物の怪

物の怪とは「夕顔」巻「葵」巻「明石」巻「朝顔」巻「真木柱」巻若菜下」巻柏木」巻「柏木」巻2「横笛」巻「手習」巻


   物の怪とは

 平安貴族 とくに女性は人と話をするのも御簾や几帳ごしで、いったん側近に伝えた言葉を、さらに人に伝える「伝言ゲーム」のようなやり方で意志を伝えた。女に限らず、身分が,高くなるほど、直接会話がなくなり、手紙も女房に代筆などで誤解はしょちゅうおこる。顔を見ないやりとりは思わぬ行き違いや誤解から憎しみが生まれる。紫式部の時代に「物の怪」が横行したのも一つには、こういう間接的な貴族のコミュニケーションのあり方が、深く関わっているかもしれない。そして平安貴族の社会は狭い。彼等に仕える女房、家司もほとんど親戚。姪が叔母に仕え、いとこ同士、兄弟同士が政敵に回る狭い世界で、少しの違いにも目を光らせ、少しの変化にも耳をそばだてる。一旦憎まれたり恨まれたりすると、その情念も強い。陰湿なイジメも発生する。平安貴族はいったん事が起きても逃げ場がない。生きる場所がない。武力で抗するすべもない。こんな平安貴族が「人笑われ」と「人の恨みを買う」を恐れる背景には、こんな貴族社会の構造的な問題がある。平安時代は戦争のない平和な時代といわれるが、停滞したシステムの中で人々の要求不満は募り、それが呪いや物の怪の発生につながっていくのだろう。

 今の若者はすぐキレるといわれているが、実はふだん日常的に喜怒哀楽を抑え、にこにこ仲良しごっこをやっているから鬱屈がたまりにたまって、それがキレるのではないか? 物の怪になったと言われる人々を見ていると、そんなふうに感じる。

「平安時代中期以降、御霊(ごりょう)信仰は衰退していくが、一定の相手への憑霊(ひょうれい)は、むしろこの時期から活動がすさまじくなる」という。御霊信仰とは、主に冤罪による政治的な失脚者が死後、怨霊となって、疫病や天変地異を引き起こすという信仰だ。有名な祇園祭は、この御霊信仰に基づいた怨霊鎮魂の祭である。御霊信仰では、怨霊のターゲットは不特定多数の人間だった。それが「源氏」のできた平安中期には、個人攻撃をもっぱらとする物の怪の例が膨大となっていく。祟り方も天変地異といったダイナミックなものでなく、個人的な病気といったセコいものになる。


 狭い貴族社会で「人笑われ」にになることを極端に恐れ、感情表現も抑えに抑えたさまよき「源氏」の人々の物の怪となって見せた感情表現は弘徽殿顔負けの激しいものだ。

 紫式部は、物の怪の発生は、「憑かれる側」に、精神的な必然性があるためだと考えている。そうした考え方は「紫式部集」の次の歌からも見て取れる。「亡き人にかごとはかけて わづらふも おのが心の鬼にやはあらぬ」(死んだ人にぬれぎぬを着せて苦しむのも、自分自身の「心の鬼」ー良心の呵責−のせいではないか)この歌は、後妻に憑いた前妻の物の怪を、夫が祈とうして責めている絵を見て詠んだものだ。後妻の病気を、前妻の物の怪のせいにして夫や後妻が苦悩するのも、前妻を心に恐れる気持ち「心の鬼」のせいではないか?と、物の怪の発生理由を分析している。物の怪が信じられていた時代に、紫式部は、「憑かれる側」の心の問題が、物の怪を見させるのだと、実に合理的な解釈をする。


1、「夕顔」巻

 夕顔と寝ていた光源氏の夢枕に美女が現れ、「私は心外で辛い」と恨み、夕顔を揺り起こそうとした。夕顔はぶるぶると震え錯乱し、汗もしとどに流れて意識不明になって死んでしまう。この物の怪は前後の文脈から六条御息所の「生霊」と分かる。

 とにかく夕顔は異常なほどの怖がりという設定。それはそれでおかしいが、それより不思議なのは「辛い」とか「悲しい」と思っている、と男に思われるのが、死ぬほどイヤという夕顔のキャラクター。


2、「葵」巻

 出産を控えた葵の上は物の怪に憑かれ声を出して泣いてばかりで、時折、胸を詰まらせてむせてこみあげ、激しい錯乱状態に。

 その頃、六条御息所は、(葵の上と思しき姫君の所へ出向くと、ふだんとは似ても似つかない、猛々しく激しく一途な気持ちが出てきて、姫君を荒々しく引きずり回している)こんな夢を見ることがたび重なっていた。同じ頃、葵の上は泣いて夫の光源氏を近くに呼ぶ。光源氏が泣くのを見つめると葵の上の目から、涙がこぼれ あまりいたう泣くので光源氏が慰めると、いで、あらずや いえ違うのですと言った。「苦しいしいので祈とうをしばらくやめて下さるよう申し上げたいと思って。 ここまで来ようとは夢にも思っていなかったのに、もの思う人の魂は本当にさまよい出るものなのね」 そう言う声と気配は御息所そのものなので、光源氏はぞっする。

 葵の上が男子を生んだ頃、御息所の着物には、物の怪退散の加持祈とうで焚く芥子の香りがしみついて、髪を洗っても着物を着替えても、取れなかった。御息所は我ながら自分がうとましく、まして他人の思惑を思うと、その辛さを誰にも相談できずに、一人で思い嘆くうち、ますます 御心変りもまさりゆく 狂気もエスカレートした。

 その時、葵の上は、胸が詰まって激しく錯乱し、帰らぬ人になってしまう。

 激しく泣くのは、見た目的には葵の上だ。それを周囲は葵の上の感情表現ではなく、六条御息所の物の怪が彼女に憑いてそうさせている、と見る。それはふだんの彼女が「けざやかに気高く、乱れたるところまじらず」うるはしき御ありさまという端整な人柄であるためだが。実は葵の上本人が、妊娠出産でホルモンが激変し、平素からの光源氏との関係の不満や不安、車争いで傷つけてしまった御息所への良心の呵責…等々が心にわき上がってきて、興奮していただけではないか?それを、ふだんの彼女と違うために、物の怪のせいにしているのでは?それも、光源氏側がとくに良心の呵責を感じている御息所の物の怪のせいにしているのでは?

御息所本人は夢に関しては、葵の上を痛めつけるという行動を、かなり明確に知覚していたが、源氏に対しての言動は御息所本人に思い起させる具体的なものは、いっさい記されてない。それに代わるものとして「芥子の香」のエピソードがある。御息所と源氏の両方に同じ記憶があれば、それは現実の出来事となって不都合ということになる。


3、「明石」巻

 朱雀帝の夢に、地獄に落ちた故父桐壷院が現れ 御気色いとあしうて−たいへん気嫌の悪い様子で−朱雀帝を睨んだ。以来、朱雀帝は眼病を病み、光源氏を須磨から召喚する。

 愚兄賢弟(朱雀帝と光源氏)気の弱い兄。


4、「朝顔」巻

 光源氏が藤壷を思いながら寝ると、夢ともなくほのかに藤壷が現れ、いみじく恨みたまへる御気色にて「辛い目に遭うにつけても、あなたが恨めしい」と、言った。

 光源氏は おそはるる心地 −物の怪に襲われたような気持ちがした。隣に寝ていた紫の上は異状に気付き、光源氏を起こすが、光源氏の心臓は高鳴リまで流れてくる。

 老僧から冷泉帝は出生の秘密を知り、その後、光源氏が紫の上に藤壷の噂話を語った夜、藤壷が秘事漏洩について恨み言を訴えた。


5、「真木柱」巻

 鬚黒の北の方はおとなしい人だが、物の怪のせいで うつし心なき −正気でない−折々も多かった。が、雪の日にまで新妻の玉鬘へ出かける鬚黒にも 憎げにふすぺ恨み もせず、「夜がふけぬうちにお出かけなさいませ」と なごやかに 言って身じたくの手伝いさえした。ところが鬚黒が出かけようとすると、 いみじう思ひしづめて 一生懸命心を静めて−我慢していた北の方は突然起き上がり、香炉の灰を夫に浴びせた。「物の怪のせいだ」と思った屋敷の人々は加持祈とうをするが、彼女は 呼ばひののしり大声で叫び騒ぎ 一晩中打たれたリ引っぱられたりしながら 泣きまどひ −−泣いて錯乱。これをきっかけに夫と別居した。

 髭黒の北の方が、時折物の怪に憑かれるというのも、ふだんおとなしい人柄だけに、急に泣き叫んだりすると、「例によって物の怪が、人に嫌われるようにするためにやらせているのだ」と周囲は いとほしうーーかわいそうにと思う。しかし北の方の行勤は、我慢に我慢を重ねた恨みや嫉妬や怒りが爆発したものと、現代人なら察しがつく。気の弱いおとなしい人だけに、我慢し過ぎてしまうから、爆発時の感情表現もコントロールのきかないものになるのだろう。


6、「若菜下」巻

 紫の上は、女三の宮降嫁により、光源氏との仲を思いつめた明け方、胸を病んで激しく苦しんだ。加持祈とうをしても、誰の物の怪という名乗りもない。

 やがて女三の宮を柏木が犯したちょうどその頃、紫の上は危篤に陥る。光源氏は「きっと物の怪のしわざだから」と、泣き惑う人々を静め、僧達に祈とうさせる。すると今まで全く現れなかった物の怪が小童に駆り移され 呼ばひののしる −大声で叫び騒ぐ−うちに、紫の上は息を吹き返す。小童に移った物の怪が髪を振リ乱して泣く様子は、昔、葵に上に憑いた物の怪と同じに見えた。光源氏が「たしかにその人と分かるように、本人と私しか知り得ぬ思い出を言え」と迫ると、物の怪は ほろほろといたく泣きて 「ひどいひどい」と 泣き叫ぷ ものの、さすがに恥じらっている 気配は生前の御息所そのもの。光源氏は物の怪が御息所の死霊とさとり、その願いに従って供養を施す。紫の上は数年後死ぬが、その時この物の怪は関わっていない。

 紫の上はただ胸を病んで苦しむだけで、激しい感情表現を見せるのは物の怪を駆り移された 小さき童 (よりまし、である)として描かれているのは、どこまでも紫の上を美しく描こうとする作者の姿勢の表れか。


7、「柏木」巻

 光源氏に睨まれて以来、柏木は食事も取ちず、心細げに 音(ね)をのみ時々泣きたまふ ーー声を出して時々泣いていた。祈とう師達は「女の霊」が憑いていると占ったが、物の怪が現れる気配はない。柏木は「女三の宮の霊が自分に憑いているなら、厭わしい我が身もかたじけない」と秘密を知る女房に漏らす。柏木は宮の出家を知ると、生きる意欲をなくし衰弱死した。

 柏木がすすり泣いていたとき「女の霊が憑いているのでは?」と祈とう師が占っている。女の物の怪は、すすり泣くと相場が決まっているにだろうか?

 柏木は「あれ聞きたまえ。何の罪とも思しよらぬに、占ひよりけん女の霊こそ」と言ってその占申の見当違いを失笑するのである。「源氏物語」における陰陽道・陰陽師の扱い(その軽視とみえる)


8、「柏木」巻2

 女三の宮出家後、光源氏の前には、紫の上を危篤にしたのと同じ物の怪が現れ、「ざまあ見ろ」と うち笑ふ 。光源氏は、宮を出家させたのは物の怪のしわざだったのかと悔しがるが、宮本人は出家によって少し元気を取リ戻した様子だった。

 女三の宮が出家後、御息所の物の怪が うち笑ったのも「よりまし」が笑ったのだろう。しかしこれは、宮が、光源氏に浴びせた笑いと受けとることができる。紫の上から見れぱ宮の降嫁は悲劇だが宮にとっても光源氏との結婚は悲劇だった。結婚してみれば実質的な正妻の地位も夫の愛も紫の上ががっちり握ぎっていた。心ならずも柏木の子を妊娠。夫に軽蔑され世間体だけで大事にするふりをするだけ。出家を願えば夫は大あわてで泣いて反対する。反対すればするほど宮の出家の願いは深まる。出家してやった。「ざまあ見ろ」という宮の快哉が、この物の怪の笑いと重なる。

 光源氏の反対に対して、女三の宮の父の朱雀帝は「物の怪の教えに負けたからと言って、悪いことならともかく」と賛成し、出家を遂行させる。人間より物の怪のほうが信頼に足るとの意識か?優柔不断の朱雀院らしくない決断の早さ、光源氏の狼狽。


9、「横笛」巻

 柏木の遺愛の笛を未亡人から預かった夕霧は、「笛はほかの人に渡したい」と柏木が願う夢を見た。「誰に?」と夕霧が聞こうとした時、子供の夜泣きで目が覚める。子供は いたく泣き 嘔吐までするので、妻の雲居雁は「夜ふけまでうろついているから例によって物の怪が入って来たのよ」と、柏木の未亡人に通い詰める夫に皮肉を言う。本当に物の怪が憑いているのか、子供は一晩中泣き 明かした

 物の怪は真実を伝える?生前言えなかった女三の宮との不倫の子ーー遺児の存在をほのめかしている。


10、「手習」巻

 物の怪に憑かれたと思いしき浮舟は いみじう泣く いよいよ泣く 声立つばかり泣く 涙の尽きせず流るる と泣き統ける。横川の僧都の祈とうで「よりまし」に移された物の怪は、「自分は生前、修行を積んだ法師だったが、恨みを残して死んだため物の怪になった。浮舟の異母姉の大君を殺したのも自分だが、今は退散する」と ののしるーー大声で叫んだ

 宇治十帖の浮舟が「尼にしてくれないなら私は死ぬだろう」と僧都に迫った時、僧都が「物の怪もそう言っていた」と浮舟に憑いていた物の怪の言葉を思い出し、浮舟を出家させることにした。これは物の怪への信頼感を表しているのか?

 浮舟は暗い夜一人外に出たところで、法師の悪霊にとり憑かれたとされている。身も心も極限状態にあった浮舟に物の怪もとり憑こうというものである。この法師の悪霊には「河海抄」などは、染殿の后にとり憑いた紀僧正真済を準(なぞら)えているが、物の怪となった僧の伝承は多い。俗人と違って、かえって、始末の悪い悪霊と化す。

 宇治十帖に入ると、特に手習巻前後は主に、宗教による救済の問題が主題化しているようだ。そこで高徳慧眼の横川僧都が、調伏した物の怪の正体が、よりによって法師であったことは重要である。だが、横川僧都自身、一度出家させた浮舟を後に還俗を勧奨するといった、問題を含んだ対処をしている。薫との対話で薫の思い人である女性を出家させたことを後悔したり、やや取り乱したりして、源信に準えられる僧都の、人間的一面をみせる。超絶的な威厳と、確固とした信念を持つ聖とは、明らかに距離がある。

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