谷崎 潤一郎の光源氏像「にくまれ口」から

 昭和14年「潤一郎譯源氏物語」その後「谷崎潤一郎訳源氏物語」「谷崎潤一郎新々訳源氏物語」出した谷崎潤一郎の光源氏像。

 「婦人公論」(昭和40年9月号)に谷崎潤一郎の絶筆となった随筆「にくまれ口」が書かれている。「にくまれ口」は源氏物語の主人公「光源氏」についての感想を記したものだが、その執筆の半年前ハワード・ヒベット氏と対談の時「にくまれ口」の内容と同様な感想が話題となった。

 「(前略)光源氏という人間は、あまり好かないんです。今度一ぺん、それを書いてみようかと思ってるんですがね」という部分がある。この日話題になったのは、随筆に取り上げられた個所と同じく、「帚木」の巻で光源氏が地方長官の妻空蝉を口説く場面、「夕顔」の巻で彼が空蝉の繼娘軒端の荻に送った手紙の、文面の誇張や過剰な自信、恋人である六条御息所の目の前でお側つきの女房に戯れかかる誠意のなさ、「明石」の巻での源氏のしらじらしさ、などであった。「にくまれ口」には、光源氏の言動を批評して、

「源氏物語の作者は光源氏をこの上もなく贔屓にして、理想的の男性に仕立て上げているつもりらしいが、どうも源氏という男にはこういう変に如才のないところのあるのが私には気に喰わない」とあり、「源氏の身辺について、こういう風に意地悪くあら捜しをしだしたら際限がないが、要するに作者の紫式部があまり源氏の肩を持ち過ぎているのか、物語の中に出てくる神様までが源氏に遠慮して、依怙贔屓をしているらしいのが、ちょっと小癪にさわるのである」と記されている。

 実は、この頃「新訳源氏物語」は、「柏木」の巻に入っていたので、光源氏は若い時のような放埒な人物ではなくなり、正妻女三宮と目にかけていた柏木との密通、という事態に直面して苦悩する悲劇の人物に変っていた。でも

「どうも、源氏ってのはいやな奴ですね。自分だってお父さんを裏切って、藤壷に冷泉院を産ませたんだから、柏木を許してやりゃいいのに、うわべは親切そうな顔をしながらしつっこく意地悪をするんだからね、だから京都の人間は嫌いなんだ」と、千年前の物語の中の人物と現代の京都の人とを一緒にして憎らしそうに言う。

「それならお前は源氏物語が嫌いなのか、嫌いならなぜ現代語訳をしたのか、と、そういう質問が出そうであるが、私はあの物語の中に出てくる源氏という人間は好きになれないし、源氏の肩ばかり持っている紫式部には反感を抱かざるを得ないが、あの物語を全体として見て、やはりその偉大さを認めない訳には行かない」と記されている。この随筆は、読者を、ひどく驚かせた。谷崎潤一郎が「源氏物語」について意見や感想を書いたのは、「にくまれ口」のみだ。

 谷崎の没後十年、舟橋聖一氏は、雑誌「海」の昭和50年9月号、10月号に、「谷崎潤一郎」を発表しているが、「にくまれ口」にはよほど反撥したらしく、そこには、「最高に抵抗を覚えるのは、随筆「にくまれ口」の中でうち出された光源氏の行動の否定である。これについては再論したいが、与えられた余白がない。しかし、同情を以て言えば、「にくまれ口」を書いた頃は、彼はすでに病勢悪化し、全盛時代の思考力を失っていたからであり(中略)、私はやはり、どんな人間でも死に近づくと、頭に異常が起るために、あられもない豹変があるのであり、「にくまれ口」もその豹変の一つだと思っている」

 奏恒平氏「谷崎潤一郎論」には

「私がこの絶筆をたいへん面白く思うのは、ここで谷崎澗一郎はさながら自分で自分ににくまれ口を叩いている、一種言うに言われない谷崎の含羞と自負と自愛とが交錯し蕩揺している、という印象を持つからである。谷崎が、あの光源氏をしんから嫌うわけもなく、にくまれ口の口つきにも、理由に挙げられているどれこれにも、実は誰よりも谷崎自身の「光源氏体験」の在りようが露われている。嫌うに嫌えない光源氏の姿を、外ならぬ谷崎は自身の内に見当てていた」と記している。奏氏は「谷崎は「細雪」に於て、光源氏の六条院に匹敵する家庭を書いでいる」とも論じている。

 「こういう谷崎の感想は、あの記述の中で得られたものでなく、若い頃の素朴な第一印象が終生居座って変わらなかったものと感じている」


 谷崎はよほど光源氏という人物が気にいらぬ様子で「京都の人は僕に、御殿のような家に暮らして光源氏になった気分でしょうだの、奥様は紫の上のようだのと言うが腹が立って仕方がない。あんな嘘つき男と一緒にされたらお終いだね」と言い、「新々訳」の訳了の頃には飽き飽きした様子で「やれやれ、もうこれで光源氏に付き合わなくて済む」と言っていたそうである。  (われよりほかに)より


・・・光源氏が須磨の流謫から都に戻った後の、政治的野望に燃える壮年の姿や、苦悩の晩年の姿は青年の頃よりもある意味で面白く、ある意味ではもっとあくどくて凄まじいが、人間的にはきりっとした存在感がある。谷崎はその時代の源氏について「柏木」の巻の感想を漏らしただけで「にくまれ口」には何も触れていない。

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