岡鶴太郎)」(共に大衆賞)「爆発だ!(岡本太郎)」(語録賞)
1987年 1987年大韓航空機、金賢姫らに爆破。


6月発売

12インチシングル
「99ブルース」


7月より
「六大都市ミューティング」
(8月はじめまで)


9月14日
横浜スタジアムミューティング



11月21日発売
12インチシングル
「インディビィジュアリスト」
ドライ戦争
この年の3月にスーパードライが発売された。
キレの良さ、辛口が売りで、売れ行きも良く、各ビール会社が参入し、ドライ戦争なる言葉が生まれた。
このスーパードライには逸話があって、当時、まず居酒屋などで浸透させる為に、若手社員が「スーパードライないの?ないのかー、じゃいいや、他ので」と言って回ったという(真実かどうか知りません)。翌年、さらにドライの戦争は拍車がかかった。88年に流行語大賞の銀賞受賞。
花キン、花モク
そのまま花の金曜日、花の木曜日の略。
週休2日制が増え、金曜日に夜の盛り場に繰り出して遊ぼうよ、の意。ちなみに花モクは混雑する金曜日より木曜日の方が空いているしお得も多いよ、ということで花モク。花モクは、翌年の新語大賞銀賞。この流れを早くから読んで、木曜日定休をやめたデパート「松屋」が受賞者として登場。
サラダ記念日
身近な言語感覚をとり入れてベストセラーとなった俵万智さんの短歌集
口語体をとり入れた語調は、確かに「私にも出来るかも?」と思わせた。当時は「●●記念日」などと置き換えて流行った。「君がいいねといったから・・」のタイトル短歌を空で言える人も多い?
E電
『死語中の死語』(笑)。JR東日本が当時、国鉄に変る名称を公募し、首都圏を走る電車の総称をE電と決めた。しかーし、誰も使わない。皮肉にも、この同じ年、総称として命名された「JR」は広く浸透し、この年の新語大賞銀賞を受賞。う〜む。
じぇいあーる(JR)、じぇぃてぃ(JT:日本たばこ)じぇいえい(JA:農協)、じぇぃえぃち(JH、日本道路公団)・・。2文字アルファベットは浸透しやすいらしい。あ、ところで、IDOの新名称[au(えーゆー)]を「あう。」と読んだ人、いません?(私だけ?)
ふるさと創生
11月に竹下内閣が提唱したスローガンで、翌年、全国の市町村に一億円を配布。ふるさと創生に使え、という。中にはその一億で金塊を購入したりして観光地化させようとする市町村もあった。やっぱりバブルである。もったいないなー。
この年の新語・流行語大賞は?+++新語部門:「マルサ」(金賞)「JR」(銀賞)「第二電電」(銅賞)/流行語部門:「懲りない××」(金賞)「なんぎやなぁ」(銀賞)「ゴクミ(後藤久美子)」(銅賞)/「マンガ日本経済入門(石ノ森章太郎)」「ワンフィンガー・ツーフィンガー」「サンキューセット(マクドナルド)」(すべて大衆賞)

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